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10話 equilibrium-22

「どういうこった?」


 クライヴの声は懐疑的なものだ。それもそうだろう。戦闘のプロ二人が苦戦しているこの戦況で、何かいい手を思いついたと、素人のはずのフィーリクスが言うのだから。


「何で君が、クライヴっだっけ、がまともなのか考えてた。それはまず三人の状態や様子の観察から始めたんだ。いくつかの考えうる仮説の中で、最も可能性の高い一つを、今からその考えに行きついた考察と共に話して……」

「ちょっとストーップ!!」

「えぇ……」


 面食らってるところ悪いが、敵の攻撃は続いている。それらの相手をしてるのはあたしとクライヴだ。手短に話してもらわないと、これ以上持たないっての。


「論点だけ言って! 何すればいい!?」

「おい! お前こいつを信じるのか!?」

「信じる!!」


 言い切る。フィーリクスを信頼してるからね。彼はこんな状況で適当なことは言わないし、冷静だ。パニクって変なことを言ってるんじゃない。彼に作戦があるっていうんなら、あたしはそれを信じて実行するだけよ。


「ありがとう。じゃあ簡単に言うよ? 二人のインカムをぶっ壊して! そうすれば二人も正常に戻る!!」

「オッケー!!」

「訳が分かんねぇ、ああクソッ! 俺はラジーブをやる!」


 あたしとクライヴは二人同時に動き出す。なんだ、クライヴも文句は言いつつやってくれるんじゃない。彼は宣言通りラジーブをターゲットに、銃中心の闘いに切り替える。発砲による牽制を繰り返している。モッダー達に詰められないように、ということだろう。


 あたしは狙いをヴィンセントに向ける。フィーリクスをほっとく訳にもいかないから、隙を狙ってやるしかない。クライヴ同様、銃を使い間合いの確保を図る。ヴィンセントは手強い。できれば接近せずに仕留めたいところだ。ただし、それを許してくれれば、の話になる。


「さぁ、この勝負はもらったよ!」


 とはいえ、弱気になんてなっていられない。精神的に弱さをさらけ出せば、そこから敵に付け入られるからね。多勢だろうが、相手が強かろうが、全力でチャンスを掴みに行くだけよ。


 その気概がモッダー達に伝わったのかどうか。さっきまで避けられてた銃弾が、当たりだした。今まで戦ってきて分かったことがある。彼等も感情がないわけではないらしい。少なくとも怒りらしきものは確認してる。そして今は、……恐れか。あいつ等、あたし達に恐怖してる?


 先に戦果を挙げたのは、クライヴだった。一瞬の隙を突いてラジーブに急接近し、そのまま駆け抜ける。手にしているのは、彼のインカム。地面に落とすと一気に踏み潰す。対するラジーブの方というと、それで動きをぴたりと止め、それ以上襲うことをしなくなった。


「一丁上がり!」


 彼も流れに乗ってる。この局面であたし達が勝つ流れを作り出してる。あたしもそれを加速させよう。ヴィンセントに、動揺する様子が見て取れる。僅かに動作に精細さが欠けた。それは、あたしが仕事をこなすには充分なものだ。最大限集中し彼のインカムを、撃ち抜く。最小限の威力のそれがインカムを彼の耳元から跳ね飛ばし、燃え上がらせる。インカムは地面に落ちて、やがてその機能が停止した。


「これでどうにかなる!?」

「だといいがな!」


 二人のインカムを壊したことで逆上したのか、残るモッダー達の攻撃が激化した。それは、死に物狂いと言える勢いのものだ。バイクはもはやミサイルを撃ち尽くし、機銃の弾丸も僅からしい。それでも諦めず、自身の質量を武器としてフルスロットルで特攻を仕掛けてくる。ゴミ箱野郎も己を構成する骨組みを一部組み換え、全身を棘だらけにする。死の抱擁をあたしにプレゼントしようと、ゴミをまき散らしながら抱き付いてくる。中世の拷問器具に、ああいうのがあったよね確か。


「冗談っ!」


 二体を避けたところで、次に吊り看板が刃を撃ち出して、投げナイフよろしくあたし達にお見舞いしてくる。文具モッダー達が、最速で突撃し辺り構わず爆発する。それらをフィーリクスを抱えて逃げ回り、あたしの後ろに回り込んでいたラバーポールが、あー、こいつはやっぱりあたしの尻を狙ってきたので、その口に威力強めの衝撃弾をぶち込んだ。


「クソ犬がっ!」


 爆発四散するラバーポールに満足していると、クライヴの叫びが上がった。見れば犬が後ろ足を一本失った状態でも勢いを衰えさせず、地面に倒れたクライヴの喉笛を食いちぎろうと彼にのしかかっている。それを彼は銃を使って必死に食い止めていた。


「今助ける!」


 慌てて駆け寄ろうとして、「それには及ばないぜ!」そんな声が聞こえると、同時に犬の横腹に飛んできたビームソードが突き刺さった。やったのは、ラジーブだ。もう、またしても美味しいところを人に持っていかれた。


「もちろん、俺を忘れてもらっちゃ困るな」


 銃声は二度。復帰したヴィンセントが、バイクのエンジン部分と釣り看板のど真ん中を的確に撃ち抜きとどめを刺す。ラジーブとヴィンセントの二人が、モッダーの残存戦力を次々に撃ち、切り倒し、見る間に敵の数を減らしていく。あたしもうかうかしてられない。ゴミ箱野郎に肉薄する。自然と、ニィ、と口の端がつり上がるのを止められない。


「さっきはふざけた真似をしてくれたね! お返しよ!」


 エネルギーブレードで切り刻む。金属の細い板を何度も断ち切ったため、その破片が派手な音を立てて地面に散らばっていく。断末魔の悲鳴を上げさせる間もない。体中に生えていた棘を切り落とし、本体も寸刻みにバラバラにしてやった。


「終わったね」


 よし、ラストはあたしの活躍で締めれた。辺りが静かになり、戦闘が終了したことを確認する。さて、肉体労働の次は頭脳労働ね。これまでに起きたことには妙な点が多い。これだけのモッダー達がいきなり現れたこと。ヴィンセント達がおかしくなって、インカムを壊したら元に戻ったこと。それらが何を意味するのか。ひょっとして、あたしの行動を妨害しようとしている? 考えすぎかな。


「フェリシティ、凄い活躍だったね」

「ありがとう。あんたもね」


 近づいてきたフィーリクスとハイタッチをする。彼が無事で何よりだった。本当はここに連れてくるべきじゃなかったんだろう。でも、彼がいてよかった。彼のアイデアに助けられたんだから。


「フィーリクス。さっきは適当なこと言って悪かったな。お前がいなきゃ、マジでやばかったぜ」


 クライヴも同様の感想を抱いていたようだ。それにしても、何で彼だけ襲ってこなかったのか、その理由が知りたい。


「役に立ててよかったよ。ところで皆、俺が今までまとめた考えを聞く?」


 だから、フィーリクスの考察も聞かなきゃね。ヴィンセントとラジーブも寄ってきて、彼が始めた話を皆で清聴した。


 フィーリクスはさっき戦闘中にあたしが言ったことと同じことを考えていたようだ。モッダーと人類は、人類側が優勢に見えてその実、モッダー達が人類の生活圏に溶け込み潜伏し、表向き均衡を保っていたのかもしれないと。そこへバランスを崩す要因となるあたしが現れたため、動き始めた可能性があるとも。


「それで、俺達が妙な行動をとっていたことや、それをどうにかできた理由は?」

「さっきまでは、自我がうすぼんやりとした状態だった。自分がやっていることを遠くから傍観してるような、妙な気分だったよ。今はすっきり爽快さ。どうやったんだ?」


 ヴィンセントとラジーブが口々に聞く。そこらあたりの考えも、フィーリクスは語ってくれた。偶然にしては色々なことが起こりすぎている。一連の出来事は、あたしを事象の中心として、モッダー達が起こしたものだとしか考えられないそうだ。あたしを危険視して排除しようとした。その駒としてSRBエージェントを使ったが、それが仇になった。


「今思えば、フェリシティの手柄なんだ」

「あたし?」


 ヒューゴの家から脱出する際、あたしがクライヴの落としたインカムを耳に当てて顔をしかめ、壊れたと言ったこと。それと、あたしが先程偶然彼のインカムを壊したのを、フィーリクスもちゃんと見て覚えてた。「偶然じゃねぇだろ。絶対わざとだ」クライヴの発言は無視。で、彼と、あたし達を襲った二人を隔てる外見上の差は、それだけだった。


「それで、インカムから洗脳音波みたいなものが出てて、君達を操ってるんじゃないかって思ったんだ」

「たったそれだけのことで、賭けに出たのか」

「こういうときは、よく当たるんだ」


 ヴィンセントは呆れた顔でフィーリクスやあたしを見てたけど、途中で笑みに切り替え頷いた。あたし達は、結果を出したのだ。彼があたし達を認めてくれたんだって分かった。


「その、フェリシティ。本当のところを言うと、お前達を襲った記憶はあるんだ。ロケットランチャーを撃ったこともな。すまなかった」

「俺も謝る。すまなかった。君等を殺しかけたんだ。本当、どうかしてたよ」

「俺は、撃ってないぞ。追いかけまわしただけだからな。……あーはいはい、分かってるって。悪かったな」


 ヴィンセントとラジーブは素直に、クライヴはなんかひねた態度で、それぞれがあたしとフィーリクスに向き合っている。思うところもあったけど、彼等が操られていたっていうんなら、仕方ないか。


「謝罪の言葉が聞ければ、それで充分よ」

「俺も」


 にっこりと微笑んでみせ、彼等を安心させる。さて、SRB本部に向かわなきゃ。今なら、ヴィンセント達だってあたしの帰還に協力してくれるかもしれない。ん、待てよ。モッダーはインカムを通じて彼等を操ってた。で、そのインカムってどっから来たものよ。


「皆和んだところで悪いんだけど。まだ一つ懸念材料があるんだ」


 あたしの疑問を解消するかのように、フィーリクスが難しい顔で話を再開する。


「君達を操ったモッダーが、SRBに潜伏してる可能性が非常に高い」

「何ぃ?」

「マジかよ」


 クライヴとラジーブが唸る。ヴィンセントも険しい表情になった。あたしも眉を寄せて考え込む。いい方向の考えは浮かんでこなかった。そりゃそうだよね。普通に考えて、外からそう簡単に操れるわけがない。やるなら、内側から。


「それで、続きなんだけど……」


 フィーリクスはあたし達が話の内容を噛み砕いたようだと踏んだようで、話を続けた。何に化けてるか知らないけど、SRB内に入り込んだ奴がいる。単独か、複数か。複数のモッダーが潜り込んでいると考えた方がいいだろう。その連中がインカムを通じてエージェント達を意のままに操っている。フィーリクスがその考えを皆に伝えると、ヴィンセントが後を引き継ぐ。


「数年前にモッダー達の大攻勢があったのは覚えてるか?」

「あたしそれフィーリクスに聞いたよ。どっかの街に造られてたネストを破壊したって」

「俺達も参加したんだ。激しい戦いだった」


 街一つを乗っ取ろうとしたモッダー達が、街の真ん中にあった高層ビルを丸々ネストに作り変え、人類に戦争を仕掛けた。この街や周りの都市からも増援を出して闘い、ネストを潰してそこのボス、クイーンを倒して平穏を取り戻したのだと、彼が語ってくれた。


「今回はどうやら、作戦を変えてきたようだ」


 SRBを秘密裏にネストと化して、その数を増やす。そして社会を、人類を裏から操る。皆はある日突然周りの全てがモッダーに変わっていることに気付くが、その時には全てが遅い。そんなことになるかもしれない。そう締めくくった。


「水面下に潜む方が効率的で、作戦完遂の可能性が高い、と判断したんだろう」


 これは、なかなか難しい状況になってきたね。一筋縄で解決できる事柄には思えない。いや、この事態は非常にまずいんじゃない? だって、約束の時間までは残り一時間を切ってる。


「フェリシティ、時間がない。急ごう!」

「ええ!」

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