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10話 equilibrium-12

 数十秒後、玄関ドアの前に、ヒューゴに追い出されたあたしとフィーリクスの姿があった。あー、どういうこと?


「ちょっと! 話を聞いてよ! 本当なんだって!」

「頭のおかしい奴とする話などない!」


 ドア越しにそうやり取りして、それっきり。僅かに隙間が見えていたドアのブラインドすらしっかりと閉じられる。彼が奥へ去っていく足音が聞こえてくる。


「待って、待ってよ!」


 あたしの名乗りの後、急に不機嫌になった彼にいきなり退出を命じられた。クロエが止めてくれたんだけど聞く耳持たずだった。


「フェリシティ、ここは出直そう。俺の先生にもう一度頼んでみるよ」

「ヒューゴったらふざけないでよ! やっと掴んだ手がかりかもしれないのに! こうなったらフィーリクスのときみたいに魔法を見せてやる!」

「頼むから落ち着いて! 暴れたりしたら、たとえ力を認められても協力してくれなくなるよ!」


 むかっ腹が立ったので、ドアを蹴り破ってでも文句を言ってやろうと思ったのに。フィーリクスが必要以上の力で後ろからあたしの腰辺りにしがみついてくるんだもん。おかしくなって笑っちゃった。


「はぁ、あんたを見てたら落ち着いた」

「え、そ、そう? ならいいんだ」


 いや本当、彼には助けられてる。嫌味とかじゃない。これまでもそうだし、今回のヒューゴとの面会もそう。今もあたしを精神的に支えようとしてくれてる。それが嬉しくてね。


「で、いつまであたしに抱き付いてるつもり?」

「う、あ、ごめん!」


 でも、からかいたくなる気持ちは抑えられません、と。慌ててあたしから離れるフィーリクスに振り返り、ニヤリと笑って見せた。彼もそれであたしが嫌がっていた訳じゃないのが分かったみたいで、小さくため息をつく。その彼を見たあたしは数歩道路側に歩いて彼を追い越し、立ち止まる。


「ヒューゴはね、あたしの世界ではMBI捜査部の部長。あたしのボスなんだ」

「そうだったんだ。それで君は妙な態度だったんだね」

「まあちょっと、慌てた。にしてもさ」


 先程の面会で得た感触を元に、考えをまとめる。フィーリクスもあたしの横に並んでまっすぐに立った。


「何?」

「こっちの彼を見て思ったの。彼に頼っても、しょうがないかもしれないね」

「それはどうしてさ」

「だって、変な本ばかり薦めてくるし、今はあんまり魔法の研究してない、って感じだった」

「確かにそこは、ちょっとがっかりしたかな」

「だから、そこまで期待はしない方がいいのかもって思えたんだ」


 直後、背後でドアが開かれる音がした。まさかヒューゴ!? 二人して慌てて振り返る。


「フィーリクス、フェリシティ」

「クロエ! ヒューゴを怒らせちゃった。ごめん」


 今の会話、彼女に聞かれちゃったかな。本人よりはましだけど、気まずい。でも彼女は表情を崩さず、最初と変わらない様子で接してきた。


「いえ、いいのよ。ただ、彼は自分がバカにされたと思ってるみたい。何を言ったの?」


 ヒューゴをバカにした覚えはない。ただ誰かの発言をどう受け止めるかってのは、人それぞれだよね。何が彼の逆鱗に触れたのか、あたしには分からない。玄関を出てドアを閉めるクロエに慎重に答えを返す。


「先に言っとくけど、あたしは真面目だし正気だからね。ヒューゴにはこう言ったの。あたしは別世界の住人で、魔法が使える正義のエージェントだってね」

「……ええ、まあ、彼が怒った理由が分かったわ」


 一瞬彼女までもが絶句したのは何でだろ。あたしは正直に言ったまでだよ。


「彼も今は執筆業が主とはいえ、研究を諦めたわけではないの。ただ、あなたは本気。そうよね?」

「当然! 証拠もあるよ! 彼がそれを見てくれたらいいんだけどね」


 さっきの会話はばっちり聞かれちゃってたみたい。しかしあたしは胸を張って彼女に答えた。クロエは困ったように微笑みながら、腕を組む。


「彼も頑固なところがあるから。……あたしからも、あなたの話を聞くようにもう一度言ってみるわ。さっきはダメだったけど、少し時間をおけば彼も落ち着くでしょう」

「ありがとう!」

「ちなみに証拠って、どんなものが?」

「ええとね、こんなのとか」


 何もない空間から銃を取り出す。銃弾に冷凍魔法を選択する。出力弱めに、適当な地面に向けて放つと、撃った地点を中心に半径一メートル程の場所が瞬時に凍り付いた。それを見たクロエったら、目を丸くして驚いてるよ。


「凄い……。それって本物なの?」

「へへっ、まあねぇ。って言っても、本当はあたしの力じゃないんだけどね。実はあたしの持ってるこの端末が……」


 あたしが得意げに解説しようとしたその時だった。遠くで爆発音が聞こえた気がした。あたしの気のせいかと思ってフィーリクスとクロエの反応を見ると、彼らも同様の行動を取っていた。


「今何か聞こえたよね?」

「何だろ? 普通じゃないよね」


 フィーリクスが不安そうに辺りを見回す。木々に囲まれたこの場所では少し離れた場所でも何が起こったか分からない。が、およそ閑静な住宅街には似つかわしくない音だったのは確か。あたしの勘が告げてるね。これは、何か戦闘になる兆候に違いない。そう勘案した矢先、再び爆発音を耳に捉えた。


「もしかしたら、近くでモッダーが暴れてるかもしれない」


 クロエのその言葉があたしの考えを補強する。これは、いよいよあたしの出番かもしれない。何て想像していると、ドタバタと慌ただしい足音と共にドアが勢いよく開けられ、ヒューゴが現れた。よく見ると彼は何らかの武器のような、計器のようなよく分からない機械を携えている。


「モッダーが出現した。クロエ、準備を。出発するぞ!」


 彼は何か期待に満ちた、どこか少年が持っている純真ささえ感じられる表情を浮かべている。それと同時に野望に燃える黒い笑顔にも見えた。


「何だ、君等はまだここにいたのか。さっさと帰りなさい」


 が、それもあたし達の顔を見るまで。げんなりしたようにそう言って、あたし達に向けて手で追い払う仕草をした。


「何で?」

「危険だからだ。君等はただの一般人だ」

「本当にモッダーが出たんだ。心配してくれるのはありがたいんだけれど、言ったじゃない。あたしには力があるの。だからモッダーと戦うよ」


 彼の目をしっかりと見る。今はそこに怒りの色はない。困惑したように眉を軽くひそめて、口を真っすぐに引き結んでいる。


「君はまだそんなことを……。とにかくじっとしていてくれ。私とクロエは車で向かう」

「場所は?」

「言わないと開放してくれそうにないな。すぐ南にあるショッピングセンターだ」

「えーと、あった。すぐ近くじゃない」


 今日までの間に確認していたことがある。その一つに、この街の構造はあたしの世界のものとほとんど一緒、ってのがあった。だからあたしの端末に入ってるマップ情報でも十分使える。HUDに表示されているそれを見ると、確かに近くにショッピングセンターがある。あたし達が登ってきた丘の麓辺りになるだろうか。


「そうだ。ここからだと直線距離では数百メートルだが、線上に道路がない。そこの獣道を使えば近いが、装備を運ぶためには車がいる。君達もここに来るときに通っただろうが、大きく迂回して進まねばならん」

「車ならね。あたしは違う。だからあたしは先に行くね!」

「おい待て! くそっ、本当に突っ込んで行くとは。正気なのか!?」


 失礼なことを言うヒューゴと他を置き去りにして、あたしは獣道を行く。木々の合間を疾走する。下り斜面になっているそこを繁みをかき分けながら数十メートルも進めば、一つ下側にある住宅街の駐車場に出た。それでもって、丁度近くの車に乗り込もうとしていた女性に不審がられた。ま、そりゃそうだよね。


「驚かせてごめんなさい!」


 彼女の横を走り抜けながら再確認したマップによると、そこから道路に出れば現場まですぐだ。っていうか自分の目で確認した。魔法で加速した状態なら、道路をいくらか行けばすぐにショッピングセンターが見えてくる。戦闘に備えて走りながらレティとバトルアーマーを自動装着し、さらに加速。


 ショッピングセンターはネイバーフッド型で、広い場所に小規模な店が複数集まってできているタイプのもの。土地は球場のような扇形で、建物は平屋建て。ホームベースが位置する場所に角が来る、真北からは僅かに左に傾いたL字をしている。残りの場所は二、三百台は止められそうな駐車場で、守備で言えばライトが守る辺りにガソリンスタンドが一軒離れて建っている。扇の曲線部分に沿って道路が走っており、二、三か所入り口が設けられている、ってところ。


「っ! 急がなきゃ!」


 そしてその場所に、火の手が上がっていた。

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