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3話 invisible-9

 フィーリクス達が警戒する中、敵の行動パターンに再度変化が起こる。広場から離れて地面に置かれていた塗料の容器が相次いでひっくり返された。キーネンが咄嗟にその場所を撃つが全て外れたようで変化はない。


「三度目はないってわけだな」


 ディリオンがよろめきながらキーネンのそばへと寄る。足取りに不安が見られる彼のダメージは看過できるほど小さくはないとフィーリクスには思われた。彼の戦闘継続は可能ではない、と判断する。


「キーネン! ディリオンを連れて下がってくれ」

「分かった」

「ちっ、余計なことを」


 舌打ちし、文句を吐きながらしかしディリオンはフィーリクスの言葉には逆らわず素直に退くことを決めたようだ。フィーリクスは少し、彼の性格が掴めたような気がした。フィーリクスは下がる二人を見送りながら残ったメンバーに声をかける。


「ニコ、エイジまだ戦えそう!?」

「まだまだいけるわ」

「同じく!」


 フィーリクスは「よし」と心の中で頷く。ヴィンセントとラジーブの二人も健在だ。フィーリクスの横で気合十分のフェリシティは最も元気そうだった。


「あたし達の仲間を痛めつけてくれた礼をしてやるわ」

「その言い方だと悪役みたいだって」


 苦笑いで彼女に突っ込んだフィーリクスは、横っ腹に衝撃を与えられ無様に転倒する。もちろんフェリシティがやったわけではない。彼女もフィーリクスとは逆側に飛ばされていた。土か何かが口に入ったようで唾を吐いている。原因はもちろんアイビーだ。二人の間を強速度で通過した残り一体のアイビーのその余波だ。気配も音も風も感じなかった。ただ衝撃だけが二人を襲った。


「おい、二人とも大丈ぅうわっ!」

「ラジーブ!」


 フィーリクス達を心配したラジーブが宙に浮いていた。ヴィンセントが助ける間もなく、空中高くへと放り投げられる。冗談のような距離を飛び広場を越え中洲の最南端を越えると、そこはもう川だ。派手な着水音を立ててラジーブが水中に没した。


「ラジーブ! くそっ!」


 フィーリクスとフェリシティが立ち上がった時には今度はヴィンセントが宙を舞っている。そのまま二人の方へと飛来し、巻き込まれた二人は絡まりながら再び転倒する。


「ぐぇ、また転んだ!」

「早く起きあがらないと」

「二人ともすまん!」


 三者三様に口走り態勢を立て直し、そこへ三度の攻撃が来た。真ん中にいたヴィンセントがまともに突撃を喰らい最もダメージを被ることになる。突き飛ばされた彼は頭部を地面にしたたかに打ち付け、起き上がれない。苦悶の表情でうめき声を漏らす。フィーリクスは、胸にざわつくものが沸き起こったのを感じとった。


「当たれ!」

「出し惜しみはしないわよ!」


 この間ニコとエイジは何とかアイビーに喰らい付こうと僅かな痕跡を追っていたが、相手の位置の把握ができなかった。でたらめに撃つがその銃弾は全て敵には当たらない。アイビーの知力、速度、膂力その全てが底上げされ、総合戦力でここにいる全員を上回っていた。


「まずいぞ」


 再度立ち上がったフィーリクスが呟き、ボディアーマーから端末を取り出した。彼の傍らにフェリシティが歩み寄る。


「フィーリクス、どうするの?」

「マップを確認して指示を出してくれ」

「分かった」


 端末が身体に触れずとも、ある程度の距離ならば魔法を使えるのは実習済みだ。現在戦っている範囲程度ならば問題はない。フェリシティに端末を預け剣と銃を構える。


「十時の方向、七メートル先。左へ移動、急加速! エイジが危ない!」

「了解!」


 アイビーが通過すると思われる地点、エイジの前方へ銃弾を数発ばら撒く。それは敵の予想進路への偏差射撃だ。


「えっ、ちょっと待って!」


 フェリシティの妙な声とエイジがアイビーからのタックルを喰らったのは同時だった。その直後にフィーリクスが放った魔法弾が空しく地面を抉る。


「フェリシティ!? どうなってる!?」

「こっちが聞きたいわよ! マップとずれてる! マークがアイビーに追いついてない!」

「なんてこった!」


 フィーリクスは即座に作戦を切り替える。フェリシティから端末を返してもらうと二人でニコの元へと駆け寄り、全周どこから来ても迎え撃てるように背を預け合う。


「エイジを守れなくてごめん!」

「いいえ、みんな自分のことで精一杯よ!」

「エイジの仇はきっと討ってやるからね!」


 フェリシティが遠くで転がるエイジに誓いを捧げると、何とか顔を起こした彼が言い残す。


「勝手に殺さないで……」


 そう言うと力尽き、もたげていた頭を再び地面につけてしまう。その脇を抜けるようにディリオンを車の傍まで移動させたキーネンが通り過ぎると、三人の元へと駆け込んでくる。


「気絶したようだ」

「よかった」

「よかったの!?」

「……よくない!」


 フィーリクスが思わず突っ込み、少し考え込んだフェリシティが訂正した。


「残り四人、なんとか奴を倒さないと」

「ええ、でもどうやって相手の位置を掴めばいい……」


 ニコのセリフは途中で遮られる。掠めるように通り過ぎたアイビーが彼女をかっさらい、投げ飛ばす。フィーリクスが顔に朱を注いだ。それは暗い怒りの感情だ。


「ニコ!」

「固まったら逆にまずい。散開するぞ!」

「「了解!」」


 キーネンの指示に従い三人は距離を取る。そのまま動き続けて敵への攪乱を試みたが、それも無駄に終わる。何かをその目に捉えたらしいキーネンがフィーリクスをかばうように前に出たその途端に、彼の体が重力に逆らい横薙ぎに弾かれる。地面を十メートル近く滑り転がった。それを見たフィーリクスは、頭に完全に血が上っていた。


「俺なんかをかばって、くそっ! 絶対に倒してやる!」

「フィーリクス、焦ったらだめよ!」

「早く倒さなきゃ! これ以上好き勝手させられない!」


 フェリシティの諫言はフィーリクスには届かない。躍起になって残る一体のアイビーを倒そうとエネルギーソードをやたらと振り回すが、そんなものが敵に当たるはずもない。


「落ち着いて、話を……あっ!」


 言葉を言い切らぬ内だった。背後にいたはずだった。振り返ったフィーリクスが見たのは、地面に倒れているフェリシティだ。先ほどまで沸騰していたフィーリクスの怒りの感情が一気に冷え、足に震えが来た。彼女は動かない。彼はモンスターがすぐそばにおり、今にも襲ってくるかもしれないことなど忘れてその場に棒立ちになった。目の前の風景が霞み暗くなる。


「あーびっくりした」


 唐突にフェリシティがむくりと起き上がると、跳ねて立ち上がる。飛びかけたフィーリクスの意識が急速に現実へと戻る。視界が晴れ明るさを取り戻して、ここが戦闘領域であることを瞬時に思い出した。


「転んじゃった。塗料で滑っちゃってどうにも」

「心配させないでくれ」

「ごめんね。でも、おかげで冷静になれたみたいね」


 フェリシティはフィーリクスを一瞥すると再び彼の背中に自身のそれを合わせる。少しでも気配のある方へと、双方銃弾をばらまき続けた。フィーリクスは戦闘中にもかかわらず、背中の感触に安堵を覚える。


「こっちこそごめん。怒りにとらわれて周りが見えてなかった」

「いいのよ。……ん? 周りが見えない。……それよ!」

「どれ?」

「ちょっと思いついちゃった。こういうのはどう?」


 フェリシティが作戦ともいえない作戦をフィーリクスに伝える。彼はそれに乗ることにした。もはや他に打つ手を持たなかったためだ。


「こっちは向こうが見えなくて、向こうからは見放題! 変態覗き見野郎! はちょっと違うけど、見えて当たり前のはずでしょ!? これって不公平よね!?」

「君の物言いはユニークだね」


 二人が新たに構えたのは、ヒューゴから借りた武器の一つであるMA02、アトマイザーだ。形状としては銃身が円筒型でやや太めで長い。アトマイザーといっても香水を吹くわけではない。射出されるのは霧状化された魔法である。用いるのは相反する性質を有するジェムでフィーリクスは冷却、フェリシティは加熱をそれぞれセッティングする。


「じゃあいくわよ!」

「やらいでか!」


 同時に重ねるようにして放った冷気と炎の魔法はお互い激しく干渉しあい、莫大な量の水蒸気を生む。二人はそれを周囲に撒き続け、瞬く間に広範囲に渡って辺りが霧に包まれた。

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