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3話 invisible-11

 車を走らせ、中洲の北方にある橋を目指す。他のエージェントに遅ればせながら出発し、MBI支局へと戻る途中だ。


「脱線しちゃって、結局言うべきことを言わずに言いたいことを言っちゃってたよ」

「それって何? 言ってみてよ。さっきの話より重たいなら話は別だけど」


 ハンドルを握るフェリシティが軽い調子でそう返す。ふざけているわけではないのは彼女のそのセリフの抑揚に含まれる、真面目なニュアンスから読み取れた。橋に差し掛かり、分岐路から橋の上の本線に合流する。日はもう落ちており、辺りは闇に包まれている。二人を乗せた車はライトで闇を裂き、行くべき道を照らしながら進んでいく。


「今日の朝、ディリオンが言ってたんだ。妙な考えで周りを巻き込んで自滅するなって」

「あんな奴の言うこと真に受けないでよ」

「いや、彼の言うことはもっともだ。さっきの戦いで、正にそうなるところだったんだからね」

「どうして?」


 彼女が疑問詞を付けフィーリクスの方を向く。橋は緩やかなカーブを描いて本土に続いており、運転の疎かになった車の軌跡が白線を越え道路脇の壁面に近づきつつあった。フィーリクスは慌てて彼女に前を向くように指示すると言葉を続ける。


「さっき言ったフリーズだよ。君が、その、転んだ時にやられたと思って目の前が真っ暗になったんだ。それまでは怒りに呑まれて無暗に敵に突っ込もうとしちゃったし、ろくな動きができてなかった」

「それは、そうね。今まで見る限りでは熱くなるのはあたしの方が先だった。フィーリクスがあんな風になるなんて思わなかったよ」


 彼女はちらちらとフィーリクスの様子を覗き込んでは運転を続ける。支局への帰途は半ばほどで、後数分もすれば到着する頃合いだった。


「俺は人が傷つくところを見るのが我慢できないんだ。特にモンスターに襲われて命の危機に晒される、なんてのは最悪だ」

「それは、分かる気がするよ」

「ありがとう。だから、みんながやられたあの時に思わず我を忘れた。自分がつくづく嫌になるよ」


 彼女は今度は視線を前に保ったままだ。視界に行く先の道路をしっかりと納めている。彼女はからかうような調子でフィーリクスに返事を告げた。


「すぐに落ち込むのはあんたの悪い癖ね」


 フィーリクスは彼女の意図をすぐに理解し、更に彼女へボールを投げ返す。


「君がすぐにカッとなるところもね」

「そんなことない」


 ムキになったかツンとして言い張る彼女がそこにいた。フィーリクスはクスリと笑い、彼女の更なる反応を引き出すために追撃に出ることを決める。


「いや、あの。皆にアンケート取ろうか?」

「やめて。……自分でも分かってるけど、簡単には変えられないよね。お互いに努力しましょ」

「ああ、相棒」


 フィーリクスは彼女の言う通りだと認識していた。そして、今の自分を取り囲む状況全てが自身を変えるためのチャンスなのだと考える。


「フィーリクス。今日は逆になっちゃったけど、あんたはあたしのブレーキよ。あたしが暴走したらきっちり止めるの。代わりにあたしはあんたのアクセルになる。あんたが立ち止まって俯いてるとき、後ろからそっと背中を押したげる」

「フェリシティ」


 フィーリクスは彼女に微笑みかける。彼女の言葉に心がほぐされ穏やかな気持ちだった。それでも、言わずにいられない一言を思いついてしまいどうしても、我慢できなかった。


「突き飛ばすの間違いじゃないの?」

「もう、人がいい話風にまとめようとしてるのに!」


 急にフェリシティのハンドル操作が乱れる。彼女はフィーリクスの方を向いて歯を剥き、獣が威嚇するような低い唸り声をあげた。車が蛇行を始め、その振れが大きくなり、道路外に突っ込みそうになって二人は叫び声を上げた。


「前! 頼むから前見て!」


 ややあって、二人は何とか無事に支局にたどり着く。既に始まっていた他のエージェントの報告の後に子豚の人形と透明なジェムをヒューゴに手渡すと、自分たちにしか分からない点である、霧の中で起きた出来事を彼に報告する。彼が渋い顔をして二人の報告を聞いていたため、フィーリクスには何かよろしくないことでも言われるのではないかと内心不安を募らせながらの報告だった。話が終わり、ヒューゴが何か考え込んだ後に渋い顔のまま二人に向かって口を開く。


「あー、まさか君らがあのモンスターを本当に倒せるとは思わなかった。それに、今回君らが関係した部分での被害も出ていない。強いて言えばペンキの清掃にかかる費用くらいだ」


 そこで区切り、僅かな間のタメを作った。フィーリクスとフェリシティは思わず前にのめり込み気味になって彼の話の続きを待つ。


「よくやった、今回の実績により待機命令は完全に解除された。君らは通常任務に戻れる」

「やったぁ!」


 フェリシティが跳び上がって喜び、フィーリクスの肩を力強く抱く。


「ぐぇ、ありがとうヒューゴ!」

「礼は言らん。行動で示せ。今回みたいにな」


 喜ぶ二人を見てヒューゴが微笑む。フィーリクスはフェリシティとハイタッチをしながら喜びを分かち合うが、彼のその表情を見て、何かとても珍しいものを見たような気がした。


「ヒューゴのそんな顔を見るのは久しぶりですね」

「君が指摘しなければもうちょっと微笑んでいたろうにな」


 ヴィンセントに指摘されたヒューゴが無表情になる。そして捜査課の部屋に新たに入ってきた人物を見て普段の仏頂面に戻してしまった。


「やあ、皆いるね!」


 ゾーイだ。彼女が部屋に入ってきた瞬間に今までざわついていた室内が静まり返った。フィーリクスとフェリシティは皆のその反応を不思議に思い目くばせしあう。


「げっ、ゾーイだ」

「ゾーイだわ」

「何よあんた達。相変わらずの反応ね」


 ラジーブとニコがあからさまに眉をひそめてささやき合う。他のメンバーも似たり寄ったりな反応を返している中、表情の変わらないのはフィーリクスとフェリシティ、それとエイジくらいのものだった。


「おっ! フィーリクスとフェリシティじゃない! どう!? 使ってみた!?」


 彼女は二人を見つけるとずんずんと近づいてくる。人をかきわけるようにして、いや、エージェント達が自ら退くようにしてできたスペースを彼女が歩む。


「ゾーイ、使ってみたよ。今日出た敵が特殊な奴で、早速役に立った。精度はかなりのものだったけど、高速で動く敵には対応できてないみたいなんだ。どうにも遅延が発生して」

「やっぱ調整が甘かったか、また突き詰め直しね。フィードバックありがとう。モジュールは回収させてもらっていい?」


 フィーリクスがゾーイに端末を手渡すと、借りた時とは逆の操作を行う。彼の端末から彼女の端末へとモジュールが移っていく。


「ところで、今度はこういうの作ったんだけどどう? 前々から開発はしてたんだけど、ようやく形になったんだよね」


 彼女は自身の端末から別のモジュールを浮かび上がらせ、拾い上げると頭上に掲げて皆に見えるようにした。見た目はMDDと変わらないためそれが何なのかは本人にしか分からない。


「次は何?」

「ポータル」


 フェリシティが聞くがゾーイの答えは簡潔で一言だけだ。だだ、それで十分意味は通じる。彼女とフィーリクスは目を輝かせてゾーイに詰め寄り、そのモジュールを見つめ上げた。


「あの好きなところにワープするやつ!?」

「そう! 凄いでしょ?」

「試したい!」


 それを一番に言ったのはフィーリクスでもフェリシティでもない、エイジだ。


「はい、早いもん勝ち。ってことで、どうぞエイジ」

「へへ、やったね! 早速」


 ゾーイから受け取った新モジュールをいそいそとインストールしたエイジはすぐにその新機能を試すようだ。ワープポータルの一つ目を自分の前の空間に投影し開く。二つ目のポータルを少し離れた後ろ側の空間に開くと、それらが対となって機能しだした。彼は物怖じもせずに顔を突っ込むと、果たして二つ目の方から無事彼の顔が出現し、なんとも妙な光景をその場の全員が見ることとなった。


「ハロー! いや、時間的にはこんばんはかな!? やあ僕の後ろ姿!」


 彼は気持ちが高ぶっているようで妙なことを口走っている。そのまま体全体をポータルに入れ込むと後ろ側のポータルからすっかりと抜け出すことができた。


「すっごいやゾーイ! これとMDDがあればモンスターが現れてもすぐに駆けつけて対処できるじゃないか!」


 エイジがポータルを出たり入ったり出口を開き直して出現場所を変えたりして遊んでいるのを見る傍ら、フィーリクスはゾーイに対して大盛り上がりだった。それはフェリシティも同様だ。


「これさえあれば戦闘でも無敵になれるんじゃない!? 出たり入ったりこっちからは攻撃し放題! 恐れるものは何もない! あたし達ぶへぇっ!」


 手のひらを前に突き出し演説を振るおうとした彼女にエイジが上から落ちてきた。


「あたしこういうの多くない?」

「大丈夫。俺も多い」

「全然大丈夫じゃない! 何で上からエイジが降ってくるのよ!」


 エイジを押しのけ起き上がりながら怒るフェリシティが言う。その怒りはさすがにもっともな主張だとフィーリクスも思ったが、エイジはそれどころではなかった。


「ごめんフェリシティ! こんなつもりじゃあぁあ!」


 突如として彼のいる床の上に新たにポータルが開き、彼がそこに落ちて姿が消えた。気が付けば最初に開いたポータルが消え、代わりに天井にぽっかりとその口を開けている。彼が出てきたのはそこからだ。


「エイジ! ふざけないでよね!」

「俺はふざけてないよ! ただこのポータルが勝手にぃいいい!」


 床と天井で繋がったポータルで無限落下しながらエイジが叫ぶ。


「たすけてぇえええ!!」


 それを見たフィーリクスは顔を青ざめさせ震えた。もし自分が使っていたらこうなっていたかとゾッとし、自身の腕を抱いて気持ちを落ち着けた。


「あちゃあ、やっぱりダメだったか」

「「やっぱり!?」」


 フィーリクスとフェリシティは首をぐるりと回してゾーイを見た。彼女はどうということはない、と言わんばかりに目の前の惨状を見ても平然としている。


「そう、やっぱり。きっちり制御できてるとは思ってたんだけどねー。半分くらい。暴走しちゃったみたい、てへへ」

「なんてこった」

「使わなくてよかった」


 フィーリクスは、他のエージェント達のゾーイに対する態度の訳が分かった。美人天才科学者からマッドサイエンティストへと彼女への人物評を再定義する。フェリシティも大体同じような感想を抱いたらしい。固唾をのみ込むとフィーリクスの服の裾を掴んでギュッと握り締めてきた。


「面白いもん見れた。帰る」

「ディリオン?」


 ディリオンがキーネンにそう呟き部屋を出ていこうとするのに、ふとフィーリクスが気が付く。皆がポータルの暴走からエイジを助け出そうとする中、フィーリクスは彼の後を追い、ドアをくぐってディリオンに声をかける。


「ディリオン、待ってくれ」

「何か用か?」


 振り向いた彼は、何かめんどくさいのに捕まったという風に顔をしかめてみせるが、フィーリクスにはそれが本心でないことを既に見抜いていた。


「ありがとう」


 フィーリクスはとうとうその言葉を言った。言わなくてはいけないと思っていた言葉だった。ゾーイへの評価をがらりと変えたように、ディリオンがどういう人物であるか今日一日で評価を変えたことを端的に表すものだ。


「よせよせ、礼を言われるようなことは何一つやってない」

「朝からずっと、心配してくれてたんだろ?」

「ちっ、分かってるんなら言わないでくれ。恥ずかしいだろ」

「ディリオン、俺は……」


 フィーリクスは続けて言いたいことがあったが、ディリオンが手のひらを突き出してそれを制する。


「言わなくていいって言ったろ? ま、お前さんがこれからもうまく行くように祈ってるぜ」


 フィーリクスは、振り返って手であいさつをし歩き出した彼を笑顔で見送る。じっと、彼の後ろ姿を見ていた。気が付くといつの間にかキーネンがフィーリクスの横に立っており、彼がフィーリクスの肩に手を置いて言う。


「具体的に言うのは差し控えるが、彼もMBIにくる前に色々あったんだ」

「そっか、だから……」


 フィーリクスはキーネンの言葉を聞いてディリオンの振る舞いに納得する。そして、ディリオンの行動原理の一端が理解できた気がした。


「な、少し変わってるだろ?」

「ああ。確かにちょっと変わってる。でも、頼もしい仲間だ!」

今回で第三話終了となります。

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