10話 equilibrium-19
叫んだのはラジーブだ。いやぁ、見つかっちゃったか。彼等とは短い間に三度の遭遇を果たしたことになる。あたしも驚いたし、三人も驚きの表情をしているのをあたしは見逃していない。
「しかしまあ、浅慮甚だしいものだ」
「俺達から逃げられると思ったか?」
「もしそうなら、そんな甘い考えはとっとと捨てるんだな」
この人達、なんかすごく中ボスっぽいこと言っちゃってる。でもまあ、いきなり撃ってこないだけましか。
「さっき、『あっ』とか言ってたよね。つまり、たまたまここに食べに来て、あたし達を見つけただけってことでしょ? なのに、かっこつけちゃってさ」
相手が普通にご飯を食べに来て普通に見つかる。そういうパターンもあったのか。そこに気が付かなかったのはあたしもフィーリクスも、少し気が緩んでたかもだけど。それにしたって、呼んでなくてもトラブルは向こうからやってくる。MBIの仕事を始めてからはずっとそう。全くため息がでちゃうよ。
「あくびしてんじゃねぇ!」
「ため息ついてんのよ! その方がむかつくってんなら、それでもいいけどね!」
「このっ! ……やっぱクソアマだ」
「なっ、チンピラのくせに!」
「何だとコラァ!」
悪態をつくクライヴと悪口の応酬を行いながらも、あたしはそろりと立ち上がって警戒態勢に移行している。フィーリクスも食事の手を止め、同じく立ち上がった。三人があたし達の目の前まで歩み寄ってきたからだ。ただ、ヴィンセントはあたし達の態度に構わない感じで、話を始めた。
「取り敢えず、ことの経緯を説明しておこうか。俺達は通報を受けてあのショッピングセンターに行った。そこで俺達が得た複数の証言を元に、お前にたどり着いたんだ」
車が一台、数日前から駐車場に止めっぱなしだったらしい。センターの責任者がレッカー車を手配し、撤去しようとしたところで、突然動き出し正体を現したと。
「ヒューゴは自分でモッダーを倒したって言ってたんだよな」
ラジーブが説明を引き継ぐ。モッダーの残骸を詳しく調べたら、触手が鋭利な刃物で切断された後があった。それはヒューゴの装備にはないもの。つまり誰かが彼と一緒に戦っていた、ということ。
「君が最初に発見されたときの報告によれば、緑色の化け物を妙な剣で斬り伏せたとあった」
「あたしのエネルギーソードでね」
ラジーブが一歩引く。次はクライヴが喋る番だ。
「ヒューゴは誰かを隠そうとしている。それがすぐに分かったぜ。それが誰なのかもな」
「色々証拠を残しちゃったもんね、それは仕方ない。あたしが浅はかだった」
あたしと結び付けるのはとても容易なことだった。後はヒューゴの家であたしを拘束するだけの簡単なお仕事、と思いきや、あたしにあっさり逃げられた。危険な相手だと判断し、カーチェイスの末やむを得ずロケットを発射したのだという。
「へぇ、そうだったの。平和を守るって大変」
「だろ?」
そんなの聞いてあたしが納得すると思ってんのかこいつ等。ともすれば手が出そうになるが我慢よ我慢。あたしが何もせずに話を続けているのを見てか、ヴィンセントが感心したように漏らす。
「やけに大人しいな。報告と違う。うちの者を吹っ飛ばしたと聞いていたんだが」
大人しいのはそっちでしょ。とは言わないでおく。さっきはロケットをお見舞いしてきたくせに、今は理知的に会話を続けてる。今聞いた説明では説明になっていない。こいつ等の行動は本当に訳が分からない。ただ、もしこのまま穏便に済むなら、それに越したことはない。
「それってきっとエイジのことだよね。あれは悪かったって思ってる。でもニコだって脅しだけじゃなくて、本当にあたしに発砲してきたし、それに驚いてやっちゃったのよ」
「俺への謝罪は?」
ああもう、茶々入れてこないでクライヴ。
「はいはいごめんなさい」
「それ謝ってるつもりか!?」
「落ち着け。詳しい話はSRBで聞こう。それじゃあ、ご同行願おうか」
「ええ、元からそうするつもりでここまで来てたんだし、行くよ」
「もちろん、協力者である君もだ。フィーリクス」
「分かった」
取り敢えずヴィンセントに従おう。彼等に続いて店を出る。このまま捕まった振りをしてSRBに入り、頃合いを見て逃げ出せばいい。なんせ、それこそがあたしとフィーリクスが考えてたSRBへの侵入方法なのだ。元は堂々と正面から入っていって出頭するつもりだった。それがちょっと早まっただけよ。それからもう一つの懸念材料に関しても、今から解決してしまおう。あたしは少し歩いたところで立ち止まる。
「フィーリクスは一連の件には無関係。ヒューゴとクロエもだよ。罪は犯してない。フィーリクスには、あたしは家出少女ってことで家に泊めてもらってただけ。ヒューゴも同じ様な感じ。彼等は何も知らないの。ほら、テレビとかで何のニュースもやってなかったでしょ?」
報道規制を敷いていたことの逆手を取った方法である。彼等自らがあたし達にチャンスを与えることになっていたのだ。
「それは、確かにそうだ。少し待ってくれ」
ヴィンセント達は神妙な顔つきであたしの言い分について相談し、その内容を検討している。その隙を見てフィーリクスに頷いてみる。彼も複雑な顔をしつつも頷き返してくる。よし、このまま計画を続行しよう。
「フィーリクス、彼女の言ったことは、本当か?」
「……ああ、そうだよ。ショッピングセンターで彼女の正体が分かった後も、大人しくしていないと暴れ出すかもしれなかったし、仕方なく一緒にいたんだよ」
「そうか、それが本当なら、大変だったな。凶暴そうな彼女が、逃走を諦めてくれてよかった。だが取り敢えずは、話を聞かせてもらわなければならない」
誰が凶暴で暴れるのよ。いや、まあいいか。彼に対する疑いが晴れるなら、この際文句は言うまい。無理矢理納得してまた歩きを再開する。
「ところで、クライヴ。あんたのインカム、壊しちゃったみたいなんだけど」
「は? いや、壊れてねぇぜ」
「そう? 変な音してたよ?」
「そんなはずねぇ。正常に稼働してる」
「じゃあちょっと貸して。……あれ、何も聞こえない」
「当たり前だろ。ほら返せ!」
「ちょっと! まだ見てる……あ、壊れた」
「こっ、こいつ、ボッキリ折りやがった! どうしてくれんだよ! ええ!?」
「あんたが無理矢理取ろうとするからでしょ!」
通りを行きながら、そんなどうでもいいやりとりをしてる時だった。離れた場所から、爆発音が聞こえてきたのは。似たような体験を、ほんの数時間前にしたような。これは、いやーな予感がすんごくするよ。
「情報が入った。この先の通りでモッダーが暴れている」
ね、ヴィンセントが思った通りの報告をもたらしてくれた。
「ほら」
「何が『ほら』なんだ」
ラジーブに軽く睨まれる。別にあたしがモッダーを呼び出したってんじゃないんだから、やめてほしいね。
「何でもない。それよりどうするの? モッダーを倒しに行かなきゃ」
彼等は仲間内でまたもや相談しあう。結論はすぐに出たようだ。
「ついてこい。ただし、何もするなよ? もちろん逃げるのもなしだ。分かったな」
「ヘーイ」
そんなこんなで全員走り出す。モッダーがいるのは、ここから東方向へ二ブロック行ったところの交差点らしい。走って数分の距離になる。皆到着するまでは無言だった。
「これは……」
「ひどい!」
息を整えるフィーリクスが発した呟きに応じて、あたしは叫ぶ。現場は交差する道路がどちらも四車線以上の広い交差点。その四つある角の内一つはオフィスビル。一つは消防署。一つはアリーナを収容する巨大な商業ビル。残りの一つは交差点の一つ奥にある、今通り過ぎた劇場横にくっついて立てられている、小さなピザ屋が入ってるビル。入口に貼ってる張り紙によると、ピザ屋は最近潰れたみたいだけど。いや、今はそんなこといいか。
あたし達が目の当たりにしたものは、混乱を極める事件現場だった。叫び、泣き、ひた走りながら懸命に逃げる人々がいる。昼間のオフィス街だがこの交差点の様に、近くには多くの博物館や劇場がある区域だ。通行人も年齢層や格好は様々だった。街路樹や周りの建造物、及び駐車されている車にもかなりの損傷が出ている。あたしがショッピングセンターで見たときと同じような、いえ、それ以上の被害状況ね。
「モッダー!」
ヴィンセントが吠える。敵はあたしが戦った車ベースの蜘蛛型のものじゃない。ひょろっと細長い体から三対計六本の昆虫のような足に、縦に並んだ色の異なる三つの目だけが目立つ顔。これはまるで。
「信号機?」
「だね。弱そうだけど、周りのこれは全部あいつがやったんだ」
今奴の目の色は一番下、青色に点灯している。ダメージを受けていくと青から黄色、んでもって最後に赤に変わって力とスピードがアップ、なんてベタな展開はないでしょうね。
「早くやっつけなきゃ」
足は平べったく鋭利な刃物状になっているようで、街路樹等に切断された後が見られる。丁度事態をよく知らずに通りかかった車が一台あり、縦に真っ二つにされてしまった。それぞれ半分だけの車体はしばらく走った後、パックリと左右に別れて倒れ、ようやく止まる。なんとも漫画のような光景を見ることになった。
「許さんぞ!」
おお、ヴィンセント達が果敢に攻めに行く。さて、お手並み拝見といこうじゃないの。SRBの戦闘を見るのはこれが初めてになる。エイジやクライヴをはっ倒した時は、彼等が油断してたのもあって参考にはならないだろうし。うん、どれほどのものか見物だね。
はて彼等の得物は、あたしに向けて用いた銃か。あれはニコも使ってたし、SRBの標準装備なんだろうね。三人は散開し、別方向から僅かな時間差で攻撃を仕掛ける。あれはあたしでもやられたら嫌なやつだ。三方向から放たれる攻撃は死角が生まれやすく、避け辛い。
「何!?」
ラジーブの驚きの声。ほぼ同時の、それぞれ別箇所を狙った射撃。放たれるのは、赤いビームだかレーザーだかの光線。それをものともせずに躱したのが信号機モッダーだった。目は前方向にしか付いていないが、隠しセンサーでも搭載しているのかもしれない。
ただ、その程度で慌てるのがSRBではないようだ。三人は構わず射撃を続け、クライヴが敵に急接近する。
「おりゃあ!」
振りかぶる彼の手には何か握られていた。筒状のもの。その先端が光を発したかと思うと銃の光線と同じ色味を帯びた刀身が出現する。機械式のエネルギーソード、といったところだろうか。取り敢えずビームソードとでも呼んでおこう。
対する敵の反応も速い。足の一本を迎撃に用い、ビームソードにぶつけにいった。「うぉっ!」バジッ、って感じの音を発して反発し、弾かれ合う。そこへモッダーの二本目の足がクライヴの胴めがけて薙ぎ払われた。ただそれは宙を斬っただけに過ぎない。
地面を転がるようにして距離を取り、起きあがった無事な姿のクライヴを、あたしの目が捕らえている。敵の間合いの中で長居しない。当然のこととはいえ、瞬時にいい判断をしてる。彼が下がるとき、ヴィンセント達も即座に的確な射撃を行い、彼のフォローをしていた。うーん、こっちの世界でも、彼等を敵に回したら手強いね。
三人の中での相手に対する驚異度が上がったようで、攻め方を変えていく。ラジーブとクライヴが前に出て、ヴィンセントが後衛を務めている。前衛二人の連撃を、モッダーは六本の足を巧みに操り攻撃を捌いている。が、分が悪いようだ。見ればボディのあちこちに損傷が出ている。青信号をヴィンセントに撃ち抜かれ、代わりに黄色信号が点灯する。あー、やっぱそうなるのね。
モッダーはじりじりと後退し、やがて建物の壁際に。三人は、物理的にもう後がない状況まで追い込むことに成功している。よしっ、とどめの一撃をラジーブがっ、と思ったところで急遽中断する羽目になる。小型ミサイルが両者の間に複数着弾し、爆煙で目標を見失ったせいだ。迂闊に突っ込めばリーチが長い向こうにやられる可能性がある。
「くそっ、新手か」
ヴィンセントの言うとおりだった。ミサイルは信号機モッダーが発射したものじゃない。煙が晴れた先には、信号機モッダーを守るようにして新たに二体のモッダーが構えていた。




