4話 capture-2
ヒューゴとディーナは今日までに起きた出来事を話してくれた。ディーナの友人のイヴリンは大学での研究の一環としてサンプル採取や生態観察などを目的としたいわゆるフィールドワークに、数日から数週間までの期間で不定期にどこかへ出張することがあるそうだ。今回彼女が出かけた先は、車で五時間以上はかかる山林地帯にあるコートフォードという小さな村だった。規模の小さい村のため、MBIの支局はそこにはない。一番近い支局がウィルチェスター支局となる、そういう場所だ。
ディーナとは個人的な付き合いとして頻繁に連絡を取り合っているためメールや電話のやり取りがあったのだが、それがぷつりと途絶えた。一日程度ならば問題はなかった。だが二日目、三日目となって何も連絡が入らないのは初めてということだった。
「もう心配で心配でさ」
そこまでならばまだMBIの出る幕ではない。彼女の滞在先や地元の警察などへ連絡すればいいだけだ。だが、それらから返ってきた内容が不可解なものだったのである。
「イヴリンは滞在費を少しでも減らすために、空き家を安く借りてるそうなんだよ。そこの大家さんにも連絡してみたんだ。事前に連絡先を聞いておいてよかったよ。でね、そしたら『イヴリンとは昨日にお茶会をしたんですよ』って言うんだよね」
ディーナは腕を組んで目をつぶり唸る。
「お茶会? いいな、美味しいお菓子とか食べるのよね。紅茶のお供に」
「コーヒーだろ?」
フェリシティの言葉にフィーリクスはつい漏らしてしまった。まぶたがピクリと痙攣し、目を細める。手を軽く握りこんだ。彼女も同様だ。
「いいえ、紅茶よ。お茶会でしょ?」
「いや、だって……」
「ハイストップ、その手の議題は戦争になるよ。紅茶派とコーヒー派の溝は思ったよりも深い。それと」
ディーナが二人の間に割って入り両者に手のひらを向けお互いが詰め寄るのを制した。話が脱線どころかこじれそうになったところをそれに待ったをかけた形だ。わざとらしく眉をしかめて二人を交互に見たあと、二人が落ち着いたのを見て微笑む。
「今はあたしが話の主軸なんだから邪魔しない」
「「ごめんなさい」」
「よろしい。で、お茶会で数時間は話し込んだってその大家さんが言うんだよ。ああ、大家さんはもうおばあさんなんだけど、旦那さんに先立たれて一人で暮らしてるんだって。だから話し相手が欲しかったんじゃないかなって、ってそれは今は置いていて」
彼女はよくしゃべる。フェリシティと雑談する時もよく話をするものだと思っていたが、彼女の場合は一人でも喋り続けていられそうだとフィーリクスは思う。無駄な部分もあるがテンポよく話すおかげで聞き飽きない、と印象は悪くなかった。
「大家さんとは数時間も話していられる余裕があるのにメールの一つ、電話の一本もいれないだなんてちょっと考えられないよ。あと、村の役場にも電話したんだけど、そっちも何だか妙なんだよね」
「どう妙なの?」
「私は蚊帳の外か?」
ヒューゴが話の輪に戻ってくる。彼も説明をしたがっているのでは、とフィーリクスには思えた。その予想が正しいか試す気はあまりなかったが、上司の顔を立てておけば後々困らないかもという打算も働き彼を持ち上げることにする。
「もちろんそんなわけないよ、ヒューゴ! MBIとしても、もういくらかは何かしら働きかけてるんじゃない? ヒューゴって抜け目ないからさ」
「当然だとも」
図星だったようだ。彼は不満げな様子から一転得意げに変ずると話し始める。
「まずディーナへの役場からの返答はこうだ。『彼女なら二日前に標本採取に必要な許可を取りに来たばかりですよ』とな。二日続けての目撃証言だ。なのに音信だけがない。なあディーナ?」
「ええ」
頷いたディーナが代わりに不満そうになった。それを気にせず、ヒューゴにしては機嫌よさげに、知らない人間が見れば楽しくなさそうに話を続ける。
「それからわたしも気になる点は調べている。こっちからもイヴリンに電話をかけてみた。携帯電話自体は生きているようで呼び出し音はなるが誰も出ない。権限を使って携帯会社へ確認を取ってみたが、ちゃんと契約は生きているし信号もあるようだ。GPSである程度の場所の特定もした。借家の住所とほぼ一致する」
ヒューゴはデスクに置いてあったカップを持ち上げると一口飲み込んだ。中身はコーヒーだ。フィーリクスはどうでもいいところで味方が増えたような気がして無駄に喜びを得る。もちろん顔には出さない。
「一方、村の保安官事務所へ連絡して警官へ家の方へ巡回してもらうように頼んでいたが、その結果も既に持っている。これがまた妙なんだ。『イヴリンさんなら家にちゃんといましたよ? そのご友人とは喧嘩でもなさってるんじゃないですか』だ」
「それのどこが妙なの?」
フィーリクスには内容的には不穏なものを感じたが、警官の回答自体は不自然な所はないと思えた。
「いいか、その警官が言うには巡回に回り、イヴリンのいる家を尋ねたのが昨日の午後だ」
「それで?」
「大家とのお茶会があったのも昨日の午後だ」
「つまり、その時イヴリンの家に大家さんもいたってことだよね?」
「その通り。だが、大家は尋ねてきたはずの警官のことに触れていない。逆に警官もイヴリンが大家と一緒にいたという報告はしていない」
そこまで話すとある程度満足したようだ。ヒューゴは主導権をディーナに返すつもりか口を閉じる。それを見てとったディーナが、眉をしかめながら難しそうに話す。
「それに一番大事なところだけど、あたしはイヴリンと喧嘩なんかしてないんだよね。本当にどうしちゃったんだか」
「相手が本人にしか分からない理由で一方的に怒ってるとかは?」
フィーリクスが自分に思い当たる節を彼女に尋ねてみる。ちらりとフェリシティを見たら困ったように笑う彼女の表情があり、フィーリクスも同じ笑みでもって彼女への返答とした。
「それならそれで不満点があればすぐに言ってくれる子なんだよね。あたしもそう。仲良くやってたつもりなんだけど、ひょっとしてそういう線もあるのかな。だとしたらショックかも」
「ごっ、ごめん。君を不安にさせるつもりじゃなかったんだ。今のは忘れて!」
フィーリクスは慌てて己の失敗を取り繕おうと、急に元気のなくなったように見えたディーナを慰めに入る。だが彼女は落ち込んだわけではなかったようだ。
「絶対現地で何かあったと思うんだよね!」
彼女は力強く言うと、拳を胸のあたりまで持ち上げ宣言する。
「イヴリンは何か困った事態に巻き込まれてる。そんな予感がひしひしとするよ。だからヒューゴに頼んで誰かに一緒に見に行ってもらおうと思ったわけ」
話を締めくくったディーナがヒューゴに目線を送る。彼女は話の主導権を再び彼に渡すつもりらしい。
「それでヒューゴ。あたし達が呼ばれたってことはあたし達が行くことになるのよね? 何で選ばれたの?」
フェリシティもそれを感じ取ったようだ。ヒューゴに質問を行ったのは彼の真意を図るためだろうとフィーリクスは分析した。なぜなら自身とフェリシティは依然として前に起きた事件の被疑者であり、その容疑が未だ完全に晴れていないからだ。
「俺もそれは気になったんだ、説明してよヒューゴ」
それに加えて、まだ自分達はMBIに所属してから日が浅い。他のエージェント達に比べればまだひよっこに近いものがあった。前回の事件こそ二人の活躍で解決に導いたものの、偶然に頼った要素もあったのが事実だ。二人はまだまだ経験不足だと言えた。
「それが、さっき私が言い淀んだ部分に繋がるんだ。これはまだモンスターや魔法が絡む事件と決まったわけじゃない。単なる行き違いや、さっき君らが言ったように本人の意向による意図的なもの、イヴリンが意地で無視をしているのかもしれん」
「つまり?」
「何が言いたいかと言えば、つまりは行ったところで全くの無駄足になるかもしれない、ということだ。それでも何か引っかかるものを感じた。これは私の直感だ」
ヒューゴはそこで一度区切り、フィーリクスとフェリシティを見据えた。
「君らに行ってもらえるかな?」
「それはつまん……」
「もちろん!」
フェリシティがまた余計なことを言おうとしたと思ったフィーリクスは、彼女のセリフにかぶせるように大きめの声で返事をする。手で口を塞ぐのは悪手だ。前は指を噛まれた。
「フィーリクス、本気で?」
「そりゃそうだよ。ヒューゴは俺達を信頼してくれてるんだ。だよね!?」
「ん? いや、単に他のエージェントが皆出張っていて、頼める人間が他にいないからだが?」
「だよね……」
フィーリクスの意気込みは見当外れだったようで肩を落とす羽目になる。ただそれは表向きの理由で、他にも行くべき理由ができていた。ディーナだ。彼女のことをすっかり気に入っていたのだ。彼女の力になりたいと、そう思い志願した割合が大きいことを否めなかった。
「フィーリクス。あんたが何考えてんだか知らないけどまあ乗ったげるわ、今回の話」
フェリシティだ。先程は乗り気じゃないような発言をしようとしたと思われたが、そうではないようだ。そして彼女もまたディーナの方を見ており、その顔は、にやけていた。
「え? あれ、フェリシティ?」
「では二人とも頼む」
ディーナが満面の笑顔で任務を承諾した二人に応える。
「ありがとう、助かるよ!」
出発することになった。




