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10話 equilibrium-26

 クイーンがまた右腕を繰り出す。あたしは冷静だった。それの到達範囲をしっかりと見極める。どう動くか見定めようとして、もう一本、左腕も時間差で迫ってくるのを認めて「う、うわっ」思いっきり焦ってうわずった声をあげながら跳んだ。


 相手の攻撃の手は休まらない。先程同様に床にぶつかって、そのまま止まると思いきや。その場にできた二つの触手の塊から、それぞれ新たな腕が真っ直ぐにあたしに向かって飛び出してきたのだ。それも何とか紙一重で避け、もちろん逃げた先はフィーリクスのいる方じゃないよ。


「戦闘慣れしてない、ってことは流石にないか」


 あたしの目標はクイーンだ。あの変な二本の腕は現在二度方向を修正し、後ろから迫ってきてる。それゆえに、今ならあたしとクイーンの両者の間に邪魔するものは何もない。一気に間合いを詰め跳ぶ。クイーンの左の肩口に真っすぐに力を籠めて斬りつけ、切り落とすことに成功した。すれ違いざまに、腕がずり落ちていく。そこに触手の束がうごめく不気味な切断面が確認できる。気持ち悪いけど、思った通り強度は大したことない。これならいける。クイーンの横手に着地するのと同時に後ろを振り返れば、迫る二本の腕の内一本が途端に力を失い、床に落ちるのが見えた。


「へん!」


 色々と豪語していた割に大したことないね。モッダー達のボスなのに、彼等より弱いんじゃない? 迫り来る残るもう一本も躱し、クイーンの後ろへ回り込む。彼女はあたしの方へ向き直ろうとするが反応が鈍いね、続けざまに右ももらう。飛び上がってブレードを思い切り振り上げる。狙いは外さない。ブレードが右脇に吸い込まれる様が、あたしの目にはっきりと映っている。届く。そう思った瞬間、その視界の端に何かが入り込んだ。


「フェリシティ!」


 フィーリクスの叫びと、その何かに横殴りにされ吹っ飛ばされたのは同時だった。床を転がり、何が起きたのか把握できないまま、とにかく起き上がる。あたしが飛んできた方向に目をやれば、一体いつの間に右腕が、いえ違う。あれは、ぶった切ったはずの左腕じゃない。まさか繋がって……、ぶつ切りになったままだ。でもあたしをぶっ飛ばしたのはそっち。理由は分からないけど。


「よくもやってくれたね!」


 幸いフィーリクスのおかげで防御態勢を取れたため、今の攻撃で食らったダメージは最小限に抑えている。体のどこにも支障は出ていない。ただ何度もやられる、ってわけにはいかないね。クイーンはこの隙にあたしに正面を向いている。何か大きな動きをさせる時間は与えたくない。彼女に対して左斜めへ走り込みながら、銃も構えて衝撃弾を撃ち出す。それはまた回り込んできていた彼女の大きな右手のひらを破裂させる。「へ?」あたしの眼前で、視界一杯に無数の細い触手が広がった。なんてこと、破裂したんじゃない。衝撃を分散させるために、自らばらけたんだ。そして狙いはそれだけじゃない。本命はあの触手群によるあたしの拘束だ。


「ひぃいいい!」


 喉が引き絞られ、そんな声が勝手に出る。パニックに陥りそうになりながらも、咄嗟に銃弾の選択を散弾タイプに切り替えぶっ放す。ある程度の触手を吹き飛ばして、できた包囲網の穴に飛び込んだ。その際何本かに絡みつかれるが、これぐらいなら問題なくちぎって抜け出せる。そう思って腕に巻き付いた一本を握り締める。ちぎったその先端が、更に無数の微細な触手に分裂し、脈打つように蠢くのを目の当たりにして、「ひゃい!」またもや変な声を出して投げ捨てた。


 転がり受け身を取って、足や胴に絡む触手もちぎり捨てる。数メートル後退して距離を取りそれらを観察すれば、芋虫だか蛇だかムカデだか、見たこともないような動きで本体側に移動し、合流、結合して吸収されていく。


「気味が悪すぎる」


 呟く声はやや震え気味。生理的嫌悪感から背筋に嫌な感覚が這い回る。それを身を震わせて追い払った。クイーンは切断された左腕も、互いに細い触手を伸ばしあって手繰り寄せ、くっつけてしまっている。どうにも攻めあぐねるね。どう処理したものか。取り敢えず、もうちょっと色々試してみよう。まずは粘着弾を数発、クイーンの回りを走りながら全身を拘束するように放つ。


「嘘でしょ!?」


 粘着物質が着弾、展開して相手の体にからまっていく、はずだった。そうならずに、全ての粘着物質が表面を滑って落ちてしまったのだ。


「そんなのありなの?」


 とは言ったものの、原理の解説はフィーリクスにでも任せることにして、実際に目の前で起きたことだししょうがない。……って大人しく納得するあたしじゃない。効かないならとっとと次。炎、はゾーイが火傷しちゃうし流石にまずいか。よし、じゃあ氷!


「くたばれぇ!」

「くたばったらダメでしょ!」


 フィーリクスの突っ込みは無視。彼に近づきながら三発連射し、クイーンの足元、腰、胸を氷結してやった。どうよ、これなら少しくらい堪えるぅぃい!? クイーンはあっさりと氷を崩し、即動き始めてる。凍ってる隙にフィーリクスと次の作戦について話そうと思ったのに、時間稼ぎにもならないなんて。このクソがらくた女王め、こうなりゃありったけ攻撃して、日頃のゾーイに対する鬱憤をあんたで晴らしてやるからね。「フェリシティ?」横に並んだフィーリクスのあたしを見る目に、若干怯えが見て取れる。うん、これも見なかったことにしよう。ん、なにか警告音が聞こえる。あ、やっばい。かなりまずい。知らない間にあたしの端末のバッテリー残量、残存魔力量が残り十パーセントもなかった。ここまでに結構消耗してたからね。これは、無視するわけにはいかないな。


「まずいよ、魔力が尽きそう!」

「落ち着いてフェリシティ。無闇に攻撃しても効いてないみたいだ!」

「みたいね! でも、じゃあどうすればいいの!?」

「そうだね、効かないなりにやり方はあるよ」


 頭に血が上っていたみたい。一度大きく息を吸って吐く。うん、落ち着きを取り戻した。それから彼に戦略の概要を聞く。時間にして十秒ほどもない。そして、それで十分。それはおおざっぱな内容で、あたし好みのものだった。


「急に顔つきが変わったな。ふん、そいつが何のために付いてきたのか分からなかったが、お前のブレーンとして重要な役割を担っているようだ」


 へぇ、僅かな時間とはいえ、待っててくれたんだ。それがあんたの命取りとなるとも知らずにね。多分だけど。


「彼を排除させてもらおうか」


 そんなことを言われて、当然はいどうぞと答えたりはしない。


「やれるもんなら、やってみなさい」


 さっき投げられた言葉を、返してやった。彼女に感情なんてものがあるのか定かじゃない。でも、あまり楽しそうな顔はしてないね。うっすら浮かべてた笑みのようなものが消えて、今は口をまっすぐに引き結んでいる。だからって訳じゃないけど、変わりにあたしとフィーリクスがニヤリと笑う。


「何!?」


 クイーンの声は若干の驚きのニュアンスを感じさせる響きがある。なぜなら、フィーリクスを守るようなことを言ったはずのあたしが彼から離れ、再び攻めに転じたから。彼女は攻撃を加えるべく左腕をあたしに、右腕をフィーリクスに伸ばす。彼女の持つ能力は侮れないが、やはり彼女は戦闘慣れをしていない。攻撃が単調なのだ。あたしはもはやそれを簡単に避けていく。フィーリクスはどうかというと、彼も、通常ではありえない跳躍を見せて腕を回避している。


「馬鹿な」


 フィーリクスは、服の下にヴィンセント達が来ているものと同じ、バトルスーツを着込んでいる。ここに来る途中、備品室で見つけたものだ。いくらあたしでも、こんなところに来るのに彼を生身で連れてきたりはしない。最低限動けるようにだけはしている。ヴィンセントやラジーブに道すがら簡単に使い方を教えてもらい、肉体強化に類する機能を使えるようにしてあった。それが今功を奏している。あたしとフィーリクスはクイーンを翻弄しながら彼女に迫る。


「あんたも、これでおしまいよ!」


 そういって放ったあたしの銃弾が、彼女の巨大な体の複数個所にヒットする。また警告音。魔力は残り五パーセント。でたらめに撃ったのではない。狙いはある。次の瞬間に彼女の四肢の付け根や体幹部の表面が粉砕され、鎧状態の彼女の本体がむき出しになった。

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