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4話 capture-5

「あ、いた! ディーナ!」

「ん? んええええ!? イヴリン!?」


 フィーリクスは思いっきり赤面していた。それは鏡で見なくとも分かる。小さいころに高熱でうなされたことを除けば、過去最高潮に顔が火照っていた。あの後もう一度だけイヴリンの借家を訪れ、留守であることを十分に確認してから村に一軒だけのダイナーで夕食を取るべく席に座ろうとした時だった。何の前触れもなくイヴリンが現れたのだ。ディーナとイヴリンの二人は会うなりハグをし、再会の喜びを分かち合っていた。イヴリンは既に聞いていた通りディーナと同じ年代で、二十代半ばだ。銀髪を肩口で切りそろえたボブで、線の細い感じの女性だった。顔立ちも整っており、ディーナと並ぶと絵になる、とフィーリクスは思った。


「どうしてあたしに連絡してこなかったのよ。それも三日も! 心配してここまで来ちゃったじゃない!」

「たった三日で? 大げさよ! でも来てくれて嬉しい。実はあたしもディーナに会いたかったのよね」


 ダイナーには数人の客がいた。作りはカウンター数席と、ボックス状のテーブル席が幾つかのよくあるタイプだ。赤と白を基調としたカラーリングで照明はやや薄暗いが、店内は清掃が行き届いており、清潔に保たれている。店内の角の一つの上部にテレビが設置され、ニュース番組を映し出していた。内容は政治に関するもののようで、感心がないのか誰も見ていない。皆が見ているのは女性二人の再会劇だ。


「ああああああああ」


 フィーリクスはディーナ達二人のやり取りを目にしながら、小声で声を漏らし続けていた。もちろんあまりの恥ずかしさに死にたくなったからだ。先程格好をつけて保安官たちの対応やイヴリンがいない理由を、ウィッチと絡めてフェリシティとディーナに披露した矢先にこれだった。恥ずかしさを感じない方がおかしいというものだろう。


「にひひひひ」


 その背後から妙な声で笑うフェリシティがにじり寄り、フィーリクスを羽交い絞めにする。その力は強く、簡単には抜け出せないほどにしっかりと抱きとめられていた。


「ぐっ! 苦しいよ、フェリシティ」

「フィーリクスったら、さっきのどや顔はどこ行ったのかなぁ?」

「頼む、やめて、見逃してくれ……。死ぬほど恥ずかしいんだから……」

「やめない。面白いんだもーん」


 フィーリクスは、ぐりぐりと自分の顔に頬を押し付けてくるフェリシティに嫌がるそぶりを見せつつ、しかし恥ずかしさが薄れるような気がして感謝する。もちろん他の客に見られるという恥ずかしさは別にあったが。ただ、嬉しそうに会話するディーナとイヴリンを見て自然と笑みがこぼれた。


「何事もなかったっていうんなら、それが一番だよ」

「まあそれはそうね。あたしもさっきまでの緊張感が消えて、ホッとしてるところ」

「でしょ?」


 ようやくフィーリクスを解放したフェリシティは一番に席に付くとメニューを広げ吟味し始めた。手招きでフィーリクスに隣に座るように促し、一緒にメニューを眺める。


「ヒューゴのいう通り無駄足に終わったけど、観光だと思えばいいか。今まで街から離れる機会ってなかったし。お、これおいしそう。小鹿のソテー、ベリーソース添え」

「あたしはそうでもないけどね。あたしはこれにするポークステーキ、リンゴのソース絡め」

「それってどういう? 食後はコーヒー、と」

「あたしはウィルチェスターに来てまだ半年くらいなんだよね。あ、これもいいかも。チキンスープ、ホールグレインブレッド付き」

「ええ!? そうだったの!?」

「そうよ。食後はミルクティーに決まってる」


 料理と通常の会話の混じったややこしい内容だったが、二人は混乱などはしない。席の向い側を見れば、ディーナとイヴリンも同様に話をしながらメニューを決めていた。どうやら二人だけの世界に入っており、そこに入り込む余地がない。フィーリクスはフェリシティとの会話を続ける。


「そうか、だから去年までの祭りではハイスコアを狙われなかったのか」

「そういうこと。……お互いあんまり自分の事話さないもんね。知らないことだらけ」

「そうだね」

「これを機に、少しずつ自分の事話していくのはどう?」

「オーケー、フェリシティ。そうだね。まずは、店員さん! オーダーお願い!」


 まずはオーダーを通すことが先決であった。ウェイトレスへの注文が済むと、フィーリクスは一度フェリシティと顔を見つめ合う。話すとは決めたものの、何を話せばいいのか。加えて、何やら照れくさいものもあった。と、そこへ向い側のディーナとイヴリンの会話も一段落したのか、ディーナが話しかけてきた。


「さて、そこの仲睦まじいお二人さん。イヴリンとお互い自己紹介でもどう?」

「もちろん! あ、これは仲睦まじい方じゃなくて……自己紹介の方で、その」

「そんなのディーナの冗談に決まってるじゃない。からかわれてるだけよ」


 それもそうか、とフィーリクスはもっともらしく頷いた。心なしかフェリシティが不満そうなのは、言われるまで気付かない己の鈍さに対してだろうと結論付ける。


「君達って面白いね。あたしとディーナを合わせるために一緒に来てくれたんでしょ? 二人とも、ありがとう」

「そんな、お礼を言われるほどのことはしてないよ」

「そうよ、運転はあたしとディーナの二人で分担したし、フィーリクスがやったと言えば村の入り口で変な人影を見た、とかイヴリンがいなくなったのは何かの陰謀だとか」

「……お願い、やめて。俺の心が持たない……」


  フィーリクスを除く三人に笑いが巻き起こった。女性というものはどこまでも残酷になれる生き物だと認識を改め、恐怖心すら湧いたのを自覚する。膝が軽く笑っており体に力がうまく入らない。座っていてなお倒れそうになるのを何とか残った精神力で押しとどめる。モンスターと戦っている時よりもダメージを受けているような気さえしていた。


「いや、あのフィーリクス。大丈夫?」

「もちろん、大丈夫に決まってるじゃないか、はは、は……」

「笑いが乾いてる、これは手遅れね」


 フェリシティが残念そうに首を振ってディーナ達に知らせる。まるで誰かの訃報を伝える時の態度だ。そうこうしている内に料理が運ばれてきて、全員のお腹が鳴った。


「胃は正直者だね」


フェリシティの言葉を合図に料理に取り掛かる。


「俺達は政府職員で、しがない事務職に付いてるんだ」

「あたしとはちょっとした書類上のやり取りから知り合うきっかけがあってさ。そこから仲良くなったんだ」


 フィーリクス、フェリシティ、それとディーナは事前の打ち合わせでフィーリクスとフェリシティは通常の政府職員であるということにしている。ディーナは前々から偽の肩書として、政府の外郭団体の研究員としているのを聞いていた。三人が来たいきさつを、それらの事情を鑑みて話を考えイヴリンに伝えているものだ。


「二人は知り合ってどのくらいなの?」

「あともう少しで一カ月ってところかな」


 イヴリンの質問に今度は正直に答えた。ここは嘘をつく必要がない。


「へぇ、一カ月弱でそんなに仲がいいなんて。余程相性がいいのね。それにディーナとも仲良さそうだし」

「興味本位で聞くけど、イヴリンにはあたし達ってどう見えてるの?」

「ええと、そうね。いいカップルだと思ったけど、どうも様子からすると違うのよね? いいお友達ってことでいいのかな」


 フィーリクスはその回答にフェリシティがどう思うのか、気になった。彼女の表情、言葉、動きを見聞きするのを逃さないように注意を払う。


「まあそれでいいんじゃない。そう言ってもらえてあたしは満足よ」


 ニコっと笑ってそう言ったフェリシティは、フィーリクスが見ていることに気が付いたのか、眉をピンと上げて見つめ返す。フィーリクスはそれを同意を求める合図だと受け取った。


「そうだね、そう。全くいい友達だって思ってるよ。これからもほどほどに仲良くしていけたらいいなって思う」


 フェリシティから笑顔が消えた。何か間違った対応をしたのか思案したが、フィーリクスには分からなかった。そのため話題を別のものに振ることにする。


「ところで、イヴリンは今日はどこに行ってたのか教えてもらっても?」

「ああそっか。探してくれてたんだもんね。……あたしね、一昨日に森での標本採取のために必要な許可を役場に申請しに行っててね。といっても形式的で簡単なものだから昨日すぐにその許可が下りたんで、今日はちょっと森に入ってたの」

「ここへ来たのは? 最初店に入ってきた時、ディーナに『あ、いた』って言ってたと思うけど、それってディーナがこの村に来てることを、知ってたってことだよね」


 フィーリクスは聞き逃してはいなかった。イヴリンの言葉からすると、彼女はディーナの来訪をどこかで聞いたのだ。


「それは、保安官事務所から連絡を受けたのよ。ディーナと二人があたしを探してるって」

「ここが分かったのは?」

「他に夕食を取れる場所がない」

「そっか、そうだったね。あと……」

「はいはいストップ。もういいでしょ、現にこうしてイヴリンと再会できたんだから」


ディーナに止められる。彼女としては、このボックス席を野暮な質問コーナーにするつもりはないのだろう。


「ごめん。そうだね、今はもっと明るい話題と食事を楽しまなきゃ」


 捜査は一旦切り上げだ。そう気持ちを切り替えると、フィーリクスは自分の言った言葉に従うことにした。

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