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10話 equilibrium-28

 シアン色のポータルが部屋の中央、あたし達の目の前に出現した。あたしはポータルに向かって、吸い寄せられるように歩み寄る。


「君、近づいて大丈夫なのか?」

「ええ」


 あたしとは逆に、距離を取って用心していたセオに答えをよこし、それから待つ。皆が騒がしくするなか、やがてそこから二人の人物が現れた。


「フェリシティ!」


 そのうちの一人、ゾーイがあたしに飛びついてくる。あれ、彼女ってこんなことするタイプだっけ。ギュッと抱きしめられ、まあ悪い気はしない。ただ、彼女の意外な行動に、少し不思議な感覚を覚えるよ。


「もっと早くに、助けに来れなくてごめん!!」

「どうしたの? らしくないよ」


 と思っていたら、彼女は急にあたりを見渡してぽつりと言った。周りにはクイーンのなれの果てである砂山がある。もはや興味はそちらに移ったようだ。


「何これ。この砂みたいなの」

「こっちの世界の敵のボスの残骸」「ふうん。倒したの? やるじゃない、話聞かせて。……おっと、ごめんごめん。あたしよりも、もっとハグしたい人がいるよね。話は後で」


 面と向かってそう言われると、行動しづらいっての。といってもしない訳じゃない。ゾーイに解放されたあたしは、彼のいる方を向く。ポータルの光に後ろから照らされた彼が、静かに佇んでいる。


「フィーリクス」

「フェリシティ」


 正面から向かい合い、お互いの名を呼び合う。そっと、軽いハグを僅かな間だけ。それだけであたしは満ち足りていた。心に平穏が訪れた、その実感がある。ずっとこの瞬間を待っていた。いえ、求めてここまで来た。だから彼に、飛び切りの笑顔を見せてやった。だって彼が、泣きそうに見えたから。それを抑えて、彼も笑顔をあたしに返してくれて。随分と長く大きな区切りの一つが、ようやくついたのだと理解できた。


「ありゃ、あたしがもう一人いる」

「本当だ。おー、俺ももう一人いる」


 ゾーイとフィーリクスの二人がこっちの世界の、まず気にするであろう所に気を留めたようだね。そりゃあ双子でもないのに、それ以上にそっくりな人間が目の前にいるんだもん。興味が湧くのは当たり前。それぞれもう一人の自分に近づこうとして、二人とも同時に急に固まった。


「な、何で彼がここにいるんだ」

「どうして、そんな……」


 二人の見ている方向は別々だ。各々違うものを見て驚愕の表情を浮かべ、動けないでいる。一体誰に、何に、そう思ってフィーリクスにまず聞こうと口を開いた時、先に彼がその疑問に答えた。


「何を企んでいるんだ、ロッド!!」

「うわっ、びっくりした! 急に叫ばないでよ」

「フェリ、ごめん。でもそれどころじゃないよ。ウィッチのボス、ロッドが目の前にいるんだ。今まで君が無事でよかった」


 彼が何を言ってるのかさっぱり分からなかった。だけど次の瞬間、自分でも顔から血の気が引くのが感じられるほどの衝撃を受けた。そうだった。聞いたことあるに決まってる。見たことあるに決まってる。あたしは以前、元の世界で彼に会っていたのだ。あの時より年を取った顔ではある。ても、どうして今の今まで思い出せなかったのか、自分の不甲斐なさにとても歯がゆい気持ちが湧いてくる。フィーリクスはそれを知ってか知らずか、あたしの一歩前に出てあたしをかばうように構えている。いやでも、これはちょっとまずいんじゃないかな。彼を止めなきゃ。


「待ってフィーリクス! 違うよ!」

「待つって、何を? 相手はウィッチだよ?」


 あたしは小声で彼に話しかける。つられて彼もひそひそ声であたしに返す。さっきの彼の大声で皆から注目されちゃってる。こっちの世界の人達に、会話内容をあまり聞かれたくない。


「こっちの世界には魔法がない。モンスターもいないし、MBIもないのよ。代わりに科学の力で機械の敵と戦う、SRBって組織があるの。どういうわけか、こっちのロッドはその捜査部の部長でさ。敵じゃないよ」

「何だって? ……いや、君がそう言うんだ。信じる」

「ありがと」


 フィーリクスの、こういうときの飲み込みの良さは助かるよ。一先ず落ち着いてくれた。さて、残るもう一人、ゾーイが何で驚いていたのかそれを確かめなきゃ。


「ゾーイ」


 彼女はあたしの声に反応しなかった。ある一点を見つめて、涙を流している。もう一人のゾーイを見てのこと? いや違う、視線の先はちょっとずれてるね。マジでどうしちゃったんだろ。


「ねぇ、ゾーイ。大丈夫?」

「ごめんなさい。ちょっとだけ、泣かせて」

「えっ、ええ。分かった」


 これ以上声をかけるのは、流石に躊躇われた。黙って彼女が落ち着くのを待った方がいい。後で、色々話をしてもらおう。


「ねぇ、ちょっとフェリ。もう一人の俺を紹介してもらってもいいかな」

「いいよ、こっち来て。彼には住む場所から何から、色々お世話になってさ。こっちの世界での相棒として、とっても活躍してくれたんだ」

「そうなんだ。流石俺だね」

「否定はしない」


 フィーリクスの言葉に応え、彼をもう一人の彼の所に連れて行く。どちらの彼も、微笑むような困ってるような、微妙な表情で対面を果たした。握手を交わし、頷き合う。第一声は、この世界の彼からだ。


「彼女の、相棒だってね」

「君も、ね。彼女を守ってくれて、ありがとう」

「自分に感謝されるのって、何だか恥ずかしいな」

「分かるよ。自分だし」

「妙な感覚だな」

「俺も」


 二人同時に笑い出した。何がおかしいのか分かんないけど、自分同士通じ合うものがあるんだろうね。二人はあたしに聞かれたくないことでもあるらしく、少し離れた場所へ移動してしまう。そこで何らかの会話を続けるようだ。あたしは仕方なくポータルの前に戻る。待った時間はそれほど長くはなかった。ゾーイが落ち着くのと、フィーリクス達の会話が終了したのは同じくらい。


「じゃあ、帰ろうか」

「もういいの?」

「ああ。話は終わったよ」


 フィーリクスがあたしの隣に立つ。やや遅れてゾーイももう片側に立った。こっちの世界の住人も、何かを感じ取ったかあたし達と対面する形で並んだ。


「あたしももう大丈夫だよ。さ、フェリシティ。皆に別れを告げて」

「こっちの世界のこと、色々聞きたいんじゃない?」

「そうしたいのは山々だけどさ。あまりそういうのは、よくない気がしてね」

「そうなの?」

「多分ね」


 ゾーイは、こっちの彼女達とは会話はせず、会釈だけに留まっていた。それを不思議には思っていたのだけれど。彼女が納得してるんなら、それでいいか。


「この世界の皆! そろそろ、さよならの時間みたい。ここまで来れたのは、皆のおかげだよ。本当にありがとう!」

「元気でな」


 ヒューゴのその言葉に、ぐっとくるものがあった。一度は自分の子供みたいだって、そう言われたからかな。


「フェリシティ、最後にハグしていいかな」


 一歩前に進み出たこっちのフィーリクスが、そんなことを言う。言葉なんか、いらないのにね。あたしも前に出ると、彼をそっと抱きしめる。彼に、そっと抱きとめられる。


「あんたのこと、一生忘れないよ」

「俺も忘れない」


 名残惜しくも、彼と離れる。お別れはお互い笑顔で。


「じゃあ、あたし帰るね!」


 後ろを振り向く。皆の別れの言葉を背中に受け、あたし達はポータルに飛び込んだ。

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