3話 invisible-7
「ということで、思ったよりも君ら二人の現場復帰が早まった」
一斉通信を切ったヒューゴはこともなげに言い放った。彼はフィーリクスとフェリシティの二人の反応を待つ。フィーリクスは、実際のところ突然の待機命令の解除に戸惑っていた。恐る恐る彼に真意を尋ねるフィーリクスの声は緊張と喜びのために若干の震えが混じったものとなっていた。
「本当にいいの、現場に出ても?」
「今敵の行方が分かるのは我々だけだ。これ以上被害が広がらないようにするためには、君らに行ってもらうのが最も効率的だ。私が直接現場に出てもかまわんが」
ヒューゴは一旦そこで区切った。三人しかいない部屋に彼の言葉が響き渡る。
「これはチャンスだぞ?」
「行ってくださいお願いしますのまちむぐぁ!」
フェリシティが何か不穏なことを言おうとしたため、フィーリクスは手で彼女の口を塞いだ。二本ほど指が口に入り、生暖かい感触が伝わったフィーリクスは思わず顔をしかめる。
「うぇっ」
「おぇっ、ふぃーりっふ! うぐぁむ!」
噛まれた。フェリシティが強めに顎を閉じ、フィーリクスの指に歯をめり込ませる。
「いぢぃ! ……ははは、喜んで行くよ!」
フィーリクスはフェリシティの口から歯型の付いた指を抜き取り唾液まみれのその手を振ると、怪訝な顔のヒューゴにそう宣言する。
「何すんのよ!」
「いいから行くよ、フェリシティ」
抗議しようとするフェリシティを抑えて、濡れた指をスラックスで拭ったフィーリクスが歩き出す。睨みつけるフェリシティも仕方ないという風に後をついていこうとしたが、ヒューゴが二人を呼び止めた。
「待て、アイビーに対しての対策は何か思い付いてるのか?」
「いや、まだだよ。フェリシティは?」
「ぶっつけ本番!」
二人の答えに渋面を作り頭を抱えるヒューゴは、自身の端末から幾つかジェムと武器を取り出す。
「何か使えるかもしれない。持っていけ」
「くれるの!?」
「ふざけてるのか、貸すだけだ」
フェリシティが目を輝かせて手を出すが、ヒューゴは渡そうとしていた手を一度引っ込めて即答で否定する。じろりと彼女を睨んで一声唸った。
「貸すだけだからな。ちゃんと後で返すんだ」
ヒューゴは念押しをしてようやくフェリシティに手渡し、彼女はそれを喜んで自分の端末にインストールしていく。最後の武器をしまい込んだフェリシティを見てフィーリクスがヒューゴに向き直る。
「ヒューゴ、ありがとう。何か考えてみるよ」
「頼んだぞ」
二人は捜査課を出てフェリシティの車両へと急ぐ。フィーリクスは道すがらにマップを確認してモンスターと他チームの現在地を確認した。モンスターは三体ともMBI方面へと近づきつつある。他チームは未だ現場付近で待機中だ。各チームへと指示を出すべく一斉通信の機能を使い、話しかける。
「ああ、ハロー。みんな、聞いてくれ。俺は今ゾーイから預かった新装備、MDDだっけ? それを使ってモンスターの行方を追ってるんだ。今からみんなに指示を出す。モンスターを追いかけてほしい」
「おいおい、本当にフィーリクス達が出るのかよ」
真っ先に反応したのはディリオンだったが、それはフィーリクスの想定の内でもある。フェリシティが鼻を鳴らして不機嫌そうに唸るのを抑え車両に乗り込むと、ディリオンと他のエージェント達に意見を述べる。
「お願いだ、ディリオン。これ以上できるだけ被害が広がらないようにきっちりモンスターを倒したい。それには今いる全員の力が不可欠だ。何かいい案はないかな。みんなも考えてくれないか。まずは各チームに現在のモンスターの位置を教えるよ」
素直に対応するのが一番。フィーリクスはそう判断し協力体制を作れるように努めることを決めた。彼が位置情報と最適ルートを伝え各自が動き出した後、ヴィンセントが最初に彼に提案をする。
「いいか、フィーリクス。敵は見えない。透明だ。何か塗料を塗ったくれば見えるようになるだろうか」
「いや、そいつは厳しいぞ。見たが、水でも布でも自身の体に触れている間は何でもあっという間に透明化できるみたいだ。体から離れれば見えるようになるんだが」
「ああ、奴をドレスアップしてやったが、すぐに衣装が見えなくなっちまった。確かだぜ」
彼の意見にキーネンとディリオンが待ったをかける。そこへ異を唱えたのはラジーブだ。
「いや、離れればまた見える、ってことは塗料は悪くない。大量にぶっかけて滴る雫や足跡を追えばいい」
「返り血ならぬ返りペンキに気を付けて!」
「フェリシティ、うまいこと言うね」
フェリシティが混ぜっ返す。それに反応したのはエイジだ。
「粘着弾で一瞬だけど足止めできたよ! 位置さえ分かればみんなで一斉に撃って拘束できるかも」
「間違って仲間を捕えないようにね」
彼の提案にニコが冷たく突っ込みを入れ、エイジの苦笑するさまが端末越しにフィーリクスに伝わってきた。
「ニコ、エイジ。何かあったか? その、人にはっきりと言えないような、間抜けなミスを」
「そんなこと言ったらみんなそうでしょ!?」
そこへラジーブが茶々を入れニコがむっとした様子で返すと全員が苦笑し、その後場が静かになった。
「あー、何だ。フィーリクス、フェリシティ。今朝はすまなかったな。確かにミスは誰にでもあるものだ」
一度静まったところで最初に沈黙を破ったのは、ディリオンだ。フィーリクスは一度息を大きく吸うとゆっくりと吐き出す。そしてまた大きく吸い込む。
「いや、いいよ。確かに俺達は市長に目を付けられるようなひどいミスをしたんだ。それで今はそれを挽回しようと必死になってる」
「あたしもあの時はちょっと焦っちゃって、冷静な判断ができてなかった」
皆は黙って二人の言葉を聞いていた。フェリシティの反省の色が窺える様子を見て、フィーリクスはその時の彼女を思い出す。
「ちょっと?」
「そう、ちょっと。……ごめん、かなり焦ってた」
「まあ、俺も同じだけど」
「何だ、一緒なんじゃない」
「二人とも、いちゃつくのはその辺にして真面目に対応策を練ってもらえないか?」
ラジーブにからかうような調子で言われ、フィーリクスとフェリシティの二人は車の中で目を合わせた。
「みんなごめん。俺達は敵の予想合流地点に行って待ってる。その場所も追って知らせる。粘着弾をいつでも使えるように準備を。塗料もすぐに用意するよ。ああ、もちろん水性でね。後で洗い流しやすいだろ?」
「そこは重要だ!」
エイジが同意する。フィーリクスは思わず笑ってしまい、落ち着くために軽く深呼吸した。
「それからアイビーの位置情報を随時みんなに伝えるよ。敵を囲んでボコボコにしてやろう!」
「「了解!」」
全会一致で対応策が決まり、フィーリクスは一度一斉通信を終わらせる。その時フェリシティが彼をじっと見つめていることに気が付いた。真っすぐな彼女のその瞳は何を思うものか。
「どうしたの?」
「フィーリクス、リーダーに向いてるかもね」
「俺がぁ? 冗談はよしてくれ。今までずっと一人でやってきたんだよ? チームワークとかよく分からないよ」
「それは、ちょっとずつ学べばいいだけよ。でも、その素質はある。あたしはそう思う」
いつになく真剣な彼女の表情にフィーリクスは多少たじろいでしまう。彼はそれをごまかすように軽く笑った。
「はは、ありがとう。じゃあ行こうか。運転お願い」
「オッケー、任せて!」




