4話 capture-12
周囲の窓際や玄関では住人たちが侵入しようと試み続けている。ドアや雨戸が叩かれ破壊される音が断続的に響く。四人はこの後の行動の指針を迅速に決める必要があった。
「今回のこの事態はモンスターの仕業だと思う」
「モンスターの? フィーリクスはそういうのに詳しいの?」
イヴリンが聞く。MBIエージェントとして日々モンスター達を葬っていますとは言えない。言えば、フィーリクスとイヴリン共々記憶を消されるか人格を書き換えられるかしてどこかへと放逐される、とヒューゴやヴィンセント達に言われている。今までの出来事がなかったことにされるのだけは避けなければならない。
「前にちょっと襲われたことがあってね。その時はバスターズに助けてもらったんだけど、それからモンスターについて少し調べたりしてたんだ」
「へぇ、大変だったのね」
「まあね。で、モンスターだけどこれは多分、一体のメインと多数のレプリカからなる主従型のタイプだ。しかも、人に寄生して操ることもできる、特殊な奴」
四人は難しい顔をして唸る。この状況を打開するにはどういう手が有効なのか、フィーリクスは考えた。
「それで、どうしたらいいと思う?」
ディーナが三人に先を促す。
「レプリカを倒しても意味がない。次々増えるからね。メインを叩けばレプリカはみんな死滅するはず。多分。だからまずはメインを探さないと」
「でも、相手はモンスターだよ? 戦えるの?」
「このタイプは強さはそんなにないんだ。やりようによっては俺たちでも倒せると思う。ただ」
「ただ?」
フィーリクスは彼女に答えるが、自身が言った言葉が何を意味するかよく分かっていた。
「この村の人間がどのくらいいて、どのくらいが寄生されてて、その内どれがメインなのかを探し当てなくっちゃならないんだけどね」
「絶望的じゃない!」
イヴリンが叫ぶ。フィーリクスにはそれも無理はないだろうと思われた。彼女はこういう状況に慣れているとはとても思えない。恐慌状態に陥ったとしてもおかしくないと見ていた。それはディーナとて同じはずではあるが、彼女は泰然と構えている。彼女の場合はMBIという環境に身を置いている分、耐性があるのかもしれなかった。その彼女が質問を続ける。
「どうやって見つけるつもりなの?」
「実はもう見当は付いてるんだ」
「……マジ?」
「マジ」
「やるじゃないフィーリクス」
ディーナにとんと背中を軽く叩かれ悪い気がしなかったフィーリクスは、非常事態下にあるにも関わらず顔がにやけるのを止められない。
「変な顔ー」
「フェリシティうるさい」
フェリシティにジト目で見られ浮かれた気分が飛んで少なからず現実に戻されたフィーリクスは、ディーナが距離を詰めてきたのに気が付いた。
「どうしたの?」
「昨日会ったときから思ってたんだけどさ。フィーリクスって、いいと思わない? ねぇフェリシティ」
聞かれたフェリシティは不機嫌そうな顔をしており、彼女の問いに黙して語らない。
「ふうん。特に何とも思ってない、と」
ディーナはその沈黙を否定と取ったらしい。怪しく微笑む彼女には魅惑的な雰囲気があった。ディーナはそのままフィーリクスに絡みつくように抱きつく。彼女に人差し指で頬を撫でられ、フィーリクスは息が止まりそうになった。
「じゃああたしがフィーリクスにこうしてもいいよね」
「ちょっと! 今そんなことしてる場合!? 今にもバリケードが破られそうなのよ!?」
フェリシティが文句を言う。その顔に浮かんでいるのは不満そうな、何かを我慢している表情だ。確かにこういうことをしている場合ではないが、フィーリクスは動けなかった。ディーナが次にどういう行動をとるつもりなのかが見たかったからだ。
「こういう危機的状況だからこそ、燃えるものがあるんだよね」
そう言ったディーナは頬を撫でていた指をフィーリクスの唇に持っていくと、閉じられたその口に軽く押しあてる。次の瞬間フィーリクスはディーナを押し倒した。
「フィーリクス! あんた何してんのよ!?」
フェリシティが叫ぶが構わない。床に倒れたディーナを見てニヤリと笑ったフィーリクスは彼女に向けて、銃を撃った。彼女は床にべったりと貼り付けられ身動きが取れなくなる。自由を得ようとしばらくあがいていたが、無理だと判断したのか動かなくなった。それきり黙りこくって、まるで人形のように静かだった。
「へ? は?」
混乱するフェリシティのそばに寄ったフィーリクスは、手を突き出し動じないように制する。彼女にディーナを指さして見せ、何が起きたのかを話した。
「ディーナは、既に操られていたんだ。彼女の手を見て」
動かないディーナの弛緩した手のひらから、例の緑色の石が床に零れ落ちた。
「あっ! あの石! ……それに彼女、死んだように動かないけど、大丈夫なのこれ」
心配そうな顔でディーナとフィーリクスの間をおろおろするフェリシティに、フィーリクスは彼女を安心させるようにできるだけ優しい声で話を続ける。
「大丈夫。君の時と一緒だよフェリシティ。君もこうだったんだ。他の人たちは動き続けてたけど、君とディーナは固まった。この差が何なのかは分からないけどね」
「確かにそう言ってたけど、これは心配もするよ。……そうよね、あんたに心配かけちゃったよね。ちゃんと謝ってなかった。ごめんね」
気落ちしたのか、フェリシティはフィーリクスの肩に頭を預けた。
「いいんだ」
「うん」
フェリシティの背中に手を回そうとして、ふと彼女が顔を上げ周りを見る。
「あれ、そう言えばイヴリンは?」
言われて気が付いたフィーリクスも見回すが、先ほどまでいたはずのイヴリンの姿がどこにもなかった。それに気づくと同時に、一際大きな音が響く。ドアがついに用をなさないほど破壊されたようだ。積んでいた物も壊され、脇にどけられ、バリケードがその役目を果たさなくなっていく。侵入されるのはもう間もない状態だった。窓も雨戸が破壊され、ガラスが割れる音があちこちから聞こえてくる。その時、家の表の方で車のエンジンがかかる音が聞こえた。それはつまり、まだ正気を保つ人間が取った行動の結果だ。もしくはまともなふりをした操られた何者かの。
「きっとイヴリンだ!」
「あたし達を置いて逃げちゃったの!?」
彼女がどこから家の外に出たのかをフィーリクスは考える。イヴリンは裏口はないと言っていたが、実際に確認したわけではない。
「裏へ回ってみましょ!」
「そうだね、表から出るのは危険すぎる」
フェリシティも同じことを考えていたようだ。ディーナを置き去りにしていくのは気が引けたが、既に操られている状態ならばこれ以上彼女の身に何か起きることはないだろうと判断し、急いで廊下を走る。
「フェリシティ、彼女だよ。イヴリンが犯人だった。彼女が親玉に寄生されてたんだ」
「本当に!?」
「さっき見当が付いてるって言ったろ? あれはカマをかけてみたんだ。まともそうに見える人間がいたら、全員に試すつもりだった」
「それで、つまりは?」
「逃げるってことは、そういうことだよ。最初でいきなり大当たりを引いたってことさ。とにかくここを脱出して彼女を止めなきゃ!」
家の奥の方へ、果たして開けられたままの裏口がすぐに見つかった。
「急がなきゃ」
表側に回れば、丁度イヴリンの車が発進するところだ。運転席にいる何者かが後ろを振り返る。それは確かにイヴリンだった。
フェリシティに目配せをし、彼女の車へと向かう。フェリシティはポケットの中に手を突っ込みカギを探しているようだったが、やる気に満ち溢れていた表情が次第に曇っていき、しまいに青くなった。
「カギ! 車のカギがないよ!」
「へ、何で!?」
「思い出した! あたしディーナに鍵預けて来ちゃったんだった!」
「そのディーナは粘着弾でベタベタだ、カギを回収している暇はない」
話してる内にも車は加速を始めどんどんと両者の距離が開いていく。
「じゃあどうするの!?」
「こうするしかない!」
フィーリクスは再び加速を使いイヴリンの運転する車を追いかける。今ならまだ、追いつける。車に追いつくと車体の側面に飛びついた。




