10話 equilibrium-1
MBIエージェントの一人であるあたしフェリシティは、あいつ等の追跡を振り切ろうと車で疾走している真っ最中だった。高速道路を制限速度などお構いなしに飛ばしまくる。他の車を右へ左へ急ハンドル急加速を繰り返し、針の穴を通すような精密なハンドル捌きでぐんぐん前へと西方面へ進んでいく。
「どう!? 少しは離した!?」
あたし一人だけじゃなくて、行動を共にする者がいる。フィーリクスだ。頼りになる相棒。
「ダメだ! あいつ等ぴったりくっついてきてる!」
あたしやフィーリクスが言うあいつ等とは誰かって?
それは、かつての仲間。共にモンスターや悪い連中と戦ってきた戦友達だ。何の因果か彼らがあたしを付け狙い、今現在あたしのすぐ後まで迫ってきてる。あたしはインターチェンジで進路を北に変え、後ろも同様に分岐路を曲がってくる。二台の車は道路を爆走し続ける。
「止まれ! 止まらなければ撃つぞ!」
拡声器による声が響く。そう言うのはベテラン勢のヴィンセント。ラジーブと二人、車から身を乗り出しており、さっきから銃を手にあたし達の乗る車目掛けてビームを撃ってきている。とはいえビームは地面に飛んで散るばかりだ。そんなエイムじゃあたしの運転する車には当たらないよーだ。っていや待て。あいつ等、警告する前から撃ってるよね。
「てんめぇこの! 待ちやがれクソアマ!」
「クソアマ!? 流石にあったま来た!」
向こうにはもう一人同乗者がいる。口汚く罵りながらクライヴが車を運転している。相手は三人ともお揃いの光沢のあるバトルスーツに身を包んでおり、同じ型の銃を手にしている。お揃いのインカムまでつけてるし。
フィーリクスがあたしの肩を掴んで止めなかったら、あいつ等の車に飛び移って彼の首を絞めてるところだよ。
「落ち着いてフェリシティ!」
フィーリクスにそう諭される。ともかく冷静にならなくちゃ。あたしはある目的を果たすために、一先ず彼らから逃げおおせる必要がある、のだけど。あたしは首を窓から出して、怒りに任せて後ろに叫んだ。
「いきなり撃ってくるバカに、誰が待つってのよ!」
「うるせぇ! いいから大人しく蜂の巣になれ!」
そんなことを言われて大人しくなる奴がいたら、それは自殺志願者でしかないだろう。それに、あたし達はとうに走り出している。止まることはできない。行かなくてはならない場所があるのだ。
車は街を縦断する川の支流の一つに架かる、数百メートルほどの長さの橋に差し掛かり、カーチェイスはなおも続く。この橋の左右の欄干は落下防止のためのコンクリート製の強固なもので、壁高欄と呼ばれるものだ。高さは人の腰のあたりまでしかないものの、車がぶつかってもそれを乗り越えて川に転落することはない。
「マジで言ってる!?」
「大マジだ!」
言い合ってもしょうがない。運転に集中しよう、……ちょっと、嘘でしょ。バックミラーを見て、何かの見間違いかと思った。また振り返って直に見直して、目を疑った。ヴィンセントが肩に担いでるのって、ロケットランチャーとかいうやつに見えるんですけど。
「嘘だと言って」
フィーリクスも確認したらしい。震える声でそう祈るように嘆く。ヴィンセントは容赦なかった。ロックオンと同時に、間髪入れず発射する。丁度橋の真ん中あたりでのことだった。
「飛ぶよ! しっかり掴まってて!」
あたしはロケットの発射と同時に、ハンドルを右に切った。車体の進行方向、地面付近に向かって銃弾を放つ。車がその地面に到達したところで上方へ吹っ飛んだ。散弾状にばらまいた衝撃弾が時間差で炸裂し、車を壁高欄を飛び越えさせ、空中に向かって飛び出させたのだ。
で、その瞬間にロケット弾があたし達の車に着弾し、車は爆発炎上して大破するに至る。もちろんここであたしの冒険は終わり、なんてことにはならない。
「うわぁああ!」
「ひゃっほーう!」
寸前のところで、怯えて固まっているフィーリクスを抱えて車を飛び出し、川に飛び込んでいる。とまあこんな感じで、……正確には違うところもあるけど、大まかにはそんな感じだった。何でこんなことになったかって? それは説明すると長くなる。そうね、ことの発端は数日前のある出来事だった。それをまずは話していこうと思う。




