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1話 burstー4

「キリがないな」


 フィーリクスは大型を始め数体の敵と向かい合っていた。大型は象がモチーフだ。元々の造形であろうかわいらしさをまだ残しつつ、焦点の合わない狂ったような表情でフィーリクスを見つめている。『象』はバルーンの身でありながら地面に足を付け、その巨体と鋭い牙を武器に突撃をかましてきた。


 日はもうだいぶ落ちており、日没まではもうすぐだ。フィーリクスは先ほど親子を助けた後まだいくらか残っていた逃げ遅れた人達を見つけ、守り、安全な方向へと誘導した。彼は最初の戦闘から数えて既に十数体以上のモンスターを倒しているが、敵は次から次へと湧いて出てくるようだった。そのうえ、散りじりになっているらしく曲がり角や店舗の屋根の向こう側から突如として現れ、散発的にフィーリクスに襲い掛かってくる。彼は結局中央広場にまで戻ってきていた。ここの方が遥かに戦いやすいからだ。


 フィーリクスは、『象』のその巨体からは想像できない素早い攻撃をすんでのところで身を翻し、牙と巨体を後方へと見送った。反撃の暇を与えない攻守備えた突撃だと評価する。


 空から、または通路から、次々と新手が出現する。合計で十五匹前後の小型モンスターがフィーリクスを取り囲む。モチーフは全てノームだ。赤い三角帽に小さな体。鋭く、びっしりと生えた小さな牙。


「牙なんて生えてたっけ? まあいいや。っていうかまだ出てくるのかよ。っていうか誰が買うんだあんなバルーン」


 彼は愚痴をこぼす。その動きにはまだ疲れ、衰えは見えないが、終わりなき戦いは当人の精神力が削られる。『ノーム』数体による連携攻撃を地面を転がりかわし、起き上がり様に一体を倒す。


 使用している瓶は既に5本目だ。敵の表皮もそれなりに硬く、いくらか戦ったところで瓶が使い物にならなくなるのだ。


「行くぜ!」


 フィーリクスは『ノーム』の一体へと向かうかと見せかけ、直前で進路を大型のいる方に変え猛然と躍り掛かる。『象』の突進もスピードが乗れば恐ろしいが、ではそうなる前にこちらから仕掛ければいい。彼のそういう判断だ。


 彼の急な方向転換に反応が間に合わないかと思われた『象』が、意外な動きで回避行動を取る。彼の攻撃範囲のほんの少し先の地点へ、半回転しながら水平移動したのだ。滑るような動きだとフィーリクスは思ったが、まさしくその通りだった。攻撃が空振りに終わった彼は、『象』がいつの間にか僅かに宙に浮いているのを見た。


「そっちもフェイントかよ」


 長い鼻が来る。巨体を捻りながら振り回し遠心力で勢いをつけたそれは、中空構造といえども想像以上に重い一撃となってフィーリクスを薙払う。


「ぐあっ」


 十メートル近く地面と水平に宙を飛び、近くの屋台に頭から突っ込む。そこは木造で、思ったよりももろい構造だったようだ。屋台は大きくひしゃげると、派手な破砕音を響かせ屋根が落ちた。


 モンスター達が動きを止め、辺りは一時静寂に包まれる。つぶれた屋台の下からフィーリクスが這い出てきた。彼は立ち上がり体を確かめる。小さな裂傷や擦過傷、打ち身などはあったが大きな怪我はない。


「死ぬかと思った、今のは死ぬかと思ったよ……」


 そこはぬいぐるみの景品が多数置かれている当てものの店だった。宙を飛ばされたフィーリクスは一際大きなぬいぐるみに受け止められ、それがクッションとなって衝撃の大部分が吸収されたために比較的軽傷で済んだものだ。彼の体にはあちこち痛みが出ていたが、動けないほどではない。それでも一歩間違えれば死んでいた可能性が十分にあったことを思い、彼の顔は青ざめていた。


「まあよくもやってくれたもんだ」


 とはいえ彼も切り替えは早かった。拳に力を入れ頷く。もう何年もモンスターと戦ってきたのだ。これくらいでモチベーションを維持できなければとっくに死んでいただろう。


「手痛い一撃だった。でも」


 彼は手に鉄パイプを持っていた。屋台の店主が座るために置いていたパイプ椅子。それが屋台が崩れた時にへしゃげ、折れかけていたものをつぶれた屋台から這い出る前に彼がもぎ取ったのだ。鋭く尖った断面を見せるそれは、バルーンモンスターに対して十分な武器となる。


「今ので俺を倒せなかったのがお前の敗因だ!」


 フィーリクスが走り出したのと、動きを止めていたモンスター達が再び彼に襲い掛かったのはほぼ同時だった。『ノーム』達は先ほど同様フィーリクスに対して連携を取って攻撃を加える。一見脅威だが、動きは単調だ。フィーリクスは彼らの動きをよく見ていた。造作ないことのように最小限の動きで彼らの牙を、爪を、あるいは三角帽子を避ける。


「お前らはお呼びじゃない!」


 フィーリクスは『象』の側面へと回り込む。『象』はまたも身を捩り、鼻による薙ぎ払いを当てようと横回転する。激しい勢いで鼻が通り過ぎるが、その空間にはフィーリクスはいない。彼は『ノーム』を次々に踏み台にして、上空へと飛び上がっていた。落下地点は、『象』の背中だ。向こうからはこちらは死角だった。フィーリクスを見失った『象』が遅まきながら彼に気付き、立ち上がる。その行動は『象』にとって最悪な結果をもたらすこととなった。


 フィーリクスはパイプを『象』の頭に突き立て、落下しながら背中の半分までを切り裂くと『象』の背を蹴って着地した。次の瞬間に『象』は大きな破裂音とともに消滅する。衝撃波が発生し、周りにいた『ノーム』達も巻き添えを食う形で破裂する。そうして、彼らはただのバルーンへと戻った。


 象を始めノーム達のバルーンが空へと舞い上がっていく。ひとまず広場にいたモンスター達は全滅したようだった。それにもかかわらず、フィーリクスは『象』がいた方向から目を離さない。


 その場所の向こうに、いつの間にか何者かがいた。フィーリクスは一瞬新手のモンスターかと身構えたが、相手は人間だった。ただし、その人物は彼と同じくフードを目深にかぶっている。フィーリクスは誰かと問おうとしたが、先に向こうから話しかけてきた。


「大きな音がしたから来てみれば……、モンスターと戦ってたの? あんた誰? なんか怪しい奴ね」


 相手方の誰何の声は、自分も相手と同じくらい怪しい、ということに気が付いた様子は一切ないかのような調子だ。


「これには訳があって、ってそりゃ君も一緒だろ! 一体逃げずに何やってるんだ!?」


 思わず突っ込みを入れてしまったフィーリクスだが、相手の声に聞き覚えのあるような気がした。彼はそれが誰だったろうかと思い出そうとする。


「あたし? あたしは、鬱憤を晴らしてる! 誰かさんにゲームのハイスコアを何度も更新されて苛ついてんのよ!」

「何だって!? 奇遇だな、俺もそうなんだ。射的や、モグラ叩きは満点取ってやったから誰にも抜かされないけどね。……ってもしかして」


 次のセリフは二人ともほぼ同時だった。


「さっきからあたしの邪魔をしてるのはあんたでしょ!?」

「さっきからハイスコアを俺と競ってたのは君だったのか!」


 二人とも黙り込む。ややあって、先に口を開いたのはまた相手の方だ。


「そうよ、あたしの全ゲーム制覇のプランを崩してくれちゃって、もうお小遣い全部使っちゃったんだからね!」

「俺もすっからかんだよ」


 二人はそう言うと同時に吹き出した。ひとしきり笑った後、お互いかぶっていたフードを脱ぐ。


「やっぱりあんただったのね」

「君だったとは驚きだよ」


 相手の正体は、正午前と昼過ぎに二度ほど、偶然出会った少女だった。長髪で、丸顔で、足が太めで、初対面の相手にアイスクリームを投げつけてくる少女。


「それで、FLCのCって何なんだ? チープ、チキン? 俺への文句?」


 フィーリクスはずっと気になっていたことを思わず口走った。もしゲームのライバルに会えたならこれだけは聞きたいと思っていたのだ。


「はぁ? 何言ってんの? あたしの名前よ」

「なん、何だって?」


 彼女は、フィーリクスが何を言っているのかさっぱりわからないという風な顔だ。彼はそれを見て自分が思い違いをしていたことを悟った。


「だから、あたしのな、ま、え」

「えーと、じゃあ君はフェリス、とか?」


 彼女はフィーリクスの答えに舌を出してダメ出しをする。


「惜しい。フェリシティよ。三文字だからわかんないだろうけど。あんたは? FLX。そのままなら、フィリックス?」

「惜しい、発音がちょっと違う。フィーリクスだ」

「そう、お互い似たような名前なのね。こんな状況で何だけど、よろしくね」

「ああ、よろしく」


 日没前の最後の夕日に照らされながら二人は握手をする。三度目にしてようやくまともに相対した瞬間だった。フィーリクスは自分の気持ちが高揚していることに気が付く。何か、彼女に対して無意識的に感じ得るものがあるのかもしれない、と彼は捉えた。


「さて、フィーリクス。これからどうする?」


 フェリシティが聞いてくる。フィーリクスは彼女の意図を測りかねたが、差し障りのないだろう返答を考えた。


「そうだな、君を安全な場所まで誘導して、それからまたモンスターどもをやっつけるよ」


 フィーリクスとしてはほんの少しだけ、気障っぽさを入れて格好をつけた、つもりだった。


「ぶはっ、あははは! 何それ! あたしを守ってくれるっての!? 冗談でしょ?」

「え、いや冗談なんかじゃないよ」


 フィーリクスは片頬をピクリとさせて困惑する。彼女も強がってはいるが、本当はモンスター達に追われておびえているに違いない。彼はそう思っていた。きっと友達とはぐれて心細いだろうから、と。ところが、フェリシティは驚きと笑いをもって彼の言葉を否定したのだ。彼女は腹を抱えて笑う。おかしくてたまらない、というように。


 彼女は笑いを抑えた後、人差し指を立てて数回左右に振る。それに合わせて舌打ちも数回。


「友達とはぐれたんじゃなかったの?」

「いーえ。あたしも戦ってたのよ、モンスターと。あんたの言葉を借りるなら、こうね。友達を安全な場所まで誘導した後、モンスターどもをやっつけたぁ!」


 彼女はフィーリクスの数倍は演技っぽく、気障っぽく言ってのける。フィーリクスは怪訝な表情を彼女へのリアクションとして返した。


「もう十数匹以上倒してやったんだからね」


 彼女は真顔に戻るとそう言う。


「君が!? 冗談だろ?」


 今度はフィーリクスが驚く番だ。じっと彼女の顔を見るが、彼女は一切嘘を言っている様子はなかった。二人の間に風が吹き渡る。


「もう一度聞く。これからどうする?」


 フェリシティに再度問われ、フィーリクスはニヤリと笑った。人差し指を上に向けながらフィーリクスは言う。


「そうだな、一緒に組まないか?」


 フェリシティは頷くと、勝気な笑顔を浮かべて答える。二人のいる場所を中心に、一瞬周囲が僅かに暗くなった。


「やっと一緒に遊ぶ気になったのね。じゃあ競争よ、どっちが多くモンスターを倒せるか。まあ、あたしが勝つけどね」

「それはこっちのセリフだ!」


 言うや否や二人はその場を飛びのいた。直後に強烈な風圧が二人を襲う。二人がいた場所へ、真上から巨体が降ってきたのだ。逃げなければ二人とも潰されていただろう。


「へぇ」


 二体目の大型モンスターだった。キャラクターは、恐竜をモチーフとしている。それも肉食の。二足歩行型で、体高は五メートルを下らない。体長は十メートル以上。『恐竜』はその巨大な顎を開くと二人に向かっておぞましい咆哮を放つ。フィーリクスは全体的にアニメ調にデフォルメされ、青に緑にオレンジにカラフルな恐竜の口に、巨大で鋭い牙が生えているのを見た。よく切れそうだ、そんな単純な感想が浮かぶ。


「またとんでもないのがお出ましだな」

「怖気づいた?」

「まさか」


 二人とも歯を見せて笑いあう。強がりなのかそうではないのか、これからすぐに分かることだ。


 各通路沿いに取り付けられていた照明が会場の外側から内側へと順次灯っていく。最後に中央広場のそれが一斉に灯り、二人と一匹を煌々と照らした。

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