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1話 burstー3

「あああ、ここもなのか!」

「こりゃ面白いことになったな」


 フィーリクスが嘆いたのはボール入れのスコアボードを確認してのことだ。ここでもフィーリクス以上の得点を得た何者かが、先ほど見たものと同じ名で彼の記録を更新していた。


「F! L! C!」

「落ち着けよ。あっ、おい!」


 友人が急に走り出したフィーリクスに声をかけるが聞いてはいない。彼は嫌な予感がして各ゲームのスコアを確認することに必死になっていた。そしてその内容は、一回りした労力の見返りとしては見合うものではなかった。彼はモグラ叩きや輪投げ、風船割り、その他のゲーム、ついでにハンマーゲームまでもが全てFLCの名で一位が記録されているのを見てしまったのだ。


「全部だ、俺の記録が全部破られてる!」

「大げさだな。ゲームのスコアくらい何でもいいじゃないか」

「こう思えばいい。今回はライバルに勝ちを譲って、来年また挑戦しようって」


 追いついた友人たちがフィーリクスを宥めにかかる。彼は最初は肩を震わせていたが、次第に治まっていく。それを見た周りはほっと胸をなでおろした。その途端だった。


「俺のささやかな楽しみだったんだ。こうなりゃやけだ! 全部の記録を奪い返してやる!」

「ええええ!」


 皆の声は彼には届いていなかった。完全に頭に血が上っており、やり返さなくては気が済まない状態になっている。まずは手近な物から手を付け始め、各種ゲームで一位を取り戻してく。ハンマーゲームこそ一位を取れなかったが、友人の記録を超え二位につけた。


「やった、やったぞ」


 その声に応える者はいなかった。フィーリクスははたと気づいて周りを見る。友人達とはぐれてしまったらしく自分ひとりだ。彼は電話で彼らの現在位置を聞こうかと思い、携帯を取り出しながらうろうろと探していたところ、嫌なものを見る羽目となった。


「嘘だろ」


 またしても射的だった。スコアボードは九ポイント。名前はもちろん「FLCーッ!」叫んだ彼は店のカウンターにコインを叩きつけるように置いた。


「どんなやつだ! どんなやつだった!? 男、女? ハンマーゲームで一位を取るくらいだからきっと大男だろうな」

「どうしたんだ坊主、落ち着きなよ」


 店主に聞かれたフィーリクスはボードを指さしながら興奮気味に語る。


「どうしたもなにも、全部のゲームであの名前が載ってたんだ! 俺の記録を塗り替えて!」

「そりゃ面白い」

「もちろん後から俺がまた塗り替えたけどね。……その、ハンマーゲーム以外は」


 彼はセリフの途中で下を向き、小声になった。筋力だけはそれほどではなく、勢いが萎えたものだ。


「ほう、でまたここへきてみりゃ更に更新されてるから憤慨してるってわけかい」

「その通り。だから早く弾を渡してよ」

「はいよ。ああ、一つ言っとくが、大男ってわけじゃあなかったね。それ以上は個人情報だ、教えられないが」

「そうなのか、ありがとう」


 店主とのやりとりで少し頭の冷えたフィーリクスは、これまでの疲れを見せない集中ぶりで的を撃った。外さない。一つも。


「すごいな。俺がこの店を始めて以来最初の満点だ。文句なしの一位だね」

「へへ、どんなもんだ」


 十ポイントの満点で一位を取り返したフィーリクスはガッツポーズを取る。彼は会心の結果を得られたと、非常にいい気分に浸る。


「ああ、水を差すようで悪いんだけどな。多分またほかのゲームでえらいことになってるんじゃないかと思うんだが」


 店主の言葉にフィーリクスの夢見気分は即終了する。そう、これまで二度も更新されているのだ。恐らくは三度目も。フィーリクスはそう思い当たるとソワソワしだす。


「おっちゃん、指摘ありがとう!」

「ああかまわんさ。……まだおっちゃんって歳じゃないんだがなぁ」


 フィーリクスは店主のセリフを最後まで聞いていない。もう次の店へと駆けだしていた。彼は友人たちとはぐれたままだ。夕方までにはどの店でも決着をつけたい。彼は焦りつつそう考えていた。そのため、前方への注意がおろそかになっていたようだ。脇道から出てきた人物とぶつかりそうになって急制動をかける。


「ぅわぁ! ……ちょっと、どこ見てんの! って、あら。あんたじゃない」

「わぉ、君か!」


 フィーリクスが正午前に出会い、アイスクリームを投げつけてきた少女。彼女と再び出会った。彼女は持っていたフルーツ飴を一舐めするとフィーリクスに疑問を投げかける。


「見たところ一人だけど、待ち合わせの人はどうしたの?」

「いや、ちょっとね」


 フィーリクスはさすがに、はぐれたとは言えなかった。


「ふうん、じゃあ今暇なの? だったらあたしに付き合わない? 今おもしろいことやってるんだけど」


 実際のところ、その提案は彼にとって魅力的だった。だが、彼は自分でも思っていた以上に意地になっていたようだ。スコア更新という誘惑から逃れられなかった。


「悪いけど今ちょっと取り込み中で忙しいんだ」

「二度も女の子の誘いを断るなんて、よほどの変人かそれともよほど大事な用事があるかのどっちかね」

「あるいはその両方かもよ?」


 フィーリクスは両手をあげてモンスターが襲いかかる時のようなポーズを取り、おどけてみせる。


「あんたやっぱり面白い。また会えるといいわね」


 お互いはそのまますれ違う。彼女はフィーリクスが来た方向へ、フィーリクスはそのまま真っすぐに。ちらりと振り返るが、彼女の姿はもう人ごみにかき消えていた。


「せっかくまた会えたのに、名前くらい聞けばよかったかな。いや、今はそれどころじゃないぞ」


 その後、フィーリクスは自身で課した刻限、夕方まで粘っていくつかのゲームで一位の座をキープすることに成功する。ただし半分くらいは姿の見えないライバルにその座を明け渡すこととなった。彼は携帯を片手に非常に歯がゆい思いで歩く。もうすぐパレードが動き出す時間だ。


「もしもし? ごめん! 今までずっとゲームのハイスコアを、……そうなんだよ」


 電話の相手は友人の一人だ。パレードも始まり、フィーリクスがいい加減彼らと合流しようと思い電話をかけたのだ。彼らとパレードの開始地点あたりで落ち合おうということになって電話を切った。そこでフィーリクスはある異変に気が付く。


「ん、何だろ?」


 人々が、パレードの始まる方向から走ってきていた。まるで何かから逃げるように。走っている人数は最初はまばらだが、やがて大勢の人が逃げてくるのが見て取れた。


「逃げろ! モンスターだ!」


 走っている人の内の誰かが叫んだ。それを聞いてからはパニックが起こる。人々が一斉駆けだしたのだ。フィーリクスは叫んだ人物を目ざとく見つける。人ごみをすいすいとかき分け接近すると、その男性を捕まえた。


「ちょっと待って。一体何が起きたんだ?」

「なんだ! いや、すまない。君も早く逃げろ。パレードのバルーンがモンスターに変身したんだ。ほかにもたくさん」


 その男性が言うにはバルーンが次々とモンスター化し、人々に襲いかかってきたそうだ。命からがら逃げだしたという彼は、注意喚起をしながらここまで走ってきたという。


「そっか、情報ありがとう」

「いいか、早く逃げるんだぞ!?」


 そう言って、その男性も逃げる集団に紛れ、すぐに見えなくなった。フィーリクスは、彼の言葉を聞いて逃げるどころか事件発生地点を目指して走り出していた。背中に垂れていたフードを目深にかぶる。


「丁度鬱憤が溜まってたところなんだよね!」


 パレード用の大通りを行くと人々の逃げる流れに逆らい逆走する形になる。フィーリクスはそこを避け、一本離れた道を進んだ。道は放射状に広がるため、どこかで横道を抜けなければパレードの本隊にはたどり着けない。彼が道行く先の出店の屋根の上に視線をやると、いくつかの大型バルーンの姿がちらりと見えた。それらは、蠢いていた。


「あれがモンスターに!?」


 そう言うフィーリクスの前に横道から小さな女の子と母親が逃げてくる。そのすぐ後ろに浮遊するモンスターが迫っているのを見た彼は、トップスピードで駆け寄るとモンスターに跳び蹴りをかます。モンスターは地面に蹴飛ばされバウンドするとすぐにまた浮遊し、ターゲットを親子からフィーリクスへと変えた。


「効いてない!?」


 バルーンだけに蹴りの威力がふわりと流されたのが分かった。元は何かのアニメキャラだったのだろうモンスターは、どこかコミカルな面影を残しつつもはや何の可愛げもない。血走った眼を彼に向けている。短いながらも爪を備えた四肢に、冗談みたいに大きな顎。幼子なら一飲みにできるようなサイズだ。


「あんなのティンクルハムちゃんじゃないよぅ! あたしの風船返して、返してよ!」


 泣きじゃくる女の子を母親が必死でモンスターから遠ざけようとしていたが、助けが現れたことで気が抜けたらしくすぐに動けないようだった。


「こんな小さな子を泣かせるなんて感心しないな、モンスター!」


 人の頭なら簡単にかみ砕きそうないかつい前歯をこれ見よがしに剥き出し、『ティンクルハムちゃん』が襲ってくる。モンスターの歯や爪は魔力で補強されており、元がバルーンとはいえその硬度は本物だ。噛まれたり引っかかれたりすれば肉が裂け、多大な出血を伴う傷を負うことになるだろう。


 フィーリクスは後ろ手に、昨日も使っていた棒をリュックから取り出すと構えた。警官が警棒を使った格闘術と同様の構えで、持った棒の先を肩に添えるような形だ。基本的には素早く敵を打ちのめすのに向いているが、フィーリクスはてこの原理を使った関節破壊にも多用していた。ただ、今回の敵はどちらも有効的ではなさそうだ。


「さて、どうやったもんかな」


 フィーリクスはさしたるダメージは与えられないだろうと予想しながらも、敵の噛みつき攻撃を右斜めに下がって避けると、棒を相手の脇腹めがけて打ち下ろす。彼の手にずにゅっとした手応えが帰ってきた。へこんだかに見えた部分は強い弾力をもって棒を押し返し、すぐさま元に戻る。彼は反撃を喰らわないように元敵がいた場所まで移動した。互いの位置が入れ替わった格好だ。


「やっぱり効かないな。となると」


 フィーリクスは辺りを見渡すと、食べ物の屋台が目についた。


「いいもの発見」


 フィーリクスは敵の注意が親子に向かないよう誘導しながら屋台に向かう。そこはドリンクの提供もしているようでプラスチック製のタンクが設置されている。その中は氷水で満たされていて、いくつもの缶や瓶が冷やされていた。彼はそこからガラス瓶入りのドリンクを一本取り出す。瓶の口付近を持ち、手を支点に短棒を使っててこで王冠を外す。もちろんこの状況で悠長にドリンクを飲むつもりはない。上から手のひらを瓶の口に叩きつけると、底が抜け中身が全て零れ落ちた。真空を利用した瓶の破壊方法だ。彼が必要なのはこの底のない瓶だった。


「これからあいつをぶっ刺すけど、割れちゃったらごめんね!」


 フィーリクスは少女にそう呼びかける。いい具合に鋭利な断面ができた瓶を逆手に持つとモンスターにちらつかせる。


「チンピラみたいでちょっとイメージ悪いけど」


 『ティンクルハムちゃん』は風船だったころの記憶でもあるのか、本能的なものなのかは分からないが、僅かに身震いする。


「もしかしてこれが怖いのか?」


 今度はフィーリクスから攻め込む。『ティンクルハムちゃん』にめがけて瓶を突き入れる。先ほどは棒による殴打攻撃を避けようともしなかった相手が、明確に回避行動に移った。


「避けるか。自分の弱点が分かるみたいだな。でも残念、逃すつもりはない!」


 何度も突きを繰り返し、フィーリクスの攻める速度が上がっていく。『ティンクルハムちゃん』が対応できずに瓶の断面をその身に食い込まされた。すると、その瞬間に破裂音が響き、敵が消滅する。あとに残されたのは丸みを帯び、短い手足をしたハムスターがモチーフのキャラクターを象った風船だ。


 フィーリクスは飛んでいきそうになるその風船をキャッチすると、じっと眺める。何の異常もない、ただの風船だ。彼が親子へと歩み寄ると、女の子が彼の前に走り込んでくる。彼は彼女に風船を差し出した。


「あたしの風船!」

「はい、どうぞ」

「お兄ちゃんありがとう!」


 女の子は礼を言うと母親の傍に戻った。母親はかがみ込むと一度娘を抱きしめ、立ち上がってフィーリクスに向き合う。


「助けていただき、ありがとうございます。その、娘の風船はもう安全なの?」

「問題ないよ、もう普通の風船だ。何の危険もない。割れたりしぼんだりして娘さんを悲しませる以外は、ね」


 フィーリクスは母親ににこりと笑って見せた。フードを被っているために怪しげに見えたかもしれないが。女の子を見ると、彼女は満面の笑顔で風船の紐を握り締めていた。それを見てフィーリクスもまた笑顔になる。


「本当にありがとうございました」

「どういたしまして。それよりもっと遠くへ、安全なところへ避難を」

「ええ。エミリー、行きましょ」

「お兄ちゃん、バイバイ!」

「ああ、バイバイ。さて、みんな無事だといいけど」


 親子は手を繋ぎ、足早に去っていく。それを見届けたフィーリクスは表情を引き締める。友人達や名前も知らない少女の姿が脳裏にちらつき、彼らの無事を祈ると、親子が逃げてきた道へと進んだ。

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