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10話 equilibrium-5

 どうしてこうなるんだろう。ノックスと談笑していただけなのに、一転彼に尋問を受けているような雰囲気になっちゃった。


「確かにあなたはあたしに名前を教えてくれたよ?」


 心の奥の方、遠い暗い場所から呼びかける感情がある。恐怖だ。背筋がゾッとするなんて表現じゃ足りない。もっと根源的なもの。世界からあたしだけが切り離されたような、絶対的な孤独感があたしを襲ったのだ。


「俺が嘘をついてるのか、嬢ちゃんが嘘をついているのか。……なんてな、いや、冗談だ。きっと忙しくて忘れただけだ。持ち帰りでバーガーを一つだよな、すぐに用意する」


 彼は今し方の態度が嘘のように、あっけらかんとそう言ったけど、もう遅かった。あたしはポータルを抜けて、ただ単にあの時あの場所に戻ってきたと思ってたのに。元の場所に戻ったと、そう思っていたのに。……嘘嘘嘘、ダメ、ダメよフェリシティ! 認めたらダメ! だって、そんな……。


「ノックス、ありがとう。やっぱり、バーガーはいらない。……じゃあね!」


 押しつぶしたような声で言うのが精一杯だった。出口の方に向き直り、歩き出す。ノックスからは、ものすごくぎくしゃくした動きに見えたに違いない。


「え、いや待ってくれ! すまない、俺はただ……」


 彼の言葉が聞こえたのはそこまでだった。あたしは急いで店を後にして走り出す。向かう先は当初の目的地である、あたしの家だ。家に帰って、一度出直そう。寝て起きれば、何事もなかったかのように、元に戻ってるよきっと。だから何も考えずにひたすらに走って、坂の多い住宅街に入る。あたしの家は坂のやや上寄りの方。しばらくすればそれが見えてくる。ちょっとした庭と、車を止めるスペース。白い壁に茶色の屋根。その玄関先にたどり着く。


 空はもう薄暗い。ドアを開けようと手を持ち上げ、ふとまた下げた。それから数歩下がる。玄関の左手側にはリビングルームが見える出窓がある。そこから明かりが漏れていた。それは家族の誰かが、そこでくつろぐか何かしているということ。何でそうしたのかは分からない。ただ何となく、窓から中を覗いてみた。そして激しい動揺に見舞われることになった。


「嘘、でしょ……? どうして……?」


 ヒントは、いえ、答えは最初っからあった。あたしは、それに見て見ぬふりをしていた。


「何であたしが中にいるのよ……」


 自分がもう一人いる。リビングのソファに座り、何か雑誌を読んでいる。はたから見れば不可解極まりない状況だ。ただ、あたしは発した言葉とは裏腹に、自分の身に何が起きたのかを悟っていた。もう自分をごまかしきれない。あたしは、大変な事態に陥っている。


 あたしの端末は、通信圏外を示している。同時に、バッテリー残量も少しだけだが減っている。ポータルを出たときに最初に確認していたことだった。何かの見間違いだと意識の外に追いやっていた事柄だったし、誰かに通信を試みることもしなかった。明確に失策だった。圏外だのバッテリーだのの話は、あたしが何らかの理由から、MBIと切り離されていることを示している。例えばモンスターが発生させる障壁の中などがそうだ。この時点で色々試していれば、もう少しうまく立ち回れただろう。あたしは既に初動で失敗していたのだ。


 あたしがゴブリンを倒したときに、周りにいた人から受けた言葉の中にあったSRBという単語。最初は何のことか分からなかった。あたしがMBIの屋上から隣の建物の屋上へ跳んだ時。一度だけ振り返ったその時に、その文字を見ていた。あたしがMBIだと思っていた建物は、そうじゃなかった。一階の入り口部分、MBIの文字があるべきところに、SRBの文字があった。あたしの慣れ親しんだ組織ではない何か。


 最後に、あたしがもう一人いるという事実。よく見ると、ファッション誌を読みふけっているようだった。パラパラとではなく、一ページ一ページ熱心に見つめている。現在日時があたしの端末のものと合致しているのならば、今見ている彼女の姿は、過去のものでも未来のものでもない。


 以上の点を全て合わせて勘案すると、導き出される答えは多くない。ディリオンもエイジもニコも他のみんなも、ナイトクラブの店員も、あたしのことを知らないという風だった。とぼけているのではなく、皆本当に知らないのだ。あたしという存在は皆にとっては、知らない、誰か。この『あたし』のことを知っている人はここにはいない。ここ、とはこの街だけ、ということじゃなく全て、どこにおいてもってこと。そう、あたしはあの異常ポータルによって元居たものとよく似てる、でもどこか違う、どこだか分からない世界に飛ばされたのだ。そのことを認めざるを得なかった。


「どうしよう」

「誰だ! そこで何をしてるんだ!?」

「ヒッ!」


 呟いた瞬間だった。玄関側から突然誰何の声を浴びせられ、跳び上がりそうになる。あ、でもこれ聞き覚えのある声だ。あるどころか、よく知ってる。それはあたしのパパのもの。とはいえ、素直に応じるわけにはいかない。この世界のあたしのパパであって、『あたし』のパパじゃないんだからね。


「ごめんなさい!」


 そう言ってそそくさと立ち去る。というより逃げる。


「ん? フェリシティか?」

「違うよー!」

「おい、ちょっと……!」


 やばい、正体がバレてるかも。聞く耳持たず、といった体で走り、角を曲がる。一旦立ち止まって気配を探ってみると、追ってはこないようで安心する。歩きに切り替えて歩を進めた。さて、これからマジでどうしよう。MBIの人達が、ゾーイあたりがこっちの世界に繋がるポータルを作ってくれるのを待つしかないかな。といってもそれがいつになるか、見当もつかないのが問題ね。お金のこともあるし。幸い、通貨はまるっきり一緒だった。だからバーガーだって買って食べられた。手持ちの現金はまだいくらか残ってる。電子マネーは多少あるけど、使えるのかどうかは分からない。そんな状況で、何日も過ごさなくてはならない。下手をすると一カ月単位、なんてことだって考えられる。


 その場合、問題はお金のことだけでは収まらない。端末のバッテリー、つまり魔力がそこまで持たないだろうということが最大のポイントだね。待機するだけでじりじりと減っていくのは、普通の電気で動く携帯電話なんかと一緒だ。いざポータルが完成しても魔力切れになっていた場合、この広い街でMBIがあたしを見つけ出すのは困難だろう。では、どうしたらいいのか。パッと思いつくのは、夜間はオフにしてなるべく持たせる、などといった消極的な対処法くらい。


「こうなったら、仕方ないか」


 取るべき方法は一つ。まずはバスに乗り南に進むと、地下鉄の駅に行きつく。列車に乗り込むと、そこから西へ向かい川の底を越えて、湾曲しながら南下する。列車は途中から地上へと顔を出す。途中また地下に潜って西へ東へのカーブを経ながらまた地上に出ると、南に進路を戻してあたしを目的の駅へ運んでいく。その頃にはもうすっかり日は落ちている。流れる夜景を見ながら、電車に乗るのなんていつぶりだろうと考える。まだほんの小さい頃に別の街で、家族とどこかへ遊びに行ったのが最後だったかな。そう確か、西海岸沿いの街に住んでいたとき。動物園に行ったときだ。あの時のワクワク感を、頻度は少なくなったとはいえ未だ感じる時がある。実のところ、あたしはこの世界に来て絶望感を味わうと同時に、その期待感みたいなものも同時に覚えていたりするんだよね。まあ、誰かに聞いたら怒られるかもしれない。口外せずに胸の内に留めておこうと思う。


 思い出やら何やらに浸っていると、いつの間にか目的の駅に着いてた。慌てて車両を降り駅から出ると、最終的にはまた徒歩だ。メインストリートをしばらく東に行き、少し中に入ったところが目的地。あたしが訪れたのは、とある赤レンガ造りのアパートメント。ここには何度か来たことがある。元の世界ではそうだった。多分こっちもそう。この世界のフィーリクスが住んでいるであろう場所がここだった。

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