10話 equilibrium-23
あたし達は交差点近くを通りかかった車を、SBRの特別権限で徴用し、HQに向かっていた。ちなみにセダンタイプのもので、ラジーブが運転し、助手席にヴィンセント。後部座席に左からフィーリクス、あたし、クライヴの順に乗り込んでいる。
道すがら、あたしは超時短で経緯と目的をヴィンセント達三人に話した。フィーリクスの補足もあって、彼等の飲み込みは早かった。
「モッダーにとって危険だと判断した相手が、よりによって自分達に用があって、攻めてくるだなんてな。皮肉な話だな」
運転しているラジーブがそんなことを言う。まあ、確かにそうだね。ただ、あたしにとっても大変な話になる。大規模な部隊を編成してようやく解決したっていうネスト壊滅作戦を、少人数で遂行し、その中枢に乗り込んで、恐らくそこにいるだろうクイーンを含めた敵勢力の掃討を終わらせなければならない。それも、帰還するためのポータルが出現する時間に間に合わせる必要がある。増援を待っている暇はないのだ。
「ヤバいね。ヤバい」
「フェリシティ」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、フィーリクス」
でなければ。約束の時間に間に合わなければ。下手をするとモッダー達がポータルを通じて、あたしの元居た世界になだれ込む可能性だってあるんだから。むこうの出口はMBIのど真ん中だ。そこで殲滅できれば問題ない。MBIのエージェントだって簡単にやられはしない。でも、もしクイーンを逃がしでもしたら。モンスターやウィッチだけで手一杯なのに、そこに加えてモッダーまで溢れたら。世界が滅茶苦茶になっちゃう。それだけは阻止しなきゃならない。でも、もちろんそれだけじゃない。
「でも、できる。あたし達なら成功できるよ。ね、フィーリクス?」
皆にあたしの懸念を報告したら、真剣にあたしとあたしの世界のことも考えてくれた。
「ああ、俺達ならね。絶対にやれるよ」
この世界に来て、最初は独りぼっちだった。フィーリクスが最初に味方になって、ヒューゴとクロエも助けてくれた。今はヴィンセント達三人も仲間だ。彼等はあたしの力になってくれてる。あたしも彼等に、この世界のために尽力したい。報いたいのだ。そのためにもモッダーを、クイーンを倒す。
「一つ、いい知らせがある」
「それは?」
あたしの決意を知ってか知らずか、ヴィンセントが後ろを振り返らずにポツリと言う。
「さっきの話の、前の対モッダー戦争のことだがな。クイーンを倒したとき、その他のモッダー達のほとんどが、その活動を停止したんだ」
それってつまり、全ての敵を倒す必要がないってことか。極端に言えば、こっそり忍び込んでボスさえ倒せば勝利、ってことになる。いやいや、それは最初に言ってよヴィンセント。あれ、でもほとんどって、どういうことだろ。
「一部は生き残ったの?」
「その時逃げ延びた個体がいたんだ。何故か。それが特別な奴だったからだ。つまり、次世代のクイーンだったんだ。そいつが今回のボスなのかどうかは分からんが、可能性は高いと踏んでいる」
そっか、そういうことか。何ていうか、モッダーはアリ社会に似てるところがあるのね。しかもボスが死んだら後継者以外は部下も全員が死ぬっていう、同じ船に乗った運命共同体。超ブラックな勤め先だ。モッダーに生まれなくてよかったよ。
「さあ、着いたぞ」
ラジーブの声に顔を下げる。そんなことを考えてるうちに、車の天井を見上げていたようだ。さぁ、とうとうSRBの目の前まで来た。建物の南側、堂々と地上の真正面の入り口だ。車を降り、入口からやや離れた場所に並び立つ。
「ウー! お出迎えね」
ヴィンセント達のインカムに異常があったって知らせは、とっくにいっていたようだ。モッダーは人払いを自ら買って出たのか、あたりには通行人も車もない。目撃者を出すのを恐れてのことだろう。代わりに、エージェント数名とモッダーも何体か。エージェントを特攻要員及び肉の壁として利用しようってところか。そういうやり口は生来のものなのか、はたまた人間から学習したのか。ま、どっちでもいい。あたしにとってもこの方が都合がいいしね。
「一気に攻め込むよ!」
「「オウ!!」」
全員で突撃する。当然フィーリクスは陣形後部への配置でね。エージェントは知ってる顔ぶれが二人。知らないのが三人ほど。モッダーは、今までのと何か毛色が違う。メタリックに光らせたボディが眩しい。入口の左右に二体ずつで計四体。どれも同型で、四本の多関節の脚と二本の腕を持つ、上半身が人間っぽいフォルムの戦闘マシーンって感じかな。顔のあるべきところには代わりに歪な球体が乗っかってる。そこには複眼レンズが数個、それと何らかの武装だろう、多分またビームでも撃ってくるかなって感じの筒、銃口が一つ、備わっている。恐らく、何かに擬態せずにそのまま攻撃兵として成長した個体、とかだろうね。
あたし達は連中とまともにやり合う気はない。車の中で簡単な作戦を決めていた。クイーンを倒すための布石としての手段は二つ。一つ目、行く手に立ち塞がるモッダーを倒すこと。これは全部ぶっ壊すって意味じゃない。
クライヴとラジーブが先陣を切る。二人は何か装備を腰元から取り出し手に握っている。さっき使ってたビームソードの柄部分にも似てる。あれは何だろうと思った瞬間に、両端から半透明の何かがニュッと出て、上半身を覆える程のシールドを形成した。
「邪魔だぁ!!」
「食らえっ!」
二人はそれを用いて、激しいタックルをぶちかます。敵は正面突破もいいところなこの突入劇を想定していなかったのか。モッダーもエージェントもまともに反応できず、まとめて地面に転がされる。SRBはこんなのも持ってたのね。さっきの戦闘であたしに使われてたら、少々やっかいだっただろう。とそんな感想を抱きながら、転倒した敵の横を通過する。そう、壊す必要はない。道が開けばそれでいい。文字通り倒せばそれで一つ目の目的は果たされる。
ついでに走り抜け様にエージェント達のインカムを、ヴィンセント達にやったように、各自取り上げるか弾き飛ばして、これはきっちり破壊する。
「……あれ、俺は何でこんなとこに?」
「うわっ、モッダーだ! 訳は分からんが、倒せ!」
「ヴィンセント!? どうなってる!?」
これが二つ目の手段であり目的だ。洗脳されたエージェント達を元に戻していき、仲間を増やす。優先事項としては、一番目よりこっちのほうが優先度が高いかな。あまり遠回りにならない範囲でなるべく多く、を目指す。SRBの建物内には相当数のモッダーが潜んでいることが予想される。しかし、あたし達や正気に戻ったエージェント達にやられ、敵はその数を減らしていく。連鎖する波状攻撃、とでもいったところね。 モッダーは、戦闘要員として以外に、あたし達に対する人間の盾としてエージェント達を利用してるのだろう。ただそれが、諸刃の剣になることを教えてあげなきゃ。
「敵は中にいる! 他のエージェントに会ったら、インカムをぶっ壊してくれ! そいつ等も元に戻る。そこの敵は任せる!」
「分からんが、分かった!」
SRBエージェント達は優秀だね。マジで事情が分からず大いに混乱中だろうに、ヴィンセントに与えられた指示をこなすべく、無理にでも切り替えて動き出した。
「後はよろしくね!」
「誰がか知らんが任せろ!」
そういうことで、敵はあたし達の後を追うに追えず、彼等にサクッと倒されることでしょう。
「初手はまずまず」
あたしの後ろに付くフィーリクスが呟く。作戦の主な部分は、彼の発案によるものだ。
「ええ」
あたし達は建物内部に進入する。受付のカウンター内にいる男性もただの職員じゃない。インカムを付けた彼は、あたし達を確認するなり腰のホルスターから銃を抜いた。が、遅い。それでは間に合わないよ。あたしはその男性目掛けて既に突進している。そのままカウンターを飛び越え、彼にダイブした。
「ごめんね!」
カウンターの上に乗っていた物や椅子が激しく散らかる音、それから銃声。二人一緒になってカウンター内で倒れ込む。素早く立ち上がったのは、インカムを握った手を上に突き出したあたし。そのまま握り潰し、ガッツポーズに変えた。男性はというと床で伸びてるけど、まあそのうち目を覚ますでしょ。
「ごめんとかいう割には、笑顔が凶悪だろ……」
あたしを見て眉をひそめたクライヴが、そんな失礼な言葉を吐く。普通に勝ち誇ってるだけなのに。他のメンバーを見れば、皆一様にクライヴと同じ表情してるし。そんな訳ないでしょ、と反論しようとするも、今の音を聞きつけたか通路の奥から新手が現れる。先ほど同様のモッダー二体と、ほぼ人型だけど腕が異様に長いのが二体、駆けつけてきた。
「さて、こいつらは戦う必要があるな」
ヴィンセントの指摘通り、通路には敵をすり抜ける幅はない。無理に抜けようとすれば事故を起こすだろう。避け得ぬ戦闘になるようだ。できれば時間を使いたくないけど、向こうはそんな事情など知ったこっちゃない。だから、力は惜しまない。
「前進あるのみ!」
「無茶はするなよ!」
彼の言葉を背中に受ける。ただ、言うことは聞かない。多少の無茶とそのリスクは覚悟でここに来た。さあ、一番前にいる四足の奴がターゲットだ。ビームが幾本も飛んでくる中を華麗に避け、ナイフサイズに調整したブレードを用い、最速で斬りかかる。
「イイヤァ!」
袈裟懸けに真っ二つ。プシュンと音を立てた後に床に沈む。その頃には二体目の長い腕を切り落とし、返す刀で両足も切断している。胴体が地面に落ちるよりも速く、首もはねた。
「これあげる!」
宙に飛んだ頭を掴むと、もう一体の腕長君に投げつける。ナイスキャッチ! 反応は悪くないね。モッダーの生首と見つめ合ってるところに、ご褒美としてその首ごと縦一文字におろしてやった。
「おっと!」
残った四足があたしにビームを撃ち出す。頭の動きを読んでたあたしは、それを華麗に避けて。
「お前だけに美味しいとこ持ってかれてたまるか!」
あたしに続いたクライヴが、続けて撃とうとしていた銃口にビームソードを突き入れて相手を沈黙させた。
「横取り野郎に礼は言わないよ」
「いらねぇよ」
あたしと彼の二人ともニヤリと笑みを浮かべる。短いやりとりを残し、進攻再開だ。その後も何度も小さな衝突を繰り返し、勝利する。通路を行き、階段に辿り着く。一階分登っては、上のフロアで走り抜けながら出会った敵を倒し、襲い来るエージェントのインカムを破壊。違う階段からまた一階分上って、またモッダーを破壊し味方を増やす。大体同じことの繰り返しで順調に建物の上へ、奥へと進んでいった。銃声や爆発音、怒声などの戦闘を知らせる音は、あちこちから聞こえている。正気に戻ったエージェント達が奮戦してくれているのだ。流れは完全にあたし達にある。あとちょっとで目的を果たせる。
「フェリシティ」
なのに、何故か胸騒ぎがした。核心に近づくにつれ、まるで抜け出せない沼に沈んでいくような、光を照らしてもなお暗い闇の中に足を踏み入れているような、粘つく嫌な不安感がまとわりつく。
「返事をしろフェリシティ」
「へっ、何?」
最後の階段を登り終え、待ち構えていたモッダー数体を倒して目的階に到着した時だった。踊り場の、通路に続く閉じられた扉の前で立ち止まる。ヴィンセントの呼びかけに気が付かなかった。数度首を振る。戦闘に集中し過ぎてたってことにして、嫌な気持ちを無理やり拭い去る。
「もうすぐ目的の場所に到着だ。だが、どうやら更に急がなきゃならんようだぞ」




