3話 invisible-5
同僚達がモンスターと接敵したと思われた頃から少々時間が経過した頃、フィーリクス達三人は三チームからの事件の経過報告を受け取った。フィーリクスは事務作業として彼らの報告内容をまとめ、後日資料としてデータベースにアップロードすることになるが、彼が本人達から聞いた内容は以下のようなものだ。
最初に報告があったのはヴィンセントチームだった。
「報告する。聞いてくれ」
* * *
ヴィンセントとラジーブが現場に到着し、車を降りる。二人は戦闘準備を終えると歩き出した。住人たちは被害を恐れてそれぞれ家屋の奥に隠れているのか、それとも逃げ出したのか、誰もいない。
ややあって二人が見たものは目を疑うものだった。広い庭付きの戸建ての家が連なる住宅街の一角で、それは起こっていた。三軒向こうの住宅庭と隣の庭を仕切る柵が突然爆散し、木屑が宙に飛び散る。庭先の郵便受けが吹き飛んだかと思うと、放置されていた芝刈り機が突然爆発炎上し、次の瞬間には近くに停めてあった乗用車のドアが激しい衝突音とともに大きく凹む。幼子用の三輪車が粉砕されて外れた車輪が通りまで転がり、庭の芝生の一部が大きくめくれあがった。
「一体何が起きてるんだ?」
「分からない。分からないがこれはまずいぞ」
破壊が、急速に二人へと近づいてきつつあった。それにも関わらずその原因となりそうなものは一切二人には見当たらない。それは真っすぐに彼らの元へと突き進み、途中にある障害物を軒並み弾き、あるいは粉砕する。
「何か来るぞ!」
「姿が見えない、気配もない!? どうなってるんだ!?」
二人は突然見えない何かに弾き飛ばされ地面を転がされる。各自慌てて受け身を取り、ダメージを最小限に留める。ハンドガンタイプの武器、MH15を手にし、次の攻撃に備えた。
「ラジーブ、そっち行ったぞ! 多分!」
「多分!? 全然分からないぞ? うわっ!」
ラジーブが掬い上げられるような動きで宙に浮き、次の瞬間には空を舞う。悲鳴と共に近くの住宅の屋根の天辺に落ちた。
「大丈夫か!?」
「なん、とか」
声をかけたヴィンセントにラジーブが手を上げて即反応を返したために、その無事が彼に伝わる。それゆえに彼の油断に繋がった。
「おい、ヴィンスやばいぞ!?」
脅威が彼のすぐそばまに迫っていた。暴力の発露は彼の足元で起こる。地面ごと吹き飛ばされ、土くれが舞い散る中ヴィンセントもまた空中にいた。回転し住宅の壁面に叩きつけられる。地面に落ちた彼はその住宅の窓から覗いていた中年女性と目が合うと、人差し指を口に当て静かに、とういうポーズを取る。女性はおびえて奥に隠れたのか、すぐさま見えなくなった。
「それでいい」
彼はニヤリと笑って立ち上がると周囲への警戒を続けたが、再度の攻撃は来なかった。
「ヴィンス、もうここにはいない。通りを抜けてどこかへ行っちまいやがった」
ラジーブが屋根から飛び降りてヴィンセントの元へと駆け寄り、互いの安否を確認する。二人ともなす術なく一方的にしてやられた格好であり、悔しさが顔に滲んでいた。
* * *
「ヴィンセントとラジーブがやられるなんて」
「敵は相当のやり手ね」
「私は彼らに全幅の信頼を寄せている。まさかこんな結果になろうとはな」
ヴィンセントチームの報告はその場にいる三人を驚かせた。フィーリクス、フェリシティ、そしてヒューゴは口々に予想外の出来事に対するコメントを述べる。
次いで入った報告は、南方にある食料品店へ向かったニコとエイジのチームだ。
「ニコレッタが報告します」
* * *
ニコとエイジの二人が到着した頃には、食料品店は既に荒らされきった状態だった。入り口は大きく壊されておりまるで車が突っ込んだ後のようだ。扉や木枠の破片が主に店の内側、入り口付近に散らばっている。破壊が行われたのは店の外側からだ。
「こりゃひどいな」
エイジはハンドガンを手に持ち、特に用心した風もなく店の中へと足を踏み入れる。その場で立ち止まり中を見渡した。電気系統がやられているのか照明が切れており、昼ではあるが店内は薄暗い。生鮮食料品や加工食品、菓子の類も売られていたようだが、今はその残骸しかない。各種売場の被害は壊滅的なものだ。
「誰もいない、か。まあそりゃそうだよな」
店主らしき人物を始め人はいなかった。店主は負傷しているとの報告があったため介抱した通行人に連れられて、どこかへと退避済みのようだと彼は判断する。冷凍食品の入っていたワゴンの後ろや、カウンターの裏、倒れた棚の隙間などを確認し警戒に当たるエイジは、誰の姿も見つけることはできない。
「モンスターはまだ近くにいると思う、ニコ?」
「油断はしないで」
「俺が油断したところなんて見たことあるかい?」
エイジは振り返ってニコに聞く。彼の顔には自信ありげな表情があったが、ニコは片眉を上げて彼の言葉を一蹴した。
「今すぐに思いつくだけでも四、いえ五回はあるわね」
「ええ、そんなぁ」
「あたしは裏に回るわ。通信よろしく」
ニコは店の外周及び周りの状況を確認して異常がないことを確かめる。彼女は裏口の施錠がなされていないことを発見し、ドア越しに中の様子を伺った。情報は音だけが頼りだ。ドアに耳を当て聞く。何かを引きずるような音、硬いものが壊れるような音を彼女の耳が拾う。
「誰かいるのかしら。エイジにも聞こえた!? 突入するわよ!」
ニコは端末を通じ、エイジに突入の意図を伝える。「MS、確定」エネルギーソードであるMS07を取り出し、屋内で使いやすいよう短めの刃渡りに設定する。
「ああ、俺も聞いた。スイングドアの奥から聞こえる、バックヤードだ!」
「突入用意、ゴー!」
合図と同時に二人が表と裏からそれぞれバックヤードへと踏み込む。そこには、何もいなかった。いや、見えなかった。ただ、何かがそこに存在していることだけが、二人にはっきりと分かった。在庫の食品を食い漁る見えない何かが。
「何なんだよこれ!」
「あたしにも分からない」
それが、床に転がったシリアルのパッケージを破いて中身を食い散らかしていた。持ち上げられたシリアルが一部は零れ、大半が消えていく。咀嚼され嚥下されたのだ、と思われるタイミングで見えなくなる。
「うえぇ、気持ち悪い」
「ちょっと待って。奴が、食べるのをやめたみたい」
ニコの指摘通り、シリアルが消滅する現象が止まっている。次の瞬間にはエイジが後ろに吹っ飛んでいた。彼は声にならない声を上げてスイングドアに激しくぶつかるが、慣性はその程度では殺されない。そのまま扉を開け放つようにして売場まで飛ばされ、乱雑に商品の散らかった床に激突した。扉が幾度か開閉を繰り返し、その動きが小さくなりやがて止まる。
「エイジ!!」
ニコが心配と怒りの混じった声で彼の名を叫び、手にしていたエネルギーソードを振り回した。だが、彼女は手応えを得られない。切りつけは全て空振りに終わり、彼女は武器を構え直す。小刻みに視線を左右にさまよわせた。内心で刃渡りを短めに設定したのは失敗だったと、嘆くが既に事態は次の段階へと進んでいる。
「おおおお!」
エイジが再び扉を大きく開けながらバックヤードへと戻ってくる。走り込み、構えた銃を乱射した。
「ちょっとエイジ!?」
ニコは闇雲に撃ちまくるエイジを訝しんだが、その発射された弾丸の効果を見て彼の行動に理解を示した。彼の放った弾丸は白、粘着弾だ。人間や並みのモンスターならば十分な足止めや拘束効果が期待できる代物だ。
「考えたわね。こっちも気を付けないとやばいけど、って、かかった!?」
放った弾丸の一発が空中で展開され広がった。それは着弾した時の粘着弾の挙動だ。粘性と弾性を兼ねた白い付着物は強力な接着作用をもたらす。一部は地面にも引っ付いており、敵の足止めに成功したと二人は確信する。
「サクッと退治してやる!」
エイジもエネルギーソードに切り替え、二人で透明な敵めがけて刃先を突き出す。それは深々と体内に差し込まれ致命傷を与える、はずだったがそうはならなかった。ぶちり、と音を立てて粘着弾を引きちぎり、瞬時に束縛から逃れた見えない何かはまだ付着している粘着物質をも透明化し、すぐに見えなくなる。至近距離にいた二人を弾き飛ばすとスイングドアを通り抜けて売場へと入ったようだった。
「うっ、動けない!」
「何やってるのエイジ! 早く粘着弾を解除して!」
ニコとエイジは弾き飛ばされた結果、粘着弾に絡まり地面に縛り付けられていた。エイジが無闇にばらまいた結果だ。
「ちょっとは冴えてるって思ったのが間違いだったかしら?」
「その評価変えないで! 挽回してみせる」
エイジが慌てて端末を視線で操作し魔法弾の効力解除項目を選択すると、バックヤード中に付着していた粘着弾が消滅する。自由を得た二人は売場へと急いだが、既に何の気配もなく敵に逃げられた後だった。
* * *
「エイジって、思ったよりも」
「うん」
「あれが彼だ」
また口々に感想を言い合う三人は、エイジの評価への躊躇があまりない。そこへ三件目、ディリオンとキーネンのチームから報告が入った。
「あー、ディリオンだ。面倒なことになった」




