3話 invisible-6
「結果から言うと、逃げられちまった。手傷は負わせたはずだがな」
「どうした、ディリオン。詳しく報告しろ」
ディリオンの報告は簡潔だ。ヒューゴが詳細な説明を求めるがすぐには話さない。代わりにキーネンが話し始めた。
「実はな、こういうことがあったんだ」
* * *
「なぁ、ここらじゃないのか?」
車両を運転していたディリオンがある地点で車を止めてキーネンに尋ねる。彼は端末のマップを見ており、ディリオンの言葉を肯定した。
「ああここだ。ここから車は進入できない、歩きだ。準備いけるか?」
「問題ない、行けるぜ」
アサルトライフルを携帯しショッピングストリートへと足を踏み入れた。この場所は通りの入口となる場所に車止めが設置されており、敷地内は歩行者天国となっている。もちろん現在はそこに誰もいない。辺りは静かで敵の気配もない。
「こりゃもう逃げられちまった後か?」
「そうとは限らない、潜伏型の可能性もあるからな」
ただ、この場所は短い階段を多用したやや複雑で立体的な構造をしている。そのため建物や構造物の影となる場所が多数存在し、隠れやすい作りになっている。
「慎重派からの意見ありがとう。参考にする」
「お前も懲りないな」
先行するディリオンは分かってる、という風に手を上げキーネンに返事をした。二人は壁面など障害物を利用して身を隠しながら歩み進めていく。やがて被害の最も大きいと思われる一帯にたどり着き、ディリオンも言葉とは裏腹に警戒を更に強めた。破壊され辺りに多数散らばるショーウィンドウだったガラス片が、太陽光を浴びてきらめいていた。
「静かだな、こりゃマジでいないんじゃないか」
「しっ! 静かに。……今何か聞こえた」
ショッピングストリートの中央には広めに取られた円形のスペースがあり、その中心には噴水が設置されている。休憩のためのベンチが複数台配置されており、通常ならば憩いの場となっていることが窺えた。被害のあった店舗はその広場の周りに入っているテナントが主なようだ。
「何を聞いた?」
噴水は円形の特に代わり映えのしない通常タイプで、音のする要因となるものはそれだけだ。キーネンには感覚が鋭いところがあり、魔法で身体強化を使っている今ディリオンは彼の判断により一層の信頼を置いている。
「水の音。いた、そこだ」
だが、その噴水の水の流れに異変が起きていることにキーネンがいち早く気が付いたようだ。彼の視線を寄せる先に目をやったディリオンもまた、その違和感に気づく。一段高い場所にあるテナントのそばの、転落防止のための壁に身を隠して二人は様子を探る。
「水の落下方向が一部おかしいぞ」
「よく気付いたな」
中規模の噴水は少なくない量の水をたたえ、絶え間なく水をくみ上げては高さ一メートル強の位置から流し落としている。ディリオンはキーネンの言う通りその落下する水の流れが一部、垂直ではなく不自然に傾き拡散しているような箇所があることを認めた。キーネンはその異変を音の変化で察したものらしかった。
「見えはしないが、何かいるなありゃ」
「合図する。一斉に撃つぞ、的を絞れ」
「了解」
ディリオンとキーネンは銃のストックを肩に当て構える。姿勢を低くし、構造物の隙間から銃口を覗かせ合図のタイミングを計った。キーネンがサインを出し、二人が同時に狙撃する。単発ではなく、フルオートによる複数の弾丸の射出だ。いくつも水しぶきが上がる。射撃後、敵の状態を確認するため鋭く噴水を中心に辺りを観察し、敵の出方を待った。
「今ので仕留められてりゃいいんだが」
「希望的観測は死を招く」
「へいへい」
噴水周辺に動きらしきものは、ない。安堵しかけたところでディリオンの目にそれが映った。水滴だ。ぽたりぽたりと、何もない空中から水が垂れている。地面の濡れた箇所の面積が広がっていく。噴水から続いていたそれは、キーネンのすぐそばで起きていた。
「キーネン! こっちへ」
ディリオンが叫ぶのとキーネンが跳んだのは同時だ。そして水滴が弾けるように拡散し、衝撃が起こったのもまたほぼ同時だった。キーネンは確かに地面を蹴ったが、それ以上に加速していた。後ろからの見えない何かによる突撃を喰らったため想定外の勢いで飛び、ディリオンに激突して二人で地面を転がった。
「こいついつの間に移動したんだ」
二人は慌てて起き上がり態勢を立て直そうとしてまた地面に転がされる。階段を転げ落ちたキーネンを心配しつつ、ディリオンは荒れたテナントの一つに入り身を隠す。若い女性向けの衣服が並び、または散乱している。それを見て彼は一計を思いついた。
「おい透明野郎! こっちだ!」
店を出ると姿の見えない相手に声を張り上げ、ディリオンは赤い派手なドレスをその手に広げて待ち構えた。
「うまくいきゃいいが」
結果はすぐに来た。三度地面を転がったディリオンはしかし既にドレスを持っていない。敵に衝突された瞬間ドレスを相手に覆うようにかぶせたのだ。そのドレスが、宙に浮いて動き回っていた。
「今だ!」
ドレスめがけてライフルを撃つ。ドレスに穴が開き、端切れが宙を舞う。だがその動きは止まらない上に更なる変化が起きる。ドレスを突き上げるように膨らんでいた箇所、つまり敵とドレスが接触していると思われる箇所を中心にドレスが透明化していった。それはすぐに見えなくなり、敵の位置が再び分からなくなった。
「二着目の試着をお望みですか、ってか!?」
そして現場は静寂を迎える。ディリオンとキーネンは合流し、背中合わせに辺りを見回すが、敵が再度襲ってくることはなかった。
「これは、逃げられたな」
「くそっ、してやられた!」
「だが、何発かはぶち込んでやったんじゃないか? ん、あれは」
キーネンが何かを見つけ、指をさす。ボロボロの赤いドレスだ。地面に落ちているそれを二人が確かめる。穴が開いており、それはさきほどディリオンが銃で開けたものだ。
「ボスに報告するぞ」
「あー、気が重いな」
* * *
「言いたいことは分かってる。おめおめと敵に逃げられちまったんだ。立つ瀬がないぜ」
キーネンが報告を終え、ヒューゴが唸った。ディリオンが申し訳なさそうに言うとフェリシティがヒューゴの端末に向かって話しかけた。
「そうよ、ディリオン! って言いたいところだけど、悔しいわね。今のところあんた達が一番戦果上げてる」
「んん? フェリシティか? 何でヒューゴのそばにいる」
「あたし達がヒューゴの横にいるんじゃなくて、ヒューゴがあたし達の横にいるのよ」
「あたし達? ってことはフィーリクスもそこにいるのか?」
しまった、という感じにディリオンの息をのむ声がフィーリクスに聞こえた。
「まあね、ディリオン。朝は偉そうなこと言ってたけど、君達も相当なもんだと思うよ?」
「好きに言え」
ふてたように言うディリオンに多少溜飲の下がったフィーリクスだが、あまりいい気はしなかった。
「今はそれどころじゃないぞ。モンスターどもが移動している」
ヒューゴがフィーリクスの端末を奪い気味に確認しながらそう言った。
「なんでそれを知ってるんだ? というかモンスターの居場所が分かるかのような言い方、もしかして」
「そうだ。ゾーイが完成させた」
ヒューゴは何かを思いついたようで、ディリオンの質問に答えると自身の端末を操作し一斉通信に切り替える。
「諸君、現在三体の透明モンスターはそれぞれ、ここMBI方面へと向かっているようだ。このままいけば恐らく奴らはどこかで合流するものと思われる」
「マジか、何でだ!?」
ラジーブが聞く。フィーリクスとフェリシティも改めてマップを確認した。それぞれモンスターを示す光点がこちらへと向かって移動している様が読み取れる。
「恐らくはこのモンスター、元は一つのジェムから生み出されたのだろう。だから互いに惹かれ合うものがあるのかもしれない。そうだな。インビジブルビースト、アイビーとでも命名しておこうか」
「三体の透明な敵。確かに何かしらのジェムを用いている可能性大よね」
ヒューゴの推測にニコが同意する。他のメンバーからも異論が出なかったところを見ると、皆大体同じ考えを持ったようだとフィーリクスは推測する。
「それで俺達はどうしたらいい?」
キーネンが指示を仰ぎヒューゴが自身の考えを述べるが、その内容にフィーリクスとフェリシティは驚くことになった。
「今からフィーリクスとフェリシティに現場へ出てもらう。君らは二人の指示に従いモンスターを追ってくれ。敵の合流地点で皆落ち合うことになるだろうな」




