10話 equilibrium-3
「さて、色々聞かせてもらうわ。不審者さん。どうしてあたし達の名前を知っていたのか」
「博物館で何をしていたのか、洗いざらい話してもらうからね」
不審者呼ばわりとは冗談にしても笑えない。いくらニコとはいえ、少しムッときた。エイジもそうだ。まるで犯罪者と相対しているような口ぶりで、いつもの無駄にフレンドリーな感じがない。
取調室の壁の一面には大きな鏡があるが、それはマジックミラーとなっている。向こう側にも部屋があり、向こう側からはこちらがはっきりと見える、よくある構造となっている。おそらくそこにいるだろうディリオンも、あたしを睨みつけているに違いない。
「ねぇ二人とも教えて。あたしが戻ってくるまでに何があったのか」
何かよくないことがあの場にいた人間にあったのではと、嫌でも勘ぐってしまう。ディリオンに続いてこの二人もあたしに何か話をさせようとしている。これは少し、いやかなり異常事態だ。
「エイジ、聞いた?」
二人はあたしの質問にすぐに答えず、顔を見合わせ何か相談事を始めた。
「ああ、『戻ってくる』だって」
「あたし達は彼女とは初対面よね。……待って、もしかしたら、彼女ここへ来たことがあるのかしら」
「だとしたらゲスト枠で登録があるはずだ。それが本当なら履歴が残ってるだろうから、後で調べてみよう」
「それにしたって妙な話の切り出しね、話をはぐらかそうしてる?」
「それか何か変な薬でもやってるんじゃない?」
「あり得るわね。用心してかかりましょう」
「ああ」
おい待て、全部聞こえてるって。あたしに聞こえてないと思ってるのか、聞かせるつもりで喋ってるのか分からない。異常事態は異常事態でも、まさかそれがあたしの頭の中で起きてるって話じゃないよね。でないとするならば、この二人の会話はあたしの怒りを沸騰させるのに十分すぎる。
「ちょっと! 流石のあたしでも……」
「あなたの名前は?」
「そこから!?」
いや、もう一瞬で怒りを通り越して驚きと呆れに飲まれちゃったってば。ていうか、驚いたのは向こうも同じだったらしい。あたしの反応に二人とも目を丸くしている。だから何で?
「そりゃ、まずはそこからだろ?」
「素直に質問に答えていってもらえば、すぐに終わるから。お願い」
二人のあたしを見る目が、頭が残念な子を宥めるときのようなものになってる。何だろうこの敗北感は。
「……フェリシティよ」
「ありがとう。それで、フェリシティ。あの場所で何があったの? 目撃者の証言によれば、あなたと緑の化け物が数匹、突然現れたそうだけど」
ニコが微笑みながら話しかける。腫れ物に触るような接し方だけど、まだ許容範囲内だね。
「君はその化け物をあっという間に倒したんだって? 銃を使ったっていう話だけど、見たところ武装してるようには見えないな。武器はどこへやったんだ?」
エイジが身を乗り出す。優しくはあるが詰問調の内容だ。これもまあ我慢できる。ではそうでないものは。
「そうよ。あたしがゴブリンどもを、魔法でちゃちゃっと倒したの。いつものことじゃない」
「魔法」
「何かの比喩かしら」
「……そんなことより! フィーリクスはどうしたの? 彼も帰ってきてるんでしょ? 無事よね?」
あたしが一番気にしてるであろうことは分かっているはずなのに、そこに触れないのはどう考えてもおかしいでしょ。訳の分からない問答をしたいんじゃない。ちゃんとあたしの質問に答えてもらえなきゃ、暴れるからね。
「「フィーリクス?」」
二人は声を揃えて彼の名を聞き返し、また顔を見合わせる。今度は、あたしが言ってることが分からない、って感じの雰囲気で。嫌な予感がしたし、その通りになった。
「誰、それ? フェリシティ、君もフィーリクスとやらも、うちにそんな名前の人間は所属していないよ」
「あなたの大切な知り合いなんでしょうけど、ごめんなさい、知らない人だわ」
「ニコ? エイジ? 何を、何を言ってるの……?」
二人はいい友達だ。でも悪ふざけもここまで来るともうダメ。あたしの忍耐力が完全に尽きた。
「君はどうも怪しいな。魔法だとか妙なことばかり言って、会話が噛み合わない。俺達に非協力的だ」
「そういう態度を続けるつもりなら、こちらも相応の対応を取るつもりよ」
あくまで二人はかたくなだった。なら、あたしもそうするしかない。妙な取り調べもどきはもう終わりにしよう。そうだ。最初からここじゃなくて捜査課に向かえばよかったんだ。さあ、今からでも立ち上がって、フィーリクスに会いに行こう。
「待って、許可なく動かないで」
エイジがあたしを制止させようと手を突き出す。その手を押しのけて立ち上がり、部屋を出るために一歩、デスクの横側に踏み出した。
「これは最後通告だよ。止まってフェリシティ。俺たちに従うんだ。次に動いたら攻撃する」
「あんた達、本気なの?」
「冗談でこんなことをするわけがないでしょう?」
エイジとニコも立ち上がった。脇に備えていたホルスターから銃を引き抜くと、あろうことかあたしの眼前にそれを突きつける。挙げ句、今の言葉をあたしに投げかけてきたのだ。雰囲気が変わりつつある。それでも、まさかやる気じゃないだろう、そう見積もった。
「あたしはもう行くよ。撃つっていうんなら、撃てばいい。こんな茶番に付き合ってられない」
もう一歩、今度は前へ動く。銃声が響いた。あたしの顔面すぐ横をエネルギー弾が通過し、後ろの壁に当たって弾ける。撃ったのは、ニコだ。
「次は当てる」
「撃った……」
血の気が引くのを鏡越しに自覚する。冷や汗が背中を伝う。二人が本気なんだってことがよく分かった。
「仲間に向かって撃つなんて、本当どうかしてるんじゃないの!?」
「繰り返すけど、君は仲間じゃない。それどころか、これじゃ俺達に反抗する犯罪者だ」
「なっ!」
エイジに犯罪者と言われて、かなりのショックを受けたのが正直な感想だった。何でこういう状況になったのだろう。あたしが何かしたっていうの? フィーリクスを助けて、ポータルに吸い込まれることによって、何か重大な案件が発生したっていうんだろうか。まさか、実はあれから相当な時間が流れていて、あたしは死んだことになっていたとか。それが急に現れて、あたしがモンスターやウィッチだと疑っている? でもそれだけだと、彼らがフィーリクスまでいないものとして話をする理由を、うまく説明するための材料が不足している。何かがおかしいのは確かなのに、ちゃんと分析できない。
「だ、だからって、あたしを殺す気?」
「殺すですって!? そんなことしない。ただのパラライザーだから安心して」
動揺から、声に震えが出た。あたしの様子から抱いている感情を読みとったのか、ニコが不安を解きほぐすような優しい声で言う。ほんの少しだけ気が緩む。そうだよね。さすがにそこまでやるわけない。
「麻痺した後はどうなるの?」
「取り敢えず拘束してから服を脱がせて、体中の穴という穴を調べて、拷も……、いえ尋問する流れになるわね」
「それのどこをどうやって安心しろってのよ!?」
真顔で何てこと言うの彼女は。こんな性格だったっけ? だったかも。彼女はやると言えばやる。だとするならば、あたしが取る方法は一つのみ。
「エイジ、ニコ。そっちがその気なら」
そうしたくはない。出来ることなら。でも致し方ない。
「その気なら?」
「その気なら、……逃げる!!」
加速。ゼロからトップスピードに乗るまでにかかる時間はごく僅かだ。あたしの動きに反応できない二人を置き去りにして、ドアに辿り着く。鍵をかけていなかったのは、最初に確認していた。だから抵抗なく一気に引き開け、部屋の外に飛び出す。と思いきや、そこで左腕を掴まれる。向こうも即座に加速を使ったか。あたしの腕を掴んでいるのはエイジだ。
「ごめんねっ!」
そう叫んだのと、あたしの右拳がエイジの頬にヒットしたのは同時。後ろに吹っ飛んで、ニコにぶつかって一緒に床に倒れ込んだ。もちろんそうなるのを狙ってのことだ。ダメージは、思ったよりもないみたい。二人ともすぐに起き上がってこようとしている。見ていたのはそこまで。起き上がるのを悠長に待っているほどバカじゃない。それに、隣の部屋のドアが開いて、そこからディリオンが出てくるのもちゃんとチェックしている。
「やっぱり危険人物だったか!」
「はぁぁ!?」
やっぱりって、やっぱりこの男は気に食わない。何かにつけてあたしやフィーリクスに嫌がらせや、言いがかりみたいな文句を投げてくる。いつかきっちりと報いを受けさせてやるからね。でも今は、やるべきことをやらなきゃ。捜査課に行って、ヒューゴに問いたださなきゃいけない。彼なら、何か知っているはず。あたしに対する皆の態度や、フィーリクスに何が起きたのかを。




