9話 wayward-21
「お、俺は知らないからな!」
フィーリクスの頭上にいたアーウィンはそう宣言すると更に上空へ飛び、また新たにポータルを開いて背負ったミアと共に姿をくらます。ただ、もはやそんなことはどうでもよかった。フィーリクスはフェリシティと連絡を取ろうと、彼女の端末に通信回線を開こうとする。
「通じない! 冗談だろ、応答してくれフェリシティ!」
何度試みようとも、得られる結果は同じだ。彼の耳には、相手の端末がオフであるか、圏外であることを伝えるアナウンスが聞こえるばかりだった。
「なんてことだ、結末がこれとは……。私は、こんなものは望んでいなかった。だがこれは、言い訳のしようもない。すまない、フィーリクス。本当にすまない」
焦るフィーリクスを横目に見て、何が起きているのかをオリバーも読み取ったらしい。真横で倒れている彼が、自責の念にかられた声でフィーリクスに語りかける。だがそれをまともに聞いていない。そんな余裕はどこにもない。
「フィーリクス!」
エイジの呼びかけがあったが、応じられない。残ったゴブリン達を倒し終わった仲間達が駆けつける。キーネンがオリバーに手錠をかけるが、彼はもう一切の抵抗をしなかった。
「フェリシティが、そんな……」
ニコの震える声が、フィーリクスに突き刺さる。フィーリクスを責めているものでないのは明白だが、そう自身が思っているからだ。仲間達が騒がしく事後処理を行う声が、遠くなっていく。
『何かあってからでは遅いからね』
フェリシティの父親、ハワードの言葉が思い出される。失意、という一言では到底言い表すことの出来ない心の有り様だった。フェリシティの端末の反応がない。フィーリクスはその原因として考えられる可能性を三つ、頭に浮かべていた。一つは、フェリシティの端末がオフ状態になっている。一つは、彼女がウィッチやモンスターの特殊障壁内にいるため通信が遮断されている。最後の一つは、これが彼にとって一番最悪なパターンだ。それは彼女が、この世界のどこにもいないということを示している。三つ目の可能性を悟った時、フィーリクスは半身を失ったかのような痛みを覚えていた。虚無に飲まれそうな感覚に陥っていた。足元がぐらつき、地面に立っているのが精一杯だった。
「フィーリクス。ヒューゴに報告して、今後の指示を仰ごう」
エイジに諭される。フィーリクスとしてもどうすることもできず、まずはHQに帰るしかなかった。車の運転は彼に任せ、MBIに戻った。
ヒューゴのいる執務室のドアの前に立つ。全く気は進まなかったが、ノックをして「入れ」許可を得る。ドアをくぐるとそこには、ヒューゴの他にもう一人誰かがいた。ヒューゴと同年代くらいの、たまにテレビで見る顔。ここウィルチェスターシティの最高権力者、コンラッドその人だった。
* * *
何もない空間をただ一人、どこかへ向かって突き進む。無重力状態を味わいつつ、周りを眺める。綺麗ではあるが、殺風景な場所だった。フィーリクスを助けることが出来た。それはそれでよかった。ただ、その後に続く結果がよろしくない。これは、いつまで続くのか。突然出来たシアンのポータルに引きずり込まれた後、フェリシティはそんなことを考えていた。通常ならば、ポータル間の移動はすぐに終わる。入り口をくぐって出口から抜けるまで、ポータル空間内で大した距離を移動しない。これは相当長い距離を移動しているのかもしれない。もしくは。
「まさか一生このまま!?」
飢えて渇いていき、干からびてミイラになる。そんな恐ろしい考えが脳裏をよぎり泣きそうになる。何てかわいそうなあたし。そう思った瞬間「べっ!」顔面から地面に激突した。青緑色の空間から脱し、どこかに降り立ったのだ。
「うがぁっ!」
ポータルの自分に対する扱いの悪さに腹を立て、勢いよく起き上がる。辺りを見渡した彼女が見た光景は、意外や見知ったものだった。
今回で第九話終了となります。




