5話 pierce-6
ミアはアーウィンを疑いのまなざしで見つめている。それは実に不愉快そうに、それでいてその奥に愉快さを隠しているようだと、フィーリクスには思われた。
「さぁミア、早くこいつらを片付けて帰ろうよ。後でまたいっぱい構ってあげるからさ!」
「そんなこと言ってさぁ、さっきからそこのMBIの女のことちらちら見てない?」
冷や汗を流し、焦るアーウィンを見ているのは少し溜飲の下がるところだったが、やっていることはただの内輪もめだ。
「見てない!」
アーウィンは必死に否定する。口は災いの元とはこのことだろう。ところでミアが言ったことが本当かどうか気になり、アーウィンの視線の行く先に注意を払う。確かにフェリシティのことをチラ見していた気もする。許し難い。ウィッチどうこうではなく個人的に許し難い。どうしてくれようか、とそこまで考えてフィーリクスは戦いから気が逸れていることにはたと思い当たり、首を軽く振ると再びウィッチ二人の警戒に戻った。
「おい、お前ら! 俺達を無視していちゃついてるんじゃないぞ!」
痺れを切らしたらしいディリオンはウィッチの二人に苛立ちを隠さない。フェリシティも彼に習ってブーイングを始めた。普段は反目しているのにこういう場合だけ妙に気が合うようだと、フィーリクスは場違いに和みを得ながらその様を見る。双方とも今はそれどころではないと気が付いたかややあって場が静かになった。
「さぁ、仕切り直しといこうか。ウィッチども、覚悟しろ!」
フィーリクスはこれを待っていた。自分が場の空気を支配するために少しの間黙り、機を窺っていたのだ。
「覚悟だって? 言うじゃないか。まだMBIに入ってそんなに経ってない新人なんだろ? 無茶しないでいいよ。自分自身、覚悟なんて出来てないんだろ? ねぇ?」
フィーリクスはねちねちと絡むアーウィンに辟易するが、場の主であることを維持するため声を張り上げた。
「戦うための、心の準備はとうに終えてるよ。最初から」
「最初?」
アーウィンに聞き返されるが、答えない。フェリシティが小さくぴくりと反応したのは、彼女に前に話したフィーリクスの過去のことに思い当たったからだろうか。目の端に映った彼女の反応を見たフィーリクスは、ふとそれが気になった。
「俺は、モンスターなんて認めない。それを作り出すウィッチもそうだ。アーウィン、ミア。君達は必ず捕まえる。他のウィッチもね。君達は手始めにすぎないんだ!」
一気にまくし立てたフィーリクスのセリフに、ウィッチの二人の様子が変わった。アーウィンが歯噛みし、ミアがすっと目を細めて冷酷と評していい目つきになる。彼らのまとっていた雰囲気はどこか不真面目なところがあったが、それが消える。フィーリクスはその場の温度が下がったかのような錯覚を覚えた。
「フィーリクス」
アーウィンがフィーリクス達三人を睨め付け、底冷えのするような口調で言う。
「今吐いた言葉が、間違いだったと言わせてやるよ」
「アーウィン、あんまり汗かくようなことはさせないでよ?」
ミアも口調こそあまり変わらないが、聞く者をゾクリとさせる冷たいものが混じっている。その彼女が、唐突に動いた。
ミアが前へ出る。その先にいるのはフェリシティだ。彼女の何かに気に障ったか、すさまじい速力で接近し、投擲するようなフォームで拳を打ち出す。狙うはフェリシティの顔面だ。フェリシティももちろん黙って顔を差し出すわけはない。半歩下がり、相手の突きに合わせ放った彼女の上段回し蹴りがミアの拳と激突し拮抗する。
「汗をかくのは嫌いなんじゃなかったの!?」
フェリシティの魔法込みの脚力と競り合うとは、いかほどの魔力と膂力があの細腕に、肉体に備わっているのか。その光景を目の当たりにしてフィーリクスに戦慄が走る。フェリシティが文句を言いたくなるのも納得できた。それぞれ一旦足と腕を下げたのち、両者とも同時に構えを取る。
「嫌いだけど、それ以上に。女の子が悲鳴をあげてさぁ。泣き叫ぶところを見るのが、大好きなんだよね!」
フェリシティの言葉を受けて発言したミア。その彼女の返答にフェリシティが一瞬凍りつく。
「あ、あれ? うん。……フィーリクス、この子怖い!」
フェリシティがフィーリクスに振り返り、その隙をついてミアが再度攻撃を仕掛ける。さらに踏み込み、フェリシティの懐に潜った。右腕から放たれた至近距離からのフックが、フェリシティの腹部を抉ろうと高速で迫る。フェリシティは咄嗟に肘で迎撃した、はずだった。
「なっ!?」
フェリシティが驚きの声をあげる。ミアの放つフックの、その曲線軌道上に置いたはずの肘による防御。フィーリクスには確かに攻撃を防いだ様に見えた。が、その次の瞬間にはフックの軌道が変化し、下から突き上げるように迫ってきた拳がフェリシティの腹部を捉えていた。
「ぐっ!?」
滑らかな動作で行われたそれは、硬質で耐衝撃性に優れたボディーアーマー越しでも十分ダメージを通す威力を秘めていたようだ。フェリシティの体がくの字に曲がって地面から僅かに浮き上がり、その後倒れ込む。フィーリクスは、咳き込み悶え掠れた音を出して呼吸するフェリシティに駆け寄る。彼女を抱きかかえると後へ跳んで距離を取り、ディリオンがウィッチの二人を近付けまいと前に出て警戒態勢を取った。
フィーリクスは相手がすぐに追撃してこないのを確かめて、改めて彼女の様子を見る。着地してすぐに彼女も地面に立ちはしたが、フィーリクスに肩を借り荒い息をしている状態だ。
「フェリシティ、大丈夫?」
「何泣きそうな顔してんのよ。これぐらい、……なんともない。あいつらに、やり返してやる」
言う内容は強気だが、口調は少々力がない。だが有言実行しようとしているらしい。ダメージが思いのほか小さかったか、それとも回復が早いのか、言葉の後半部分はしっかりとしたものになっている。彼女はフィーリクスの肩に掛けていた手を自ら外すと自力で立った。
「確かに防いだと思ったのに、気が付いたら殴られてた」
「俺も見てたよ。君の言うとおり、ちゃんと防御してた。でも次の瞬間、ぬるっと拳の軌道が変わってた。最初からフックじゃなくてアッパーに近いパンチを放ってた、ってくらい自然にね」
「絶対ズルしてる」
むくれながら言うフェリシティに今回ばかりは同意する。
「ああ、あれはズルしてるよ。俺もさっきそうだったんだ。確かにアーウィンを殴り倒したのに、いつの間にか移動してた。普通ではあり得ないことが起こってる」
フィーリクスはフェリシティをかばうように前に出るとディリオンに並び、油断なく構える。
「ヤバいにおいがするぜ、こりゃ」
「フラグ立ては止めてよ」
ディリオンにニヤリと笑ってみせる。ところが、彼はぎょっとしてフィーリクスの方を見た。
「フィーリクス、お前、その顔はやめた方がいいぞ」
「え、何で?」
アーウィンにも妙なことを言われたが、ディリオンにまで言及されたことから自分がどのような表情をしているのかが気になったフィーリクスはつい聞き返す。
「今にも人を殺しそう、……いや少々おっかないってだけだ」
言葉を濁されたが、言いたいことは伝わった。一体どのような顔をしたらそう言われることになるのか。フィーリクスは考えるが、答えは出ない。
「ねぇ、どんな顔してんのかあたしにも見せてよ」
ただ、後ろからフェリシティに声をかけられ、振り向こうとしてできなかった事実がそこにあった。
「フェリシティ、今はそれどころじゃないだろ?」
フィーリクスは前を向いたまま言う。ごまかしの意味もあったが、実際にウィッチが、間合いを詰めてきていた。
「ごちゃごちゃやってないで、とっととくたばってほしいんだけどな」
「アーウィンにその実力あったっけ?」
「ミア! 頼むからいちいち水を差さないでよ」
くすくすと楽しそうに仲良く笑いあうウィッチがその場にいる者に不快感と寒気を与え、およそ和やかとは逆の雰囲気を醸し出す。
底の知れない二人がフィーリクス達の命の灯を消しに来る。




