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4話 capture-8

 フィーリクスは通話を終えた後、道路脇を歩き続け学校の前を通りかかる。ちょうど休憩時間だったらしく二、三十名ほどの児童達がグラウンドで遊んでいる姿が見受けられた。アーウィンも本来ならば彼らと一緒に駆け回っていたはずだろうか、そう感慨に耽りながら子供達の様子を眺める。


「へ?」


 グラウンドにいる人間全員と目が合った。児童を監視している教員らしき人物含め、先ほどまで追いかけっこをしていた者、遊具に登る途中の者、水道で手を洗っている者、その全てが動きをぱたりと止め、フィーリクスの方を無表情で見つめていた。


「いやいやいや、ないって」


 フィーリクスは平気なふりをしようとして失敗した。僅かに覚えた恐怖が、声が震えているという形で表れる。児童の誰かが面白がって声を上げたのだろうか、不審者とでも思われて教員が注意を促したのだろうか、しかし彼らの表情には好奇心も猜疑心も警戒する様子も何もなく、ただフィーリクスを注視しているだけだ。


 ただそれはほんの一時の出来事だ。ほんの数秒間。その後最初見たように、児童たちは遊びをあるいは手洗いを再開し、教員は何事か諍いを起こしていた児童二人に注意を行う。


「今のは気のせい、じゃないよね」


 薄ら寒いものを感じたフィーリクスはフェリシティへと連絡を取る。端末を操作し、彼女を呼び出した。最初のコールで応答があった。素早い反応にフィーリクスは安心する。


「ちょっと、焦ったじゃない! ……はい、こちらフェリシティ」


 彼女に何かあったものか、ひそひそ声で話している。


「よかった、フェリシティ。出てくれた。……ところで、何でそんなに小さな声で喋るの?」

「今、ちょっと訳ありなのよ。怪しいやつらを見つけて追跡中」

「追跡中って、フェリシティ。気を付けてくれよ、何だか皆妙なんだ」

「ええ、確かに妙よ。今追ってる連中もそう」

「俺も合流する。今どこに?」

「あたしに任せなさい! おっと、あいつらが行っちゃう。またあとでね」

「ちょっと、フェリシティ!」


 通話は一方的に切られ、フェリシティが少々心配になったフィーリクスは彼女の端末位置を確認する。生憎とフィーリクスとは離れる方向へと向かっていたらしい。フィーリクスが村の中心域からモーテル方面へと歩いていたのに対し、彼女は逆方向、山間部を越えてさらに遠くの町へと続く道の方面へ行ったようだった。


「今から行ったところで、か」


 フィーリクスは大人しく今歩く道をそのまま進む。宿でフェリシティの帰りを待つつもりだ。心配は心配だが、それくらいにはフェリシティの実力を評価、信頼していた。宿にたどり着くと、たまたま駐車場を掃除中だった管理人と出会う。


「こんちは」


 挨拶などしてみるが、じろりと睨まれただけで返事はない。やはり何か嫌な感じを受けたフィーリクスは足早に彼の前を通り過ぎると、自室の前にたどり着く。管理人に見られているのを意識しながらカギを開け中に入り、ベッドに腰かけると深々とため息をついた。


「どうにも、ね」


 妙な雰囲気の中、パーティはバラバラになった。これってホラー映画によくある展開だよね、などという思いが一瞬フィーリクスの頭をよぎる。首を振ってその考えを打ち消すと立ち上がり、備え付けのコーヒーメーカーで一杯淹れると気持ちを落ち着ける。


 無言のまま、またベッドに腰掛けると特にやることもなく寝転び、うとうとし始め、いつの間にか眠ってしまった。それからどれくらいの時間が経ったものか、ふと物音で目が覚める。窓の外はまだ明るく、眠っていたのはわずかな間だったようだ。物音は玄関から、ドアが閉じられる音だ。カギは、確かかけなかった。誰かが入ってきたのか。もしかして管理人が。


「誰っ……」


 立ち上がりかけたフィーリクスは背後から目と口をふさがれベッドに引き倒される。彼の頭に死の文字が浮かぶ。あまりに迂闊だったが、後悔しても遅い。この状況から何かできることは、と目まぐるしく考え、そこで相手から笑い声が漏れた。フェリシティの声だ。


「ぷはっ、……何するんだよ!」


 解放され、フィーリクスは思わず大声を上げる。してやられた悔しさと己のミスに恥ずかしさを感じて、それをごまかすように言った。


「っくはは! ごめん、フィーリクス。誰もいないかと思って、試しにドアノブを回したらドアが開いちゃったから、つい」

「つい、じゃないよ、下手したら君に怪我でもさせるところだった」

「あれ、いいように倒された状態から、どうやって?」

「手はあったよ」

「負け惜しみね」


 図星だったが、それはおくびにも出さず立ち上がる。フェリシティはベッドの真ん中に陣取り、あぐらをかいて座った状態だ。にんまりとした笑みを浮かべフィーリクスの次の行動を窺っているようだった。どうやらお見通しのようだ、とフィーリクスは観念すると眉尻を下げて答える。


「その通りだよ。はぁ、心臓に悪いからもうやめてくれると嬉しい」

「了解」

「何か飲む? 紅茶も置いてるみたいだけど」

「んー、今はいい。ありがと。それよりお腹空いてない?」


 尋ねられて、フィーリクスは自分の胃と相談する。多少の空腹を覚えているようだが、それを満たすより先にするべきことがあった。


「少しね。でもそれより、ここに来るまでに何があったのか話してくれないか」

「ああ、電話で言ってたやつね。……あれね、結局あたしの思い違いだった」

「っていうと?」


 フィーリクスは先を促しフェリシティの話を聞き出す。彼女は怪しい人物を数人見かけ何かあると思い後をつけたが、ただの知り合いの集まりがどこかのバーに酒を飲みに行っただけ、というお粗末な結果だったと語った。


「あんたの言葉を借りれば、何もなくて結構、ってところかな」

「何か違う気がする」

「細かいことはいいのよ。ね、それより」


 フェリシティはベッドの空いているところをバンバンと音を立て二度ほど叩く。立ったままだったフィーリクスに座るよう催促しているものだ。


「ここ俺の部屋なんだけどな」

「そう。だからくつろいでいいわよ」


 苦笑を伴ってベッドに、フェリシティとは横向きになるように、彼女の傍の枕がある側に腰を落とし足を組んだ。


「それで、どうしたんだい?」

「昨日のダイナーでの会話覚えてる?」

「お互いのことをもっと話そうってやつ?」

「そう、分かってるじゃない」


 あぐらを解いたフェリシティがフィーリクスに横から飛びつき、更に後側に滑り込むと羽交い締めにする。彼女はフィーリクスを抱えた状態で倒れ込んで枕に背中を預けた。彼女の首筋あたりにフィーリクスの頭が来る位置で固定される。太ももの感触はいいものだが、背中に当たるものはあまり主張はしてこない。


「……あの、フェリシティ?」

「なーに?」

「重くない?」

「ちょっとだけ」


 よく分からない彼女の行動にフィーリクスは混乱する。よくは分からないが、普段の彼女ではない気がした。だがフィーリクスは敢えて彼女の太ももに手を置く。彼女は気にした風もない。怒る様子がないのをいいことにそのままにした。


「話をするんじゃなかったの?」

「話、話、話」


 トントントンとリズミカルにフィーリクスの頭を指でタップし、フェリシティは言う。


「話ならしてあげる」


 次に頭を撫でられる。もう片方の腕はフィーリクスの胸のあたりを抱きとめたままだ。


「半年ほど前、ウィルチェスターに引っ越してすぐは、なかなか大変だった。バスターズの同僚とはそれなりに馴染めたけど、街で友達を作るのが難しかった。あたし、ちょっとばかり人付き合いが苦手なんだよね。バスターズに所属してたし、……変に思われるのよ」

「変? そんなに変だとは思わないけど、ってそれって俺も変ってことか。思い当たる節があるし。……でも、君と一緒にいて楽しいけどな」


 嘘偽りのない彼女に対する本心だった。フィーリクスは彼女に対する友情と感謝の念が、日々大きくなるのを感じていた。大切な、仲間だ。


「あたしもあんたと一緒にいる時は楽しい。MBIに来てからはなかなか友達に会えてないけど、でも不思議と寂しくはないのよね」


 フィーリクスを抱きしめる力が、少し強くなった。


「それは、あんたがいるからよ」


 フェリシティは何を伝えようとしているのだろうか。フィーリクスは考えを巡らせるが、分からない。


「あたしがあんたに対して持ってる気持ち。それを伝えるにはどんな話がいいかなって、ずっと考えてたの」


 彼女の吐息がフィーリクスの首筋にかかり、ぞくりと震えた。彼女の腕の力が、また少し強くなる。


「でも、もっといい方法があるって気が付いたの」


 やはりフェリシティは何か、普通じゃない。変かもしれない。フィーリクスは脈が速くなるのを実感する。頬が熱くなる。緊張が高まりつつあった。


「こっちを見て」


 撫でるのを止めた腕で頭を抱えられ、横向きにさせられる。すぐ近くに首を傾けたフェリシティの顔が、唇があった。


「あ……」

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