10話 equilibrium-27
「こんなもの、無意味だ!」
クイーンが叫ぶ。そうだね、このまま放っておいたらすぐにまた触手群と合流して、元の巨人状態に戻ってしまうだろう。放っておけば、ね。
「無意味かどうかは、あたしが決める!!」
触手が集まりつつある真っ只中に、あたしは飛び込んでいく。それらが再びクイーンの体を覆うまで、僅かな間がある。そこを逃さない。最高速まで加速して突っ込む。警告音、残り三パーセント。
「何をする!?」
「決まってんでしょ!」
上半身は露わになったが、クイーンの下半身は大部分が未だ触手群に埋もれたままだ。あたしはその一部を足場にして踏みしめる。足に触手が幾本も絡みついてくるが構わない。抵抗するクイーンの胴体を、両腕でしっかりと捕らえると、埋まった下半身を一気に引っこ抜く。
「おおぉりゃ!」
引っこ抜いた上で、彼女の腰を掴んだまま跳躍した。足に絡まった触手はぶちぶちと引きちぎれ、あたしとクイーンは高い天井の半分くらいの高さまで飛ぶ。そこからは物理法則に従い放物線を描いて床へ。彼女をお姫様だっこの状態に持ち替えて着地する。
「離せ!」
「離すか!」
暴れる彼女を無理矢理うつ伏せにすると、そこから鎧を剥がしにかかった。隙間に指を突き入れ、力任せに引っ剥がす。思ったより脆い。いけるね。一つ取れれば後は早い。背中の大半のパーツをちぎり取った頃には、目的のものを見つけることができた。それは、クイーンの正体。ゾーイの背中側、脊椎の上部に瘤のようなものが見受けられた。寄生するように取り付いたその瘤こそが、クイーンの頭脳なのだろう。これさえ潰せばゾーイを助けられるはず。魔力は残り一パーセント、警告音は鳴り止まないが、間に合う。
「フェリシティ、気をつけて!」
フィーリクスの声が聞こえたのと、あたしの視界がにわかに暗くなったのは、ほぼ同時だった。巨体を形成していた触手群が、主を求めるかのように、獲物を丸飲みにするかのように、その姿を崩して機械の波となりながらあたしに覆い被さってきていた。
「やめろ! 貴様、やめろぉおお!」
「絶対にやめない!」
それがあたし達を飲み込むのと、あたしが瘤に手を伸ばしたのも、ほぼ同時。あたしは闇に包まれた。
「フェリシティ!」
フィーリクスの悲痛な叫びが遠くに聞こえる。彼はあたしが潰されたかどうかしたかと思ってるのだろう。でも、大丈夫。触手群は力を完全に失い、粉状に崩れながら床に散っていく。立っているのはあたし。足下には気を失ったゾーイが倒れている。
「よかった、無事だった。……それがクイーンの本体?」
「うん。これをゾーイからむしり取った途端に、クイーンや触手の動きが止まった」
あたしの右手のひらに、うごめく塊がある。こんな小さなものが、全てのモッダーを操り、この街を支配しようとしていた。果ては、あたしの世界に乗り込んで滅ぼす、だなんて宣言してくれちゃってさ。でも、彼女の野望もこれまで。こうなっては何も抵抗できない。少しとはいえ、彼女と言葉を交わした。この哀れな存在を殺すことに、躊躇いはある。でも。
「ごめんね。さようなら」
そっと呟き、指に力を込めた。
「終わったの?」
「終わったよ、フィーリクス」
クイーンだったものは、触手と同様に崩れていく。形を失い砂状になって、あたしの手のひらからこぼれ落ちていった。
「彼女、大丈夫かな」
フィーリクスがそばにやってきて、ゾーイの様子を確認してくれた。鎧状のパーツも統合力を失ったか全て剥がれ落ち、床に散らばっている。「ぅうん……ん?」案外早くに目を覚ました彼女が目を開ける。彼女が起き上がるのを彼が手伝う様を見ながら、あることに気が付く。警告音は、いつの間にか止まってた。武装も解け、端末の画面も真っ暗だ。魔力はもう欠片も残ってない。
「気分はどう、ゾーイ?」
「そんなに悪くはないかも。で、君たちは誰?」
存外元気そうだね。痩せたり太ったりしてないし、立ち上がったゾーイの動きに支障がある様子はない。クイーンは自身の寄生する先である彼女の肉体の維持に、それなりに気を使っていたのかもしれない。不幸中の幸いね。
「あたしはフェリシティで、こっちはフィーリクス。あたし達はSRBの味方、助っ人ってところかな」
「君達を助けるために動いていたんだ。主に彼女が、だけどね」
「そう、そうだったんだね。ありがとう。本当にありがとう」
ゾーイの話を聞けば、操られている間の記憶は朧気ながら残っているそうだった。
「残念ながら、クイーンが何考えてたのか、よくは分からなかったけどね」
ゾーイはあたしの魔法にかなり興味を示してたんだけど、彼女のあたしを見る目がなんか怖かったので適当にはぐらかしておいた。本人は納得してない様子をみせていたが、それより重要なことが途中で起こったため、追究の手は途中で止めてくれた。
「フェリシティ、よくやったな」
「タダ飯食い損なったぜ」
「君等なら大丈夫だと思ってたよ」
「また好き勝手言ってくれるね、まったく」
全てのモッダー達が停止し、操られていたSRBエージェントも全員元に戻ったため、戦闘が終了した。堅く閉じられていた扉も開き、ヴィンセント達が入ってきたのだ。それから彼等の後ろに続く人物の姿もあった。ダレンとセオ、リュカとサラ、それにナイスミドル。その他にも二人。
「ゾーイ!」
「クロエ!? ……あーん、それと、ヒューゴもか」
「歓迎されないのは分かっている。だが、無事で本当によかった」
抱き合うクロエとゾーイを、ヒューゴが更に腕で包み込む。その光景を、あたしとフィーリクスはじっと見守っていた。まさか二人が来るとはね。また無線の傍受か、別の何かで、どうにかしてこの騒ぎを聞きつけて、ここに駆けつけたのだろう。あたしはフィーリクスと見つめ合う。眉尻を下げながら、微笑み合う。
「でさ、よくクイーンの本体が背中にあるって分かったね」
「何となく、だよ」
「は?」
思わず動きを止めてしまう。今彼はなんと言ったか。何となく? 彼はさっきクイーンの本体の位置を割り出し、あたしに突っ込ませて本体を取り除く、っていうシンプルな作戦を提案したのだ。あたしが彼の作戦に乗ったのは、確固たる根拠があってのことだと思ったからだよ。それが何となくだとは、一体どういうことなの。
「昔、そんな感じの映画を見たんだ」
「はぁああ!? 映画!? 違ってたらどうしたのよ!」
「何とかなったからいいじゃないか」
「よくない!」
こっちのフィーリクス。彼にちょっと見過ごせないほどいい加減なところがあることを、事件が解決するまで見抜けなかっただなんて、一生の不覚ね。ショックでちょっとばかり疲れが出たみたい。足元がふらついた。
「ヒューゴ、あたしは別に二人の仲を反対なんてしてなかったんだよ? ……その、魔法は別としてね。ただそれも彼女、フェリシティの力を、まざまざと見せつけられちゃったせいでさ。認識を改めざるを得なくなったけど」
ゾーイの大きな声が聞こえてくる。揉め事かな。
「で、それは別としてさ。二人が指輪してないってことは、結婚まだだったってわけ?」
「それは、……ええ、そうよ。あなたに気兼ねして、今までそのままだったの」
「じゃあとっとと式挙げてきたら?」
「そう言われても、今更なぁ、クロエ?」
「そうかしら? 今からでも、遅くはないんじゃない?」
「だそうよ」
「そうか……。よし分かった。私も覚悟を決めたぞ」
どうやら彼女達は、なんかめでたい会話を進めてるみたい。一方、ヴィンセント達も何やら事後処理に関して、ナイスミドルと話を進めているようだ。その会話が何となく耳に入ってきたので、そちらに目を向けた。
「それでボス、どうします? やらねばならないことが膨大すぎる」
「それでも、一つずつ解決していく他ないだろう?」
「それはいいとしてよ、事件は解決したんだ。まずは乾杯しようぜ」
クライヴが期待を込めた言葉をナイスミドル、SRB捜査課のボスに投げかける。
「当分残業が続くぞ。そんな暇はない」
「マジかよ……」
「しょうがないだろクライヴ。また今度、ゆっくり飲もうぜ」
落胆するクライヴの肩にラジーブが腕を回し慰めている。ま、気落ちするクライヴの気持ちは分かる。確かに起きたことを考えれば、しばらく休みなしだろうね。
「しゃーねぇか……」
「それでロッド、ボス。今回の事件解決に寄与したあの二人なんですがね」
「そうだな。紹介してくれるかい」
ヴィンセントがあたし達を手のひらで指し示し、ボスがこっちを向く。ふうん。彼、名前はロッドっていうのね。どっかで見たような顔、どっかで聞いたような名前だけど、ええと誰だっけ。
「やぁ、初めましてフェリシティ、フィーリクス。今回のことには本当に、感謝してもしきれない。それから操られていたせいとはいえ、とても申し訳ないことをしでかしてしまった。すまなかった。できることなら、許してほしい」
誠実な態度をもってあたし達に謝罪をする彼は、組織の幹部らしく立派な人物らしい。そう印象づけるまっすぐな視線を、あたしとフィーリクスに向けている。
「さっきあなたたちが言ってたように、事件そのものは解決した。なら、あたしは何も構わないよ。だけど……」
「俺は、その、逮捕とかされないのなら」
そう。この世界を去るあたしはともかく、フィーリクスにとっては切実な問題だもんね。向こうの出方次第では、彼の将来に影響が出るような真似をするつもりなら、魔法なしでも、もう一暴れをしてやろう。そう思って身構える。
「もちろん逮捕などしない。むしろ逆だよ。この街を救ったことに対して、君達を表彰させてもらいたいと考えている。だから安心してほしい。何か損害を与えたのなら、その補填もする。約束するよ」
オゥ、ここまで言われたら、文句のつけようもないや。将来への影響も、プラスになる方面なら大歓迎だね。見ればフィーリクスも笑顔をロッドに向けている。あたしは一歩引いて、二人が話をしているのを見つめた。この様子なら、大丈夫だろう。これでもう、何も不安はないかな。いや、懸念すべきことが、あともう一つだけあった。それは、そうだね。ヴィンセントあたりにお願いしておこう。そう考え彼にあるお願いをした。彼は最初不思議そうな顔をしていたけど、あたしの狙いが分かったのか、頷いて了承してくれた。そして。
「うわっ、何だ!?」
「急に光が、……またモッダーか!?」
それの一番近くにいたダレンとセオが叫ぶ。時間が、来た。約束の時間が。




