2話 fragileー6
先程から四人がいる訓練室は強く粘りのある素材でできた壁や床、及び高い天井を持つ。相当な衝撃に耐えられるように設計されたそこで、フィーリクスとフェリシティは魔法を実際に使って実戦形式での模擬訓練を行っていた。
「ねぇ、気になってたんだけど、これ壊れたりしないの?」
フェリシティが自身の胸を指さした。二人は訓練用の装備であるジャケットを着て、パンチやキック、手刀やタックルなどを繰り出し、魔法の効果を確かめ合う。ジャケットには胸部分にポケットが設けられており、端末がぴったりと収まるようになっている。その端末が戦いの衝撃などで故障の恐れがないか彼女が気にしているものだ。
「問題ない。これを壊そうと思ったらありったけの魔法を撃ち込む必要があるだろうな。これはMBI本部のコントロールセンターに魔術的に繋がっているんだ。そこから魔力の供給を受けている限りはそうそう壊れることはないし、バッテリーを気にすることなくほぼ無尽蔵に使えるだろう」
ヴィンセントは更に二人に対して説明を続けた。
「ジェム一つ一つがそれぞれ違う効果を発揮する。お前達が今使っている身体強化のほかにも、加速、加熱、冷却、粘着など様々な種類がある。主に武器に使うのが多いんだがな」
ヴィンセントの声を聞きながら二人は戦闘を続ける。魔法を使用するのに端末のほかにもう一つ必要なものがあった。それはコンタクトレンズで、装着するとHUDとして働き端末の情報を視界中に表示する。端末とは無線接続されており、視線操作及び音声認識で触らずとも端末の操作ができる、というものだ。
「出力は三十パーセント。これ以上は制御できないみたいだ」
フィーリクスが表示を確かめる。彼は装着直後、一度五十パーセントでの出力を試したところ、まるきり制御できずに壁に激突する事態となり皆に笑われた。
「最初にしては上出来だ」
「中々いい筋してるぜ」
熟練であるらしいコンビに褒められ、彼は悪い気はしなかった。フェリシティの実力から目を背ければの話ではあるが。
「出力四十パーセント! いい調子よ!」
そう、彼女の方が適応、習熟が早いのだ。別段それに負い目を感じる必要などはないとは分かっているが、フィーリクスにはどうしても気になるところだった。
「訓練を続けたまま聞いてくれ。俺達MBIは昨日戦ったような強力なモンスターが出現した時などに出動要請があり、出番となる。バスターズでは太刀打ちできないような連中に対して国家の盾や矛として動くわけだ」
「バスターズの一員だった身としては耳が痛いわね」
フェリシティがフィーリクスに回し蹴りを放つ。予備動作も少なく何気なしのそれは、喰らえば三日は悶えそうな予感を感じさせる速度で彼に迫る。それを彼は全力でバックステップしすれすれで避けた。
「気にすることはない。俺達は魔法というチートを使ってるわけだからな」
ステップ直後に再びフェリシティに急接近したフィーリクスがお返しとばかりに三連続で拳を突き入れる。腹部、腹部、頭部、いずれも正中線をついており、凶悪な攻撃だ。だがフェリシティは顔色一つ変えずに対処する。的確に突きを捌き三発目の最後に彼の腕に自分の腕を絡めて捕らえると、重心を落として投げた。フィーリクスが宙を舞う。
「それでもやっぱり、ね」
「ぐえっ!」
フィーリクスが顔面からの無様な着地をしたのとフェリシティが感慨に耽ったのは同時だ。彼は地に伏せたまま情けない声を出す。
「俺の立場はどうなるの?」
「知らないわよ。あんたのことまだよく知らないし」
「だよね」
フェリシティのすげないセリフがフィーリクスにとどめを刺した。
「フェリシティ。バスターズの話だが、彼らと俺達は共生関係にあるといってもいい。民間組織ではあるが、下部組織的扱いではなく持ちつ持たれつの間柄だ」
ヴィンセントが先程の話題を続ける。腕を組み、ラジーブとともにフェリシティの前に立った。
「それってどういうの?」
「住み分けだよ。君もそうだろうが、彼らはモンスター退治を生業としている」
ラジーブも解説に加わった。彼はジェスチャーを交えて話し始める。
「ええ」
「だが一部の強力凶悪なモンスターには対処できない」
「そう」
「俺達はそいつらに対抗できる。一般人に対してバスターズを名乗ることが多いから大体はバスターズが対処した、ということになるんだがな」
「昨日ヴィンセント達があたし達にMBIだって名乗ったのは?」
フェリシティが昨夜のことを思い出したのか、首をかしげてそう尋ねた。
「さっきも言った通り、最初からスカウトするつもりだったからだな」
「ところで全てのモンスターの対処を俺達がしていてはとても手が回らない」
「確かに」
先程から彼女の返事は短い。フィーリクスの位置からでは彼女の表情を確認することができなかった。
「ある程度のレベルの相手はバスターズにやってもらわないと俺達としては困るんだ」
「理解したわ。あたし達バスターズを馬鹿にしてるわね!?」
「どうしてそうなる!」
憤慨した様子のフェリシティを見てヴィンセントが突っ込みを入れる。ラジーブが珍しいものを見たとでもいうように彼を深く凝視し、事の成り行きを見守っている。
「冗談よ、でもどうやってバスターズとMBIへの仕事の振り分けをやってるんだろ。普通に考えたらやばい奴でもバスターズにまず情報が回ってきちゃうでしょ? でもあたしそんな危険な目に遭ったことないし、誰かに聞いたこともない」
フィーリクスにもそれは疑問だった。バスターズへ直接通報がいくこともあれば一度警察経由でバスターズに回ってくることもある。警察から連絡がある理由は、緊急時を除いて通常の事件しか対応しない、という住み分けをしているからだ。だが、いずれにせよバスターズへ連絡があったその後のことは彼も知らないことだ。
「バスターズや警察の上層部は俺達を知ってる」
「向こうにもこっちにも膨大な過去のデータがある。それらを相互参照して危険度を判定してるんだ。だからやばい奴の情報はフェリシティ達には降りてこない。ちょっと説明を端折ってるところがあるが、大まかにはそういうことだ」
「へぇ、ようやくからくりが分かってきたわね」
フィーリクスは心の中で付け加える。バスターズへと連絡がいく前にそれを遮り、非合法に仕事をかすめ取る連中がいる。フィーリクスのような未資格の者に安く仕事を回し、上前をはねるのだ。彼は今まで彼らから仕事を請けていた。電話でやり取りしていた人物もそういったうちの一人だ。ただし、もう関わることはないだろうと彼は思っている。
「フェリシティ、避難誘導に回されたことがあるだろう?」
ヴィンセントが彼女へと確認を取る。彼女はそれに対して首を縦に振った。
「ええ、何度か。あ、もしかしてそれって」
「そう。その中には俺達が担当していたものがあるかもしれない」
ヴィンセント達は非合法業者に気づいている節があった。もしかしたら彼らの全貌すら把握していてもおかしくはないと、今になって気付く。それなのに何ら対処しないということは、法には触れていても何かしらの理由によりその存在が必要、これもまた共生関係とやらの一つなのだろうと判断する。ただ、それらのことは彼にはどうでもよかった。もう、彼には必要のないことだ。
「ところでここ最近モンスターの出現頻度が高くなっているのは知ってるか?」
ヴィンセントが二人に質問をする。フェリシティがそれに元気よく答えた。
「はい、先生!」
「先生はやめてくれ」
「サー、イエッサー!」
「サーもなしだ」
「はーい。あれ、フィーリクス。どうしたの?」
「何でもない。ちょっと落ち込んでるだけだよ」
フィーリクスは起き上がらずに横向きに寝転んで地面に肘をつき頭を支えている。それを見てフェリシティが一言彼に言い放った。
「態度がなってないぞ、フィーリクス」
「はい、先生」
フィーリクスは起き上がると気を取り直しヴィンセントに改めて質問する。
「確かにモンスターの出現報告が多くなってるってどこかで聞いたよ。もしかしてその原因を知ってるの?」
「全貌は明らかではない。なんせモンスターの発生原理は未だ解明されてないからな。ただ、最近の出現増加傾向の理由の一端は分かっている」
「それってあたし達が誤認逮捕されてみじめな気持ちを味わう羽目になった原因を作ったふざけた連中のことよね!?」
ヴィンセントの言葉にフェリシティが憤った声を張り上げ床を踏み鳴らす。
「恨みがこもってるな」
「俺もフェリシティと同じだ。そいつらをとっ捕まえてきっちりと無実を晴らさなきゃ気が済まないよ」
フィーリクスのその思いは本当のものだ。表にこそ大きくは出さないが、犯人に対しての憤りが胸中で渦巻いていた。
「真犯人を見つけてぶっ飛ばす!」
「ぶっ飛ばすのは犯人が反抗的な場合においてのみにしてくれ」
フェリシティが猛々しく叫ぶと、ラジーブが穏便に済ませようと彼女に軽く説得を試みる。だが彼女が冷静になるにはまだ冷却が不十分だ。
「あたし達をこんな目に合わせた奴なのよ!」
「まあまあ、フェリシティ。落ち着いて。気持ちは君と一緒だけど、ちょっと過激すぎやしないか?」
フィーリクスも同様にフェリシティを落ち着かせようと宥めに入る。少し効果があったようだ。
「じゃあ一発だけぶん殴る!」
「はっはっはっは」
ヴィンセントが突然笑い出す。見ればラジーブも吹き出している。フェリシティは気の抜けたようになり彼ら二人に交互に視線をやった。
「な、何よ?」
「いや、実はこれもテストの一環みたいなもんだったんだ。説明をしながら様子を見てたんだが、犯人はお前達じゃあない。そう確信したよ」
「それはなぜ?」
フィーリクスが端的にその理由を聞く。ここまでの自分達との一連の会話で一体何が判明したのか、彼は見当が付かなかった。
「思った以上に単純そうだから」
「な、な、何ですって!?」
ラジーブの言いぐさにカチンときたらしいフェリシティが、またもや怒りを滲ませて彼に詰め寄ろうとした。ヴィンセントはそれを遮るように間に割って入る。
「おいおいラジーブ。本当の理由は、街を混乱に陥れるような悪人には到底見えない、という俺の勘だ」
「それは、あたし達を信頼してくれてるって解釈でいいのよね」
「いい人だ」
フィーリクスとフェリシティはまたも期待の目でヴィンセントを見つめる。するとみるみるうちに先ほどまで満ちていた自信が彼から失われていった。二人から少し目をそらす。
「今のところ、一応。大丈夫、多分。そうだな、もしダメなら俺が責任を持ってお前達を始末するか」
「それ本気で言ってる?」
「本気だが」
そこは力強く言い、フィーリクスを震えさせた。
「消すとか始末するとか、何かヘマしたら俺達殺されるの?」
「まさか。もし、もしお前達がMBIの秘密を誰かにばらしたり、MBIの技術が漏洩するようなことになったら」
「なったら?」
フィーリクスがおびえながら聞く。
「あるプログラムを受けてもらう。特殊な人格矯正プログラムで、受けた者はそれまでの記憶を失い別人のようになる。そして遠くへ引っ越してもらうことになるだろう」
「なんてこった」
どうやらとんでもない組織へと属してしまったのではと彼が思い始めた頃、場の雰囲気がこなれてきたと見計らったかヴィンセントが咳払いをする。彼が仕切り直しをしたいときの癖みたいなものなのかもしれないと、フィーリクスには思われた。
「さて。で、フェリシティがぶっ飛ばしたがってる相手の情報だがそいつらのことを俺達はウィッチ、と呼んでいる」
「ウィッチ!? 古代人の? 何百年も前に滅びた一族じゃなかったの? ああ、その、いたとして」
「その生き残りを自称するいかれた連中だ」
ヴィンセントの言うウィッチは、これもまたフィーリクスが学校の授業で習ったものの中に登場する単語だ。彼らは普通の人類とは違い魔法の扱いに相当長けていた、とされる人々で数百年前に滅びるまで普通人類と戦争を繰り返していたということになっている。
「そいつらがモンスターを作り出して暴れてるってわけね!」
今まで魔法の存在自体を疑問視してきたフィーリクスにとっては、彼らの存在も実際のところは疑わしいとしか思っていなかった。だが、魔法を目の当たりにし、実際に使い、おまけにウィッチとやらに濡れ衣を着せられている今となっては、素直に信じられる気がしていた。
「そうだ。どうやってるのかははよく分からんがな。それに恐らくは本当に純粋なウィッチってわけじゃなく、先祖帰りの類だろうと思うんだが」
ヴィンセントの説明に更にラジーブが補足を入れる。
「実際のところ、ウィッチは滅びたんじゃなくて一部は普通人類と和解して混じり合ったんだとMBIでは考えてる。まあ何にせよ厄介な奴らだよ。暴れる目的も今一つ定かじゃない。奴らは魔法を直に使える。俺達普通の人間は科学の発展とともに魔法が廃れて、今やこういう道具がないと扱えない」
彼が端末を左右に小さく振ってみせる。フィーリクスは彼のある言葉に反応した。片眉を跳ね上げ、不可解な点を指摘する。
「目的が見えない。要求のないテロリスト。単に暴れて楽しんでるだけ? だとしたら」
「それがそうでもないんだ。連中は何かに対して恨みを持ってるらしい。前に会ったウィッチは憎悪の視線をこちらにぶつけてきたよ。意味は分からんがな」
「何それ、わけわかんない」
フェリシティが変な顔で思考を放棄した。フィーリクスは思わず笑ってしまい、彼女に睨まれる。
「まあな。……さて、モンスター達と戦い、そういう連中を相手にして容疑を晴らし、ついでにMBIで一番のコンビになる。できるか?」
「やらなきゃ俺達の未来はなさそうだ」
「やってやろうじゃないの!」
「かかってこい!」
二人は息もぴったりにポーズを決め、決意新たに明後日の方向を向く。ラジーブがつぶやいた。
「誰に言ってるんだ?」
「ほっといて」




