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4話 capture-16

 村に戻った一行は通りを行きながら辺りの状況を観察する。そこら中に住人が倒れているが、中には起き上がり他の住人を介抱している者も見受けられた。目を覚ました住人たちは腹の具合がよくないのか皆一様に腹をさすり、微妙な表情をしている。


「みんなあたしと一緒ね」

「そういえばフェリシティもお腹さすってたね。モンスターが胃袋に寄生してたんじゃそりゃそうなるか」

「あんまり思い出したくない。ゲロ吐いちゃったし」

「そう言えばモーテル、俺の部屋あのままの状態だった。今夜どうしよう……」


 ブルックスのトラックは村の中心部へと向かっている。目的地はディーナのいる、イヴリンの借家だ。もうあまり距離はなく、間もなく到着する頃合いだった。


「あたしの部屋に来なさいよ」

「いいっ!?」


 周辺を見回していたフィーリクスは彼女の申し出に驚き思わず勢いよく振り返る。


「嫌なの?」


 フェリシティの怒る姿が目に映ると思いきや、眉根を寄せたどこか寂しそうな表情の彼女がそこにいた。フィーリクスは彼女の考えていることがよく分からなかったが、自分の対応が何かしら失敗だったということは理解できた。


「いや、その、そうじゃなくて。むしろフェリシティが嫌じゃないの? 相棒とはいえ、ほら、俺も男だし。安心できないだろ? だから、その……」


 取り繕うための言葉を並べてフェリシティの反応を伺う。言い終わる前に彼女が吹き出した。


「あんたってほんとおもしろいわね。……で、もしかしてあたしに何かしようとか思ってる?」

「そんなわけないだろ! 大事なバディに何をするだなんて!」


 フィーリクスはニヤニヤと笑うフェリシティに全力で否定する。直後彼女に抱きしめられた。


「分かってるって」

「ああ、もう……」


 フィーリクスは、フェリシティのこの無防備に、無遠慮にスキンシップを取ってくるところに弱かった。文句の一つでも言おうと思っていても、その気が霧散する。ため息をつくと彼女の頭をそっと撫でた。


「お二人さん。いちゃついてるところすまないが、到着したぜ」


 トラックが停止すると共にブルックスに呼びかけられた。二人はさっと離れると居住まいを正し荷台から降りる。最も多く人が集まっていた場所がイヴリンの借家周辺だったが、今は半数以上が目を覚ましそれぞれの家に帰るのだろう、何が起きたのか釈然としない様子でお互いに挨拶をしたりしながら歩き出していた。


「みんな、事件の間の記憶はないみたいね」

「正直助かるけどね」


 フィーリクスはイヴリンを抱きかかえながら、破壊された玄関から入るのはやめて裏口へ回り込んで家に入る。足音で気が付いたのだろう、二人が入ってすぐにディーナの声が響いた。


「フィーリクス! フェリシティ! 早くこれ取ってよ!」


 彼女は未だ粘着弾による縛めに床に貼り付けられたままだった。ジタバタともがいているが一般人に解けるものではないため徒労に終わっている。


「げっ、ごめんディーナ!」


 フィーリクスがすぐに魔法を解除し、拘束を解くとディーナがむくりと起き上がる。イヴリンを寝室のベッドに寝かせてから、ディーナにことのあらましを説明した。


「はぁ、今回はあたし何にも活躍できなかったなぁ。助言とかもしてあげられなかった。それができてればもうちょっと、相手と戦いやすくなったかもしれないのに。モンスター学者の名が泣くね」

「操られてたんだし、仕方ないよ」

「MBIに帰ったら、あたし達に色々教えてほしいな!」


 ヒューゴにも連絡を取って事態の収拾方法を協議する。彼によれば今回の事件は、ほとんどの村人の記憶がすっぽりと抜け落ちているため、正常性バイアスの働きもあり大きな騒ぎにはならない。家屋やイヴリンの車などの損壊を除けば問題はないだろう、ということだった。


「そんなもんなのかな」

「そういうものだ。人は皆、己の信じたいものを信じる。私だって例外じゃない。君らが大きな失敗をしない、といつも信じてるからな」

「ああ、それはありが……。いや、それ褒めてるの?」

「さあな」


 目を覚ましたイヴリンには、車と家はモンスターの襲撃により破壊されたことにして納得させた。事件のショックで記憶が抜け落ちているのだろうと言うと、思いのほかすんなりと飲み込んだ様子を見せた。フィーリクスはそんな彼女を見て、今しがたのヒューゴの言葉が本当のことだと理解する。イヴリンに修復費用などは政府による補填があると聞かせると、ひとまず安心したようだった。


「何か、夢を見ていたみたい。悪い夢を」

「忘れたほうがいいよ」


 イヴリンの呟きにディーナがハグをして応える。一連の記憶はなくとも、深層意識に刻まれた心の傷があるのかもしれない、とフィーリクスは彼女の様子を見て考える。ウィッチによる犯行であるならば、必ず見つけ出し逮捕することを密かに決意した。


「じゃあ、俺達はこれで」

「また明日!」


 フィーリクスとフェリシティはこの家に留まる二人に手を振る。


「また明日ね」

「ディーナを連れてきてくれてありがとう」


 もう一晩イヴリンと共にいると言ったディーナを置いて、別れを告げると家を出た。モーテルまでの帰路の間に見かけた住人の顔をよく見たが、結局その中に家出少年のアーウィンを見つけることはできなかった。ただ、モンスターに操られずにすみ、まだ家出中であるならば。様子を窺い折を見て家に戻るだろうと思い、本格的に捜索するのはやめにした。彼の性格ならば、問題ないだろうと踏んだからだ。フェリシティとモーテルに戻ったフィーリクスは、彼女の部屋のベッドに仰向けに寝倒れた。


「で、操られたあたしが、フィーリクスの部屋に行ったとき。あたしって、どんな話をしたの?」


 フェリシティもフィーリクスの左横に、背を向けあぐらをかいて座る。フィーリクスは体を彼女の方を向くように横向きにして、彼女の腰に右腕を回した。思ったよりも細い腰をしっかりと抱きかかえる。フィーリクスの顔の目の前に、彼女の大きな臀部があるような状態だ。


「子供か動物みたいよ」


 そうは言いつつも彼女に嫌がるそぶりが全くないため、そのままの体勢を崩さない。フィーリクスの瞼は既に重たかった。


「それで、んー、話さなきゃダメ?」

「何よ、話せないことでも起きたってわけじゃないでしょ?」

「そんなことは、……どうなんだろ」


 フィーリクスは深く息を吸い込み、吐き出す。


「まさか何かした!?」


 フィーリクスは、どちらかというと今の方が変なことをしているだろうと、眠気に負けそうな虚ろな意識で考える。


「まさか。どっちかっていうとフェリシティの方が……」

「待って、あたし、その、口では言えないようなことをあんたにしちゃったの!?」

「いや、口には出せるから大丈夫」


 フィーリクスとの位置関係ではフェリシティの表情は見えないが、彼女が何やら随分と恥ずかしそうにものを言うのが分かる。フィーリクスはまた深く息を吸って吐いた。


「じゃあ話しなさいよ。ところで、もしかしてあたしのお尻の匂い嗅いでない?」

「嗅いでない」

「絶対嗅いでる!」


 フェリシティが倒れ込み、彼女の腰とベッドの間に再び仰向けに倒されたフィーリクスの頭が挟みこまれて窒息した。しばらくもがいていたが酸素が脳に行き渡らなくなり、朦朧とし始めたところでようやく彼女が上半身を起こす。今ので多少意識が覚醒したフィーリクスは彼女の更なる仕置きを覚悟した。


「お馬鹿」


 彼女はそうポツリと言うと、フィーリクスの頭を撫でる。殴られるのかと思っていたフィーリクスは拍子抜けしたが、彼女はそれ以上フィーリクスを責めない。代わりにフィーリクスの、頭の匂いを嗅いだようだ。彼の頭上でそういう音がした。


「頭の匂い嗅いでない?」

「嗅いでる。シャワー浴びたほうがいいよ、あたしもだけど」

「……フェリシティ。君がした話は、君がまた自分から話してくれるまで、忘れることにする」

「そっか、分かった。……フィーリクス? 寝ちゃったの? ……お休み、マイパートナー」


 彼女の声が小さく遠くなっていく。もう一度、今度は彼女と反対向きに横になる。既に目を瞑っていたフィーリクスの意識が薄れゆく。暖かい何かに包まれるような感触があった。彼女の体温を背中に感じながら、フィーリクスは安心して眠りに落ちた。

今回で第四話終了となります。

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