表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/152

4話 capture-14

 モンスターの姿は昆虫型で、体色は黒い。肢は三対の計六本。前肢二本は棘の付いた大きな鎌状のもので、中肢と後肢の四本で体を支えている。丸みを帯びた頭部、鎌を操るために発達した筋肉を収めているであろう盛り上がった胸部、短めの腹部、半透明の上翅と下翅を持つ。ハエにカマキリの鎌を取りつけたような姿をした生物、カマバエのモンスターだった。ただしその頭部の、本来ならば複眼が一対ある場所。そこは単純な構造の個眼ではなく、人間のもののような眼球がびしりと密集していた。眼球一つ一つがぐりぐりと動き、不気味さをより一層際立たせている。


「きもい、きもすぎる」

「うえぇぇ。……フィーリクス、来るよ!」

「ああ!」


 敵は山間の道路上で音を立てて翅を震わせた。鎌を持ち上げ目の前の人間を獲物と定める。


 黒い暴力が二人を狙う。


「散開!」


 フィーリクスのかけ声で二人が走る。車より大きな巨体に見合わない速度でカマバエも動いた。身体強化で対応し、左右に展開する二人だが、相手の反応は早い。即目標をフィーリクスに絞り追随する。


 鎌を振り上げ、振り下ろす。単純な動きはそれだけに強力だ。風切り音は低いが鎌の動きは速い。何とか目で捉えたフィーリクスはギリギリで横手へと跳んで躱しざまに銃を撃ち込んだ。直後アスファルトで舗装された道路が割れて鎌の先端が地面にめり込むのと、銃弾が相手胴体の外骨格に跳ね返されたのを見た。


「まともに食らったら終わりだね……」

「大丈夫!?」


 フェリシティが声をあげフィーリクスの安否を気遣うがそれに答える余裕はない。カマバエは地面から鎌を引き抜くと、引き続いてフィーリクスを狙って迫ってきた。無機質な昆虫の動きにギョロギョロ動く眼球の違和感がフィーリクス達の集中を乱す。


「あんたちょっとキモすぎるのよ!」


 いつの間にかカマバエの後ろに回り込んでいたフェリシティの放つ蹴りが、後肢を打ち据える。確かに芯を捉えた蹴りは、だが敵の肢を揺らすだけに終わった。見ればフェリシティが顔をしかめている。


「かっ、かたい……。っ! うわっヤバい!」


 衝撃を感知したカマバエは、小回りよく急激に方向転換したかと思うとその勢いで鎌を振り回し、裏拳の要領で反応の遅れたフェリシティの腹部を打つ。


「フェリシティ!」


 宙を舞い道路を外れて森に突っ込んだフェリシティは木々を抜け、着地に備えて身を翻しながらも木の一本に激突して顔面を強打した。一瞬木に張り付いて、やがてずり落ちる。仰向けに転がったフェリシティが一言のたまった。


「寿命を迎えたセミ……」

「大丈夫みたいだ」


 フィーリクスは思わず彼女のそばに駆け寄ったが、恐らくは自ら後へ跳んで衝撃を緩和したのだろう、彼女の反応を見るにつけ問題はないようだと判断してすぐに敵の方へ向き直る。


「……あの。もうちょっと、こう、ケアを……」


 背中越しに彼女の声を聞き、ちらりと後ろを短く確認した。立ち上がるフェリシティの顔は赤い。顔面を打ったことによるものと、カマバエにやられたことに対する怒りが原因だと推察したフィーリクスは彼女をより発憤させようと思いつく。


「さあフェリシティ、早くモンスターを……」


 言いかけて肩を掴まれたフィーリクスがまたフェリシティの方を振り向くと、彼女の怒りがどうやらフィーリクスに向けられていることに気が付いた。モンスターではなくフィーリクスをじっと見据えていたからだ。ジロジロと見回す彼女の目に不信の色を見て取れた気がしたが、今それを聞く暇はなかった。フェリシティもそれは分かっていたらしく、結局何も言わないまま手を離す。


「行こう、相棒」

「ええ、やっつけましょ。でもあいつ、相当硬いよ?」

「ああ。でも何か手はあるはずだよ」


 森は木と木の間隔はそれほど小さくはないが、カマバエが十分暴れられるスペースはない。攻めあぐねたか森の入り口で鎌をこすり合わせて、じっと二人の様子を観察している。


「ああいうタイプは自分で戦う力はあんまりないってのが定石じゃないの!!」

「実際強いんだからしょうがないよ。銃弾は弾かれるし、フェリシティの蹴りも通用しない」

「粘着弾」

「それしかないか」


 木々の隙間から二条の白線がカマバエに向かって延びる。二人が放った粘着弾だ。敵はうす暗がりからいきなり現れたそれに反応できずまともに浴びる。展開された粘着質の魔法物質が鎌と胴体を、脚部と地面を繋ぎ止めた。


「イヴリンも助けないといけないし、難易度高いな」

「うだうだ言ってる暇があったら、次!」


 二発三発と追加の魔法弾を与え、カマバエは簡単に身動きが取れないであろう状態にまで粘着物質に絡み取られた。もがいてはいるが、易々とは破れないようだ。


「で、こっからどうしよう? 中にイヴリンがいるし、炎で炙るってわけにはいかない、よね?」

「当たり前だろ!」


 フェリシティの無茶な提案を即却下するが、有効な手段が何なのか思いつかないままフィーリクスは敵の前へと再び躍り出る。フェリシティはまたも相手の後方へと回り込み漫然と肢部分へと近づいた。フィーリクスが声をかけるよりも早く、粘着弾に捕らわれていない後肢の一本を掴むと関節部分を抱える。力を込めるとへし折った。


「折れるの!?」

「……みたい」


 折った本人が意外そうな顔で、もいだ肢を掴んだままポツリと返事をする。肢の先端部分が痙攣したことに「ひぃっ!」と短く叫び、気味悪がってすぐに捨てた。肢をもがれたカマバエは一度びくりと大きく震えると何かを考えるかのように動きを止め、次に今まで使わなかった翅を展開すると震わせ始めた。モンスターには時折、通常の物理法則が通用しないことがある。今回もまさにそれだった。大きな音を立てて翅を羽ばたかせ規格外の大きさでも飛翔に差支えはない。巨体がふわりと浮き上がる。地面に縫い付けられていた肢は中肢一本だけだったが、それが千切れるのも構わずに制空権を得ることを優先させるつもりのようだ。


「飛ぶ気!? させるか!」


 フィーリクスとフェリシティは共に地面を蹴って跳ぶと、空中から翅に粘着弾を浴びせ絡め取る。使い物にならなくなった翅は飛翔能力を失い、地面に落ちた。そこへ着地したフェリシティがすかさずもう一本の後肢をもぎ取って放り投げる。フィーリクスもそれに倣って残った中肢をもいだその途端だった。


「痛い!」


 二人はギョッとして大きく後ろに下がる。カマバエの六本ある肢のうち残っているのは前肢の鎌二本だけだ。身動き取れず蠢くモンスターの、声のした場所を注意深く見つめる。今響いた悲鳴は、イヴリンのものだ。それはモンスターの額部分、二つの不気味な眼球の集合体の間から発せられたものだった。


「痛い! やめてフィーリクス、フェリシティ! ひどい! 腕、腕が、足が折れてる!」


 そこに、イヴリンの顔があった。体はカマバエの頭部内に納められているのか、顔面だけが浮き出ている形だ。苦痛に表情を歪めるイヴリンが口を開き、二人に訴える。それは攻撃中止の哀願だ。腕や足が折れている、というのはモンスターと神経がシンクロしているために痛みを感じているのか、それともモンスターの体内にあるはずのイヴリンの肉体にダメージがあるのか、フィーリクスには判断が付かなかった。痛みに耐えかねすすり泣くように唸るイヴリンを見て、フェリシティが心配そうな顔でフィーリクスと彼女をキョロキョロと交互に見る。


「これは、イヴリンが喋ってるの? それともモンスターが喋らせてる!?」

「分からない……。初めてのことだらけで、分析のしようがないよ」

 

 フィーリクスは悩む。シンクロしているならば、イヴリンの精神に大きくダメージを残すことになる。肉体に何がしかのフィードバックのようなものが働いており、モンスターへのダメージがそのままイヴリンにも与えられているとしたら、尚更これ以上の攻撃はできなかった。フィーリクスは考える。もしくは。


「これじゃ攻撃できないよ! どうしたら……」

「ああディーナ、あなたが、あなたがいなければ。……あ、あなた達が、ディーナを……助けないと……」


 イヴリンが何事か、呟いていた。


「何を言って……?」

「記憶が混濁してるのか?」

「仲良さそうにして、……許せない。邪魔、は、……させない!」


 イヴリンが、カマバエとシンクロ率を上げたのかどうかは分からなかったが、彼女の声と同時に鎌が動いた。粘着弾がまとわりついていたが、それを突き破って鎌を振りかぶり斜めに打ち下ろす。油断していた二人は射程範囲内にいたため慌てて飛びのき攻撃を避ける。地面をうがった鎌はアスファルトをこそぐようにして振り抜かれ、追撃を二人に入れるべくもう一本の鎌を地面に立てて這い進むともう一度、今度は横薙ぎに鎌を振るう。跳んで躱した二人は更に距離を取って着地した。


「匍匐前進!? だけど見た目が気持ち悪すぎる」

「同意するよ」


 うねうねと胴体をくねらせ、鎌を次々に地面に突き立てては二人に這いより執拗に狙い続ける。フィーリクスが粘着弾を撃つが、すぐに引きちぎって散らされ、最早効果がないようだった。


「ディーナ……、どこ」


 逃げ続ける二人を追いながら『イヴリン』はまだ何事かを口走っていた。


「一緒に、……愛しい人。……あなた達は、邪魔よ!」


 また『イヴリン』の声とリンクして鎌が振るわれる。 


「あれ、これもしかして」

「イヴリン、ディーナのこと」

「愛ね!」

「みたい」


 イヴリンのディーナに対する愛の言葉は、状況と相まって非常に不気味な雰囲気を醸し出している。それを感じ取ったフィーリクスは怖気が立った。フェリシティを見れば彼女も自分の腕を抱え、首を左右に振って拒否反応を示していた。


「……フィーリクス、一か八かモンスターの頭もいでみよう!」

「それで連動してイヴリンの頭も取れたりしないよね?」

「かも」

「なのにやろうっての!?」

「だってこの状況には耐えられない! 不気味過ぎでしょ! それに他に打つ手があるって言うの!? あるなら言ってよ、それに従うから!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ