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5話 pierce-2

 街外れで発生したモンスターを退治し意気揚々とMBIに戻った二人だが、どことなく今までとは違う、何か元気や覇気といったものが今一つ足りていない様子が見られた。


「はぁ……」


 事件報告書の作成のためデスクワークの途中だった二人は大きなため息を一つ、同時についた。もう、二カ月以上がたつ。何の日数かと言えば、フィーリクスとフェリシティの二人がMBIに仮登録され、働き出してからのものだ。モンスターとの戦闘も幾度となくこなしてきたし、それなりにジェムも集めた。それでもなお二人の上司であるヒューゴの、彼らに向ける視線にはどこか疑念の色があった。


「ハロー。どうしたの? なんか元気ないけど」


 二人に話しかけてきたのは同僚の一人、ニコだ。彼女はMBI内でもそこそこ会話する機会の多い人物だ。彼女の相棒エイジも同様だが、現在は彼の姿は室内にはなかった。


「ニコ。いや、大したことじゃ……」

「ちょっと聞いてよニコ。さっきさぁ、ロボット型の敵を倒してきたばかりなんだけど」


 フィーリクスの言葉を遮り、フェリシティが先の戦闘の顛末をニコに説明しだす。


「それで、フィーリクスったら子供向け番組を見てるっていうのよ!」

「ふふふ、男ってそういうとこあるよね。いつまでも、どこか子供っぽいっていうか」

「え!? 特撮番組って見てたらまずいのか!?」


 ラジーブが、驚愕の表情で急に会話に割り込んだ。通りがかりに会話を耳に挟んだらしい。ベテランのエージェントであるはずの彼は、何かショックを受けたような様子でふらふらと自席に戻っていく。それを見送った女性二人は黙って顔を見合わせたが、またすぐに話を再開する。


「それであたしが敵に向かっていったら、フィーリクスが『置いてかないでよ!』って。情けない声で言いながらあたしの後を必死に追いかけてくるの!」


 フェリシティは自らの言う情けなさを強調するためにジェスチャーを交え、脚色された物語を笑いながら語る。


「へぇ、そんなことが?」

「あっははは! ホントにお子様って感じで、ちょっとかわいらしかったよ」


 二人の会話を苦い顔をしながら聞いていたフィーリクスだが、フェリシティの勝手な解釈と自分を笑いものにする扱いに、少々我慢がならなかった。


「ちょっと待ったフェリシティ。君が合図もなく突っ込むから少し焦っただけだ。後を追いかけたのは、君の考えにすぐに気が付いたからだよ。見事な連携を見せたろ? ……それに、そもそも俺はそんな声情けない声で言ってないし」

「おしゃべりする暇があるなら書類をとっとと片付けて、パトロールにでも出かけたらどうだ」

「ひいっ!」


 なけなしの威厳を保とうと、必死に弁解を試みていたフィーリクスは気が付かなかった。知らぬ間に自室から出てきたヒューゴにどやされる。フィーリクスは小さく悲鳴を上げ、フェリシティは笑いを鎮め、ニコは滑らかな動きで音もなく自分の席へと戻っていく。


「ん? 返事がないぞ。何だ、クビになりたいのか、それとも投獄されたいのか?」


 硬直し、動きのないフィーリクスにヒューゴが眉根を寄せて迫る。投獄とは穏やかではないが、それだけの理由が二人にはあり、それを重々理解していた。ただ内容は理不尽なもので承伏はしかねる、といったところだったが。


「ねぇヒューゴ、あたし達って結構MBIに貢献してると思うんだけど。もうそろそろ……」


 フェリシティが両手のひらを組んで、猫なで声で言う。フィーリクスが知る限り、彼女は普段あまり人に媚びることはない。そのような態度を取るのはなかなかレアな光景だと思えた。だが、ヒューゴは無情にも彼女の陳情を途中で遮る。


「ダメだ」

「ちょっと! まだ言ってないでしょ!」

「言わなくても分かる。正式なエージェントにはまだなれない。これを言うのは七回目だぞ」


 ヒューゴは素っ気ない。それどころかうんざりした顔ですり寄るフェリシティを手で払った。フィーリクスは数えていたわけではないが、本当に七回も同じことを言っているのなら嫌気も差すだろうと、内心で彼に少しばかりの同情心を寄せた。それが顔に出ていたのか、フェリシティがフィーリクスをじろりと見つめると眉をひそめて声を荒らげる。


「フィーリクス、あんたもヒューゴに何か言いなさいよ! あたし達にも権利があるってね!」


 周囲の人間は興味津々にことの成り行きを見ている。が、むくれっ面で迫るフェリシティからフィーリクスが助けを求めるように周りを見渡すと、皆素知らぬ顔になり視線を外してしまった。その中でただ一人、声をかけてくるものがある。同僚の一人であるディリオンだ。


「権利とはまあ、お利口な言葉を使うじゃないか、フェリシティ」

「ディリオン、嫌みを言いに来たんなら今は無理よ。受付時間を過ぎてる」

「なんだそりゃ、っていうかそうじゃない。権利を主張するんなら、まずは義務を果たさないとな」


 したり顔のディリオンだが彼のセリフの内容にも一理ある。とはいえそれは通常の義務と権利の話であれば、だとフィーリクスは胸中で付け加える。これ以上喋らせまいとディリオンの前に出たヒューゴは、そんな彼の心情などはお構いなしに話を進めていくようだ。


「私のセリフを取ったのは気に食わんが、ディリオンの言うとおりだ。やるべきことをまだやってない」


 やるべきこと。フィーリクス達が正式なエージェントになるためのゲートウェイは、ウィッチと呼ばれる人物達を捕まえる、もしくは彼らの犯罪の証拠集めや言質を取ることだ。彼らはモンスターを作り出し、MBIを何らかの理由で恨み、世の中を混乱に陥れようとする悪党の集まりだと言われている。その中で、フィーリクス達に因縁のある者がいた。男女のペアで、彼らの犯罪の濡れ衣を着せられたのが二ヶ月前だ。以来その二人の手がかりを探しているが、今に至るまで特にめぼしい情報は得られていない。


「そんな! だって無理よ、二ヶ月間MBIのエージェント、……仮エージェントとしてやってきたけど、あたし達だけじゃなくて皆も、ウィッチの情報をほとんど掴んでないじゃない!」


 手を振り上げて抗議するフェリシティがフィーリクスを見る。そこには懇願の意味合いが含まれている表情があった。フィーリクスは彼女に援護射撃をお願いされているのだと理解する。


「それは俺も思うよ。最初は楽勝だって思ってたけど、分かったよ。条件が厳しすぎるってね」


 フィーリクスはヒューゴを真剣な眼差しで見つめる。それからディリオンにも視線を向けた。


「ディリオンだってそう思うだろ?」

「俺か? そうだな。俺なら、もっとうまく立ち回るだろうな。お前らが正式なエージェントに登録されるのは、まだ先の話だ。職員レベル2なんかは、当分の間なれないだろうぜ」

「それじゃ答えになってないよ……」


 MBIエージェントには三段階のレベルが存在する。レベル1から3まで、それぞれの段階によって使える装備や出力の制限が解除されていく。今はまだ、レベル1相当の扱いを受けてはいるが、いわば仮免許のようなものだ。


 皮肉屋なところのある彼に期待したのは間違いだったらしい、とフィーリクスは気付いた。それどころか怒りがふつふつと湧いてくるのを実感する。


「ディリオン」

「何だ?」

「俺達だって努力してないわけじゃない」

「そうか、じゃあより一層任務に励んでくれ」


 そう言い残し、その場を去ろうとしたディリオンを呼び止める。一度軽く深呼吸して気持ちを切り替えたフィーリクスは、話の方向性を変えることにした。このままでは埒が明かず、無駄だと悟ったからだ。


「君やキーネン、エイジにニコ、それにヴィンセントとラジーブは、一度俺達に助けられてるよね?」


 以前、自身や触れている物を透明化できる異能を持った三匹の豚のモンスターが出現した。今言ったペアの三チームがそれぞれ一匹ずつと戦い敵を逃したところ三匹が合流し、フィーリクス達も加えた四チーム合同での戦いになった。その戦いで皆がピンチに陥ったところを、フィーリクスとフェリシティが機転を利かせ窮地を救ったことがあったのだ。


「おいおい、調子に乗るなよ新入り。あれは皆実力を出していなかっただけだ。その前にお前らが何とか勝てそうだったから任せた。それだけだ」

「え!? そうだったの!?」


 フェリシティが「アゥ」と小さく呟き、しまったと言わんばかりに顔をしかめて手を頭にやった。そんな彼女にいつの間にか再び近寄ってきていたニコレッタが彼女の肩をポンと叩く。


「ああ、ごめんなさい。言わなかったけど、確かに皆まだ奥の手を出してなかったのは事実ね」

「それ以上言わないで……」

「つまり、ピンチに見えて焦ってたのは、フィーリクスとフェリシティの二人だけだったってこと」

「そんな……」


 助けたことを恩に着せて協力体制を勝ち取ろうと考えていたフィーリクスの目論見は、どうやら一瞬で崩れ去ったようだ。結果フィーリクスはがっくりと肩を落とすこととなり、また大きなため息をついた。

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