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10話 equilibrium-10

 SRBのエージェントが去った後。あたしもフィーリクスも押し黙ったままだった。飲み物を入れ直し、再び二人でソファに腰掛ける。一口二口飲んだところで、先に口火を切ったのはフィーリクスの方だ。


「それにしてもSRBの嗅覚は凄いね」

「んんー、あぁもう! 正直に言う。それはね、あたしのミスでもあるんだ……」

「ワオ、急に落ち込んだ。……話を聞くよ」


 そんな気があるのかどうかは知らない。ただ彼に責められているような気がした。向き合うべき時なのだ。


「あのね……」


 あたしはフィーリクスにSRBでの自分の失態を語った。最初にここに来たとき、恥ずかしいし問題ないだろうと思って言わずにいた部分だ。思えばあの場所で、いえ、ポータルを抜けてディリオンを見かけてから取調室で聴取を受け、逃げ出したところまで。あたしの行動全てが失敗だった。特に悪かったのが、彼らに対して散々フィーリクスの名前を出してしまったこと。途中で気が付いたとはいえ、別世界に来てるなんて思いも寄らないし仕方ないでしょ、とは言いたい。ただそのせいで、恐らくはSRBはこの街に住んでるフィーリクスという名の人物全員を訪ねる結果になった。そして、この家にも彼らが来た。それは大いに反省すべきところなのだ。


「それは、まあ軽率というか何というか……」

「なぁに?」

「いやぁ、何でもない!」


 じろりと睨んでやると、余計なことを言おうとしてた彼が大人しくなった。……八つ当たりだ。ああもう、分かってるってば。余計じゃない。正当性しかない。


「ごめん。ただでさえお世話になってるってのに。あたしの軽はずみな行動で、あんたにとんでもなく迷惑をかけた。どう埋め合わせをしたらいいか分からない。だから、あんたの率直な意見を聞かせて。何でも言うこと聞く」


 今すぐにでもここを追い出されたって仕方がない。そう覚悟する。あたしはおびえる子鹿じゃない。最悪一人でも何とかするよ。フィーリクスの目をじっと見つめて答えを待った。彼も真摯な表情をもってあたしに視線を返してくる。


「そうだね。俺なら、もう少しうまく立ち回ったと思う。周りを観察して、抱いた違和感の一つ一つを分析。その原因を探って対処し、必要な今後の行動の指針を模索する」


 これが言うだけじゃなく、具体的に策を思いついて実行出来るのが彼の強みだ。力押しだけのあたしと違って、状況を見て計画を立てる。あたしも完全に猛進タイプって訳じゃない。戦局に応じて大まかなプランはあったりする。ただそれは大局を見越した大がかりな戦略、などといったものからは程遠い代物。場当たり的な行動に過ぎない。そういった先を遠くまで見通す力が不足してる。


「だよね、分かってる。いつももう一人の『あんた』に言われてたことでもあるしね。本当にごめん。……すぐにここを出て行くよ」


 彼がこういうことを言うということは、もうあたしの処遇を決めているのだろう。覚悟してるつもりだったのに、緊張で体が縮こまる。


「何だって? いや、ちょっと待って。結論を急がないで。俺の話をちゃんと終わりまで聞いてよ」

「あー、えーと、うん」


 あれ、あたしを追い出そうってわけじゃないのか。


「君はもう一人の俺とうまくやってきた訳だろ? お互い足りないものを補い合ってね。だったら今も同じようにすべきだ」


 狭くなっていた視野がふっと広がっていく。緊張のせいで汗をかいていたことに気が付いたが、それも収まった。


「それってつまり?」

「その前に、俺も告白すべきことがあるんだ」

「そんなのあるの?」


 はて、何だろうか。彼が隠し立てするようなことなんかあるのかな。


「実は、なんだけどね。君の話をまだ信じられないところがあったんだ」

「え?」

「いや、だから、君が別世界から来て、魔法を使うって話」

「まだそこ疑ってたの!? 力は、一部だけど見せたでしょ!」


 それって一番重要なところじゃない!?


「いや、それはそうなんだけどそれはさておき」

「さておいちゃうんだ」


 ま、いっか。彼はそのことを正直に言っても問題ないと踏んであたしに話してくれたのだ。あたしの落ち着いた様子を見てフィーリクスは話を続ける。


「SRBが実際に君を捜しに来た。あの様子だと、かなり本腰を入れてやってるみたいだった」

「確かに、そんな感じね」


 彼らは執拗にあたしを、あたしの見せた力を追っている。自分達の新たな戦力や技術として取り込もうとしている可能性もある。


「興味が湧いてきたんだ。何かが起きそうな予感がする。それに、俺も覚悟を決めたよ。何としても君を元の世界に返す」

「フィーリクス、本当に何て言ったらいいか」

「いいんだ」


 彼と握手をする。それから軽いハグ。改めて彼と信頼関係を結んだ瞬間だった。


「具体的にはどうするつもりなの?」

「一つだけ、心当たりがあるんだ。俺の建築士の先生が、そういうのに詳しい人物を一人知ってる。その人を紹介してもらおう」






 翌日の朝、あたしはフィーリクスの運転する車で目的地へと向かっていた。車は彼所有のものじゃなくて、昨晩予約しておいたカーシェアリングのものだ。道順としてはこう。フィーリクスの家の近くで借りたそれを、まずは南に少し走らせる。次に街の外周を一周する環状高速道路に乗って東へ。それから街を縦断する大きな川にかかる橋を渡る。また少し走ったら高速を降りて、更に東へ進むこと数分。それで到着だ。


「すんなり事が進むね。いい兆候よ」


 今は丁度橋に差し掛かったところ。環状道路は南側と西側に二つの橋がある。現在渡り始めた南側の方が距離があり、二キロメートル近くの長さを持つ。


「いい職場でね。有休をすんなり取れた」


 これから会いに行こうとしている人物を、フィーリクスの先生は快く紹介してくれた。会いたい理由としては本人はもちろん、興味がある友人がいるから、っていう体。ちょっと変わった人らしくて、その人物との交渉がうまくいくかはまだ分かんない。でも、小さくても一歩ずつ前進していこう。


「有休か、そういえばMBIに入ってからまだ使ってないや」

「何か計画が?」

「んー、そうね。バカンスで数日どこかへ旅行に行く、ってのもいいかもね。……今回みたいなのじゃなくて」

「ははっ、そりゃそうだ。旅ってのは、ちゃんと終わりが見えてるからこそ、安心して楽しめるものだと思うよ」

「そうね。そういうものよ、きっと」


 微笑み合う。少しの間、静かな時が流れた。橋を渡り終えると、環状線は緩やかに蛇行しながら東北東へ続いていく。その途中で高速を降りて、環状線の外側へ。緑の多い道を東へ進み、小規模な住宅街がいくつも連なる地域へ入っていく。高低差のある棚田のような形状で、一つ一つの住宅街が緑によって周りから遮られている。


「もうすぐだよ」


 カーナビを確認しながらフィーリクスが言う。緩やかな斜面を登り、丘の上の方まで到達する。途中道幅の狭い道路に入ると、今度は少し斜面を下っていく。そうと知らなければ入っていかないような場所。いくつか角を曲がって、最後に左へ曲がる道へ。木々に囲まれた細い道路の突き当りに行き当たった。登って下りて、結局ここは丘の中腹辺りになるのかな。突き当りの先は細い獣道になっていて、車ではそれ以上進めない。そんな場所の左、山手側に、一軒の白い家屋が建っている。そこが件の人物が住む家だった。


「着いたね」


 敷地面積はそれなりにあるようだ。建物自体は敷地のやや右奥側に位置している。手前左側の開いた場所に乗用車が二台止められているが、駐車スペースはまだまだ余裕がある。その一画に自分達の車を止め、地面に降り立った。


「ええ、着いた。じゃあ、行きましょ」


 その人についてフィーリクスの師からは、ちょっと変わっていること以外は、魔法を信じている男性だという程度しか聞いていない。どんな人物が出てくるのか、楽しみでもあり不安でもあった。変に神経質だとか、短気だとか、自己中心的だったりとか、とっつきにくい感じじゃなければいいが、はてさてどんなもんでしょ。ブザーを押すと、ビーっていう古臭い電子音が流れる。待つこと数秒。連絡済みだから、いないってことはないはず。ドアは上半分がガラスで、ブラインドが付いてるタイプだ。お、中に人影がちらついた。その人影によってドアが開かれる。


「ようこそいらっしゃいました。中へどうぞ」

「え?」

「あら」


 流麗な声が響く。あたしもフィーリクスも間の抜けた声を出してしまった。あたしの予想に反して、出迎えに出た人物はブルネットの髪の女性だった。

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