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2話 fragileー11

「フィーリクス!」


 フェリシティの呼ぶ声が聞こえる。フィーリクスは倒れたまま動かない。動けなかった。自身の状態を把握することができず、平衡感覚も失っている。自分が地面に倒れている感覚はあったが、重力の方向を正しく捉えられていない。骨は折れているだろうか、内臓はどうか。手足はつぶれずにまだ機能しているだろうか。手放し地面に落ちていた銃がかき消える。設定で一定時間接触がないと仮想空間内に自動収納されるようになっているためだ。


「お願い、フィーリクス。無事でいて!」


 フェリシティがまた叫ぶのが聞こえたが、声はまだ出せなかった。首は動く。何とか視線を彼女の方へ向けることができた。彼女は既にこちらを見ていない。『希望』は再びフェリシティへと注意を向け動き出そうとしていた。彼女が『希望』に銃撃を加えたのだ。フィーリクスへのとどめは後回しにして彼女に取り掛かろうということらしい。


「フィーリクスの仇を取ってやる!」


 勝手に殺さないでくれ。声にならないかすれ声でフィーリクスは口に小さく笑みを作るとそう呟いた。フェリシティは叫び、男児を抱えたまま走る。再びジャングルジムに誘導する気かそちらへと向かうようだった。先程木造遊具を破壊した『希望』を、それが受け止めきれるかは彼には不安だったが、彼女の作戦に変更はない模様だ。


 フィーリクスは体の具合を再確認する。次第にはっきりとしてきた意識の元で、少しずつ動き出す。両手両足共に動く。違和感はあるが支障はない。分かる限りでは骨にも異常はない。身体強化の出力五十パーセントは伊達ではない、と彼は魔法に感謝する。


「よし、一先ずは……」


 彼はすぐ近くにある土管型遊具へと移動する。まだ緩慢な動きだが身体の連動率は十分だった。土管の陰に隠れフェリシティ達を援護するべく震える腕でライフルを取り出す。


「しっかりしがみついてなさいよ!」


 フェリシティは走る。ジャングルジムへと到着し彼女がそれを飛び越えるとその向こう側へと着地する。直後に『希望』がジャングルジムの外枠に激突した。


「おっとっとっと」


 よろめき体勢を直すフェリシティは敵がジャングルジムを破壊する激しい音を聞いて振り返る。金属のうなりの連続は不快極まりないものだ。彼女は顔をしかめて事の成り行きを見守った。


「止まりなさい!」


 『希望』は半ば以上までジャングルジムを破壊しついに宙に浮き上がった状態で歪んだフレームと絡み合い、身動きが取れない状態となっていた。ジャングルジムを破壊しきるには加速が足りなかったようだった。


「よっしゃああ!」


 彼女は怒りに歪んだ表情で『希望』に向かって銃を乱射する。


「怖いよフェリシティ」


 フィーリクスも苦笑しながらライフルで『希望』を撃つ。敵はどうにか抜け出そうと残った棘を伸縮させていたがそれも順次破壊されていき、もはやどうすることもできなくなっていた。


「フィーリクス、無事だった!」


 フェリシティがフィーリクスの銃撃に気付いたようでモンスターを注視しながら彼の元へと駆け寄る。『希望』の棘は残り一本を残すところとなっていた。


「出来損ないのウニ改め出来損ないのロリポップキャンディね」

「食べたりしないよね」

「あんなギザギザ食べたら口の中がずたずたになるわよ」


 ややかすれる声でそう言ったフィーリクスの肩に、フェリシティは自身の頭を傾けぴたりとくっつけてささやく。


「無事でよかった。本当に」

「ありがとう。でもそういうのは後にしよう。まだモンスターは生きてる」


 フェリシティはすぐに彼から離れ、フィーリクスの顔を見据えて言った。


「とどめはあんたに任せるわ」

「分かった」


 フィーリクスはライフルを構え、『希望』の球体部分をめがけて撃つ。金属の砕ける音と共にモンスターがポンと音を立てて消滅する。代わりにジャングルジムの残骸に引っかかっているのは元のオブジェ『希望』だ。二回り以上小さくなり大きさは一メートルもない。それが元のスケールだ。


「俺達の信頼関係はお前みたいにもろくない」


 フィーリクスはモンスターの最後を見届けそう断言すると、その場にへたり込んで土管に背を預け体の力を抜いた。フェリシティも男児を抱え直して彼の隣に腰を下ろす。フィーリクスは彼女の方を向き、眉じりを下げた。


「でも二回目の『組むんじゃなかった』は堪えたけどね」

「あんたのあの時の顔ったら、捨てられた子犬みたいだった。見ものだったんだから」

「君の言った後の後悔してるって顔でおろおろしてたのもね」


 二人は笑いあう。途中でフィーリクスが顔をしかめた。体中が痛むのを忘れていたのだ。それと同時に男児が激しく泣き出す。


「おおよちよち、もう終わったわよ。怖いモンスターはもういませーん」

「中々上手だね」


 フィーリクスは、フェリシティが軽く体を揺らしながら泣く子供をあやす様子を見る。しばらくして安心したのか、それとも泣き疲れたのか男児は急に眠ってしまった。


「一人で心細かったでしょうね。この子、大きくなったらフィーリクスみたいにバスターズを目指したりして」

「かもね」


 フィーリクスは男児を見ながら考える。この幼子にとっては大変な出来事であったろう、心に大きな傷を負わせてしまったかもしれない。その償いを、しかし自分にはきちんとしてやれない、ということを。


「それにしても本当に無事でよかった。……無事なのよね?」

「多分。詳しくは帰って医者にでも見てもらわないと」

「出力を上げたのよね? だから大けがをしなかったのかな」

「ああ、五十パーセントまで上げた」

「五十!? よく使いこなせたわね」

「そうでもないよ、とにかく君達を守ろうと必死だった。だからうまくいったのかも」


 フィーリクスのその言葉は本心からのものだった。何の雑念もなく、二人を助けるために体が半ば無意識に動いたと、彼は分析する。だがそれでは不十分だと彼は分かっていた。


「今回の件であたし反省したよ。この子が遊具の下から出てきたのを見た時、心臓が止まるかと思った。あんたがあいつにやられた時も。恐怖で足がすくみそうだった。本当にごめんなさい。あたしがあんたの言う通り手順をちゃんと守ってれば、こんなことにはならなかった」

「へへ、そうかもね」

「フィーリクス!?」


 フェリシティが一瞬目を剥いて驚きと少々のいらだちを滲ませる。


「ごめん、冗談だよ。俺があんな言い方したからダメだったんだ。ちゃんと説明すれば君はやってくれるって、分かってたのに。君が自分の力に溺れてるから言うことを聞かないんだって、そう思い込んでた。いや、そう思い込もうとしてた」

「フィーリクス?」


 フィーリクスはゆっくりとそう話す。フェリシティは今度は心配そうな顔で彼を見つめた。一体彼が何を言おうとしているのかが汲めないようだ。


「羨望だ。俺は、君に嫉妬してたんだよフェリシティ。君に勝ちたかった。訓練でも実戦でも。それが今回の結果を産んだ。俺は馬鹿で醜いやつだ。MBI失格だ。君のパートナーとしても、当然失格だ。本当にごめんよ」

「そうよ、あんたは悪いやつで、馬鹿なんだから」

「だよね」

「ええ、本当にお馬鹿。しっかりしてよね、相棒!」


 それは昨日の朝、奇しくもフィーリクスが彼女に言ったセリフだ。


「はは、そうなんだよ。だから君の力が必要だ。これからも、俺を助けてくれる?」

「もちろん」

「アイスクリームは投げてくる?」

「今度バケツ一杯ひっくり返してやるわ」

「はは、そいつはいいや。何ならバスタブ一杯で頼むよ」



 フェリシティが彼にもたれかかって肩に頭を預ける。鳥が囀った。公園に平和が戻り、身を潜めるのをやめたようだ。敵はもういない。そこへ誰かが近づく気配があった。遠くから、誰か大声で人を呼ぶ声が聞こえてくる。まだ声変わりしていない少年のものと、聞き覚えのあるもの。


「この声は、エイジ!? それと、誰だろ?」

「きっとこの子のお兄ちゃんだと思う。さっきはぐれたって言ってたから」


 フェリシティが立ち上がり対応する。エイジと少年が駆け寄り、少年は彼女に抱きかかえられた男児を見つけると安心したのか急に泣き出した。


「おっ、弟が、ルディが……無事だった! お姉ちゃん!」

「いきなり泣かないでよ。もう大丈夫なんだから」


 弟に次いで兄を宥めるフェリシティの姿を見て、フィーリクスは微笑ましいと思う。いい子だ、と。彼女は兄の頭にそっと手を添えた。


「もうはぐれたりしちゃだめよ?」

「わかった」


 まだ涙ぐみながらだが、兄が力強く頷く。それを見てフェリシティも頷いた。


「さて、この子たちは俺が家まで送るよ。君達は、大丈夫? 特にフィーリクスはひどいな。ああ、加えて言うなら周りもひどい状況だ」


 座り込んだままのフィーリクスにエイジが心配そうに声をかけ、辺りの様子に目をやると目を手で覆った。


「なんとか、ね。相棒のおかげで生き残れたよ」

「あたしもよ。エイジはどうしてここに?」


 フェリシティが男児をエイジに預けながら問うと、彼は何故か少し焦った様子を見せる。


「それはね、この子が公園の入口でうろうろしているのを見かけて事情を聞いたんだ。そうしたら弟とはぐれたっていうじゃないか。だから」

「それは見れば何となく分かった。そうじゃなくて、どうしてこの公園まで来たのかってこと。担当区域は違ったはずでしょ? 応援も頼んでないし」

「いや、だからそれは」

「あたしから説明したほうがいいかしら?」

「ニコ!」


 次に登場したのはエイジの相棒のニコだ。フィーリクスは何となく二人が現れた理由が分かった。


「言わずもがな。二人とも、俺達新人が心配で見に来てくれたんだろ?」

「え? ええ、その通りよ。よく分かったわね」


 ニコがやや鼻白んだのは気のせいだろう。きっと日光が目に入って眩しかったのだ。フィーリクスはそう捉えフェリシティを見る。彼女も納得、という顔をしている。フィーリクスはニコ達に親指を立てた握りこぶしを突き出した。サムズアップだ。


「結果は上々だよ」

「そう、それはよかったわね、本当に。それじゃ、あたし達はもう行くわね。その、あなた達の邪魔をしちゃ悪いし、この幼い兄弟を早く家に届けてあげなくちゃ」

「もう行っちゃうの?」

「また後でね。さ、エイジ」

「また後で! 報告書の作り方が分からなかったら言ってね!」


 兄弟を連れて二人が去っていく。その姿が小さくなるまで見送ったフィーリクスは大きなため息をついた。何だか忙しない対応だと思うが、フェリシティと今二人きりになれたのは彼にとって好都合だった。彼は力を振り絞り立ち上がる。


「なぁフェリシティ。改めて謝らせてくれ」

「仲直りならもうしたじゃない」


 彼女の言う通り、二人の間にはもうわだかまりはなかった。


「いや、もう一つだけ言っとかなきゃならないことがあったんだ」

「それって何?」

「君が昨日寝ぼけて言ったセリフだよ、フェリシティ。君は覚えてなかったようだけど」

「昨日の? あっ!」 


 フェリシティは言われて思い出したようだ。顔を少し赤くしている。


「俺もあの時は聞き流してたんだ。でも本当はとても重要なメッセージが込められてた。だから謝らなきゃいけないんだ。ごめんよ」

「ちょっと待って! あ、あのねフィーリクス。実はあたし覚えてるの、あの時の言葉」


 その報告はフィーリクスにとって小さな驚きをもたらすものだった。何故彼女はそのようなことを、と疑問が湧きだす。


「え、そうだったの?」

「で、どのあたりが重要なの? 難事件を解決? テレビに出る?」


 彼女はそれには答えず話を進めたいようだった。フィーリクスは彼女が照れ隠しのためにそう振る舞っているのかもしれないと思いつくが、彼女の質問に応えることにした。


「どっちも違う。最後の方だよ。伝説になるとかそんなやつ」

「ああ、あれ? 一番最悪、恥ずかしいから忘れてよ」


 立てた手首をパタリと前に倒して、顔を少し背けた彼女が言う。確かに彼女の言う通り非常に恥ずかし気な反応だ。そわそわと落ち着きがない。だが彼にやめるつもりはない。


「忘れるだなんてとんでもない。だって伝説になるまで、ずっと俺とコンビでいてくれるんだろ? 君は最高のパートナーだ」

「ただの夢よ」

「夢にまで見てくれたんだよ」


 フェリシティが息を呑む。彼女の顔が更に赤くなる。


「恥ずかしいことをよく平気で言えるわね!?」

「今、君になら言える」

「あぁもう、フィーリクス。本当に馬鹿ね!」


 フェリシティはフィーリクスにハグをする。


「強い、息が、傷が、痛い、はなして……」


 力いっぱい抱きしめているようで、フィーリクスの顔色が見る間に青く、悪くなっていく。


「やだ、離さない!」


 その時大きな衝撃音が響いた。金属製品が落下して壊れるような音。二人とも飛び上がるように驚き、フェリシティがハグをやめた。嫌な予感がした二人がジャングルジムの方を振り向くと、見事にジャンクになった元アート『希望』の、その残骸が地面に散らばっていた。フェリシティが呟く。


「やっちゃった」

「これってまずいよね」

「多分、色々と」

「だよね」


 二人はその日一番の大きなため息をついた。

今回で第二話終了となります。

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