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10話 equilibrium-2

 アーウィンが逃走しようと緑色のポータルを開き、フィーリクスがそれを阻止しようと青いポータルを開いた時。二つが融合し、シアンの輝きを持つポータルが生成された。あたしはフィーリクスの身代わりにそれに巻き込まれ、その妙な空間内を漂うことになった。数分くらいだったような気もするし、随分長い間ポータル内にいた気もする。正確にはどれくらい時間が経ったのか。端末の情報に間違いがなければ、やっぱり数分程度しか経ってないはずだった。


 その後ポータルを抜け、あたしが顔面から着地、もとい降り立ったのは、見覚えのある場所。見覚えがあるどころか、よく見知った場所だ。なんせ、今さっきまでいた博物館の中庭にいるのだから。ポータルはあたしが出た後にすぐに閉じてしまっていたため、もう入ることは出来ない。開いていたとしても、もう入りたいとも思わないけどね。


 それで、皆はどこに行ったんだろう。MBIやスワットの面々は誰一人いない。異常ポータル内の時間が正常に流れてるとは限らない。実際には結構な時間が過ぎたのかもしれない。博物館は通常営業を再開したのか、人がそれなりに歩いている状況だ。フィーリクスが上から落ちてくる前にガラスが割れて……、もう修理されてる。最近の博物館は復旧作業が早いのね、などと起きあがった直後に状況把握に努めようとしていたら。


「キャアア!」

「何だ、化け物!?」

「映画の撮影か!?」


 女性を始め、人々が驚きの声を口にする。こんな可憐な少女にキャアや何だとは失礼ね。そう思ったけど、彼らが発した声が自分に向けられたものでないことにすぐに気が付いた。ゴブリンが数匹、通行人を威嚇するように武器を振り上げ、奇声を発している。そういえば、ポータルに飲まれたのはあたしだけじゃなかった。アーウィンがバカみたいにゴブリンを作り出して、こいつらもポータルに吸い込まれたんだった。うん、のんびり構えてる場合じゃない。


「こっちよ、ゴブリンども!」


 今にも通行人に襲いかかろうとしているモンスターの注意を引きつける。こいつらも、ポータルから出た瞬間は何が何だか分からなかったらしい。自分達の置かれている状況がある程度理解できてから行動を開始したのだ。皆それまでは博物館の催しか、誰かが言ったように映画のセットとでも思っていたのだろう。それが急に牙をむいたのだ。驚くのも無理はない。


「サクッとやっちゃいましょ」


 特殊能力も持っていないモンスター数匹程度なんて、はっきり言ってあたしの敵じゃない。悲鳴をあげた女性に向かっていたやつを銃で撃ち、無防備に近寄ってきた哀れな獲物を回し蹴りで地面に叩き伏せる。警戒した残り三匹が即席のコンビネーション攻撃を仕掛けてくるが、あっさりと崩して一匹、二匹と着実に仕留める。最後の一匹もなす術なくあたしのエネルギーブレードによって斬り倒された。


「かっこいい!」

「SRBの方? ありがとう、助かったわ」

「やっぱり頼りになるな。目の前で活躍を見れてラッキーだったよ!」


 通行人達の賞賛の声を浴びる。気持ちいい。いや、少し目立ちすぎた。緊急だったとはいえ、MBIの戦いぶりを外部の人間に見せてしまったのだ。まずいことになるかどうか思案する。あー、多分そういうことにはならなさそう。SR何とかって知らない単語が聞こえた。どこかの芸能プロダクションとかかな。皆あたしが役者だと思ってるのだ。ドラマや映画の撮影の一環だと捉えたのだろう。ならそんなに心配する必要はないはず。


「さて」


 しばらくの間その場に留まって考える。取り敢えずHQに帰ろう。エージェント達はもちろんスワット隊員達も、大量のゴブリン達を片付けて帰途についた。きっと皆で報告や今後の対策を話し合うために集まっていることだろう。隊長のリュカや、クライヴにソーヤーと、挨拶もせずに別れた形になったのだ。あたしも早く戻って、彼らと少し話がしたかった。それにとにかく、フィーリクスの姿を見たかった。


「無事、だよね」


 不安になる必要なんか、ないよね。あいつは、そんなやわじゃないって評価してる。でも、あの場には三人もウィッチがいた。多分あいつ等はあの後すぐに逃げたに違いないけど、その際にフィーリクスに怪我をさせた可能性だってある。


「ん? あれは……」


 集まっていた一般人ももう何も見せ物がないと分かるとやがて散り散りになり、人の流れも通常のものへと戻っていく。そのうちの一人を捕まえ、話を聞いている者がいる。足を止められた人物が一カ所を指差し、聞き取りをしている人物がその対象を、つまりあたしを見た。


「ディリオン!」


 彼がこちらに近付いてくる。MBIはあたしがこの場に戻った場合に備えて、人を残してくれていたらしい。よりによってディリオンか、などと贅沢は言うまい。ただ、残っていた人物がフィーリクスじゃなかったために、先程覚えた不安を拭いきれなかった。


「お前か」


 目の前に来るなり随分な挨拶ね。まあこの際気にしない。彼は今回ゴブリンの処理くらいで特に活躍の場がなかったし、腐るのも仕方がない。あれ、ところで彼はいつ着替えたんだろう。見慣れないデザインのボディアーマーを身に着けている。新調した、などという話は聞いていないが、ゾーイが送ってきたのかもしれない。他には、ゲーマーがつけそうなインカムを装着してるかな。って、今はそんなことは置いとこう。


「さっさと行きましょ」

「何だ、随分と素直だな。まあいい、来てもらおう。話を聞かせてもらわなきゃならないからな」


 はて、彼は他の仲間と一緒にあたしとミアの戦いの一部始終を見ていたはずだ、と考えてはたと気が付く。なるほど、あたしの活躍をちゃんとあたしの口から聞きたいらしい。確かに、ニコにしか話していない技を使ったりしたし、そう思うのも無理はない。


「フィーリクスは無事なの?」


 一歩前を歩く彼に聞いてみるが、ちらっと振り向いただけで答えは返ってこない。何か、よくないことが起きただなんて言わないだけましか。


「ちょっと、答えてよ」

「何かの暗号か? そんなもの知らん」


 これは案外何もないパターンだな、と理解する。普段イラつく奴でも、重大な案件があればちゃんと話してくれる。そうでないということは、あれから特に何も起きていないのだ。あたしもちょっと考えすぎね。いつも通り気楽に行こう。彼の車に乗り込み、目を瞑った。


「おい、起きろ」


 博物館からMBIまでは短い距離なのだが、戦闘の疲れからか眠り込んでいたらしい。ディリオンに揺り起こされる。乗ってきた車は既に地下駐車場に停車していた。距離的に博物館からここまでは数分の距離だから、眠っていたのもその程度の時間だろう。


「はぁ、全く。よく寝てられるな」


 というわけであたしはディリオンの文句付きでMBIに帰還した。のだが、向かった先が捜査課の部屋じゃない。寝ぼけ気味の頭で彼の後ろを付いていったら、着いた先は取調室だった。何で? あたしを入り口から見て奥側の椅子に座らせると、彼はさっさと部屋を出て行こうとしている。何となく成り行きが妙な気がする。そう考えていると、入れ替わりに二人の人物が部屋に入ってきた。


「ニコ! エイジ!」


 フィーリクスと共によく遊ぶことのあるコンビだ。彼等なら安心できる。ディリオンなんかより遙かにね。なのに二人はあたしに名前を呼ばれた瞬間、ぎょっと驚いてあたしの方を見た。ディリオンが何か変なことを言ったんだろうか。彼を睨みつけるが、本人はどこ吹く風だ。ところで、この二人も彼と同じ装備で身を整えてる。後であたしも新調してもらおう。


「な? 言っただろ? こいつ、俺たちの名前を知ってやがる」


 次にぎょっとしたのはあたしだ。普段からいらないことを言い過ぎて、とうとう頭があれになったのか。何言ってんの、とディリオンに言いかけて、ニコとエイジが神妙に頷いているのを見て口を閉じてしまった。二人の表情は真面目そのもので、ふざけてたりディリオンのつまらない話に笑ったりだなんてしていない。二人もあたしのことを厳しい目つきで見据えると、デスクを挟んであたしの反対側に座った。

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