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1話 burstー2(挿絵あり)

挿絵(By みてみん)


 この国は大陸中にある幾多の大きな街及び、周辺に点在する小さな町や村が連合し、一つの大きな国家を形成している。多様な人種が生活を営み、経済を回している。連邦政府も存在するが、基本的には各都市での独立性が強く、法律なども都市独自のものを適用する場合が多い。国名は、その特徴と大陸の名からU.C.A:ユナイテッドシティズアキリア、と名付けられている。


 ウィルチェスターシティは大陸の東海岸側近くに位置する都市だ。南北を貫き、町を東西に隔てる大きな河川を持つ。この国においては一地方都市ではあるが、数十万人の人口を有する中堅どころの街として広く知られていた。


「まずい」


 一晩明けて翌日、時刻は正午まであと少し。今日はここウィルチェスターシティの大きな祭りがある日だった。この街が創立されて何百年だか、フィーリクスは忘れてしまったが、とにかく創立祭ということだ。もっとも、大規模な祭りとして開催されるようになったのは、ここ数十年程かららしい。祭りの名は、何のひねりのないウィルチェスターフェス。だが、彼としては楽しめれば規模や名前など何でもいいと考えている。郊外に大きめの空き地があり、祭りは毎年そこで行われる。フィーリクスは彼の友人達と今日このイベントで遊ぶ予定である。


「急げ急げ」


 空地には、ほぼ真ん中に広めの円形スペースを作り、そこから幾筋か放射状に道が広がるように様々な出店が設営されている。また、いくつかの同心円上にも道があり横にも通り抜けられるようになっている。上空から見ればさながらダーツの的のように見えるだろう。


 夕方になると、一際太く作られた道を中央広場を通るようにバルーンパレードが端から端まで練り歩き、日が落ちた後空き地のそばで花火が打ち上げられる予定だ。バルーンの種類は犬、猫、ウサギなどの小動物から象、クジラ、恐竜等の大型種まで。宇宙人やロボットを模したSFチックなもの、ドワーフやエルフなどの亜人系、何かのアニメや映画のキャラクターに、おとぎ話に出てくるようなモンスター。様々な物が用意され、その種類は開催回数を重ねるごとに増えている。バルーンはそれぞれ購入することもできるが、大きなものはフィーリクスの知る限りでは売れたためしはない。


 縦長で小型のリュックを背負ったフィーリクスは携帯電話で時刻を確認しながら、その中央広場を目指して小走りに走っていた。


「時間は……、よし間に合った!」


 携帯から目を上げた瞬間、目の前に人がいた。驚いたフィーリクスはしかし的確に、さっと身をよじって避ける。ただし、驚いたのは相手も同じだったようだ。


「きゃっ!?」

「おっと、ごめんよ! ってよっ、よっと!」


 フィーリクスは、相手が思わず取り落としたアイスクリームのコーンの先端を、器用に人差し指で受け止める。バランスを取りながら相手の前に差し出した。相手は指の上でグラグラと揺れるアイスクリームをまじまじと見つめ、恐る恐る受け取る。


「ありがとう、でいいのかな?」

「こっちが悪いんだ、いいさ。じゃあね!」


 相手はフィーリクスと同年代くらいの女性数人のグループのうちの一人らしい。彼はこういう手合いに絡まれるとろくなことがない、と過去の経験から学習していた。からかわれて恥をかくだけだ、そう思った彼はそそくさとその場を立ち去ろうとする。ところがそこへ待ったをかける者がいた。


「ハァーイ?」


 何かを確かめる時のような口調の呼びかけに、嫌な予感を覚えたフィーリクスは咄嗟に声のした方を向く。彼の顔めがけてアイスクリームが飛んでくる最中だった。


「うわぁっ!」


 彼は驚きながらも、アイスクリームが崩れないように慣性を殺しつつキャッチする。さすがに今度はコーン部分をちゃんと持っての救出劇だ。


「今の見た? すごいよね」

「ちょっとかっこよかったかも」

「え、そう? なんか情けない声を上げてたような」


 フィーリクスは困ったような顔でアイスクリームをじっと見つめる。女の子達が好き勝手に感想を言うなか、一人彼の前に歩み出る者がいた。


「これ、君の? 返すよ。友達を危険な目に、遭わせて、……気を悪くしたんなら謝るよ」


 言葉が途切れ途切れになったのは、彼が顔を上げたからだ。では何故顔を上げたからそうなったのか。


「ああ、それとは関係なくわざと投げたのよ」

「それ、本気で言ってる?」


 フィーリクスがアイスクリームを手渡した相手は、髪を背中の半分以上に伸ばした少女だ。ぱっちりとした目にやや低い鼻。丸顔で、それをさらに強調するかのように口の両端を横に大きく開いて吊り上げ、にんまりとしている。彼は、不敵な笑み、という表現がぴったりだという印象を受けた。それがとてもはまっている、とも思う。スリムな上半身に対して下半身はしっかりとした肉付きで、無意識に彼女に見とれていた。全体的に、そういう趣味だ。僅かな間彼女を見つめる。反応の止まったフィーリクスを訝しんだのか、笑みを消した彼女が眉をぴくりと跳ね上げた。それに気付いた彼はゆっくりしている暇がないことを思い出し首を振る。


「あんた面白いやつね。一緒に遊ばない?」

「ごめん。他に待ち合わせがあって、急いでるんだ」

「なんだ、それは残念」

「うわっ、マジでギリギリだ。急がなきゃ」


 そう言い残しその場を後にした彼は、再び駆けだした。誘いの言葉を名残惜しいとも思うが、友人達を放っておくわけにはいかない。


「今の子、なんか変わってた。いきなりアイスクリームを投げるし」


 フィーリクスは考える。恐らくだが、最初に彼女の友人のアイスクリームをキャッチした反応や動きが彼女の興味を引いたのだろう。確認の意味も込めてまぐれかどうか見極めたいと思った。だからあんなことを、いや、考えすぎか、などと想像を巡らせながら走る。そうするうちになんとか時間内に広場にたどり着くと、友人達の姿を認め声をかけた。


「みんな、おはよう!」

「おいフィーリクス、遅いぞ。電話するところだった」

「間に合っただろ? まだ時間内だよ」

「お前で最後だよ」

「もう祭りが始まっちゃってるんだ。もしかしてまたアレやってたのか?」


 友人達が焦りと僅かな苛立ちをにじませて口々に言う。彼らは中央広場に既に到着しており、フィーリクスが最後の一人だった。集合時刻は正午。祭りの開始時間に合わせていたが、予定を前倒しで始まっているようだ。フィーリクスが見渡すと既に出店の食べ物をほおばる者がいた。そういえば、先ほどの女の子たちもアイスクリームを食べていた、と思い返す。他にもゲームに興じる者などが散見され、既に祭りは盛り上がりを見せ始めている。そのため友人達の顰蹙を買ったものらしい。


 それらとは別に、友人の言うアレ、にフィーリクスが反応する。裏の仕事のことだと思ったからだ。


「声が大きい! ……時間ギリギリでごめん。まあでも、これも生活のためだよ。でも依頼が入ったのが夜遅くて、仕事が終わって家に帰ったのが明け方前でさ」

「分かった分かった。にしても、……違法なんだろ? 気を付けろよ」

「分かってるって。さ、早く遊ぼう。今日は特別な日だ、散財するぞ」


 違法。フィーリクスが昨夜行った事は違法だった。モンスターなど誰が倒したところで喜ばれるだけだ、と彼は言いたいところだったが実際にはそう簡単にはいかない。もちろんただ倒すのは問題ない。自身や家族、財産を守るための当然の行動だ。だが、それを手段として報酬に金銭などのやり取りが発生すると話は別だ。免許が必要だと国により定められているのだ。それには年齢制限も設けられている。彼がそれをクリアするためにはあと一つ歳をとる必要があった。つまり彼はあと三ヶ月待たなくては免許を手に入れられない。だが彼はそれを待っていられるほど悠長な性格をしてはいなかったし、モンスターとの戦い自体はもう何年にもなる。


「フィーリクス。お前頭いいんだし将来MBIにでも入ったほうがいいんじゃないのか」


 友人は話を続けるつもりのようだ。MBIとは機械的で基礎的な調査を行う政府の行政機関の一つだ。パソコン端末や電話などの情報機器を相手に国家安全の維持のため情報収集、分析を行う組織だと広く知られていた。


「MBIだって? 冗談だろ? 給料の割には仕事がきついっていうらしいし、それも面白みのない仕事ばっかりだっていうじゃないか」


 フィーリクスは友人の言葉をにべもなく否定する。


「そんなことよりまずは何か食おうぜ。腹減ったよ」


 他の友人が腹をさすりながら催促の言葉をかける。フィーリクスは話を終わらせるいいきっかけだと思い、みんなの注目を集めるように頭の上で手を叩く。


「ああ、うん。そうだな。よし! 遅れた、いや遅れてないけど、とにかくそういう感じのお詫びだ。皆に一品奢るよ!」

「マジかよ。太っ腹だな」


 フィーリクスとしてはこの祭りでやりたいことがあり、食べ物のことは後回しにしたいところだったが、立場上そうも言えない。色々と出展されている出店を回り、各々好きな食べ物をほおばりながら歩いた。


 皆の腹が落ち着いてきたところを見計らい、フィーリクスは何かを探す。やがて数多ある店の一つに目を止め、喜びと期待をその顔に浮かべた。彼が見つけたのは、射的だ。


「祭りでゲームって言ったらやっぱりこれでしょ!」

「お前大体それから始めるよな」

「そりゃおもしろいからね」


 フィーリクスはそう言うと早速店主にコインを渡し、受け取った弾を銃に込める。的を狙い絞り、撃つ。放たれたコルクの弾丸は景品のど真ん中に命中した。もちろんできる限り身を前に乗り出しての話だ。


「卑怯だなんて言わないでくれよ?」

「言わねーよ。俺達だってそうしてる。でも当たらないんだよなぁ」


 全弾撃ち尽くし、結果は十発中七発命中だ。ただし、内一発は当たりはしたが景品が倒れなかったため、スコアボードには六.五ポイントで記録された。登録名はFLXで、自身の名前からだ。まずまずの出来とフィーリクスは内心満足する。


 この祭りでは得点系のゲームにスコアボードが設置されている。高得点者は十位まで三文字で好きな名前で登録できる。前にフィーリクスが聞いた話によれば初期のころの祭りにはなく、ある時にどこかの店が始めたのがきっかけで、次々と他の店もボードを置くようになった、ということだった。特別なにか賞品が出るということはないが、フィーリクスの小さな自尊心を満たすことはできた。


 その後、ハンマーゲームでは力自慢の友人に負け、モグラたたきで挽回し、バスケットボール入れでも勝つ。他にも輪投げや風船割り、水鉄砲を用いた的当てなどでフィーリクスが圧勝し、各スコアボードに軒並み名を残す事態となる。彼がやりたいこととはこれだった。ここ数年は自分の名前でほぼ上位を独占してきたのだ。彼は今回の結果にも満足していた。


 最後に遊んだのはダンクタンクと呼ばれる、ボールを的に当てると水槽の上に張り出した椅子に座っている人間が下に落ち、ずぶ濡れになるというゲームだ。これは友人らとめちゃくちゃにボールを投げつけ係りの中年男性を何度も水没させて大笑いした。


「あー、面白かった」

「あのおっさんの絶望的な顔、マジで笑えたな」

「仕事とはいえちょっと可哀想だったかな」

「んなこと言ってお前一番笑ってただろ」

「ばれてた? へへへ」


 一同は休憩のため空いている場所を見つけて座り込むと、フルーツ飴を頬張る。日はまだ高く、夕方のパレードまではしばらく時間がある。そういう時間帯だ。再び何か面白いものがないかと歩き回り、最初に遊んだ射的の店の前を再び通りがかった時だ。何気なくフィーリクスがスコアボードを見た。最高記録者を確認する。


「FL……C?」

「あれ、お前記録破られてんじゃん」

「しかも八ポイントか、やるな」


 ボードには確かにそう載っている。自身の名ではなく誰かの名で、しかも高得点だ。


「何だって、こりゃのんびりしてる場合じゃないぞ!」


 フィーリクスは慌ててコインを取り出すと店主に渡し、記録保持者について聞いた。


「スコア? 似てる名前で登録してるし、知り合いじゃないのかい?」


 店主にそう聞かれたフィーリクスは首を横に振り銃に弾を込める。


「知らない名前だよ。きっと俺への当てつけとかだろうさ」

「ふうん。ま、こっちは遊んでくれりゃ何でもいいけどね」

「俺はよくない」


 店主とやり取りをしながら景品を撃つ。撃つ。撃つ。先ほどよりは半ポイント上、七ポイントでの結果と終わった。


「どうする? スコア付けとくかい?」

「いや、いい。それより次の弾を頼む」


店主に聞かれたフィーリクスは不機嫌そうな顔でコインを追加する。肩を怒らせムキになりかけていた。


「そうカリカリするなよ。当たるものも当たらないぜ?」

「そうだな、集中が大事だ」


 友人から諭され、フィーリクスは一呼吸を置く。目をつぶると深呼吸し、目を開いてすっと的を見据えた。八ポイント。スコアはタイとなったが、納得しない。


「もう一度だ」

「こうなったらフィーリクスが勝つまで終わらないぞ」

「ああ、だけど見てて面白いからいいや」

「次は勝てるって」


 時間を食っているが、友人達は寛大な態度でもってフィーリクスを応援してくれるらしい。それに応えるように、これで最後とばかりに集中すると撃つ。八.五ポイントだ。


「やった!」

「おめでとう!」

「いやぁ、集中したよ」


 スコアを塗り替えることに成功したフィーリクスは満足げに頷く。彼は意気揚々とその場を立ち去る。友人達も苦笑しながら彼の後を歩き出した。

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