10話 equilibrium-30 再びフェリシティ
ポータルを抜け、あたしはフィーリクスとゾーイと共に、無事に元の世界へと帰還を果たした。数日間の異世界旅行は終わりを迎え、ほっとしたのも束の間。めでたしめでたしとはならなかったんだよ、これが。
「さて、フェリシティ。君がいない間に、こっちはちょっと大変な事態になってるんだ」
「どうしたの? そんな深刻そうな顔しちゃってさ」
「聞いたら君もこんな顔になるよ」
到着早々、ゾーイが用事があるからって言ってさ。あたし達は研究室から締め出されちゃった。閉じられた扉の前で、何を始めるのか疑問に思う暇もなく。今度はフィーリクスが真剣な様子であたしに迫ってきたんだよね。
「この街の全域が、ウィッチの生み出した例の領域に包まれたんだ」
「は?」
彼の発言内容をかみ砕くのに、少し時間がかかった。どれくらいかっていうと、フィーリクスが心配して顔を覗き込んだり目の前で手を振ったりして、反応のなさに一回諦めるくらい。次に彼が手を伸ばしてきたのを反射的に掴み、驚かせたのも構わずあたしは叫んだ。理解したときのあたしの驚きの方が圧倒的に上だろうし。
「ちょっと! それってめちゃくちゃヤバいんじゃないの!?」
「君の力が必要だ。これからもMBIで戦ってくれるかい?」
両肩を彼に掴まれる。なんて答えるか、そんなのもう決まってる。
「当たり前でしょ! バンバンモンスターやウィッチどもをやっつけてやる!」
「はは、頼もしいな」
彼の笑いにどこか、力なさげなところがあるように見える。そういえば、少しやつれてる。この数日間、ずっと心配してくれてたんだね。でも、彼の様子は、それだけじゃないような気がする。もう一つ何か別の、とても疲れてるような。
「フェリシティ。君に許してほしいことが二つあるんだ」
「何よ、改まって」
「一つは君を守るって決めてたのに、大変な目に遭わせちゃったこと」
「そんなこと? それなら許しは最初からここにあるよ」
何だ、そんなことだったのね。そんなの、まるで問題じゃない。
「同じ状況なら、同じことをしてたよ。あたしもあんたと同じことを思ってたから。最大限あんたの力になりたいってね」
彼はあたしがポータルに飲まれたあの結果を、あたしがどうにか悪い方向に捉えてるって思ってたみたい。それもこれで解消された、と。
「で、もう一つの方は?」
「凄く言いにくいことなんだけどさ」
「今更だよ? 何でも言ってよ」
これ以上に大きな問題はぶつけてこないでしょ。そう思って頭の後ろで両手を組む。
「俺と君とのコンビは、今日限りなんだ」
「は? はは、何冗談言ってんのよ」
組んだ腕がずり落ちる。あー、うん。本当笑えないこと言ってくれるね。そう返そうとして、あたしの後ろに誰かが立ったのに気が付く。
「残念ながら冗談なんかじゃない」
「ヒューゴまでそんなおふざけに乗るなんて。二人とも、人が悪いにもほどがあるよ」
MBI捜査部部長のヒューゴだ。いつにも増して仏頂面のあたしのボスまでもが、フィーリクスの悪い冗談に付き合ってる。……あ、あれ、二人とも、早く笑って嘘だったって言ってよ。なんで真面目な顔のままなのよ。お願いだから、早く。
「ごめんよフェリシティ。本当にごめん」
「彼は反逆罪が適用され、今から『処理』される。記憶を消され、別人として生きることになっている。これは決定事項だ」
ヒューゴは口を閉じ、フィーリクスもそれ以上何も言わない。あたしも、何を言い返せばいいのか分からずに、沈黙が三人のいる空間を支配する。ただただ、ヒューゴの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。その時のあたしの気持ちをうまく言い表す言葉が、すぐには見つからなかった。
今回で第十話終了・第一幕終了となります。
第二幕以降の投稿が未定のため、ここで一旦完結といたします。




