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2話 fragileー8

 フィーリクスが魔法捜査課の部屋に戻ると、フェリシティのそばに捜査部長のヒューゴがいた。ニコレッタはすでに自席に戻っている。フィーリクスは一体何用かとヒューゴに歩み寄る。


「ヒューゴ、ボス。どうしたの?」

「ん? 戻ったかフィーリクス。少し話がある」


 フィーリクスはフェリシティをちらりと見る。彼女と目が合う。エイジの言っていた心配そうな様子などは見られなかった。彼女はそわそわと落ち着きがなく、両手を組み合わせて親指をくるくるとまわしている。フィーリクスの戻りを待ちわびていたようだ。彼女は期待と喜びに満ちていた。


「君らには一定期間訓練生として研修を受けてもらい、その間現場には出さないと前に言ったな?」

「それは承知してるよ」


 フィーリクスは彼の言う意味は分かったが、その意図を図りかねる。


「いや実はな、ヴィンセントから聞いた話だ。座学の吸収もいいようだし、何より戦闘面での不安が全くないということで、明日から早速パトロールから始めてもらおうかと思っている」

「本当に!?」

「嘘をつく理由がどこにある」


 顔をしかめるヒューゴにしまったと思いつつも、フィーリクスは胸の内の闇が急速に晴れていくのが感じられた。


「やったわねフィーリクス。今あたしもそう聞いて驚きと喜びに打ち震えてるところよ!」


 フェリシティの言う通り、彼女は今にも跳びあがりそうにうずうずとしている。フィーリクスも先ほどまで抱えていた陰鬱な感情は消し飛んでおり、胸が現場での活躍への期待で満ちるのを実感する。そのため、フェリシティへの謝罪の機会を失ったが、そのこともすぐに忘れ去ってしまう。


「モンスターをやっつけよう!」

「実績を稼ごう!」


 二人はハイテンションでハイタッチを決める。ヒューゴは胡散臭げに二人を交互に見ると肩をすくめて首を振った。


「そうそういきなりモンスターに遭遇すると思うな。というより出ない方が普通だ。その方が平和だしな」

「それはヒューゴの感想でしょ?」

「あたし達を止められるものは誰もいないわ!」


 ようやく見えた出口の兆しだ、とフィーリクスは思った。鬱屈したこの状態から抜け出し前進できる。彼はそう考える。ヒューゴが部屋を出ていった後、残っていた資料整理などの事務仕事をこなし、その日の仕事を終える。


「よく分からないけれど、もう大丈夫そうね」


 フィーリクスは帰り際にニコにそう言われ、にこやかに頷いた。


「ああ、ありがとう」


 翌日、朝。フィーリクスはようやく初任務と呼べる仕事に参加できる喜びを胸に、MBIへと足を運ぶ。ワイシャツを腕の半ばまでまくり上げ、紺色のネクタイに紺色のスラックス。政府機関と言うことで出勤時はそれらしい格好を、との指示を受けたため急遽買い揃えたものだ。


 運転免許がまだないため、彼の通勤手段は地下鉄だ。この街の地下に蜘蛛の巣のように張り巡らされているそれは市民活動の、街の生命線である。


 ここ数日混み合う列車に揺られ、あまりいい気はしなかったが今日は違う。全く気にならなかった。最寄りの駅からMBIまでは徒歩数分。街の中心部にある彼の降りた駅、そこを地上に出れば市役所や税務署その他行政関係の建物が立ち並ぶ区域だ。その一角にMBIがある。彼はその途上の歩道を歩いていた。


 道路上には通勤のための車が多数走っており、あちこちの駐車場へと幾台も吸い込まれるようにして入ってく。信号待ちのために交差点で立ち止まったフィーリクスに、クラクションをならす一台の車があった。信号待ち最前列からで、黒塗りのやや角ばった形はMBIの専用車両だ。彼がギョッとして車内を見れば、運転手はフェリシティだった。


「おっはようフィーリックス!」


 ウィンドウを下げ、リズムと抑揚をつけて挨拶するフェリシティに彼は今まで晴れやかだった気持ちが急速に曇るのを感じる。彼女も上はブラウスを身に着けている。下は、恐らくパンツスタイルだろうと彼は予想する。


「びっくりさせないでくれよ、普通に声をかけてくれればいいのに」

「別にいいじゃない。ね、それよりよければ乗ってかない?」


 昨日のことをまだ謝っていなかったことを思い出した彼は、明るく接する彼女に後ろ暗い気持ちが湧きおこる。


「別にいいよ、歩く」

「そんなこと言わないで、ほら、早く! でないと信号が青になっちゃう」

「イェヤァ」


 やる気なさげに助手席に乗り込むのと信号が青に変わるのは同時だ。


「しゅっぱーつ!」


 フェリシティが車を急加速させ、フィーリクスは情けない声を上げる。車と悲鳴はあっという間にその場から消え失せた。


「乗るんじゃなかったー!」


 MBI敷地内の地下駐車場に車を止めたフェリシティとフィーリクスが降り立つ。地下でMBIの建物と直に繋がっており、そこから出入りできるようになっているものだ。


「頼むから安全運転を心がけてくれよ、死ぬかと思った」

「早く着いたでしょ?」

「ああもう、君は。なんでそう無茶をするんだ。誰か巻き込んだら大変なことになるだろ」

「そんなへまはしないわよ」


 彼女は得意げだ。彼女が何を根拠にそう言うのか、彼には分からなかった。昨日エイジが、自分が彼女のことをよく理解していないと言っていたことを思い出す。彼は今起きた出来事を振り返り、彼女が理解できる範疇にいないせいだと断定した。


「信じられないね。君みたいなやつが取り返しのつかない事故を起こすんだ」

「あんた昨日から、いえ、思えばここ数日ずっと変よ? あたしに何か言いたいんならはっきり言ってよ」

「じゃあ言わせてもらうよ」


 顔を突き付けあっていがみ合い、唸りあう。違う、彼女とこんな喧嘩がしたいわけじゃない。彼はそう思うが後の祭りだ。売り言葉に買い言葉で止められなかった。


「大体君は最初からそうだ。人のことなんか考えずに突っ走って周りに迷惑をかける。無鉄砲で、無遠慮で、他の人に対する敬意に欠けてるんだ!」

「言ったわね。何よ、あんたにあたしの何がわかるっていうの」

「分かるさ! いや、やっぱり分からないかもね。ここ数日君と一緒に訓練を重ねてきたけど、君が何を考えてるんだかさっぱりだったよ。もしかして何も考えてないんじゃないの?」


 彼女が鼻白む。だがそれは一瞬だ。


「あんたは色々うじうじと考えすぎよ! さっきも情けない声で言ってたじゃない。『乗るんじゃなかったー!』って。もっと楽しみなさいよ」

「楽しむ!? どこをどうやって!」

「もういい、あんたなんかと組むんじゃなった」


 最後のセリフを聞いて、フィーリクスは押し黙った。それは数日前、彼女が留置所で彼に言った言葉だ。あの時はただの愚痴としての一部に過ぎなかった。だが今は違う。明確に彼とのコンビに嫌気がさしている、彼女はそう言ったのだと彼には聞こえた。


「そうか、じゃあコンビ解消だな。最初の任務が始まる前から終わりが来るだなんて皮肉なもんだよ」

「そうね、じゃあヒューゴの所へ行きましょ。それで解散、あたし達はそれぞれ別の誰かと組む。決まりね」


 二人はにらみ合いながら駐車場の出口へと向かう。どちらが先にドアをくぐるかくだらないことで押し合いながら進み、MBI内の廊下やエレベーターでも同様だ。通りすがる他のMBI職員が彼らを見て驚くが、彼らの目には映らない。


 捜査課のドアを開け入口を通った瞬間にフィーリクスとフェリシティは怒りに歪んでいた顔を元に戻した。既にある程度の人員が出勤しており、その場の全員が二人を見ていたからだ。そこには執務室ではなく、立ってエージェントと話をしていたヒューゴの姿も含まれている。


「君らに期待してるぞ」

「初任務だな。しっかりやるんだぞ」

「何も起きないといいけどねぇ」

「ラジーブ、フラグを立てるな」

「フラグって、ゲームじゃあるまいし」

「しっかりね」


 コンビ解消などと言える雰囲気は全くなかった。フィーリクスもフェリシティも引くに引けなくなった状態であることを悟る。


「コンビ解消するんじゃなかったの?」

「そっちこそヒューゴに言うんだろ? ほら早く」


 二人は小声で相談し小さく唸った後、ため息をつく。


「仕方ない。今日はこのままパトロールにでかける。その後で、ヒューゴに願い出る」

「分かった」


 フィーリクスはフェリシティの提案に乗ることにした。二人は頷きあい、何事もないかのように皆に愛想を振りまく。


「ヘイ、みんな。任せて!」

「俺達がバシッと街の安全を見守ってくるよ」

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