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5話 pierce-7

「今度は俺が行く。ミアとかいう女はお前らに任せるぞ」


 フィーリクスとフェリシティにそう宣言したディリオンは半歩前に出て、そこから急加速した。見えたのはアーウィンを狙うブレードの煌めきだ。彼を袈裟懸けに斬ったかに見えたが、それは確定事項ではない。斬撃を受け仰け反ったアーウィンが忽然と消え、ディリオンのすぐ横手から彼に向けて魔法を放つ体勢で現れる。


「まだだ!」


 ディリオンは身を捻って射線上から体を逸らす。またもボディアーマーが削られるが回避を回転運動に、攻撃に繋げ薙ぎ払う。アーウィンの額から侵入した刃が前頭葉をずたずたに切り裂き抜けた。だがやはりこれも真実ではない。真後ろから迫るアーウィンが放った魔法が、ディリオンのすぐ頭上を通過する。ディリオンは彼の姿が消えた瞬間に、自ら俯せに倒れるように姿勢を低くしていた。アーウィンの攻撃は、ディリオンの浮き上がった後頭部の頭髪を一条持ってくだけに終わった。


「やるじゃないか!」


 攻撃を避けられてなお歓喜の声を上げるアーウィンが何を考えているのかは分からないが、フィーリクスにとって不快でしかない。ディリオンも舌打ちをしながら地面に手を突き、体のばねも利用して間髪入れずにはね起きる。振り向きざまにもう一撃入れるが既にアーウィンはそこにいない。何故か僅かに間合いから外れた場所に立つ彼がブレードを見送った。


「気に入らねぇ奴だ!」


 まだディリオンが止まる気配はない。流れるような連続した動きで回転を続ける。前方へ跳びながら回転速度を上げ更にもう一撃加える。一切動いていないはずのアーウィンが、ディリオンの間合いの外から眺めているのがフィーリクスの目に映った。アーウィンの起こす不可解な現象は、まるで動画をコマを飛ばしながら再生しているようだと、フィーリクスには思えた。まるで、意識の外で行動しているような。


「お前に気に入ってもらいたいとは思ってないけどね」


 アーウィンに攻撃を無効化され続けているが、ディリオンに動揺する素振りは見られない。避けられるのは想定の内だったようで、ディリオンはアーウィンの放つ魔法を紙一重で避けながら彼の懐に潜ろうと試みる。


 踏み込みは力強く、次の魔法を放とうとするアーウィンに構わず突進する。彼の攻撃する先を予測しているのか、撃たれる前に回避は始まっている。見えない攻撃にわずかにシャツの肩部分を削られながら、真っすぐにブレードの切っ先をアーウィンに突き入れた。腹部を貫かれ、勢いに後ろにたたらを踏んだアーウィンが血を吐きながら口を吊り上げる。


「楽しいね。戦いって楽しい。やっとやる気が出てきたよ」

「そう言いながらちゃんとやってないだろうが!」


 怒気にまみれた声でディリオンが叫ぶ。何度目か、姿が消えたアーウィンの新たな出現場所を探る。二人の激しい攻防が続いていた。


 フィーリクスはディリオン達を後目にミアに注意を傾ける。彼女も二人の戦いを見ていたが、すっと視線をフィーリクスとフェリシティに向けたからだ。


「じゃあ、あたし達も続けよっか」


 途切れていた閑談を再開するかのように、彼女には緊張感のかけらもなかった。先ほどの冷酷な気配も消えている。目を細め、うっすらと笑う。ウィッチは戦闘狂の集まりなのか。ふとそんな疑問がフィーリクスの頭を巡った。妙な顔をしていたのだろうか、フェリシティに肘でわき腹を突かれ気を引き締める。


「きっちりお返ししてやるからね」


 軽い雰囲気のミアに対し、フェリシティは低めで力のこもった声だ。脅しをかけて通用する相手でもないだろうが、意気込みは十分なようだ。フィーリクスは正直なところ怒りに満ちた彼女にたじろいでいたが、悟られないように努めた。


「行くよ、フィーリクス!」

「サポートする!」


 フェリシティが前に、フィーリクスもやや斜めからミアに向かう。牽制に銃で狙うが、全て撃つ前から避けられている。攻撃意志を読んでいるかのように、最小限の動きで回避する様子は敵ながら見事なものだ、と思わず感心してしまった。小さく苛立ちも得ながら距離を詰める。


 フェリシティがミアに到達し、仕掛ける。軽やかなステップで間合いに入り、鋭く左でジャブを放つ。右手には刃渡りをダガーほどに抑えたブレードを逆手に握り込み、拳闘の構えを取っている。


 ジャブは相当な拳速ではあるが、ミアは左右に首を振り難なくかわす。彼女が警戒するのはやはりブレードのようだ。視線をちらちらとそちらに向けているのがフィーリクスに見えた。


 ブレードが奔る。フェリシティは相手との距離を詰め、最小半径で回すような刃物使いをする。高速のブレードがミアの首元を、大腿部を、脇を、傷を負えば出血の多い箇所を狙って振り抜かれる。斬りつけだけでなく左右拳での打撃も狙い、不規則な攻め方で相手に慣れさせない工夫がある。ただ、得意の蹴り技は使わない。蹴りの間合いとしては近すぎるのに加え、放てたとしても威力の大きい分隙も大きい。まだ様子見の段階なのかもしれない、とフィーリクスは分析した。


「恐いじゃない!」


 言葉とは裏腹に少しも恐怖など感じていなさそうな、むしろ笑みさえ浮かべるミアは全ての拳と斬撃を触れるか触れないかのところで避けてみせる。フィーリクスにとって双方ともに参考にすべき動きだった。


「何でそんなギリギリで避けられるの!? ズルしてるでしょ!?」

「そんなことしてないよ? あなたが遅いだけじゃないのかなぁ」

「こんのぉ!」


 楽しそうなミアの煽りにフェリシティがますます猛り、その攻撃速度を速めていく。それでもなお避けきったミアが攻勢に転じた。


 ミアが滑らかな動きで十分近かった間合いを更に詰める。ゼロ距離までフェリシティに寄った。意表を突かれたかフェリシティが目を見開き僅かに顔を仰け反らせる。それが隙を生んだ。


「楽しんで」


 密着状態から、フェリシティが後方へ吹き飛んだ。ミアはといえば、両の手のひらをフェリシティを飛ばした方向に軽く突き出している。僅かな動作で彼女を数メートル転がせたその威力、体の使い方にフィーリクスは絶句した。僥倖だったのはフェリシティがすぐに起き上がってきたことだ。彼女のダメージはそこまで大きくはないと判断する。彼女が体勢の立て直しが出来るまで、銃で牽制のつもりで数発砲しつつ前に出た。


「次は君が相手かぁ、大丈夫なの? 多分三人の中で一番弱いんでしょ?」


 彼女の発言はずばり図星だった。フィーリクスにもそれは分かっている。だからこそフィーリクスは宣言通り、フェリシティのサポートに徹するつもりだった。つまり。


「やる気なんだ。いいよ」


 フェリシティを背に匿うように、フィーリクスがミアに肉薄する。まっすぐに銃を構え放ち、ミアの胴体を狙う。用いたのは粘着弾で、少し工夫している。着弾前に粘着物質が展開し広範囲にまき散らされる。弾速は一気に落ちるが、少しでも当たればそれでいい。そういうつもりで撃った。


「ワウ!」


 流石に少しは焦ったか、ミアが声をあげて左後方へとステップで回避に移る。が僅差で粘着弾の到達が早かったようだ。右手と胴を絡め取り、身体の一部の自由を制限することに成功する。


 そこへフィーリクスの脇から、フェリシティが飛び出す。彼女は既に加速を終えている。フィーリクスの発砲から、フェリシティがミアに一撃を入れるまでの時間は刹那だ。


 拳が彼女の顔面を確かに捉え、振り抜く。勢いままにミアが半回転しながらバランスを崩し、倒れ込んだかに見えた。しかし次の瞬間には左手を地に突いて腕の力で跳ね飛び、距離を取って着地する。恐らくは自ら回転し跳躍することによりダメージの軽減を図ったのだとフィーリクスは推測した。


「当たりが軽いと思ったのよね」


 フェリシティがぼやく。彼女もその拳の感触からそれが分かったらしい。


「ところで。あんた! 人を吹っ飛ばしておいて『楽しんで』とか何言ってんの!?」

「ダメだった?」

「あれで喜ぶ人間なんているわけないでしょ!」

「あたしは今の結構楽しかったよ」

「うぇ……」


 フィーリクスは心中でフェリシティに九分九厘同意する。怒るフェリシティに笑うミア。対照的な女性二人の拳の応酬が続く中、今のところは有効打がどちらにもない。フェリシティもフィーリクスもまだ全力を出し切っていないが、二人を相手していてなお余力のありそうなミアの底知れなさに小さく身震いした。

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