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10話 equilibrium-24

 嫌な予感が早速実現したか。彼の口から何が飛び出すのか。いい話じゃないのは彼の表情から明白だ。


「どうしたの?」

「今、携帯に繋いだイヤホンで、ラジオニュースを聞いてるんだが」

「げっ! それ大丈夫!?」


 予感したのは話の内容じゃなくて、また彼が操られてるかもってことだった!?


「安心しろ。変な音は聞こえない、普通のイヤホンだ」

「本当にぃ?」

「フェリシティ、ここはふざけてる場合じゃないよ。彼の話を聞こう」


 いや、フィーリクス。ふざけてなんかないよ、って言おうとして彼を見ると、これは非難のニュアンスも含まれてるね。そりゃもう真剣な眼差しでこっちを見てるもんだから、思わず口を閉じちゃった。……ふざけてないのに。いや、ダメだ。まだ妙な感覚を完全に払拭できてない。そのせいで彼に当たろうとしてるだけだ。


「本題に戻るぞ。街のあちこちに、相当数のモッダーが出現しているらしい。中には大型もいるみたいだ。どれもこれも、どこかへ移動をしている」

「どこかへって、どこへ?」


 ヴィンセントの答えは半ば分かりつつも、聞かずにはいられない。


「十中八九、ここだろうな」

「だよね……」


 あたし達の予想はまず当たるだろう。まずいね。いくら仲間を増やすといったところで、元からいる数は変わらないのだ。敵の増援が増えて一斉に襲われたら、エージェント達で抑えきることができるかどうか。汗ばんだ手を、ぎゅっと握る。


「分かった。急ぎましょ」

「まあ、そんな緊張するなって。何とかなるさ」


 あたしの肩にラジーブが手を置いた。それと彼の気楽な声。彼がこういうときにこういう調子なのは、目的がある。


「何とかって?」

「何とでも、さ。いざとなれば、この身を挺してでも君を、元の世界に返してやるって」

「ふふっ、あんたにそんな義理はないでしょ」


 彼の芝居がかった軽快な様子に、張りつめていた緊張が嘘のように解けていく。彼はムードメーカーだ。普段も、こういうときも、どこかおちゃらけたところがある。それが、たまにいらっとすることもあるが、大体はいいように作用するのだ。今回もそうだった。


「そう、冗談だよ。その役は、後ろの彼がやるって決まってるもんな」

「えっ、俺!? うわっ!」


 指名されたことに余程驚いたのか、踊り場の際に立っていたフィーリクスが、後ろにひっくり返りそうになる。慌てて手を掴んで引っ張って、抱き寄せた。至近距離で見つめ合う。


「そっ、そんな、俺は……。必要とあれば、やるよ」


 オウ、言ってくれるね。フィーリクスは若干赤面しながらではある。それでも、彼の決意に満ちたその引き締まった表情に、あたしがドキッとしたのは紛れもない事実。


「青春ごっこなんざやってる場合か。行くぞ」


 いい雰囲気をクライヴにぶち壊された。まあ、そういう場合じゃないか。フィーリクスと離れると、扉の取っ手に手をかけ、引く。


「安心してフィーリクス。あんたにそんな真似をさせるようなヘマ、しないからさ」


 あたしは彼にそう告げて、目的のフロアへと足を踏み入れた。


「何ここ?」


 だだっ広い。フロアの三分の一以上はあるんじゃないかと思える空間が、扉の先に広がっていた。照明の数と光量は多く、明るい。前にあたしが階段を使ったときは、この階を素通りして屋上に行ったからね。取調室や、捜査課の部屋など、MBIとSRBの建物はほとんど同じだった。どうも、ここに関してはMBIとは結構違う作りになっているようだ。ヴィンセントに意見を聞こうとして、三人が首を振っているのが見えた。


「すまないが、俺達にも分からない。こんな状態ではなかったはずだ」

「え、そうなの?」


 彼等も知らないうちに今の形になってる。SRBの皆は操られて、無意識下でこのフロアに近寄れないようにされていたのかもしれない。つまり、この先に本命がいるってことで良さそうだね。

 

「目指す場所、実験室はあの扉の奥だ。位置が変わっていなければの話だが」

「それより、どうも簡単には進ませてくれないみたいだな」

「強敵だろうが、やるしかねぇか」


 部屋の奥に、更に奥の部屋に続いていると思しき扉がある。その扉の前に陣取るように、数人のエージェントが立っていた。あたしが前にここに来た時に捜査課の部屋で見た、どこか見覚えのあるナイスミドル。高精度コンビネーションを見せるセオとダレンの二人。それから、あたしの世界ではスワットの隊長だったリュカと、その副隊長を務めていたサラがいた。


「まさか、さっき言ったことをもう実行しなきゃなんて、思いもしなかったぜ」


 ラジーブがそんなことをうそぶくが、その頬に汗が伝っているのをあたしは見た。確かにあのメンツは侮れない。ナイスミドルの実力は知らないけど、ヴィンセント達が特に彼を意識している様子があることから、相当強いんだろうということが分かった。それから、彼等があたしを先に進ませようとしていることも。


「隙を作る。先に行ってくれ。行って、クイーンを倒してくれ」

「頼んだぜ」


 ヴィンセントとラジーブの声を受けて、あたしは自分を奮い立たせる。そう、やってやる。何の憂いもなくこの世界から元の世界へと戻るために。


「任せて」

「負けたら飯奢れよ」

「フルコースでもてなすよ」


 クライヴの憎まれ口すら心地いい。ゆっくりと一歩踏み出し、次の瞬間には駆けている。向こうもそれに対応するように展開を開始する。フィーリクスを殴り飛ばそうと左後ろへ回り込み、拳を振りかぶったセオを、クライヴがタックルで吹っ飛ばす。直後にダレンのビームが飛来し、うまい、タイミングよくシールドを展開して弾いた。


 あたしに向かって右から突っ込んできたリュカとサラを、ラジーブが足を引っかけ転ばせる。これもそう簡単にはいかない。二人の動きをしっかりと読んでの足払いだ。


 それらの動きを見越して、影の様に音もなく近づいてきていたナイスミドルに、あたしは寸前まで気が付かなかった。チェックしていたはずなのに、いつの間に!? 滑らかな動きで突き入れられたビームソードを、ヴィンセントが同じくビームソードで、何と柄付近の辺りで切り飛ばした。そんなことができるのも、彼の技量ゆえか。


「いつもより剣筋に陰りが見えますね」


 ヴィンセントの語り掛けに、ナイスミドルは無言で刃を再生させ斬りかかる。その攻撃を敢えて正面から受けて、鍔迫り合いに持ち込んだ彼が叫んだ。


「今だ、行け!」

「皆死なないでよね! 目覚めが悪いから!」

「可愛い嫁さんもらうまで、誰が死ぬか!」


 クライヴの怒鳴り声が響く中、混戦を抜けて扉の前に張り付く。フィーリクスもちゃんと隣にいる。扉横のタッチパネルで開ける方式みたいで、彼が何やら操作し始めた。彼、機械に強かったっけ。「ごめん無理!」あ、そ、そう。となれば、よし。


「まどろっこしいね、ちょっとだけ下がって」

「オーケー」


 彼もここにきて、あたしが何するつもりかすぐに分かったみたいだね。飛びのいた瞬間パネルが弾ける。銃で撃った。扉は両スライドドアだ。隙間にエネルギーブレードを差し込みこじ開ける。少しばかり隙間ができたところで両手を突っ込み、「ふぬぬぬっ!」身体強化全開で押し開いた。見える内部は薄暗く、様子は分からない。意を決してフィーリクスと共にそこへ飛び込む。その瞬間に扉が閉じた。


「これは……」


 防音が効いてるようで、後ろの戦闘による騒めきが一切聞こえなくなった。これはどうやらあたしを誘いこむための罠だったか、と理解する。とはいえ、まあやることに変わりはないし、怖気づくこともない。あー、でもフィーリクスは別みたい。


「大丈夫よ」


 震えるフィーリクスの手を握り、目を凝らして辺りを見渡す。フロアの残り部分を丸々使っているらしい。かなり広い部屋の中央付近。果たしてクイーンはそこにいた。


「とうとう会えたね」


 どうしてクイーンを倒そうとしているあたし達が、当初の目的である実験室をほぼ真っすぐに目指していたのか。それは、インカムがそこで開発されたものだったから。何か細工をして、洗脳電波を送れるような場所は、そこしか考えられなかったから。


 ただ、ヴィンセント達には聞いていなかった。姿かたちは、さっきまで戦っていたロボットのようなタイプではない。予感は、的中した。どうして、彼女が選ばれたのか。


「こっちも待ちわびたぞ。まずは話でもしようか」


 見慣れた顔。その口から聞き慣れた声が、冷徹な調子で吐き出される。頭はいいけど、どこかに常識を置き忘れてきた、ちょっとマッドなサイエンティスト。でもあたし達の、いえ、こちらの世界ではヴィンセント達の頼れる大事な仲間。ゾーイその人が、あたしとフィーリクスを出迎えたのだった。

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