2話 fragileー10(挿絵あり)
公園の広場に金属が軋みこすり合わさる不快な音が響き渡る。
いびつな何かが二人を襲う。
「逃げろ!」
フィーリクスが叫ぶ。敵のフォルムは、中心に直径数十センチメートルの球体がありそこから幾本もの金属の棒が四方八方に伸びている、というものだ。棒の先端は丸みを帯び、角はない。棒の長さは二メートル前後、直径は十から十五センチぐらいだ。その見た目は巨大な金属のウニと形容するのがふさわしいモンスターだった。
フェリシティがフィーリクスの言葉に従い、後ろを振り向きもせずに全力で前進する。直後に彼女がいた地面に金属棒が撃ち出された。一度縮んだ棒、棘の一本がばね仕掛けのように瞬時に伸びたのだ。
激しい音と振動があり、そして土が舞い上がる。芝生が敷かれていた地面は金属棒を中心に半径二メートル近く捲れて浮き上がり、落下する。敵の攻撃は砲弾にも等しい威力を備えているようだ。
「なんて奴だ」
フィーリクスの元へ、悲鳴と共にフェリシティが転がり込んでくる。彼女は即座に体勢を直し、彼の横に立つと叫んだ。
「身体強化、いくよ! ウニ野郎をぶっ飛ばす!」
「オーケー!」
端末を通じ魔法が展開される。力は、すぐに来る。二人は手のひらを数度握り締め、それを実感した。出力は事前に示し合わせており、二人とも三十パーセントだ。
「さっきネームプレートを見た。こいつ、『希望』っていう名前らしい」
「きぼう? そんな風にはこれっぽっちも見えないね」
「あたしも同感よ!」
その言葉に怒ったのではないだろうが、金属のウニ『希望』が動き出す。地面を転がり出したのだ。どのようにして移動するのか気になっていたフィーリクスはそのあっさりとした解決方法に目を剥いた。
「なるほど、そりゃ転がったほうが速いよね。逃げろ!」
棘の伸び縮みを繰り返し次々と地面を押しながら転がり進む『希望』の加速は、二人の想像以上に速い。回転し突進してくる敵の攻撃を、二人は両手を押し合うようにして初期加速を稼ぎ、左右に散開することで躱す。『希望』の通り過ぎた地面は穴だらけだ。
一見間抜けに見える攻撃方法だ。だがその下敷きにでもなれば押しつぶされ、内臓が破裂して死に至るだろう。掠るだけでも打撲などではすまないことが予想される勢いだった。ただしそれは、何の装備も持たない一般人の話だ。
「さてさて、どう料理してくれちゃおうか」
通り過ぎる『希望』を見送ったフェリシティが手をこすり合わせる。
「あれ食べるの?」
「食べないわよ!」
「はは、冗談だよ」
二人には軽口を叩く余裕があった。『希望』が鋭角に転回をかけ彼らに向かって戻ってくる。その曲がり方は力ずくで、折り返し地点の地面が大きく抉り取られている。
猛スピードで再び襲いかかる『希望』を二度三度と避け、フィーリクスは敵戦力の分析を終えている。転がりによる突進と至近距離での棘による打撃が敵の攻撃方法だ。ただ、自分達に相手の金属ボディに通る攻撃があるかがまだ分からない。
「使ってみようか。MR12」
フィーリクスは音声操作で銃を何もない空間から取り出す。発した言葉は武器の型番だ。MBIで開発された十二番目のライフルというそのままの意味か、もしくはマジカルライフルの略語かもしれない。だが開発者の名付けの理由は今は重要ではない。角ばったどこか未来的なデザインは開発者の趣味だと彼は訓練時に聞いていた。次に弾丸に用いる魔法を視線操作で選択する。赤と黒のまばらな縞模様のある丸いジェムが彼の目に止まった。
「これだ!」
以前ヴィンセントがクマ型エア遊具の巨大モンスターと戦っている時に用いていたのと同じ、衝撃を与えるものだ。
弾丸の源となる魔力は端末から銃へと常時装填が行われるため弾切れの心配はない。背を丸め、ストックを肩にあてがい頬をくっつけ構え、撃つ。二発。銃声は通常の銃のような破裂音ではなく、SF映画の中に登場するような光線銃の発射音、と表現するのが最も近いだろう。赤い光の魔法弾が射出された。強振動を加えて相手の構造を打ち砕く。その弾丸は何者をも砕こうとする破壊の意思だ。
彼としては『希望』の軌道をそらすか棘をへし曲げるのが狙いだった。激しい金属音が鳴り響き着弾したことを知らせると同時に、棘の一本が半ばから弾けるように破砕した。
「奴のボディ、鉄は鉄でも鋳鉄だ。強度は相当あるかもしれないけど、衝撃に弱い!」
「オーケー!」
再びの突進を避けると彼は更に撃つ。計五発の破壊衝動が『希望』を襲う。フェリシティも虚空からハンドガンタイプの銃を取り出し迫る敵にエネルギー弾を数発放った。両者の弾は内数発が敵に着弾し、そのたびに棘を削り、折っていく。
「希望を破壊するだなんて悪役みたいだ。でも効いてるぞ、いける!」
「政府の謎の機関は悪の巣窟だった、って?」
「そういうのが好きなの?」
「いーえ全然!」
『希望』による途切れなく行われる突進を躱し、再び二人が互いに距離を取る。敵はフェリシティをターゲットとして何度目かの突撃を開始した。
「まどろっこしいわね。棘を全部へし折るのにどれだけ時間がかかんのよ」
「そうは言っても」
「あたしが引き付ける。援護よろしく!」
「ちょっと、……任せて!」
彼女は二、三発撃つと『希望』に背を向け遊具のある方へと走り出す。彼女の真っすぐに向かう先はジャングルジムだ。速度では負けているが先にそこまで到着できればいいという判断でのことだろう。
「またこれだよ」
フィーリクスも自身と敵との射線上にフェリシティが入らないように気を付けながら、走り出す。武器をハンドガンに切り替え、『希望』の棘を一本でも減らすべく撃ち続けた。
彼女の目論見が分かった彼には次の手が浮かんでいる。恐らくフェリシティはジャングルジムに『希望』を突っ込ませ、身動きが取れないようになったところで一気に片を付けるつもりだ。彼はそう推測する。ハンドガンを撃ちフェリシティと『希望』の後を追いながら次に使用する武器を選択する。
「さあさあこっちに来なさい! って、こないだもこんなことやったよね」
フェリシティは走る。恐竜の時は彼女から仕掛けた。今度は追われる側だ。彼我の距離が着々と迫り、走るペースを上げる。その時、フィーリクスと彼女の目にあってはならないものが目に移った。子供だ。木造遊具の狭い下の隙間から這い出たまだ幼い男の子は、フェリシティを見つけたようで彼女の方へふらふらと歩き出す。
「うぇ? へっ!?」
フェリシティは素っ頓狂な声を上げる。しかし彼女の目に映るその子供の姿は現実だ。彼女はそれを認識したようだ。ちらりと後ろを振り返り、『希望』のターゲットが彼女から男児へと変わっていないことを確かめる。男児は彼女の進路上にいるわけではなく、このまま進めば男児巻き込む恐れはない。だが、万が一ということもある。
彼女は進路を男児の方へと変え、掬いあげるように抱えると更に走る。『希望』は的確に彼女に追随し、二人に対して更に迫っていた。フェリシティの目の前には木造遊具が立ちはだかっており、急角度での進路変更は不可能だ。その状況で彼女の取った行動は、跳躍だ。
「ィィイヤッホオォォー!」
遊具の壁面を蹴りつけ壁を垂直に走り登る。遊具の頂上まで昇りきると角を蹴って後方へ跳びながら宙返りをした。真下に『希望』が転がってくるのが彼女の目に映る。『希望』は遊具へ激突すると勢いを衰えさせつつも、遊具を粉微塵に粉砕しながら通り抜ける。そのまま周りの雑木林の中へと突っ込み、幾本か木をなぎ倒すとその動きを停止させた。
「へへん、どんなもんよ。ところであんた何でこんなところにいるの!?」
「お兄ちゃんがいなくなっちゃった、モンスターが……、隠れて、でも寝ちゃって、起きて、怖くて、それで」
フェリシティが男児に話しかけると涙交じりに返す。最後の方は泣きながらで言葉になっていない。
「これは戦ってる場合じゃないかも。どうしよう!」
「フェリシティ! 油断するな!」
フィーリクスが声をかけ、混乱していた様子の彼女はハッと『希望』の方を向く。既に再起動をかけていた『希望』が彼女と抱きかかえられたままの男児に迫ってきていた。
「間に合うか!?」
フィーリクスは走る。彼女と男児のところまではあと少しだ。ただ、敵の方が少し早い。このままでは間に合わないと判断した彼は身体強化の出力を引き上げる。未だ制御しきれない五十パーセントへと切り替え、加速する。
「間に合わせる!」
全力で走り込み敵より先にフェリシティの元へ。届いた。男児を抱えた彼女を更に抱えて横へと放り出し、その直後に『希望』が到達する。フィーリクスは金属の棘が打ち下ろされるように迫ってくる様を見る。妙にスローモーションで迫ってくるそれは彼の頭部に直撃し、彼を地面に叩き伏せた後敵がその場を通過した。




