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4話 capture-6

 翌朝、モーテルのベッドでフィーリクスは目を覚ます。昨夜浮かんだ疑念は、より一層深まっていた。つまり、この村で何かが起きている、と。昨日はディーナに遮られたが、もう少しイヴリンに話を聞くべきだと思った。彼女が何かを知っているとも思えなかったが、各方面からの情報を集めれば見えてくる何かがあるだろう。そう思い立つと起き上がり、朝の支度を済ませる。


「いい天気だ」


 ドアを開け外へ出ると、昨日の霧は嘘のように消え去っており、晴れやかな空とくっきりとした視界が開けていた。月並みなセリフを吐いたフィーリクスは、管理人室近くに併設されている食堂へと向かう。モーテルでは晩は何の食事の用意もないが、朝にはパンや卵料理などの簡単な軽食が食堂で提供される。


「おはようフェリシティ、ディーナ」

「おはよ」

「寝坊助さんね」


 既に食堂にいた女性二人に挨拶すると、管理人に朝食をもらいにカウンターへと向かった。彼は相変わらず無愛想で、一言も発さない。フィーリクスは近寄りがたい雰囲気を感じて、料理の乗ったプレートを受け取るとそそくさとフェリシティ達のテーブルに戻り、すぐに朝食に取り掛かった。小さめのロールパンが数個にオムレツ、ボイルソーセージにチーズが一切れ。


「それで、今日の予定は?」


 フィーリクスがディーナに聞く。あくまで今回のパーティの主役はディーナだ。フィーリクス達は何かあった際の彼女の護衛としての面が強い。


「昨日決めた通り、あたしはイヴリンの家に行くよ。個人的にももうちょっと話したいこともあるし、ここで何の研究してるか、学者として知りたいしね。それでもう一泊したら帰るよ」

「分かった。俺とフェリシティは、まあ何もないと思うけど、一応村の様子を見るのと、住人に話を聞けたら聞くつもり。それでいいよねフェリシティ?」

「いいけど、何だか退屈そうね」

「これも仕事だよ」

「へいへい」


 話がまとまれば後は早い。朝食を終えた後、管理人に今日の分の宿泊代を払うと各自一度部屋に戻った。フィーリクスは出かける準備をすると再び部屋の外に出る。そこで、誰かに見られているような気配を感じた。フィーリクスはあたりを見回すが、人一人見つけることは叶わない。


「何キョロキョロしてんのよ」


 丁度部屋から出てきたフェリシティに問われ、フィーリクスはハタと気が付いた。無用に警戒し過ぎなのかもしれない。もう少し肩の力を抜かなければ、その内幻覚でも見ることになりかねない、と思い至ると首を軽く左右に振った。


「何でもない、首の体操」

「変なの」

「変なんだよ」

「何が変だって?」


 ディーナも準備ができたらしい。三人は車に乗り込むと、まずは最初の目的地であるイヴリンの待つ一軒家へと出発した。運転は昨日から引き続きフェリシティが担当している。


「やっぱり、どうせならあんた達も一緒にこない? お茶とお菓子の一つでも出ると思うけど。なんせ今手土産にクッキー持ってるしね」


 ディーナの誘いにフィーリクスは揺れていた。


「うーん、どうなん……」

「はいはい! あたし行くよ!」

「ええぇ?」


 元気よく答えたフェリシティにフィーリクスは思わず難色を示す。せめてもう少し思案する素振りでも見せてくれたらよいものを。


「どうせ消化試合みたいな感じでしょ」

「捜査は基本的二人一組で」

「何? あんたあたしがいないと何もできないわけ?」

「そうじゃないけど」


 聞き込みはやめてもよかったかもと思ったが、どうも話がおかしな方向へと転がりそうだった。基本的にフィーリクスもフェリシティも負けず嫌いなのだ。バックミラーから見える彼女は、調子づいたのかにやにやしている。


「分かった分かった。だから一緒においでよ」

「分かってないだろそれ。もういいよ、俺一人で行く。そんなに大きな村じゃないし、徒歩でも問題ない」

「え……」


 意地を張ってしまった。フェリシティは自分に乗ってくると思っていたのか、意外そうな顔だった。気のせいか、フィーリクスには彼女が若干寂しそうにも見えたが、だとしても彼女の態度が問題だと捉え見なかったことにする。


「おおぅ? 夫婦喧嘩勃発ぅ?」

「絶対違う」

「そんなんじゃないよ」

「あっそ」


 フェリシティ、次いでフィーリクスの冷徹な即答にディーナは面白くなさそうにため息を付いた。そのうちに件の借家の前にたどり着くと車の音が聞こえたのか玄関のドアが開き、イヴリンが姿を見せる。それともう一人、見たことのない人物が後ろから続いて顔を覗かせた。老齢の女性で、恐らくはこの家の大家さんだろうとフィーリクスには思われた。


「おはよう!」


 イヴリンはディーナの姿を認めると彼女に駆け寄る。


「おやおや、皆さんイヴリンのお友達?」

「おはようございます、もしかしてここの大家さん?」

「ええそうです」

「イヴリンがいつもお世話になってます」

「ちょっと、それじゃディーナがあたしの保護者みたいな言い方じゃない。やめてよね」


 イヴリンはしかし怒った風ではなく、どちらかと言えば嬉しそうにディーナの言葉を受け止めているようだ。


「違ったの?」

「ははは、ある意味そうかも」

「姉妹のように仲がいいのね」


 二人ともくすくすと笑い、大家さんも交えて談笑に入った。大家さんは何か用事があってイヴリン宅を訪ね、ついでとばかりにイヴリンが引き止め、お茶会の準備を一緒にしていたらしい。少し距離を開けて彼らを見るフィーリクスとフェリシティは、こそこそとささやき合う。


「あの雰囲気の中にフェリシティも入るの?」

「う、あ、あたりまえでしょ。立派に女子会の一員になってみせるわ!」

「今からでも遅くないよ、俺と一緒に聞き込みに行かない?」

「うー、どうしよ……。いや、やっぱりここに留まる!」

「そっか」


 今度はフィーリクスが寂しさを感じる番だった。フェリシティにそれを悟られたか、彼女は少し眉を下げまた迷うような素振りを見せる。だが、決意は変わらなかったらしい。


「ごめんねフィーリクス。聞き込みの成果を期待してる」


 彼女はフィーリクスの肩に手を置き、送り出しの言葉を述べた。


「任せてよ。何か掴んで見せる」


 そう言うと、フィーリクスは一同にその旨を伝え、その場を離れた。フィーリクスがさっさと車を降りずにイヴリンの家まで同乗していたのは、その所在地が村の中心近くだからだ。そこには役場や学校、食料品店などもある。あちこちで聞き込みをし、食料品店でも昼食とおやつを買い込みながら話を聞く。最近何か変わったことはなかったか、と。ただ返ってくる答えはどこも同じだった。何も変わらない、いつもと一緒だ、と。どこか表情の乏しい彼らに、田舎とはこういうものかとフィーリクスは独りごちた。


「フェリシティ達のとこに戻ろうか……」


 何の収穫も得られず、気落ち半分安堵半分だったフィーリクスは購入したパンとカフェラテで簡単に昼食をとる。店の外で、立ちながらの食事だ。パンを半ばまで食べたところで、それを発見した。フードをかぶった人物が不審な動きで食料品店の外、側壁に設置しているゴミ箱を漁っている姿だ。


「いや、マジかよ」


 幸いフィーリクスの存在にはまだ気付いていないようだ。そのままその場を立ち去ろうとしていたフードの人物の後を追う。残っていたパンを口に詰め込むと、喉を詰まらせ窒息しかけた。カフェラテで流し込み、涙目で咳き込みそうになるのを抑えながら追跡を続ける。


「はい、そこでストップ。手を上げて。妙な動きをしたら、撃つよ?」

「ま、待って! 撃たないで! 僕は怪しいやつじゃない!」


 村の中心部を離れ、森へ入ろうとしたところで接近し、手を銃の形にして彼の後頭部に突き付けた。相手の声は、まだ少年のものだった。両手を頭の高さに上げるその人物のフードを慎重にめくる。見えたのは、ショートに刈った金髪の後頭部だ。


「ゆっくりと、こっちを向いてくれ」

「うん」


 振り返り、見えたその顔は。


「子供?」

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