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9話 wayward-20

* * *


「世話の焼ける二人だよ全く。俺の仕事を増やしてくれた」

「それでも、仕事は果たしたとも」


 フィーリクスの視界は、オリバーの襟首を掴んでぶら下げ、宙に浮くアーウィンを捉えている。


 博物館から落下し、フェリシティに助けられた後のことだ。オリバーの姿がないことに気が付いたフィーリクスは、慌てて周辺を探し回った。そこへ未だ三階にいるエイジ達が、通信で彼が空中にいることを伝えてくれたのだ。


「降りてこいよ卑怯者!」


 挑発をかましてみるが、効果があったようには見えない。冷静に、余裕の表情を崩さずフィーリクスに対応する。


「はっ! お前に構う必要なんかあるか?」


 彼は周辺の動向を探っているようだ。フィーリクスのことは一瞥しただけでろくに注意を払わなかった。フェリシティとミアの決着が付き、ミアが倒れたのを見て大きくため息をつく。


「あれだけ油断するなって言ってあったのに。まあ、フェリシティが素晴らしい、って事でもあるけど」


 アーウィンの発言は後半部分に対しては同意したいが、そうしたくない相手である。フィーリクスは釈然としないものを感じたが、彼が次に起こした行動を見てそれどころではなくなった。


「アーウィン、何を!?」


 彼はもう片方の手に荷物を、包みを一つ持っていた。布で何かをくるんでいるようだ。握っていた手を緩めてその中身をこぼしていく。小さく緑色で数多くあるそれの正体が、何であるのかはすぐに判明する。空中にばらまかれたそれが、魔力により疑似的に肉体を形成されたものは。


「ゴブリン!」


 ゲームやアニメのやられ役、矮小なモンスター、経験値や実績の素。特筆すべき点のない相手。ただしその数が異常だ。フィーリクスの得た視覚情報は、ゴブリンの総数が百体近くであることを示している。


「来やがったぞ!」


 クライヴの警告と同時に、ゴブリン達がボトボトと地面に着地する。棍棒や錆び付いた短剣、小弓を手にした彼らが、すぐに近くにいるエージェントやスワット達に襲いかかった。もちろんその程度の相手に遅れを取るような面々ではない。次々と倒していくが、それでも数の暴力には易々と抗えるものでもない。アーウィンによる統制が取れているようで、ゴブリン達は拘束したミアを取り囲むように展開する。彼女にメンバー達を接近させないよう、肉の壁を作っているのだ。


「くそっ、せっかくフェリシティが倒したのに!」


 フィーリクスはへたり込んでいたフェリシティが、よろめきながらも立ち上がったのを確認する。一匹のゴブリンが死角から彼女を狙っているのを見て、彼女の元にひた走る。直前で敵の斬撃を受け止めると、短剣とエネルギーソードがぶつかり甲高い音を立てた。


「間に合った!」

「フィーリクス!」


 短剣を打ち払い、返す刀で斬り捨てる。フェリシティと背中合わせになってゴブリン達を警戒する。


「フェリ、君に言わなきゃいけないことがある!」

「それならあたしも同じ!」


 四方八方から迫り来るゴブリン達を一匹また一匹と倒していく。エイジ達も駆け付け、全員順調に戦っているが、敵の数はそれほど減ったようには見えない。


「勝負は君の勝ちだ。でも俺が間違ってたんだ。結果がどうあれ、君は最初から立派なMBIエージェントだ」

「勝負なんてどうでもいい。あたしはあんたを、家族のことでからかった。それがずっと引っかかってた」


 またゴブリンを一匹斬り倒したフィーリクスは、少しの間考え込んだ。だがやはり思い当たる節がない。


「何それ?」

「あたしがママとかってやつ!」

「ああ、そういえば、そんなことをっ!」


 フェリシティがフィーリクスの左手から弓で狙う者を銃で撃ち抜き、フィーリクスがフェリシティに向かって棍棒を振り回して突進する者をその武器ごと両断した。目まぐるしく動き回り、再び背中合わせになる。


「俺が悪かった!」

「あたしが悪かった!」


 全く同時に同じセリフを言う。それから横目で見つめ合い、お互いニヤリと笑う。やっと、本当の意味で彼女と仲直りができた。そんな思いを抱く。


「それから、後で君に渡したいものがある」

「それは期待していいやつ?」

「もちろん!」


 気が付けば敵の数も目に見えて減っている。二人もそうだが、頼もしい仲間達が健闘してくれているおかげだった。ただそれで解決しない問題もある。アーウィンが地面に降り立っている。戦闘の最中、隙を見計らってミアを回収し背負っている。「扱いが雑だね」オリバーも引きずるようにして掴んだままの彼が、十数メートル先にいる。逃走用か、既に緑に輝くポータルまでも開き終わっていた。


「とにかくこいつ等を片付けなきゃ、あいつ等を逃しちゃう!」

「悪いけど、もう遅いよ」


 フェリシティの叫びにアーウィンが返答する。彼は逃亡を最優先事項に置いているため、動きに無駄がない。いくら多勢に無勢とはいえ、MBIやスワットの手をかいくぐって仕事をこなしているのは、さすがウィッチとしか言いようがなかった。とはいえ容易く目的を果たされては、フィーリクスとて立つ瀬がない。


「逃すかっ!!」


 アーウィンは開いたポータルの彼方に、今にも逃げようとしている。このまま追いかけても間に合わないだろう。銃撃で足止めをするか。それが出来たとしても一瞬だけだ。それでは結局逃げられてしまう。ではどうすればいいか。一つ閃いた策を即座に実行することにした。


「フィーリクス、どうするの!?」


 フェリシティの疑問を背中で浴びながら走り込み、銃を取り出す。アーウィンではなく、彼が飛び込もうとしているポータルに向かって銃弾を放つ。それは青い光を発して突き進み、緑のポータルの直前で込められた魔法が展開された。青いポータルが広がり、機能を開始する。


「のわぁっ!!」


 アーウィンが慌てた声をあげてその場に静止する。それもそうだろう。彼にしてみれば、行き先不明のMBIのポータルに飛び込めば、最悪そのまま檻の中に直行、などということになりかねないのだ。そして彼が足を止めたということは、フィーリクスが追い付けるということだ。アーウィンが接近するフィーリクスの方を振り向き、身構える。


「アーウィン、覚悟しろ!」

「くそっ、この、……ん? 何だ?」


 それから起きた一連の出来事は、僅か数秒ほどの間に行われたものだった。


 その反応は激しく、かつ音が先に来た。風の音だ。それはフィーリクスの突撃する先、アーウィンの背後から聞こえるものだ。つまり二つのポータルが開いている場所。最初かすかに響いたビュウというすきま風の音が、俄かに大きくなる。


「何だ?」


 アーウィンの呟きの直後、光が見えた。青でも緑でもない色。美しくも禍々しく感じられるシアンの輝きが、眩く辺りを照らす。二つのポータルが、どういうわけか異常反応を示し融合した瞬間だった。アーウィンは対処に窮したか、まだ足を止めたままだ。フィーリクスは妙な現象に構わず彼を捕らえるために動きを止めない。


「絶対やばい!」


 怯えた表情のアーウィンが叫ぶ。風の音は、異常ポータルが周辺の物質を、大気を吸い込んでいるために発生しているものだった。その力は強く、付近のゴブリンを数匹吸い込んでしまう。一番近くにいるアーウィンも引っ張られている。彼に手が届く、その直前で彼が突如上空に舞い上がった。フィーリクスが捕らえたのは、オリバーの足だけだ。その彼の襟首を掴んでいた手を、アーウィンが放した。


「ぐぁっ!」


 地面に強かに後頭部を打ち付けたオリバーが呻く。だが、それにかまう暇はなかった。吸い込みが更に強くなる。


「うわっ!」


 フィーリクスの身体が浮き上がり、ポータルに引きずり込まれる。完全に失敗した、深追いをしすぎたと、後悔したのも束の間だ。


「ダメッ!!」


 フェリシティの声が聞こえて、オリバー同様フィーリクスも地面に頭をぶつけることになる。彼女に地面に投げられ助けられたのだと瞬時に理解して、彼女を探そうと頭を上げる。微笑む彼女と、目が合う。


「よかった……」


 それが、フェリシティの最後の言葉になった。それが、フィーリクスが見た彼女の最後の姿になった。


「フェリシティ!」


 彼女がポータルに飲み込まれ、それで満足したかのようにポータルが消失した。

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