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10話 equilibrium-21

 ヴィンセントは明確にあたしを狙って攻撃してきた。なのにその彼には今、表情はない。殺意だの怒りだのの感情が見られない。その異様さが不気味だった。


「何とか言ったらどうなの?」


 再び問いただしてみるが、回答は得られない。それどころか、三度攻撃をしてきた。また鍔迫り合いになり、今度はすぐに押し返せない。さっきは比較的簡単に押せたのに。力が、増してる!?


「もう怒ったよ! 許さないから!」


 SRBがあたしを始末しようとしているってことはよく理解したよ。でもだからって、こんなタイミングで、とはね。せめてモッダー達を倒して、街の安全を取り戻してからってのが本筋じゃないの。いや、あたしを狙ってほしい訳じゃないんだけどさ。


「はっ倒してやる!!」


 出力をあげて一気にやっつけてしまおう。魔力の残存量は、まだしばらくは持つ。思わぬ戦いが続いたせいで少々減っているが、もうすぐ帰れるんだから問題ない。


「んぬぬぬぬ……」


 待って、嘘でしょ。出力は最大値に設定してる。なのに押し勝てない。彼等の着ているバトルスーツはかなり高性能なようだ。あたしは驚いて、ヴィンセントの顔を間近で凝視する。その時、彼がニヤリと笑った気がした。


「あんた何を……」


 彼は、あたしを見ていなかった。こんな状態でよそ見とは一体どこを。そうつられて見た先に、誰がいるかを思いだした。煙が風に運ばれ、切れ目ができる。開けた視界で捉えたのは、交差点からやや離れてことの成り行きを見守っていたフィーリクス。それから、彼に駆け寄るラジーブと、その後を追うクライヴの二人の姿だ。


「何して……」


 二人は、ビームソードを構えて彼に迫っている。何をしようというのか。守るため? 否。ラジーブがその手に握る武器を振り上げる。


「ダメッ!!」


 血の気が引く。よろけそうになり、ヴィンセントに押される。


「やめて! フィーリクスは関係ないって言ったでしょ!?」


 そんなことを言っても、聞く耳を持つ奴等じゃなかった。ラジーブのビームソードが、無情にもフィーリクスの頭上に打ち下ろされる。クライヴも続いて彼に向けてソードを振っている。


「嫌ぁっ!!」


 どうすることもできなかった。あたしの愚かさを呪う以外は。景色がスローモーションで流れていく。あたしの無意識がそうさせてるんだろう。でもそれは、残酷なシーンを長々と見せつけられることに他ならない。斬られる覚悟で助けに向かえばよかった。どうして。こんなにも考える間があるのに、フィーリクスに手は届かない。


「あ……」


 フィーリクスも、反応できないでいる。彼にビームソードの輝きが近づいていって、彼を切り裂く直前で止まった。


「え?」


 止めたのは、クライヴだ。何が起きたのか分からなかった。それはヴィンセントも同じだったようだ。僅かに力が緩んだのがブレード越しに伝わる。膠着状態を抜け出すには今しかない。力を受け流し、地面を転がりながら相手の武器を避ける。


「どういうつもりだ、テメェ!!」


 取り敢えず分かっていることは二つ。その一つ、フィーリクスが無事なことに涙が出そうになる。それからもう一つ、これは重要なこと。三人のうち、クライヴだけは何かが違うみたいだってこと。


「ヴィンセントもだ! 何やってやがる!」


 クライヴが怒りに任せて哮る。いいよ、もっと言ってやって。


「おい、答えろよ! フェリシティはともかく、何で一般人に攻撃した!?」


 こらクライヴ、あたしはともかくって何なのよ。と、怒りは置いといて。にしても、ヴィンセントもラジーブも、普通の状態ではない。彼に対して言葉による反応は返さない。代わりに行動に出る。


「ちょ、待てこら!」


 ラジーブがクライヴに斬りかかった。ヴィンセントは引き続きあたしを相手にするようだ。で、モッダー達はというと、二人を襲うことをしない。ではどうなるかというと、あたしやフィーリクスやクライヴは構わず襲うわけ。どうなってるのか説明を要求したいが、それどころじゃなさすぎる。


「ふざけんのも大概にして!」


 思わず叫んでしまうが、それで事態が好転するはずもない。煙はすっかり晴れ、敵勢力の残りが明らかになる。ゴミ箱に吊り看板、文具少々にバイクと犬、それからラバーポール。あれは特に気持ち悪いね。


「邪魔よ!」


 さっきみたいにヴィンセントと鍔迫り合いをやってたら、横から連中にやられちゃう。まともにぶつかるのは愚策だ。吊り看板の強烈な速度と回転を斜めに弾き、走り込む。向かう先はフィーリクスとクライヴがいる場所。合流して守りを固める必要がある。クライヴ一人でフィーリクスを守りきれるようには思えないからね。って言ってるそばから犬が二人にちょっかいを出してる。クライヴは、ラジーブの猛攻を捌くので手一杯。あたしは、あたしなら間に合う。待ってて、今助けるよ。


「グルァアア!」


 犬が吠える。金属音の混じった、耳障りな声だった。奴がフィーリクスの首筋にその鋭い牙を食い込ませる前に、全部叩き折ってやる。そう気概を乗せて加速したときだ。


「グギャン!!」


 これまた不快な悲鳴を上げて、犬が地面に転がった。やったのはあたしでもなくクライヴでもない。それをなしたのは、なんと襲われた当人のフィーリクスだ。「へ?」間の抜けた声を発したあたしは急制動をかけ、振り下ろそうとしていたブレードをだらりと下げる。目の前に無事な姿のドヤ顔の彼がいる。どこに潜ませていたのか、木の棒を手にしていた。


「何で?」

「俺が弱いだなんて、誰が言ったのさ」


 あー、いや。無事でいてくれて安心したんだけどさ。何ていうか肩すかしを食らった気分だ。そっか、かっこよく助けるシーン、とかじゃないんだ。


「ちょ、おい! 二人とも! 和んでねぇで、こいつを、何とかしてくれ!!」


 ラジーブの乱撃に押されっぱなしのクライヴが、助けを求めてる。期待に応えちゃいましょう。


「ハーイ、ラジーブ!」


 何か感じたんだろうか。今まで反応を返さなかった彼が、攻撃の手を止めあたしを見た。


「ちょっと痛いかもよ」


 ラジーブの胸あたりに、横蹴りを決める。威力はそれほどじゃないが、表面付近で炸裂するよう足の裏に衝撃魔法を乗せている。その結果として、ラジーブが後方にぶっ飛ばされ盛大に地面に転がった。ダメージは、ないね。彼はすぐに起きあがる。ずれたインカムを装着しなおすと、一旦体勢を立て直そうというのだろう、ヴィンセントのいる場所へ素早く後退する。


「何なのよ全く」


 交差点の真ん中、二人の周りに残ったモッダー達が集まっている。これは総力戦と決め込んだかな。どういう訳か知らない。ただこれは、SRBとモッダーが実はグルだった、ってことだ。


「クライヴ!」

「おう、言いたいことは分かってるぜ」


 クライヴがあたしの横に並ぶ。彼は首は傾けずに、あたしに目線だけを向ける。更に頷いてみせた。


「あんた変よ!」

「はぁ!? 目ぇ腐ってんのか!」


 ありゃま、なんか怒ってるよ。こっち振り向いて凄く嫌そうな顔してる。あたしは当たり前のことを指摘しただけなのに。


「おかしいのはどう見てもあいつ等じゃねぇか!!」

「何言ってんの! あの二人はモッダーとつるんで、仲良くあたし達を始末しようとしてるじゃない! なのにあんたはこっち側に付いてる!」

「だから、モッダーと結託してんのがおかしいって話だろ!! 俺はまともだ! 脳みそまで腐ってんのか!」


 どっちが変なのか、言い合ってる場合じゃないか。ヴィンセント達が攻めてくる。あたしの後にいるフィーリクスも少しは戦えるみたいだけど対モッダー、対エージェントの戦力としては荷が重いだろう。二人で凌がなくてはならない。ちょっと、きつい。


 バイクの射撃を身を反らして躱し、ラジーブの素早いビームソードの突きをブレードで別方向へ弾く。ラバーポールがあたしの尻を狙って飛びかかってきたのを、回し蹴りで撃墜する。腰が入りきっておらず、攻撃が弱い。そのせいで倒すには至らない。舌打ちした直後に、飛んできたクライヴとぶつかって転んだ。


「何やってんの!?」

「すまねぇ、ヴィンセントに投げられた」


 間髪入れずに地面の下から割って出てきた三角コーンのドリルに驚き、あたしもクライヴも反射的に起き上がる。幸い今の隙でフィーリクスがやられることがなくてよかった。といっても、敵は待っててくれてる訳でもない。起き上がりに合わせて突っ込んできたゴミ箱のタックルを、各個別方向へ跳んで避ける。


「どうする、防御で手一杯だぜ? ヴィンセント達を殺すわけにゃ、いかねぇしな」

「とにかく耐えて、一体ずつ倒していくしかないよ!」


 その他のまだ無事なモッダー達の猛攻に耐えるが、クライヴの言うとおり、攻めに転じる間がない。打開案を考えあぐねていたところだった。


「いや。他に、一つ手はある」


 そこへ差し挟んできたフィーリクスの妙案が、この戦いの趨勢を決めることとなる。

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