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1話 burstー5

「怖じ気付いてはいないけど、結構な迫力だよね」


 フィーリクスが同意を求めてフェリシティに聞いた。


「それは否定しない」


 日は完全に沈み、西の空に僅かに薄紅の影を残すのみだ。辺りは暗闇が支配し、人工の明かりがそれを打ち消そうと実のない抵抗をしている。いや、少なくとも今ここにいる二人と一匹には大きな意味があった。


 踏みつけを避けられた肉食恐竜型の敵は警戒してか、すぐには追撃には入らない。ふんふんと鼻を鳴らし、尻尾を揺らし、二人の出方を窺っている。


「ところで見たところ武器を持ってないけどどうやって戦うの?」

「そんなものいらないでしょ」


 フィーリクスの問いに素っ気なく答えフェリシティはゆらりと、おもむろに『恐竜』に向かって歩き出す。半ばまで近付いたところで急激に加速すると敵の側面に回り込み飛び上がった。


「ハァアアイヤッ!」


空中で身を捻って斜めに回転すると『恐竜』の脚部、太ももに跳び回し蹴りを上空から打ち下ろす。フィーリクスは、恐らくは相手も、そんなものは効かないだろうと踏んでいたが、思っていた以上の打撃音が響く。打たれた箇所が大きくたわみ、『恐竜』が体勢を崩した。


「嘘だろ。どんな威力だよ」


 フィーリクスは驚愕する。彼女の足はその太さに見合った、いや、それ以上のパワーを秘めているようだ。恐らくはあの蹴りの威力でモンスターを蹴散らしてきたのだろう。彼は彼女への認識をそう改める。


 フェリシティの攻撃はまだ続いていた。キックにより更に高度を稼ぎ、『恐竜』の背中に乗る。『恐竜』はたまらず浮かび上がり逃げようとしたが、彼女がそうはさせない。


「イイイイイヤァ!!」


 彼女は『恐竜』の背を走り跳ぶと先ほどより回転を増し威力を乗せた踵落としを、相手の頭上へと放ちめり込ませる。響いた音は先ほどよりも大きく、まるで何かが爆発したようだ。既に数メートルは浮かんでいた『恐竜』が、地面へと打ち落とされた。


「あんなキック絶対に食らいたくない」


 フィーリクスは驚嘆と恐怖、両方が乗った感想を漏らす。地面に倒れ伏す『恐竜』の背中にフェリシティが着地する。トランポリンに乗った時の要領で、相手の弾力を利用して衝撃を吸収させ高所からの帰還を果たした。


「どうだった?」


 彼女はフィーリクスのそばに戻ってくると得意げに腰に手を当て胸を張る。


「凄かったよ。モンスターを倒したってのは伊達じゃないみたいだ」

「何よ、まだ疑ってたの!?」


 フィーリクスの言葉に、フェリシティが詰め寄る。二人の顔が急接近する。どうも彼女は無遠慮、無防備なところがある、と彼は彼女への認識を追加した。


「そういうわけじゃ、ああ、ほら。言い合ってる場合じゃないみたいだよ」

「さすがにあの巨体だと威力が足りないか。反省点ね」


 モンスターが起き上がろうとしていた。相当な衝撃を加えられてはいたが、中空構造のためある程度それが分散されてしまうようだ。小型、中型程度なら十分破壊できたのだろうキックも、トラックサイズが相手ではクリティカルヒットとはいかなかったようだった。


 それでもダメージは残っているようで『恐竜』の動きは万全ではないようにフィーリクスには思えた。立ち上がった『恐竜』が二度目の咆哮を放つ。二人に対する怒りをぶちまけているかのようだ。


「いや、十分通用してるよ。あいつ、結構弱ってるみたいだ」

「だといいけど。ね、今度は二人で攻撃しましょ?」


 フィーリクスに連携の誘いをかけるフェリシティは彼の返事を待たずに飛び出した。無遠慮、無防備に加えて無鉄砲かと、フィーリクスは小さく笑う。


「オーケー。やってやるさ」


 フェリシティは右へ、フィーリクスは左へ。攪乱のため二手に分かれ、『恐竜』に肉薄する。敵はどちらかというと、先ほどしてやられたフェリシティの方を気にしているようだ。彼女は囮になるつもりか手を叩いてより一層の注意を引いた。


「ヘイ! こっちよ! おバカな恐竜さん!」


 『恐竜』はフェリシティの方に向き直り、その牙で彼女を粉砕すべく大口を開ける。唸り声を上げながら姿勢を低く、地面すれすれに彼女を顎で出迎える。さすがに彼女の顔が青ざめた。


「いいぞ」


 フィーリクスは彼女のおかげで気付かれずに敵の足元近くまで接近する。走ってきた勢いそのままにパイプで脚に切りつけ、られなかった。『恐竜』がホバリングでの横回転を行い、尻尾による薙ぎ払いを彼にプレゼントする。


「またこれぐぇっ!」


 『恐竜』はしっかりと彼の接近に気づいていた。フェリシティに気を取られたふりをしてフィーリクスの油断を誘っていたのだ。フィーリクスは打たれた衝撃でパイプを手から取り落とす。


 今夜は特別な祭りの日だ。大盤振る舞いのようで『恐竜』の勢いは止まらない。尻尾にフィーリクスを引っ掛けまま回転を続け、その先にいるフェリシティも巻き込んだ。フィーリクスのすぐそばに彼女が張り付く。


「えぶっ!」

「ハロー」


 『恐竜』はそのまま加速を続けながら数度回転すると突然その動きを止める。もちろん二人は尻尾に固定されているわけではなかった。


「いいいぃぃぃ!」

「のわぁあ!」


 遠心力から解き放たれた二人は真っすぐ勢いよく射出され、仲良く相当な距離を地面を転がった。


「痛たたた、……ごめん、あんまり弱ってなかった」

「みたいね」


 二人はよろよろと立ち上がると、『恐竜』を睨みつける。まだ戦意は喪失していないが、受けたダメージは少なくない。その様子を見て『恐竜』がニヤリと笑ったと、フィーリクスはそんな気がした。


「笑ってんじゃないわよ、この古代のインチキ野郎! あんたなんか空気全部抜いてぺしゃんこにしてやるんだからね!」


 フェリシティも同様だったようだ。彼女は敵に指をさし、迫力があるのかないのか分からない宣言をする。


「そうだな、二度と俺達を笑えなくしてやる」


 フィーリクスは『恐竜』の足元近くに先ほど落としたパイプを見つける。今彼の武器になりえるのはあれだけだ。彼はパイプ回収と敵の撃破の算段を立てる。


「フェリシティ、もう一度二人で突撃しよう」

「何かいい手を思いついたの?」

「まあそんなとこ。今度は俺が先に行く。フェリシティは俺を踏み台にして跳んでくれ」

「そのままあいつの口にパクリ、ってのはなしだからね」

「そんなことにはならないさ」


 彼は苦笑すると駆けだした。敵は迎え撃つ気のようで再び地面に足を付ける。フィーリクスはちらりと後ろを確認し、フェリシティが付いてきているのを確認する。


 『恐竜』も二人に対応するため前進を始めた。接触まで残り数メートルのところでフィーリクスはスピードはそのままにしゃがみ込むように姿勢を下げる。右肩に衝撃が来た。彼女の足だ。彼女の体重を感じつつ、全力で上へと押し上げる。


「うぉおおおりゃ!」

「んにゃ!」


 フェリシティがフィーリクスの肩を踏み込み跳ぶ。かじりつこうと『恐竜』が開けた大口を垂直に近い角度で飛び越えて、更に上空へ。同時にフィーリクスは恐竜の股下へ飛び込み転がり抜ける。目指すは前方に落ちているパイプだ。地面に滑り込みながら拾い上げると、ターンをかまして再び『恐竜』の方へと走った。


「喰らいなさい!」


 フェリシティが跳んだあと、噛みつきが空振りに終わった『恐竜』は立ち止まる。頭をもたげ上空にいる彼女を追う。落ちてきたところをいただこうと再び顎を開こうとしたが遅い。不安定な姿勢でいたところに鼻先へ二度目の踵落としを喰らい巨体が揺れた。


「もう一丁!」


 そこへフィーリクスの追撃が入る。今度こそ恐竜の脚を切り裂くと、空気が抜けへしゃげた。咄嗟のことで『恐竜』は空に浮かべず、よろめき横倒しに倒れこむ。この機会を逃す二人ではなかった。敵の脇腹を踏みつけにして着地したフェリシティが腹部に強烈なキックを入れ、フィーリクスは目玉に深々とパイプを突き入れる。


 累積されたダメージが限界を上回ったのだろう。『恐竜』が破裂音を残し消滅してパイプが地面に転がる。元の姿に戻った一回り小さい恐竜のバルーンが空へと旅立っていった。それを見届けたフィーリクス達が叫ぶ。


「やった!」

「ざっとこんなもんよ!」


 二人は拳を突きつけ合わせて勝利を祝った。


「今の奴はほとんど君が倒したようなもんだったな」

「まあね、って言いたいところだけど。あたし一人じゃ難しかった。あんたのアシストがあってこそよ」

「なんだ、意外と素直なんだね」

「何? それってどういう意味?」


 フェリシティは不思議そうな顔でフィーリクスに向き直る。


「今のは自分の勝ちだって、もっとぐいぐいくるかと」

「それは心外ね」


 彼女は組み腕を組み、じっとフィーリクスを見つめて彼の返答を待った。


「さっき競争だって言ってたし、いや、その、ごめん」


 彼女は特に感情を込めていたようには見えないが、フィーリクスは彼女に責められているような気がして言葉がしりすぼみになる。


「別に気にしてないわよ」


 彼女はあっけらかんと言い放つと笑いながら彼の背中を一つ叩いた。強い衝撃が響く。


「いてっ! そっか、よかった。にしてもさっきから、っていうかこの連中を最初に相手にした時から気になってたんだけど」

「何を?」

「なんか戦い方がゴロツキやチンピラみたいだなって思ってさ。割れたガラス瓶とか鉄パイプとか使って」

「それは確かに言えてるかも。今のとどめもお腹に蹴り入れて、目玉にパイプをぐさり! だもんね」


 彼女はジェスチャーを交えてふざけてみせる。フィーリクスは表情豊かな彼女を見て自然と笑顔が浮かぶのを自覚する。


「ははは」

「あははは」


 周りは静かだった。音を出すものはなく、この周辺にはもはや人は誰もいない。街の喧騒もここには届かない。フィーリクスはふと、まだ名前以外ほとんど知らない目の前の少女のことが気になった。


「静かになったね」

「今ので終わりかな。ってことは競争は不成立ね」

「ところで、君は何でモンスターなんかと戦ってたの?」

「あたし? んー、そうね。簡単に言えば、楽しいから」


 彼の想定していない返答が返ってくる。いや、実際のところは彼は戦っている最中に彼女からそういう雰囲気は感じ取っていた。戦闘を楽しんでいる、と。


「ちょっと、変な目であたしを見ない。戦闘狂とかそんなんじゃないんだからね」


 彼は考えていることが顔に出ていたようだ。逆に彼女に怪訝な目つきで見られる。フィーリクスは誤解を受けたのではないかと焦り、弁解のために何を言えばいいのか考える。


「そんなつもりじゃないんだ。ただ、君のことをもっと知りたくて」

「ふうん。それって、もしかしてあたしを口説いてるつもり?」


 フィーリクスは彼女に言われて気が付く。確かに今の言い方ではそう受け取られてもおかしくない。彼が更に何かを言おうとしたその時、微かに地響きが起こった。それは数度繰り返され、その度に揺れが大きくなる。それに合わせて地鳴りも聞こえてきた。


「あー、その。何か嫌な予感がする」

「あたしも」

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