10話 equilibrium-13(挿絵あり)
人々が助けを求め逃げまどっている。店が次々と破壊され、窓から炎と煙が吹き出す。車が踏みつぶされ、爆発する。それをなしているのは蜘蛛だかタコだかのような形の機械だ。いや、機械生命体モッダーか。そいつの胴体はどこかクラシックカーを彷彿とさせるシルエットをしていた。八本ある長い蛇腹の多関節の脚、これはどっちかっていうと触手かな、尖端に三本指の鋼鉄製マニピュレーターが備わるそれらを自在に操る。極めつけは頭部から怪しげな熱光線を放つ。そうやって破壊の限りを尽くしている。
「ヘイ! 随分好き勝手やってくれてんじゃない、クソタコ蜘蛛野郎」
あたしの声の調子が、悲鳴を上げるばかりの買い物客や店員達と違って冷静だったからなのか、それともその内容を理解しているのか、それはどうかは知らない。車型モッダーが、その動きを止める。ゆっくりと振り返り、頭部に複数あるレンズ全てであたしの姿を捉えた。
「蜘蛛は嫌いじゃないんだけどさ。タコも、食べるのは好き。でもあんたはどうも気に食わない。スクラップにしてやるから、覚悟しなさい!」
「ギュオァアアア!!」
雄たけびか、はたまた彼等の言語か、耳障りな金属の擦過音にも似た奴の『声』が響き渡る。今のは明らかにあたしの発言に怒ったような感じだった。いや、分かんないから適当に考えてみただけ。
「かかってきなさい!」
まだ、逃げ遅れた人々がいくらか残っている。彼等にモッダーの注意がいかないよう挑発を続ける。銃を取り出し、試しに一発奴の側頭部に向けて撃ってみた。弾丸に用いた魔法は、衝撃だ。機械なら効くでしょ。よしっ、魔法弾は狙い違わず命中。
「マジ!?」
非常に硬く甲高い金属音が聞こえ、それだけだった。敵に目立った変化はない。触手のうちの一本で当たった箇所をポリポリとかいているくらいか。
「ふざけてるよね?」
全くダメージがないことに対する驚きよりも、相手の態度への怒りが勝った。なめてかかってるのかな。なら、やってやろうじゃない。銃を連発して横に走り込みながら相手の隙を窺う。市民たちの避難は、オーケー、まだ数名残ってるか。効かないと知りつつも更に銃弾を放ち敵を人気のない方へと誘導していく。駐車場の真ん中あたりで立ち止まった。
「そろそろ、いいよね」
魔力を身体強化に注ぎ込む。あたしはこれまでの訓練や戦いで、許可されている出力限界の五十パーセントまで使いこなせるようになっている。職員レベル1だとそこまでしか出せない。それでもウィッチのミアを、彼女の油断があったとはいえ打ち倒せるくらいに戦闘技術を向上させた。だから構えて、突撃する。
「ィイイイヤァアア!」
敵の胴体の高さまで跳び上がり、斜め回転しながらぶち蹴る。大きく鈍い金属音と、とにかく硬い感触。モッダーはよろけ、たたらを踏む。見たところこれも効いていないように見える。でも、無理って感じじゃない。何か手応えがあった。いや、蹴っててあたしの足も痛かったのは間違いないよ?
「フェリシティ!」
遠くからフィーリクスの叫びが聞こえる。ここへ来て彼やヒューゴ、それにクロエが到着した。車を駐車場入ってすぐの場所に止め、ヒューゴとクロエが何か重そうなものを運ぶのをフィーリクスも手伝っている。あれって、ヒューゴが言ってた装備だろうか。
「おっと!」
横から勢いよく迫ってくる触手をバックステップで下がって躱す。あたしの目の前を通過した触手が振り抜かれた。危ない危ない、今は彼等に構ってる暇はないね。触手は一本で終わらない。多方向から次々と繰り出される薙ぎ払いや突きを、掠るか掠らないかの紙一重で避け腕で打ち払いいなしていく。質量は凄まじいけど、スピードはミアの比じゃない。
「ワオ!」
触手だけでなく、頭部をこちらに振り怪光線も浴びせてきた。確かに速度は速い。なんせ光速だし。ただし、狙いを付けるのが甘い。撃った頃にはあたしはそこにいない。体を捻って飛び上がり光線を最初から避けている。「ヤッ!」エネルギーブレードを取り出し、襲い来る触手の一本をぶった切って着地した。触手は乾いた音を立てて地面を転がり、機能を停止する。おっ、こっちは胴体と違ってまだ柔らかい。刃が通る。ふぅん、それに蒸発して消え去ることなく残骸が転がったままだ。実際の物質で構成されてるってことだね。やっぱり、あたしの世界のモンスターとは違う。
「よっしゃ、次ぃ!!」
更にもう一本、上から叩きつけられたそれを、右上方へ跳び上がりながら切り上げる。空中で体を捻じり、また光線を避けていく。あたしの独壇場っていっても過言ではない戦況だ。
「充填完了、発射!」
横目に見れば、ヒューゴとクロエが二人掛かりで大きな銃のようなものを構えていた。彼の号令と共にその先端部分から放たれたものは、目に見えてやばそうな稲光を伴う淡い青色の光線だ。それが胴体部分に当たると激しく稲妻と光が散乱し、弾けた。眩しさに思わず目を腕でかばう。その時あたしはあることに気付いた。それについて思うところがあったが、それは今言及することではないため思考の隅に追いやることにした。
収まったところでどうなったかの確認を取る。当たった箇所には握り拳ほどの穴が空き、内部から黒煙を吐いている様が見受けられた。
「ヒュー! やるじゃん!」
「一発しか撃てん! 次に充填完了するのは二分ほど後だ!」
「ありゃりゃ」
ずっこけそうになるが、でもそれで十分だよ。文字通りの援護射撃を受け、あたしはモッダーにとどめを刺しに行く。奴はどこかにショートを起こしたか、痙攣するような動きを見せた。ろくに動けない敵に、その美味しい状況に、あたしは渾身の一蹴りを放つ。
「ハィイイヤァッ!」
使った魔法は炎。大量の熱量を相手の内部にぶっ込んでやったぜい。モッダーは内部から熱せられ、体が何カ所も歪に膨らんでいく。さっき空いた穴や、あちこちから赤い光が漏れ出した。やがて耐久限界を超えたか残った触手が力を失い、胴体が地面に大きな音を立てて落下、直後派手に爆発した。
「嘘だろ、どんな力で蹴ったらこうなるんだよ……」
モッダーが完全に沈黙し安全になったとみたか、フィーリクスがあたしの傍に来てそんなコメントをぽつりと呟く。武装解除するあたしの姿を見る目に怯えが混じっているように見えるのは、きっと気のせい。
「フィーリクスも来てくれたんだ」
「ああ、ヒューゴが君の説得役にって。そうでなくても俺も心配だったし。必要なかったみたいだけどね」
そういうことにして、あたしも彼の方に一歩近づく。彼の肩に自分のをくっつける。人肌が安心できるのは、その相手を信頼してるから。もう少しだけ彼に体重を預ける。彼はあたしから遠ざかったりはしなかった。
「いいえ、ありがとう」
もう少しそうしていたかったけど、そうもいかないよね。さて、戦闘を終えて。驚いてばかりのヒューゴに振り向く。彼を見つめて反応を待った。
「まさか本当に、君が言った通りの人物だったとはな。その、無碍に追い返したりしてすまなかった、んだが、ドヤ顔をするな。微妙に腹が立つ」
流石ヒューゴなだけあってすっかり心を入れ替えた、とは言い難い返しをする。それでも最初に比べれば大分ましになったように思える。これなら、あたしの話を素直に聞いてくれそう。それに、こっちからも聞きたいことがいくつか増えた。まずはそのうちの一つから解消していこうかな。
「ねぇ、ところでどうしてモッダーが出現したって分かったの? 爆発音は聞こえたけど、その確証はなかった」
そう、彼は確信があるように言ったんだよね。そこに至った何かがあるはず。何か情報網を持ってるとか、何かしらモッダーが出す信号を補足できるとか。
「ああ、それはだな。SRBの無線を傍受した」
「いっ!? それって違法じゃないの!?」
「そうだが? 一番近くにいるチームが、ここに急行すると言っていたな。まあ、皆には内緒にしていてくれると助かる」
「そ、そう。分かった。いえ、それより、ってことは今すぐにでも彼らがここに来ちゃう!?」
「何かまずいのか?」
いやー、まずいどころじゃない。他の質問は後回しだね。
「あたしはあいつ等から逃げてるのよ! 早くこの場から逃げなきゃ!」
「もしかして、しばらく前の無線通信であった、捜索中のテロリストって君のことなのか?」
話をしてる暇はないってのに、……いやちょっと待って今ヒューゴは何て言った。テロリスト。そう聞こえた。そういえば、SRB内でグレースがテロがどうのこうのとか言ってたような。まさかあの時ちゃんと否定しなかったからそういう扱いになってる、なんてことはないでしょうね。
「テロリストなんかじゃないけどそうよ!」
「そうか、早く私の車に乗るんだ」
「あたしをSRBに突き出す気!?」
急な彼の指示に警戒する。彼も元とはいえSRBの一員だった。なれば、彼等に協力するのも不自然じゃない。
「何!? 違う、車に乗って隠れろと言ってるんだ」
「匿ってくれるの?」
「ああ、まあそうだ。それに私としてもあまり彼等に会いたい訳じゃないからな。とっととこの場所を去りたい」
そういう推察をしたのだけれど、彼の言葉の続きはその考えを覆すようなもの。といっても、あたしを安心させるための嘘の線はある。彼を、信用すべきなのかな。判断に迷ってフィーリクスを見る。
「彼の言うとおりにしよう」
「はぁ、しょうがないか」
フィーリクスはあたしの聞きたいことが分かってたみたい。あたしの顔を見て頷き、聞かずとも答えが返ってきた。あたしのことを理解してくれている。
「おい、迷っている暇があったら行動しろ! ……君は、そういうタイプの性格だろう?」
ヒューゴがニヤリと笑いかけてくる。そっか、彼もだったか。と、そんなことを言ってる間に、遠くから複数のサイレンが聞こえてきた。程なく警察に消防と救急、それにSRBの車両が到着する。もちろんその頃にはあたしはヒューゴの車の後ろに乗り込み、身を低くして周囲の様子を窺っている。
「やぁ、こんなところで会うなんて奇遇だな」
「本当にそうですね。これが偶然ならね。何をしてたんで?」
うわーお、ヒューゴと話をしてるのヴィンセントじゃん。それにラジーブに、クライヴまでいる。彼等は優秀だ。ヴィンセントとラジーブのコンビは言うまでもない。クライヴもあたしの世界の彼なら、侮れない判断力と行動力があることを知っている。こっちでも先の二人と組んでるってことは、それだけやり手だからだろう。
「ここにはスーパーマーケットがある。ただの買い物だ」
「買い物、ねぇ。ところで、そこに見えるのは何でしょうね?」
顎でモッダーの残骸を指し示すヴィンセントに対してヒューゴはあくまでとぼけ顔だ。彼も役者だね。
「さぁ、何だろうな?」
「ごまかそうとしても、無駄なのは分かってるでしょうに。どうせまた無線を傍受してここに駆けつけた、ってところだと思いますが」
未だ煙を上げるスクラップに、ラジーブが近づいていく。クライブは付近に避難していた店や客に話を聞こうというのだろう。敷地から離れた場所で遠巻きに見ていた群集のほうに向かっていた。
「それにしたって、まさかモッダーを倒せるとは思っていませんでしたよ。これはまあ見事なものだ。こんな完膚なきまでに破壊してしまうとは」
「私も進歩している、というわけだ。用が済んだなら帰るぞ。後はよろしくな」
「ちょっと! ……ああもう」
これは、マジで長居はしない方がいいね。ヒューゴもそう判断したんだろう。半ば強制的に、さっさと会話を切り上げて運転席に乗り込むとすぐに車を出した。二人のやり取りによるとどうやら彼は『常習犯』のようで、モッダーとの闘いにちょっかいを出すのは何度もあるような感じに見えた。
「バァイ」
走り出してからちょっとして、車の後部座席から頭を少し出してリアウィンドウを覗く。ヴィンセントから遠ざかっていく。彼は見えなくなるまでずっとこちらを見つめていた。彼の鋭く厳しい表情は、あたしの知る彼のものではなく、どことなく機械的な印象を受けるものだ。ヒューゴの家に着くまでそれが頭から離れなかった。




