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3話 invisible-3

「このままじゃピクルスになっちゃう!」


 ランチの後、軽い眠気と戦いながら端末や書類と向き合っていた二人だったが、再びフェリシティに限界が訪れたようだ。唸り始めたかと思いきや、両手を上げて突然声を上げたのだ。


「ピクルスにはならないよ」


 フィーリクスは苦笑しながら対応し、フェリシティの肩に手を置く。彼女はその手を取ると握り真剣な様子で言う。


「いーえなるわ。このまま事務や雑用ばかり押し付けられて、一生椅子に縛り付けられるの。それで気が付いたらお婆ちゃんになってるのよ!」

「まさかそんな、……あり得るかも。どうしよう」


 フィーリクスが当惑しておろおろし始めた時、二人の端末のアラートが同時に鳴った。モンスターの出現報告があった時に鳴る仕様で、最初の事件後にそういう設定を二人の端末に施されていたものだ。


「事件ね!」

「といっても俺達は関係ないけどね」


 既に何度か聞いた音だ。だが聞くだけに終わっている音だ。内容を確かめるまでもない。他の同僚がモンスターを片付け、活躍して戻ってくるのを幾度も見た。それで十分だった。


「関係ないことはないぞ、二人とも」

「「ヒューゴ!」」


 いつの間にかヒューゴが二人の前に立っていた。二人は思わず立ち上がり彼の名を叫ぶ。彼は腕組みをし、二人を交互に睨みつけている。全く気が付かなかった。フィーリクスは冷や汗を垂らす。


「君らは動いているチームに最大限のバックアップをしてやる必要がある。重要な任務だ」

「それってどんな!? 後方支援で後ろからスナイプとか?」


 目を最大限に輝かせ体の前で手を組みながらフェリシティが彼を見つめる。


「いや、現場には出ない。散々説明したことだろう」


 希望は即絶たれたが、それくらいでめげるフェリシティではないようだ。二段程テンションのギアを下げて更に質問を重ねた。


「じゃあ何すればいいの?」

「そうだな、戻ってきたチームのバイタルサインチェック。それに対する適切な処置。武器のメンテナンスなど。その他雑用だ」

「うえぇ、地味。嫌」


 聞かされた仕事内容に彼女は今度こそ打ちのめされ、落ちるように椅子に腰を落とすとデスクに額をぶつけて倒れ込んだ。その彼女に向かってフィーリクスは言う。


「簡単に切って捨てないでよフェリシティ。確かにどれも重要だ。みんながいいコンディションで戦えるようにね。って普段の俺ならそう言うところだけど」

「だけど?」


 彼女はいつもと違うフィーリクスの様子に何かを感じたらしく、跳ね上げるように上体を起こす。フィーリクスはヒューゴに向き直ると率直に述べた。腹の探り合いは、いらない。


「ヒューゴ。俺達は一体いつまでこのままなのか、はっきりしてほしいんだ」

「何?」


 ヒューゴがフィーリクスをより鋭い眼光でもって睨みの度合いを深くし、低い唸りともとれる声を出した。だがフィーリクスはひるまない。


「俺達を現場に出させてくれ!」

「おおぅ、フィーリクス。言うじゃない!」


 フェリシティの目の輝きが復活する。この場の流れがどうなるのか興味津々のようだ。


「このままじゃ、ここに来た意味がない。俺は、俺達はモンスターどもを退治して街の平穏を守りたいんだよ、ヒューゴ」

「私は味方のサポートもその一環だと言った。それでは不服だと?」

「そうだよ、ヒューゴ。お願いだ」


 フィーリクスはヒューゴを真剣なまなざしで直視する。これでダメなら、どうしようか。彼は期待半分諦め半分で彼の返答を待つ。


「ダメだ」


 フィーリクスもフェリシティも大きくため息をつき、肩を落とす。フィーリクスも椅子にへたり込んだ。彼はヒューゴに失望しつつあった。ゾーイはヒューゴも市長を嫌っていると言っていた。それが本当ならば、市長からの圧力など跳ねのけてくれるかもしれない。そう一縷の望みをかけていたのだが、どうやらヒューゴにそこまでの力はないようだとフィーリクスはがっかりしていた。


「だが、落ち着いて聞いてくれ。君らは他のチームをサポートし、その見返りとして敵の情報や戦い方を聞き出して学べる。そうは考えられないか? 新人の今だからこそやってほしいと私は思っている」


 二人はうつむき気味だった頭を上げ、ヒューゴを見上げる。そこにはいかめしい表情ではなく、優しさをたたえた柔らかな顔つきの彼の姿があった。


「ヒューゴ?」

「ねぇ、もしかして」

「それと、もし私が市長の言いなりになっていると思ったら大間違いだぞ? 君らへの処分は私の独断だ。市長からのオーダーを通す気はさらさらない」


 すぐに元の表情に戻ったヒューゴは二人を見回した。二人の反応を確かめるように。


「それって意味がよく分からないよ。市長があたし達を現場に出さないように言ったんじゃないの?」


 フェリシティが彼に聞く。フィーリクスは彼の言わんとするところに何となく感づいた。先程下した判断が間違いであることに思い当たる。


「あまり言いたくはなかったんだがな」


 ヒューゴはデスクに片手を付くと、内緒話をするように顔にもう片方の手を添えた。ゾーイの時と同じような仕草だ。


「市長は君らをクビにしたがってる。だから目立つ真似は避けたい。これでも君らを守ってるつもりだったが、そうは受け取ってもらえてないみたいだったからな。もちろんこのままにはしない。時機を見て君らを現場へと復帰させるとも」

「ヒューゴ!」

「ありがとう!」


 合点のいった二人は両手でヒューゴの手を捕まえ、握り締めると大きくシェイクする。計五本の腕による握手だった。握った力が少々強かったらしく、離したあとヒューゴが手をさすっていたのは愛嬌だ。


「体温が高いな。次から私に触るときは許可を得てからにしてくれ」

「オーケー、ヒューゴ」


 フェリシティの軽い返事を聞くとヒューゴは部屋の奥の扉の先、彼の執務室へと戻っていった。二人がそれを見届けた後、フィーリクスはフェリシティに肘でわき腹をつつかれる。彼女が今どういう顔をしているのか、フィーリクスは見なくとも何となく分かっていた。そして、彼女を見た。彼と同じ無表情だ。だが次の瞬間には二人とも相好を崩している。二人は笑顔で見つめ合う。


「前にラジーブが言ったことは本当だったんだ。ヒューゴはちゃんと俺達のことを見てくれてた」

「アラームの内容、確かめよっか」

「そうだね」


 二人は頬をくっつけるようにしてフィーリクスの端末を覗き込む。フェリシティが一方的に押しつけるような状態で、フィーリクスは圧力に負けて首が曲がり気味だ。


「肝心のモンスターはどんなやつ!? 強そう!?」

「いやいや。自分のを見てよ、フェリシティ。えーと、内容は……」


 こもり気味な声で話す二人は押し合い、フィーリクスが画面をタップしようとしたその瞬間。立て続けに二件、アラームが新たに鳴り響いた。画面には最初と合わせて計三件のモンスター出現情報が並んでいる。


「同時に複数!?」

「これってやばいんじゃない?」

「何だ、何が起きた!?」


 引っ込んだばかりのヒューゴが慌てて飛び出してきた。

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