4話 capture-3
調査に何日かかることになるかは分からない。各自簡易な出張準備を手早く済ませ三人は現在地下駐車場、ディーナの車の前にいる。
「二人ともよろしくお願いね」
「ディーナ、あたし達がきっとあなたの友達と会わせてあげる!」
「俺も尽力することを約束するよ」
フィーリクス、フェリシティともに気合の入った返事でディーナを見つめる。彼女はポリポリと頬をかくと一旦目をそらし、また二人に向ける。
「今からそんな力んでたら後々持たないでしょ、気楽にいこうよ。でもありがと」
運転は最初ディーナが行うことになっていた。目的地までの道のりは長い。途中交代でフェリシティが後半部分を受け持つ取り決めだ。普段もそうだが、こういう時早く免許を取れるようになりたいとフィーリクスはつくづく思う。相棒に任せきりで申し訳なく思うが、無免許で運転するわけにもいかない。それはさておきフィーリクスは車に乗り込もうと動く。座ろうとしているのは助手席だ。
「あんたはこっちに座るのよ」
フェリシティにがっちりと肩を掴まれ身を引っ張られたフィーリクスは、彼女に後部座席に押し込まれた。その横に彼女が座る。笑っているようなむすっとしているような、いわくいいがたい表情の彼女にフィーリクスは謎の圧を感じ、大人しく従うことにする。
「じゃあ、出発するよ」
「お願い」
地上へ出ると進路を西へ取った。時刻は午前十時を回ったところで交通量はそこまで多くはないためスムーズに市街地を抜け、数十分ほどで郊外道路まで一気に出る。そこからは車両の数はぐっと少なくなり、しばらくの間はゆったりと西へ、途中から道を一本変えて南西へと車を走らせるだけだ。
「しばらくかかるから楽にしてていいよ。あ、そうだ。せっかくだからお互い何か話しようよ、まずはちょっとした自己紹介でも」
既に聞いていた通り、ディーナとイヴリンは元同僚だ。もとより仲の良かった彼女とは幼馴染といっていいほど昔からの付き合いがあったそうだ。ただどうしても、MBIから声をかけられた時、その特殊環境下での仕事という魅力に抗えずに移籍を決めたということだった。
「迷ったよ。イヴリンとの共同研究をしてる時は凄く楽しかったし。でMBIでの話なんだけど、モンスターって難しいのよね」
「難しいって、何が?」
フェリシティが聞く。
「生け捕りにできたらいいんだけど大概強いし、そう簡単には捕まえられない。かといって倒しちゃうと死体も残さずに消滅するってんだからどうしようもない」
「そりゃ確かにそういう問題があるわね」
二人が相槌を打ったのをバックミラー越しに確認したディーナは、ドリンクで口を湿らせると話を続ける。
「結局は今のところあんた達みたいな直にモンスターと接触したエージェントから話を聞くか、映像記録を見るしかない。でもこれだと通常生物との間接的な比較研究しかできなくてさ。誰か生きたモンスターでもとっ捕まえてくんないかなって、期待してるんだ」
心なしか、隣に座っているフェリシティがフィーリクスとの距離を詰めたような気がした。あくまで気のせいかもしれない。
「生け捕りはどうか分からないけど、俺達にできることがあったら何でも言ってよ」
「会ったばかりの人間にえらく肩入れするね。どうしたの、まさかあたしに一目惚れでもしちゃった? なんてね、あはは。自分で言って鳥肌立った」
気が付けばフェリシティは妙に距離が近い、というよりゼロ距離だ。密着した状態でフィーリクスにもたれかかり、無遠慮に体重を預けてくる。
「俺じゃなくてちゃんと背もたれにもたれてくれよ、重い」
「暖かいしこのほうが楽なんだもん」
より一層深くフィーリクスにもたれた彼女は、手荷物として持っていたバッグからスナックを取り出すとぱくつき始める。
「俺はしんどいんだけど。ところで俺も食べていい?」
「だめ」
フィーリクスはスナックの袋に手を伸ばそうとして、彼女にピシャリとはたかれ手の甲をさする。
「二人ともめっちゃ仲いいね」
「本当にそう見えるの?」
「顔が嫌がってない。うらやましいな」
ミラー越しにディーナに見られていたようだ。フィーリクスは慌ててしかめっ面をしてみせるが、遅きに失した。実際口はへの字に曲げているつもりだったが、はたからはそうは見えなかったらしい。ディーナの言葉を聞いてフェリシティがにんまりするのをフィーリクスは見た。
「やっぱり食べてもいいよ」
「ありがとう、もらうよ」
「ディーナもどう?」
「いいの? じゃあちょうだい」
「はい、あーん」
開いた口にスナックを押し込んでもらったディーナは肩をすくめながらクスクスと笑うと運転に集中し始めた。比較的標高の低い丘陵地帯に入り、今いるあたりからはほぼ直線か、緩やかなカーブを描く緑に囲まれた道路が続く。左右見渡す限り緑の続く風景は、美しくもあるが退屈でもある。
「今度はあんた達のこと聞かせて。付き合ってどんくらいになるの?」
ディーナの唐突な質問に、フィーリクスは危うく口にしていたスナックを吹き出すところだった。用意していたドリンクを一口流し込み、何とか胃に収める。
「まだ数週間程度だよ。それに、付き合うっていっても捜査課の相棒として……」
フィーリクスはいらぬことを口に出したと焦り、二人の女性の反応を伺う。
「もちろんそのつもりで言ってるんだけど。あ、個人的な関係性も差し支えなければ教えてくれると、暇をつぶせる」
「そうね。んー、確かにまだ組んでからそんなに時間は過ぎてないし、まだ解決した事件も数多くはない」
「そう? えーと、誰だっけ。……そうそう、ニコとエイジと同等くらいには息があってそうだけどな」
「ありがとうディーナ。あたしも自分ではなかなかいいコンビだって思ってる。ね、フィーリクス」
フィーリクスは二人のさして気にした様子もないのを見て落ち着きを取り戻した。そうなると違う方面に余計なことを言いたくなるのが彼の癖でもあった。
「ああ。君とならどんな強敵が出てもどうにかできるって気がするよ。周りからはでこぼこコンビとかって呼ばれたりもするけどね」
「ちょっと待って、何それ!? 誰が言ったの!?」
「あー、教えたらどうするの?」
「今すぐ電話でもかけて文句の一つでもぶっ込まなきゃ、ん? ディーナ?」
ディーナがくっくっと小さく肩を震わせていたかと思うと、やがて二人も聞こえる大きさで快活に笑いだした。
「いやー、あんた達見てるとホント面白いよ。ぜんぜん退屈しなくてすむ」
「そう? にへへ、ありがとう」
フェリシティがなぜか照れながらディーナに礼を言う。その後も取り留めもない話を続けながらドライブは続けられる。途中で運転を交代したフェリシティが操る車は更に道を変えまた西へと、なだらかなアップダウンを続け徐々に高度を稼いでゆく。最後の分かれ道を曲がると、葛折りが続く細い山道の上りが待っていた。生い茂る木々も密度を増し、樹高も高いものが増えたようでいよいよ森林地帯へと入っていく。左右とも見通しは悪く、おりしも霧が出てきて視界も悪くなり快適なドライブとは呼べないものだ。どうやらディーナが運転の前半部分を買って出たのはこのためだったらしい。
「前はわざと霧を作り出したけど、これは鬱陶しいったらありゃしないわ……」
「地図によるともうすぐ着くはずだよ」
「本当? 長かったぁ」
助手席に座り車のナビを確認していたディーナの言葉に、フェリシティは安心したのか気の抜けた声を溜め息とともに漏らす。坂の終わりが近いのか、傾斜が緩やかになりつつあった。
「本当に二人ともありがとう。誕生日を迎えたら真っ先に免許を取るよ」
「そうなったら当分運転任せちゃおっかな。練習も兼ねてね」
「喜んでやるよ」
それは偽りのない本気で言った言葉だ。実際運転できるようになればなるべく早く習熟訓練を行いたいとも考えていた。その時、何気なしに窓の外の風景を眺めていたフィーリクスは、ふと何かの視線を感じた。左手側の木々の向こう、霧の中でじっと彼を見つめる何かと目が合った。
「車を止めて!!」
「へっ!? 何!? 敵!?」
フィーリクスの大声に驚くも、フェリシティが急ブレーキを踏んだ。フィーリクスは車を飛び出すと人影を見たあたりまで急いで駆け戻り、森の奥を見渡す。
「ちょっと、フィーリクス! どうしたっていうのよ!?」
「誰かがいたんだ」
「この霧だし、気のせいじゃないの?」
フェリシティとディーナも駆け寄り、フィーリクスの言葉を聞いて周りや森の奥の方を凝視するが、三人とも何も見つけることはできなかった。
「気のせいの方がいいのかそうじゃないのか。俺が見た人物は、フードを被ってた」
「フード? あっ!」
フェリシティも思い当たったようだ。
「でも、いたとして何でこんな所に?」
「それは分からない。でも、だとしたら。イヴリンの連絡が途絶えたことと関係があるのかも」
「例のバルーンパレードで騒ぎを起こしたっていう連中?」
ディーナが確認を取ると二人とも彼女に頷いた。フィーリクスとフェリシティがMBIに所属することになる、その発端となった事件の首謀者とみられる人物。男女二人組で、フードを目深にかぶっていたという。彼らはMBIと敵対する存在で、こう呼ばれている。ウィッチと。まさか街からこんなに離れた小さな村に用があるとも思えなかったが、万が一ということもある。三人は無意識のうちに距離を詰め、身を寄せ合っていた。
「気を付けていこう」
「ええ」




