3話 invisible-8
フィーリクス達が向かった先は、MBIから南に数キロメートル程離れた場所にある北から南へと流れる川、その中洲部分だ。上を通過するように架けられた橋が何本かあるが、その全てがこの中洲へとアクセスできるように分岐路が設けられている。この中洲こそがアイビー達の合流地点と予想されている場所だ。公園として整備もされているここは南北に細長く、外周を一周するのに徒歩で数十分はかかる面積があり決して小さくはない。
「ヴィンセント、ディリオン、ニコ。そのままその速度でこっちへ向かって」
「「了解」」
フィーリクスは端末上のマップを確認する。アイビーとそれを追うMBIのエージェント達がこの中洲へと近づきつつあった。彼は他のエージェント達に最後の指示を出した後、拳を握りしめ、決意をみなぎらせ強く地面を踏みしめる。
「ここで奴らを仕留めてやる」
最寄りの警察署に連絡を取ったヒューゴが交通規制を行うように要請した結果、橋の両岸とその周囲に限り道路が封鎖されている。空いているのは三体のモンスターが通ることになる箇所だけとなっていた。
「はいはい、あんまり熱くなると思わぬ失敗をするわよ」
「フェリシティみたいに?」
「そうあたしみたいにって、何ですって?」
「ほら、熱くなってる」
着信コールが入り、唸るフェリシティを抑えてフィーリクスが通話に出る。
「順調か? アイビーだが、三体とも合流することが最優先のようだ。被害が出るかもしれないと危惧していたが、幸い奴らのルート上で事故や怪我の報告は警察には入っていない」
「よかった」
「気を抜くな。もうすぐでそれぞれ君らの元へ到着するはずだ」
「分かってる」
フィーリクスは気を引き締める。準備できるものは準備したつもりだった。彼は通信を切ってフェリシティの肩に手を置く。
「この任務、きっちり終わらせよう」
「ええ、それで明日からは通常任務に戻るのよ!」
「その通り」
橋からの分岐路の出口はバラバラで、最終的にどのあたりでアイビー達が合流することになるかはフィーリクス達にも分からなかった。そのため再び車両に乗り込むとエンジンをかけいつでも動けるように待機する。
「よし、到着はほぼ同時だ。三台ともMBIの車が橋に入った」
「いよいよね」
マップ上ではアイビーの方が先行している。それを示すマークが分岐路を渡り、出口を越えて中洲へと到達した。
「来た!」
三体ともが中洲に入り、やがてMBI車両も到着する。フィーリクスとフェリシティはアイビーの追跡のため既に車を発進させている。その後ろへと三台の車両が近づきつつあった。
「モンスターは!?」
再び開いた一斉通信でヴィンセントが叫ぶ。フィーリクスは先程からマップを凝視していた。アイビー達の行く先を皆に伝える。
「南だ! 並ぶようにして南に向かってる!」
計四台のMBI車両が見えない敵の後を追う。フェリシティの運転する車を先頭に残りが続く形だ。中洲の外周道路を通り、南下を続ける。マップ上でアイビーは中洲の南端部でその動きを止めたようだ。間を置かず停止させた車から降りたエージェントの面々が並び立つ。
「さあ、やってやろう!」
「「おう!」」
フィーリクスの掛け声に皆が呼応する。フェリシティは車の後部ドアを開け、中から取り出した水性塗料をエージェント達に手渡していく。急ぎで買い揃えたもののため色はバラバラだ。
「これだけ見ると俺達これから何するつもりなんだか分からないな」
塗料の容器の蓋を開けながらディリオンがぼやく。こぼしそうになって焦っているのはエイジだ。ニコがおかしそうにそれを見つめ、ディリオンに声をかけた。
「これを機に塗装職人に転職する?」
「冗談だろ?」
「職業選択の幅は広い方がいいわよ? 何が起こるか分からない世の中だもの」
「ニコ、お前さんがそう言うんなら自分の選択肢にも加えておいてくれ」
「冗談でしょ?」
「……あのなぁ」
二人の掛け合いを聞いて、一瞬でもその場の雰囲気が和らいだものになる。フィーリクスは張りつめていた緊張の糸が解れるのを実感し、改めてマップを確認する。中洲最南端の広場、モンスターはそこにいた。
「アイビーは目の前の円形広場、その中央で陣取ってる。動きは今のところないよ。行こう!」
フィーリクスは端末をボディアーマーにしまい込んだ。エージェント達は動き出す。その手にペンキを携えて。
「だからこれじゃ締まり悪いって」
「文句言わない」
ラジーブにたしなめられたディリオンが前に出る。容器を高めの位置で抱え、いつでも塗料をひっかぶせられるように構えている。
「俺がまず突っ込む。チャンスがあれば俺ごと塗料をぶっかけちまえ!」
「無茶するなよ?」
ヴィンセントは彼を止める気はないようで、フィーリクスには彼がディリオンにそれなりの信頼を置いていることが窺えた。フィーリクスは実際の所、朝の件も手伝ってディリオンにあまりいい感情を抱いてはいなかった。だがそれを改める必要があるのかもしれない、とふと感慨を抱く。
「ディリオン!」
「言いたいことがあったら後で聞いてやる」
素っ気なくそれだけ言い彼は走り出す。彼の行動に応えなくてはいけない。フィーリクスにはそう感じられた。
ディリオンが前進する。見えない敵三体を相手に一見無謀な特攻にも見えるがそうではない。彼は何かを見ていた。地面だ。モンスターの踏み荒らすその痕跡を捉え行方を追跡する。三体同時には無理だ。内一体だけに的を絞り、外周から回り込んで他からの攻撃を許さない。気配はあるが接触はない。動き続けることが回避に最も有効なようだった。
次の瞬間ディリオンの動きに変化が現れる。構えていた塗料を何もない空間へと放出する。大部分はそのまま地面に飛び散り汚すだけに終わったが、一部はそうではない。何かに付着したそれは体の一部が塗料に染まり、そのシルエットを浮かび上がらせる。側頭部及び体の側面にかけて見えたその形から、アイビーが何かの獣のようだということが判明した。
「よっしゃあ! のわっ!」
ディリオンはその成果に歓喜の声を上げ、その僅かな油断が隙へと繋がりそこを狙われた。他のアイビーに突き飛ばされ地面に倒れ込んだ彼に気配が殺到する。だがそれを黙ってみていた他の面々ではない。既に行動を起こしている。ディリオンが識別可能にした一体に向け相棒のキーネンを始めヴィンセント、ラジーブとエイジが接近しながら射撃を行っており、塗料を置いたニコとフェリシティそしてフィーリクスがディリオンの元へと走り込んでいる。
魔法弾を複数くらったその個体が地面に繋ぎ留められる。粘着弾による一斉射撃はしっかりとアイビーの封じ込めに成功してた。すかさず衝撃弾に切り替えたヴィンセントに頭部を二発撃たれたアイビーは揺らぎ、地面に伏せる。二度と動かなくなり、音を立てて消滅した。
「させないっ!」
残り二体からのディリオンへの攻撃を、フィーリクス達三名が防ぐ。エネルギーソードを取り出し地面に突き立て彼を中心に三方を囲んで守る。衝撃が来たのはフィーリクスとニコだ。エネルギーソードの耐久性が押し負け砕け散って柄を残し消滅する。二人は突撃を喰らうが、勢いと威力が相当削られていたそれはダメージには繋がらない。握った柄から即座に刃を再生させると空を薙ぎ掃う。ニコの方に手応えがあったようだ。
「そこっ!」
彼女の指さした先に、ヴィンセントとラジーブが間を置かず容器の中身をぶちまける。塗料は確かにかかったが、距離を置いたアイビーはそれを透明化し、再び姿が見えなくなる。だが目論見通り地面にはその痕跡があった。滴り落ちた塗料が作る地面のシミが敵の位置を教えてくれるのだ。それを見たキーネンが叫んだ。
「いける、このまま倒すぞ!」
そこへ不可解な現象が起こる。消滅した一体目から放出された魔力が霧散せずに二手に別れて二体目と、三体目がいると思しき場所へと流れるように移動し、吸い込まれるように消えたのだ。
「どうやらボスの、元は同一個体って推測は当たってたようだな!」
フィーリクスはMBIの訓練中に学んだ内容を思い出す。分裂体を生み出し、複数で攻撃するタイプのモンスターがいると。目の前の敵、アイビーがまさしくそうだった。分裂することにより敵一体の力は弱まるが、手数が増える分だけ厄介であると。しかも今起こった現象の通り、倒したモンスターの力は残った個体に吸収され強化されるとも。
「残りはそう簡単にはやられてはくれないってことか」
フィーリクスは注意深くアイビーのいるであろう地面を見る。塗料の滴る位置が移っていき間隔が広がっていく。移動する速度が、上がっていた。
「せっかく識別してもこれじゃあんまり意味ないぞ!」
「泣き言言ってんじゃねぇぜ!」
ラジーブの嘆きにディリオンが檄を飛ばす。エージェント達には焦りが見え始めていた。アイビー二体の動きを捕捉しきれない。翻弄され、かき乱される。突然エイジが空を飛び後方へと吹っ飛ばされる。駆け寄ろうとしたニコも同様だ。体を持ち上げられエイジとは離れた方向へと投げ飛ばされ、悲鳴を上げて地面を転がった。
ディリオンがエネルギーソードをダガーほどの長さで設定し二本持ちで構える。アイビーの痕跡を捉えていたらしく衝撃は正面からだった。敵への斬りつけを行ったが真正面から突撃され彼の身体が宙を飛ぶ。ヴィンセントのすぐそばを通過し更に数メートル飛んだ後、ようやく地面に落ちるとそのまま地面をいくらか滑って止まる。
アイビー達は学習をしていた。敵の動きを予測し、可能な限り戦力分散に努め各個撃破を狙っているようにフィーリクスには思えた。フェリシティと共に武器を銃に変え射撃を続けるが当たっているのか自信がない。
「くそっ、当たってるのか!?」
「フィーリクス?」
フィーリクスはもう片方にエネルギーソードを出し、近接にも対応できるよう構える。刃先はショートソード程で取り回しが効く長さに設定されている。フェリシティと背中合わせになり周囲に気を配る。
「フェリシティ、どう?」
「だめね、分からない。簡単には敵を追えない」
「敵のチームプレイの練度が上がってる。気を付けないと」
「ええ、分かってる。……こっち!」
フェリシティが何かに反応し銃を撃つ。フィーリクスも反射的に振り向きざまに同じ方角へ向けて撃った。手応えは、あった。
「やった!?」
塗料のしぶきが地面に複数のシミを作る。着弾した衝撃で飛び散ったのだ。ヴィンセントとキーネンも射撃を加え、何かが倒れ込むような音が聞こえた。モンスターの消滅音と魔力の飛散が起き、撃破を知らせる。そして霧状の魔力がまた、ある一点へと飛翔し消える。
「残り一体だ。このままやるぞ!」
ヴィンセントが声を張り上げる。アイビーに飛ばされたエージェント達も起き上がり、最後の一体に備えた。




