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10話 equilibrium-14

 あたしの目が、ヒューゴの目をしっかりと捉えている。お互い目を逸らさない。二人の顔が、体が、真っ直ぐに向き合っている。それは彼の反応をつぶさに知るために。彼もまた同じ目的のために。


「さっきは助けてくれてありがとう」

「君だってモッダーを倒して多くの人を救ったんだ。報いがあったっていい話だろう?」

「かもね」


 再びヒューゴの家に上がったあたし達は、先程同様に応接間にてソファに座って彼と対面していた。今度はクロエも含め四人でだ。 


「さて、というわけで。あたしの力は十分に示した。だから、話を聞いてくれるよね?」

「もちろんだ。色々と聞かせてくれ」

「ええ。それと、さっきのヒューゴの武器を見て、こっちからも聞きたいことができたよ」

「だろうな」


 お茶も、口も付けずに置きっぱなしですっかり冷め切っていたものを、クロエに淹れ直してもらった。それをありがたく頂戴することにする。ん、おいしい。茶葉のグレードは並だろう。ただ、丁寧に抽出されたそれは持てるポテンシャルを最大限に引き出され、あたしに豊かな香りと味わいをもたらしてくれる。後で彼女に淹れ方のコツを教えてもらおうかな。


「こちらから先にネタばらしをしよう。実はな。随分前に既に、魔力そのものを観測することには成功していたんだ」


 そう言うとヒューゴも紅茶を口に含み口と喉を湿らせる。何から話そうか。そんな感じで一旦区切り、次の語句を紡ぐために視線を天井近くに逸らし思案している。話は本題にシフトした。ここからは更に気を引き締めてことに当たらねば。あれ、あたしってば珍しく話に集中してる。きっとあれこれあって成長したのね。ちょっとかっこいいとこ周りに見せてるんじゃない? って早速脱線してるか。ダメダメ、集中だ集中。ほらヒューゴが話を再開した。


「元々魔法は、伝説上のものに過ぎなかった。少なくとも、この世界ではな」


 何か長くなりそうな話だね。でも、そう。SRBは魔法を使っていなかった。彼等はモッダーの技術とやらも取り入れつつ、あくまで科学的なアプローチで戦術を組み立ててきたと聞いている。あたしが『魔法』という単語を出しても反応しなかった。でもだからといって魔法がない、ということではないらしい。さっきの戦闘中に気が付いたこと。それがそうだった。ヒューゴが例の武器を使った時、あたしの端末に入れていた魔力探知モジュール、MDDが反応を示した。僅かながら魔力を検知したんだよね。それはつまり、彼が魔法を使ったってことに他ならない。変な本を書いたり胡散臭いところもあるけど、彼は本物だった。さっきは疑ったりして悪かったかな。……ま、お互い様ってことで。


「私が魔法を見つけたいきさつは、長くなるから省こう。君にとって重要なのは、私がその後何をしたのか、ということだろう?」

「そう、まさにその通り!」

「何だ、妙に力がこもってるな」


 長話じゃないならありがたいという、知られたら怒られそうな思いのせいです、と正直には言えない。


「あはは、その、これから聞けるありがたーい話のことを思うと感極まっちゃって、つい」


 などとごまかしてみると意外や効果があった。ヒューゴがにこやかに笑みを浮かべたのだ。単純だなぁ、誰かさんに似て。誰かって? あたしよ、あたし。


「そうか? それは嬉しいことを言うものだ。若いのに感心だな」

「ヒューゴも十分若いでしょ?」


 これは流石に、見え透いたお世辞過ぎたかな。でも彼は笑顔のままだ。ひょっとして彼、あたし同様褒められ慣れてないのかもしれない。まあとにかく、機嫌よく話し始めた彼の話をまとめてみよう。


 当時SRBに所属していたヒューゴは、諸々あって魔法の存在を確信した。その後、早速魔法研究のための予算獲得に乗り出し、上層部に掛け合う。が、彼等は全く取り合わなかった。何故ならその頃丁度モッダーの技術を手に入れ、武器や防具など装備品の強化が順調にラインに乗り始めていたし、あるかないかその真偽すらよく分からない魔法に割く予算も時間もなかったためだ。


「時流に乗れなかった。それはまあ仕方がない。だが魔法の可能性を信じた私は、程なくしてSRBを辞めたんだ」


 それから彼は魔法の研究に没頭した。クロエの助力もあって魔力増幅器や魔法武器のプロトタイプを試作。ある時、SRBの無線を傍受し、彼らに先んじて現場に向かい威力を試した。


「結果は惨憺たるものだった。危うく死ぬところだったんだからな」


 まるっきり効かず、ピンチに陥ったところにSRBが駆けつけ難を逃れた。戦闘の後、改良や新たな武器の開発を続け、また試す。そんなことを度々繰り返したそうだ。


「そりゃヴィンセントもあんな風にげんなりするわけだね」

「そうだ。ん? 彼のことも知っているのか?」

「ええ。それに関しては、ヒューゴの話が終わった後、あたしの番が来たときにね」


 次第に研究予算が逼迫し、生活にも影響が出始めた。そのため研究の傍ら執筆業を開始。これが思いの外うまくいって資金繰りの問題は解消された。のはいいのだけど、次第に執筆業がメインに移っていき、研究に費やす時間が減っていったという。


「研究者としては誠に不甲斐ないことだが、私にもクロエにも生活がある」

「それでも研究は続けてる、でしょ? さっきクロエから聞いた」

「そうなのか?」


 ヒューゴは隣に座る彼女を見つめ、問いただす。といっても怒ってる感じじゃない。


「あなたが二人を家から追い出した後で、ちょっと話をね。余計なことだったかしら」

「いや、むしろ礼を言わねばな。彼女達を引き留めていなかったら、この目で彼女の活躍を見ることが出来なかったろう。流石は私の愛するクロエだ」

「ありがとう、でも二人の前では少し恥ずかしいわね」


 あーあー、見せつけちゃってくれてるよ。クロエも恥ずかしいとか言っときながら、二人して見つめ合っちゃって。二人の世界に入り込もうとしてる。あたしは軽く咳払いをすると、二人の注意をこっちに戻す。


「それで、さっき気になる単語があったよ。魔力増幅器とかってやつ」

「ああ、それなら」


 ヒューゴの数度に渡る観測の結果、こちらの世界の魔力は極めて希薄らしいことが分かった。そのため魔力増幅器をまず開発した。魔法武器を用いるのに接続したそれを使って辺りから僅かな魔力をかき集め、増幅する必要がある。十分に魔力が溜まったところで武器に充填する。そういう運用をしていると彼は言った。


「今回もあの一発を撃つのに使った。それで、それがどうかしたのか?」


 あたしは立ち上がる。


「ねぇヒューゴ。魔力増幅器をあたしに使わせて」

「何故だ?」


 腰に手を当て、胸を張る。


「これからその訳を説明するよ。それから、あたしの今までの活躍を教えてあげる!」


 ということで、今現在に至るまでのあたしと、あたしの世界のこれまでを彼等に披露する。フィーリクスには二回目の説明になるけど、興味深く聞いてくれた。ヒューゴとクロエもそう。身をテーブルに乗り出して話を聞いていた。


「それにしても私が捜査部の部長とはな。出世したもんだな」


 向こうの彼が何をしているのか聞かれて答えた時、感慨深げにヒューゴが呟いた。彼もSRBを辞めたことには思うところがあるのだろう。


「ねぇ、もう一人の私はどうなの? 今のところあなたの話には出てきてない」

「クロエはMBIにいない、とは言いきれないんだけど、中で見たことないや。そういやヒューゴの私生活って聞いたことないし、もしかして向こうでは、彼の奥さんだったりしてね」


 そんな感じで話の途中、二人からの質問の嵐に会ったけどね。そして話を終えて。


「君のこと、君の世界のこと、それと君の置かれている状況がよく分かった」

「よく今まで耐えてきたわね。心細かったでしょう」


 あたしはどういう訳か二人にハグされてた。悪い気はしないんだけどね。二人からの信用を勝ち得た、ってことだろうし。それでもあたしの知るヒューゴの反応とは違うせいか、どうも落ち着かないというか。二人があたしから離れて再び席に着く。


「いや、すまん」

「あたし達に子供はいないんだけれど。あなたのことを、そういう風に見てしまって」

「そういうことだ」


 あのヒューゴから、自分の子供を見るような目で? おお、ちょっと寒気がしたよ。風邪でも引いたかな。いや、冗談だってば。厚意はちゃんと受け取ってる。


「まああたしは、このフィーリクスに、精神的にも肉体的にも色々と頼ってる。落ち込みそうになっても、慰めてもらってる。彼はこう見えてなかなかやるんだよ?」

「「肉体的に!? 慰める!? なかなかやる!?」」


 ん、二人は何驚いてんだろ。いや今の声、フィーリクスもハモってたな。三人とも目を見開いてあたしを見るもんだから、あたしだって驚いちゃったよ。


「な、何? あたし何か変なこと言った?」

「見ろクロエ。彼女平然としてるぞ」

「最近の子は進んでるのね。それとも彼女の世界がそうなの? フィーリクス?」

「おっ、俺は! そのっ! そんなことは決して!」

「ふむ、彼は顔が真っ赤だ。どうやら後者のようだな」


 ヒューゴとクロエは納得がいったように頷き合い、フィーリクスは俯いている。あたしだって、そっち方面の知識がない訳ではない。彼等を見て、あたしもようやく自分がとんでもない発言をしたことに気が付いた。


「あ、ちっ、違ーう!!」

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