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4話 capture-11

 開け放たれたままのドアをくぐり外へ出る。駐車場を見回すが、ディーナの車はない。管理人がいるはずの部屋の方をちらりと見る。彼の無事を確認するのはためらわれた。無事ならばそれで良しだが、そうでなければ襲われるだけだからだ。


「あ、車。イヴリンの家に置いてあるままだと思う」

「しょうがない。走るか」

「オッケー!」


 フィーリクスは魔法を身体強化から加速へと切り替える。筋力や耐久力は素の状態に戻るが、その名の通り、動作だけが加速され常時高速移動が可能になる。力を銃へ回し魔法弾として使用すれば通常よりも相当な弾速を得られるため、ライフルとの併用が推奨されているものだ。


「どうやら敵は勢力拡大中らしい。手遅れにならないうちに手を打たなくちゃ」

「でもどうするの? っていうかどこへ向かってるのこれ?」


 周りから見れば相当な速度で駆けながらの会話だが、消費されるのは体力ではなく魔力で、それもパワーは端末を通じて魔術的にMBI支局から送られるため息が上がったり途中で力尽きることはない。そのためその余裕があった。邪魔をするのは風を切る音くらいなものだろう。


「恐らく本体がどこかに潜んでるんだと思う。それを探そう。でもまずはディーナが心配だ、イヴリンの家に行かなきゃ。連絡してみる」


 フィーリクスはディーナの端末に音声操作で電話を入れる。数コール待ち、逸る気持ちで更に数コール鳴らす。十コール目を越えたところで通話を切った。ディーナは応答しない。二人は顔を見合わせた。


「行ってみる?」

「もちろん。きっと二人とも危険な目に遭ってるんだ。待っててディーナ、今俺が行くよ!」


 更にスピードを上げたフィーリクスにフェリシティが慌てて横に並ぶと、呆れ顔で言った。


「何を急に燃えてんのよ……」


 その二人に接近しつつある影が複数あった。それはモンスターに寄生され、操られた村の住人たちだ。背広姿の男性が、まだ歳が十に満たないであろう子供が、料理の途中だったのかお玉を持った主婦が、腰が曲がり杖を振り回す老人が、ただひたすらフィーリクス達を目掛けて走ってくる。


「ひいぃ!」

「嘘でしょ、これは悪夢だわ……」


 老若男女を問わず住宅や道路脇から飛び出してくる住人たちの顔は皆一様に無表情で、そこに何らの意思も感じられない。その彼らが加速中の二人の前に次々と躍り出てくる。彼らはさすがに速度では二人に劣るが、限界を超えて繰り出される膂力は捕まればただでは済まないだろうことは既に承知だ。


「スポーツ大会に出れば上位独占できるよ!」

「そんなこと言ってる場合!?」


 銃を構え、フィーリクス達に手が届きそうになる者から粘着弾で地面に縫い留め無力化していく。


「みんなごめんね!」

「きっと彼ら明日筋肉痛だろうな」

「こんな時に妙な心配するのね」


 イヴリンの家までの距離はもう幾ばくも無い。散発的に襲い来る住人を片端から無力化し目的地付近にたどり着いたところで異変に気が付いた。


「車があった! あ、……うわぁ、あれは近づきたくない」

「できれば、俺も」


 とっさに物陰に隠れた二人は加速魔法を解除しイブリン宅周辺を注視する。ディーナの車と、恐らくイブリンのものと思われる車が家の前に止められている。玄関周辺に十数人の人間がたむろしているのを見た。観察を続けるが、周囲からまだ集まってきているようでその数は増えつつあった。


「でも、行かなくちゃ」

「そうね、美人二人が待ってるものね」


 妙な物言いのフェリシティをちらと視界の端に捉える。操られた住人たちが集まってくるということは、中にいる者はまだ無事だということだ、とフィーリクスは理解した。


「あれみんな操られた人達、よね?」

「多分。早くしないと家になだれ込んで、大変なことになりそうだ」

「でしょうね。…ディーナ! イヴリン! いる!?」


 フェリシティは表へ飛び出すと大声で叫ぶ。フィーリクスも彼女の後に続き、構えた。


「フェリシティ!? フィーリクスもいるの!?」


 ディーナの声だ。フィーリクスは彼女がまだ無事なことに安堵する。フェリシティが声を上げたことで二人に注意がいき、集団が二つに割れ、半分近くがフィーリクス達に向かってくる。だが二人ともそれは覚悟できている。


「一緒だよ! 今助ける!」

「二人とも、入ってきたらダメ!」


 ディーナの、いかにもトラブルに巻き込まれている最中です、と言わんばかりの返答に二人は視線を交わす。


「あっ、来ないで! やめて! やめなさい!」


 更に彼女の悲鳴に近い声がし、家の内部から陶器が割れる音や何か争う物音が聞こえた。退っ引きならない状況だと判断した二人は住人達をかわし、あるいは粘着弾を使い住宅へと接近する。


「何かまずい予感がする!」

「もしかして誰かが既に侵入しててディーナ達を襲ってるのかも!」


 焦るフィーリクスは身体強化を用いて群がる住人達をやや乱暴に、突き飛ばすようにかき分けると玄関のドアノブに手をかけ一気に押し開く。もちろん鍵がかかっていたのだろう、金具ごと破壊しながら無理やり開けた。


「フェリシティ、早く!」

「ええ!」


 フィーリクスに続いてフェリシティがドアをくぐると、即座に閉め背中でドアを押す。鍵を壊した以上何かで塞がなくてはいけない。ドアを破ろうとする圧はすぐに来た。体当たりや何か固いもので叩きつけるような音。必死に耐える中フィーリクスは室内を見回した。いるのはディーナとイブリンだけで、他には誰もいない。襲われたような声や音が何だったのかの詮索はさておき、そうであればやるべきことがある。


「フェリシティ! 何か押さえるものを!」

「バリケードね! 分かった!」


 直後、ドアのフィーリクスの頭のすぐそばの辺りが破壊され、斧の鋭い先端が顔を覗かせた。目線をやって確認したフィーリクスは心臓が止まりそうになり、嫌な汗が噴き出す。顔を青くして、か細い声でフェリシティに追加注文をした。


「……できるだけ早くお願い」


 机やソファ、椅子にベッド、サイドテーブルに棚など重量のあるものならなんでも持ってくると積み上げる。途中からフィーリクスもドアの抑え役をやめ積み方を手伝った。


「イヴリン、窓は!?」

「それなら、雨戸を絞めてるから少しは持つと思う」

「裏口!」

「裏口は、ないから安心して」


 一通りの作業を終えた二人はディーナとイヴリンの前に歩み寄る。


「フィーリクス、フェリシティ。よくここまで来れたね」

「そりゃ、こう見えてもMB、……俺達意外と強いんだよ、ディーナ」


 そばにいたフェリシティにつねられ、言ってはならないセリフを止めることができた。痛みとフェリシティの睨みはあったが彼女に感謝の念しか湧かない。彼女は睨みをやめると家にいた二人に疑問をぶつける。


「ねぇディーナ、イヴリン。さっき『来ないで!』とか『やめて!』とか言ってなかった?」


その答えはフィーリクスも知りたい内容だ。


「……ああ、あれ? さっき雨戸を閉めたってイヴリンが言ったでしょ? あの時間一髪で何とか封鎖に間に合ってね。そん時ちょっと窓際に置いてたカップを割っちゃって。ほらあそこ」


 ディーナが指さす先に、床に割れたマグカップの破片が散らばっているのが見えた。


「そっか、ならいいんだ。俺達てっきりディーナ達が中で襲われてるって思って」

「焦ったこのお馬鹿がドアのカギを壊しちゃったわけ」


 フェリシティがしたり顔でフィーリクスの頬をつつく。


「いや、だってしょうがないだろ?」

「はいはい。愛しのディーナを救うのは騎士たるフィーリクス様だ、って?」

「そんなこと言ってないだろ、っていうかさっきからどうして突っかかるような言い方をするんだよ?」

「そ、それは、その。ほら、前に言ってたじゃない。たまに暴走することがあるから止めてくれって。それよ!」

「どうだか」

「ねぇ君達、そんなことで争ってる場合じゃ……」


 焦った様子のイヴリンが仲裁に入ろうとしたがそれを留めたのはディーナだ。彼女は達観した表情でフィーリクス達がまだ言い争っているのを見ながらイヴリンを諭す。


「大丈夫よイヴリン、すぐに仲直りすると思うから。夫婦喧嘩は犬も食わないってね」

「「夫婦じゃない!」」


 フィーリクスとフェリシティは口をそろえて言うと見つめ合って、お互い噴き出す。


「ほら、ね?」

「本当だ」


 二人の様子を見てディーナとイヴリンも小さく笑った。

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