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5話 pierce-4

「いや、ちょっと二人とも、どうしたんだよ?」

「ヒューゴがあたし達にこの仕事を振った理由が理由が分かったからよ!」


 聞いたフィーリクスにそう叫ぶフェリシティは、目に涙をうっすらと浮かべていた。ディリオンもいつもの調子はなく、狼狽しているのは明らかだ。二人の姿を見て、フィーリクスは自身も少なからず動揺していることに気付く。


「何かおかしいとは思ったんだ。フィーリクス、分からないのか? ヒューゴはお前らを、……いや、俺達が死んでも構わないと考えてるってことだぞ!?」


 ディリオンの不穏な発言にフィーリクスは冷や汗が吹き出たが、彼の言った内容を鵜呑みにする気はなかった。


「ははは、そんな大げさな。ヒューゴはああ見えて意外と面倒見がいいし、いくら俺達に疑いをかけてるからって……ねぇ二人とも、どうして俺をそんな目で見るの?」


 フェリシティも、ディリオンも据わった目でフィーリクスを見ており、少したりとも笑みを浮かべていない。フェリシティが突然フィーリクスの肩を掴んで揺さぶった。


「このままこの任務を続ければ死ぬ。でもきっと、仕事半ばで放り出せばウィッチの仲間と決めつけられて牢屋行きよ!」

「それじゃどっちにしろおしまいじゃないか!」


 早口でまくし立てるフェリシティの異様な雰囲気に気圧される。フィーリクスは出来れば二人のアイデアを支持したくなかった。二ヶ月半の間に、無愛想で人使いは荒いが何かと気にかけてくれたヒューゴのことを、それなりに気に入っていたのだ。いまだ揺さぶるフェリシティの手を掴んで握りしめる。


「俺は、見込みがあるからこそヒューゴはこの仕事を俺達にやらせたんだと思うんだ。彼は俺達を信頼してくれてるんだって、そう信じるよ」


 フィーリクスの言葉に先に反応したのはフェリシティではなくディリオンだった。


「はぁ? 信じるだって!? 誰を!? ヒューゴを!?」

「何だよ急に?」

「いいか! 彼を信用するな、絶対にだ」


 ディリオンは一度呼吸を整えると怒りを抑えるかのように静かに、それでいて力強く言う。


「フェリシティの言う通りだ。ヒューゴは、結果の出せないお前らに、ここにきていい機会だからと、始末しようと目論んでるに違いない」


 一節ごとに区切るように、はっきりと言うディリオンは猜疑に満ちた表情で何か思案しているようだ。何かを、思い出しているような。


「彼に何度死にそうな目にあわされたか! お前らには分からないだろうな!」

「ああ、うん。できれば聞きたく」

「あれは二年前のことだ。ろくに装備も持たされない状態で、ヘドロの化け物と戦った。事前の情報も乏しく苦戦した。ヘドロにまみれて危うく窒息して死ぬところだった!」

「おぇ、それは大変だったね」


 フィーリクスは顔をしかめて、しょうがなくディリオンの話を聞く。


「敵が炎に弱いってヒューゴから聞いたのは、そういう武器もなく何とか倒した後のことだ。彼は最初から弱点を知りつつ教えずに、俺を現場へ向かわせたんだ!」


 まくしたてるディリオンの目に、涙が浮かんでいるように見えたのは光の加減のせいだろうか。


「あの、ディリオン?」

「他にもあるぞ。いや、今はいい。とにかく、彼を信じるだなんて軽々しく言うんじゃない。分かったか?」


 彼はフィーリクスの反応を探るようにジロジロと睨みつける。首を縦に振らないと終わりそうにないと思わせる迫力に、フィーリクスは押し負けた。


「分かったよ」


 弱気に答える。ヒューゴの真意がどこにあるのか現在の状況からは測りかねたが、ただやるべきことをやるのみだ。フィーリクスはそう決意した。


「でも、俺達はやる。やり遂げる。どのみちそれしか選択肢はないんだろ? だったら、全力を尽くして戦うよ。だろ、フェリシティ?」

「あたしは、そうね。……あたしもやるよ」


 フェリシティは一瞬迷った様子を見せる。その瞬間がフィーリクスに不安を呼び込んだが、彼女の歯を見せ横に大きく引き開いた力強い笑顔が見られたことで払拭された。いつも彼女のこの笑顔に力づけられている。フェリシティが自分のパートナーであることが非常に頼もしいとフィーリクスは感じていた。


「ほう、見上げたもんだな。めげずに向かうってか」

「ディリオンはどうするの?」


 問われたディリオンは大きなため息を一つ付く。


「俺か? 俺は、お前らが無茶しないようにするための監督官だと思え。危険すぎると判断したら退却も視野に入れて動くつもりだ。……従えよ?」


 彼は片方の口だけを吊り上げて、しかしいつものシニカルなものとはどこか違う愛嬌を含んだ笑みを見せた。


「ありがとう!」

「やっぱり、ディリオンは俺達のこと心配してくれてるんだね」


 礼を言うフィーリクスとフェリシティにディリオンは軽く鼻を鳴らして答えるが、それは照れ隠しの意味合いがあるとフィーリクスには分かった。ディリオンはもうそれ以上は何も言わず、車を発進させ次の目的地へと向かう。


 三番目の場所はさらに北上し、街からやや外れた山近い場所にある一軒家だ。周りを木々に囲まれたかなり広めの庭を有する家、そこを目指す。


「こんにちは」

「やあ、こんにちは。ああ、君達三人が今回担当してくれるバスターズの人かね?」

「ええ、そうです。俺はディリオン。こっちはフィーリクスに、フェリシティ」

「「よろしく!」」


 玄関先で出迎えた主人へのディリオンの挨拶に、フィーリクスとフェリシティが元気よく続く。身分はいつも通りMBIではなくバスターズを名乗っているものだ。


「早速ですが、お話を伺いたい。まずはその事件が起きた場所まで案内をお願いできますか?」


 家の主人は老齢の男性だ。三人いる子供たちにも既に孫がおり、妻に先立たれ、現在は寂しい独居老人であるらしい。その旨を知ったのは彼の足が悪いため杖を突いてゆっくりと歩き、現場に差し掛かるまで彼がその話をするだけの時間が十分にあったからだ。彼が亡き妻との馴れ初めを話し出したところで到着したのは幸いだった、とフィーリクスは内心ため息を付いた。


「そうそう、ここだ、見てくれ。清掃を頼んでる者が知らせてくれた」


 庭の一角で、木々のない開けた場所だ。地面は舗装こそされてはいないものの平坦に整備されている。住人が若ければ遊び場所にしたり、バーベキューを行ったりできる面積が十分過ぎるほどにある。


 老人がある一点の地面を杖で指し示した。その清掃業者が普段しっかりと仕事をしているのだろう、地面に落ち葉やゴミはあまり落ちていない。そのためその状況がよく分かった。そこには今まで見てきた二か所とはやや違った穴が開けられていた。


「なにこれ」


 フェリシティが顔をしかめてフィーリクスに呟く。


「今まで見てきたのと違う」


 フィーリクスは地面をよく観察する。人の頭ほどの大きく歪な穴が一つと、その周辺にも小さなものが複数ある。小さい方は直径数ミリ程度のものばかりだ。大きいものは、小さな穴同士が重なって一つの穴になっていると思われた。深さはそれほどではなかったが、今までで見た中で最も大きなものだった。


「他にもやられたところがあるのかね?」

「そうなんだよ、高架道路の柱や車に穴を空けられたり、大変なんだ」


 老人に聞かれ、フィーリクスが怒りを交えて彼に語った。


「ふむ、そんな風にかね?」

「え?」


 老人が広場の端へ近付いて木陰に入り、木の根本付近を杖で指し示す。フィーリクスも歩み寄り覗き見ると、直径2センチメートルほどのものが空いていた。


「そう、こんな感じで……」


 フィーリクスはその穴を見つめながら返事をしようとして、途中で止めた。その穴のそばにたった今、もう一つ、音もなく新たに穴が出現したのだ。


「いっ!?」


 フィーリクスは驚きの声をあげる。それと同時に、背筋に何かぞくりと嫌なものを感じて動こうとしたが、咄嗟のことで体が思うように動かなかった。


「フィーリクス!!」


 フェリシティが叫ぶその前にフィーリクスは地面を転がっていた。自分を抱きかかえたディリオンがその場から飛び退き、その後宙に放り出されたのだと後から気が付く。慌てて飛び起き、ディリオンと共にフェリシティのいる場所まで下がる。


「ぼさっとしてんじゃ……、つっ……!」


 ディリオンは既にボディアーマーを身にまとっており、フィーリクスはその素早さに感心した。ただ、呻いた彼をよく見ればアーマーのわき腹部分が抉れているのが見え、顔面から一気に血の気が引いた。


「ディ、ディリオン?」

「掠っただけだ、身の方は皮一枚分も削れてないから安心しろ。それより……」


 ボディアーマーの素材の強度は確かなものだ。身体強化の魔法を用いていたであろうディリオンの影響を受けて、その強度は更に増していたはずだった。それなのになお軽々と、非常に奇麗な切断面を以てボディアーマーに穴が空けられていた。それもやはり音もなく、恐らく何の抵抗もなく。そして、それをやってのけたのは。


「ここまで案内してくれたこの家と庭の主人、あんたが犯人だ」

「今のを躱したの? しとめたと思ったのに、つまんないな」


 フィーリクス達三人に睨まれたその人物はディリオンの指摘には応えず、ただ自身の感想を述べた。その声は先程までの老人の声ではない。姿はそのままだが、声の質や話し方がまるきり変わっている。それに面食らったようでディリオンがやや上ずった声ではあるが反論の言葉を述べた。


「ちゃんと見てればそれぐらい分かる」

「ふーんそうなの、よかったね。お前は怪我したといってもちょっとだけみたいだし。それにそこのお前。お前だよ」

「俺?」


 老人はフィーリクスを指差す。その動きは老体のそれではない。加えて、持っていたはずの杖がいつの間にかなくなっていた。


「そう。さっき見てなかったはずなのに、攻撃を避けようとしたな? うまくいかなかったみたいだけど、でも何で分かったんだよ」


 まだ声変わりもしていない少年の声で彼は言う。その声に、フィーリクスは聞き覚えがあった。老人を油断なく睨みつけていると、彼の姿がぼやけたようになる。


「え、なによあれ?」

「彼に焦点が合わない」


 フィーリクス達が目をこすったり瞬きを何度か繰り返していると、次の瞬間には老人ではなく、一人の少年がそこに立っているのが彼らの目に映った。

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