表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/152

4話 capture-15

 反撃しようにもイヴリンに何かあっては困る、ということで打つ手なくフィーリクスとフェリシティの二人は『イヴリン』からの攻撃を避け続けるだけで精いっぱいだった。体を支えていた肢四本はもがれているが、鎌二本と胴体のうねりをもって意外に素早い移動で二人に追撃を加えフィーリクス達を追い詰める。敵の連撃の速度が上がり焦りが生まれつつある中、フェリシティが小さく唸った。


「どうしたら……」


 下唇を噛み、眉尻を下げて打開策を考えるフェリシティを見て、フィーリクスは場違い的に彼女に対して魅力を感じていた。具体的に言い表しにくいが、懸命に戦う姿にとてもいい、という感情を覚え自然と口元に笑みを浮かべているのに気付く。彼女に見つかったら怒られるかも、などと考えすぐに表情を戻し気を引き締める。そしてフィーリクスはある点に気が付いた。


「待ってくれ。モンスターの身体にダメージを与えたらイヴリンが痛がった。けど逆は?」

「彼女を痛めつけようっての!?」


 フィーリクスを見るフェリシティの表情には先程森の中で見せた不信の色をより強めたものがあった。それは気のせいではなくフィーリクスは引っかかるものを感じたが、戦闘中に彼女の真意を問いただす暇はない。


「そうじゃない! ほんのちょっとだけ、確かめるだけだよ」

「確かめるって何を……あっ!」


 フェリシティに止める間を与えず、フィーリクスは真っすぐに『イヴリン』に近づいた。『イヴリン』は這いずるのをやめ、両方の鎌を突き刺そうと鋭い切っ先を高速でフィーリクスに突き入れる。それを身体強化から加速に切り替え急接近しつつ躱すとモンスターの頭部、イヴリンの顔の目前で立ち止まった。


「ごめんイヴリン!」


 フィーリクスはイヴリンの額に、デコピンを一発入れた。その後またすぐに高速で抜け出すとフェリシティの元まで駆け戻る。


「決まったね、フェイクだ!」

「何のことよ?」

「やるよ。君の言う通りモンスターの頭をもぐ。覚悟はいいかいフェリシティ!?」

「ああもう、質問に答えなさいよ! ……分かった。いや分かんないけど、あんたを信じる。オーケーよ!」


 納得のいかない顔のフェリシティだがフィーリクスの意志は伝わったようだ。フィーリクスの背中を軽く叩くと隣で構えを取る。フィーリクスも同じく構えると、最初のように左右に別れて『イヴリン』との距離を詰めた。『イヴリン』は一瞬の迷いを見せ、その後またフィーリクスに狙いを定め鎌を振るう。だが、それは狙いの内だ。そうなるように誘導していたフィーリクスは魔法を加速から身体強化に戻してはいない。易々と二本の凶器を避けると粘着弾を顔に一面にかぶせるように数発撃ち、視覚を奪われた『イヴリン』の隙を突いて首部分に手を回す。


「行くよ!」

「イャーフー!」


 フェリシティも反対側で同じように敵の首に腕を回し力を込めた。両側から挟み込み、てこを使った捻りで思った以上に簡単に首関節がもげる。体液にまみれた伸びた神経節や食道、筋組織が胴体と繋がったままの状態で、頭部が地面に転がった。モンスターはしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなり消滅した。


「イヴリン!!」


 そこには意識のない様子のイヴリンが道路上に横たわっている。それとジェムが一つ、及びモンスターベースとなったであろう小さな何かの虫の標本も彼女の傍に落ちていた。フェリシティがイヴリンに駆け寄り、地面に膝をついて彼女を抱き上げると無事を確認する。


「大丈夫、みたいよ。気を失ってるけど息してるし、手も足も、体に異常はないみたい」

「よかった」


 ジェムと標本を回収し、フィーリクスも歩み寄るとイヴリンの様子を見る。フェリシティの言う通り意識のない状態だが、その顔に苦しそうな表情は浮かんでいない。フェリシティがイヴリンから視線を外し変わりにフィーリクスへ向ける。引き結ばれた口に眉根を寄せる彼女の顔は、説明を求めている、とフィーリクスは感じ取った。


「昆虫の体表部分には神経は通ってない、って前に何かで見たことがあるんだ。イヴリンが本物なら、デコピンを痛がるとか少しは反応するはずだった」


 フェリシティはこの時点でピンときたようだ。眉をはね上げ、若干硬かった表情が和らいだ。


「でもデコピンには何の反応もなかった。ってことは」


 フィーリクスは、フェリシティがもう自分の言おうとしてることが分かっているだろうと思いつつも、彼女の目をしっかりと見据え、最後まで説明を続ける。


「あのイヴリンの顔はモンスターの擬態だったんだよ。俺達を攪乱するための、ね。恐らく彼女の記憶を使ったんだ。今までのモンスターにそんな真似をする奴はいなかったけど、そういうことなんだと思う。……そもそも指でイヴリンのおでこを弾いた時、すごく硬かったし」


 フェリシティは合点がいったという態度でため息を軽くつく。


「なるほど。でも、もしあれが本物、もしくは本物と見分けがつかないくらい本物らしい反応をしてたら、どうするつもりだったの?」


 そう問う彼女は笑顔だった。目に力を込め、口を左右に大きく引いて吊り上げる。彼女に、もう疑念の色はもう見えない。答えるのに迷いはなかった。


「その時は、逃げるつもりだった。君と一緒にね。イヴリンごと倒すわけにはいかないし、応援を呼んで仲間が来るまで、山の中を逃げ回ってただろうね」

「そう言うと思った」


 フェリシティが拳を突き出し、フィーリクスはそれに自分の拳を突き合わせて応えた。その直後、イヴリンがうめく。


「ん、……んん」


 彼女が目を覚ます。まぶたを開き、視線をしばし虚空をさまよわせていたが、次第に意識がはっきりしてきたのか何度か瞬きをする。フェリシティとフィーリクスの顔を見て、二人の思いもよらぬ言葉を発した。


「あれ、ここは? あなた達、誰?」

「えっ!? あー、えーと。……初めまして! あたし達ディーナの知り合いなの!」


 イヴリンにフィーリクス達との記憶が全くないことに驚きを隠せなかった。フェリシティも落ち着きなくではあるが、咄嗟に彼女に対応してみせる。


「ディーナの? もしかして彼女もここへ来てるの?」

「そう、ディーナとあたし達の三人で……」


 フェリシティが弁解をする中、イヴリンは胸元が涼しいことに気付いたようだ。ボタンが外されたシャツがはだけ、下着が見えている。


「え……、え、え? 何で?」


 彼女は勢いよく起きあがってフィーリクスとフェリシティを交互に見ると、取り敢えず悲鳴を上げてフィーリクスの頬をはたいた。


「何で!?」


 フィーリクスの問い掛けにイヴリンは答えない。いや、答えられなくなっていた。また意識を失ったようでふらりと仰向けに倒れ、フェリシティに慌てて抱き止められる。


「参ったね」


 フェリシティがぼやき、ふと何か耳に捕らえたようで顔を道路の先、カーブして見えなくなるあたりを凝視した。そのカーブからボロいピックアップトラックが現れ山道を走ってくる。ブルックスの車だ。


「おーい、お前ら無事か!?」


 近くの道路脇にトラックを止め、ブルックスが三人のそばへ来た。


「モーテルの不気味な管理人!」


 フェリシティが警戒するようにブルックスを睨みつけ叫ぶ。フィーリクスが慌てて彼女を諫め、ブルックスが今回の事件解決に協力してくれた人物であることを説明すると、一転納得した様子で彼と握手をした。特に元バスターズであるという点が気に入ったらしい。


「変な人かモンスターに操られてるかどっちかって思ったよ」

「それはまあ、そう取られてもしょうがないかもしれんな。はは」


 二人が親睦を深める中、フィーリクスは今回起きた一連の出来事を振り返る。ジェムを取り込み、人の記憶を読み取って操り、増殖して勢力を増す。今までの、従来通りのモンスターではないような気がした。何か人為的なものにしても、複雑過ぎる。そう感じられた。ウィッチが関わっている案件なのだとすると、彼らのモンスター創出技術が進歩しているのでは、と勘ぐるがそれを確かめるすべは今のところ持ち合わせていない。怪しいと思われたのはフードを被った家出少年や目の前にいるブルックスくらいだったが、どちらも容疑から外れており他に該当しそうな人物も見つからない。手詰まり感があった。フィーリクスは取り敢えずそれらを胸に納め二人に声をかける。


「村に戻ろう」

「ああ、車に乗ってくれ」

「ディーナや住人たちが無事か確かめないとね」


 未だ意識のないイヴリンを助手席に乗せ、フィーリクスとフェリシティは荷台に乗り込む。村までの僅かな間のドライブだ。風を浴び、それを心地よいと感じる。ふとフェリシティを見て、彼女がフィーリクスに視線を寄せているのに気が付いた。


「どうしたの?」

「何でもない、見てるだけ」

「何で見てるのかが気になるんだけど」

「ダメなの?」

「ダメじゃない」

「ならいいじゃない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ