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2話 fragileー5

「その昔、まだ科学が十分に発展していない時代」


 ヴィンセントが静かな滑り出しでフィーリクス達に物語を聞かせる。再び廊下を歩き、エレベーターで階を移動する。押されたボタンはB3、地下三階だ。


「今よりも遥かにモンスターの数が多かったらしい。我々の先祖達はどうやってその脅威から身を守っていたのか」

「おとぎ話みたいな歴史の教科書によれば魔法を使って抵抗してたとか。まさかね」


 フィーリクスは言う。以前学校で習った内容や、いくつか読んだ歴史書によればそうだった。魔法を用いてモンスターを打ち倒す。時には人間同士の争いでもそういうことがあったそうだ、と。


「魔法なんて便利なものがあったら今も使われてるはずだよね?」


 だがそれらが嘘偽りのない文献なのかどうか確かめようもない記述が多く、今現在魔法を使える、などという人物が公然といるわけではない。ことの真偽は歴史の影へ、忘却の彼方へと消え真実を知る者などいない、とフィーリクスは思っている。


「それがあるんだよなぁ」


 ラジーブはそう言ってニヤリと笑う。まるで悪の魔術師を気取って、ジェスチャーを交えてである。


「そういうことされると余計に胡散臭いんだけど」

「ん、そうか?」


 フェリシティが突っ込むとラジーブは急に真顔になって首をひねる。ヴィンセントが咳払いをして皆の注意を引いた。重なる横やりに表情こそ変わらないものの多少のいらだちを感じているようだ。


「ああ、話を続けていいか?」

「悪い」

「ごめん、どうぞ続けて」


 茶化したラジーブとフェリシティが謝り先を促す。


「魔法は存在する。そもそもモンスターが存在する時点で何かおかしいとは思わなかったか?」

「そりゃ、まあ時にはそう思うけど。でも世の大人たちも誰もそんなこと言わないし、いきなりは信じられないよ」

「昨日の戦いで俺達が見せたものを信じられないのか?」

「いや、あれはかっこよかったよ。でもあれは科学の力、新しい兵器か何かじゃないの?」


 ヴィンセントとラジーブはこれはだめだとばかりに顔を見合わせる。


「俺達がやってみせるし、君達にも魔法を使わせてやるよ」

「ホントに!? 昨日のあれができるの!?」

「やったぜぃ!」


 フェリシティが飛び上がって喜びを表現する。フィーリクスは、昨日もそうだったが彼女のバイタリティに改めて驚かされる。彼は眉尻を下げた笑みで彼女のことを見つめた。


「ところでどこに行くの?」

「訓練室だ。そこは頑強な作りでな。やんちゃが多少暴れても問題ない場所だ」

「ふうん」


 ほどなくしてその名の通りの表記がある部屋へと到着する。四人が中へ入るとそこはかなりの面積を持つ、何もない空間が広がっていた。天井は高く、恐らくは二階分の高さを消費してスペースを確保しているものと思われる。床や壁はヴィンセントが言った通り妙に強度の高い素材でできているようだったが、それが何なのかは二人には分からなかった。


「広い。確かにこれなら存分に暴れられるわね」

「勢い余って壁を壊さないでくれよ」

「あたしが怪獣か何かだと思ってるの!?」


 ラジーブにからかわれ顔を紅潮させたフェリシティが猫の捕食行動のように爪を構えてがなり立てる。


「まあまあ。落ち着いてよフェリシティ。それじゃまるっきり猫の怪人だよ。それで、早速見せてほしいな」

「オーケー」


 ヴィンセントとラジーブは言うが早いかお互い向き合って構えると、模擬戦闘を開始した。昨夜見たのと同じ、通常ではありえない速度で両者が接近する。接触までは一瞬だ。互いに突き出した拳がぶつかり合い弾かれる。フィーリクスは二人の拳がぶつかるその瞬間光ったように見えた。


 二人は仰け反るように体勢を崩すが復帰も早い。そのまま数度打ち合いそのどれもを受け、流し、クリーンヒットを許さない。二人とも後方へと跳び一度距離を開けるとラジーブがヴィンセントの懐へと飛び込み、両者は再び激突する。ヴィンセントがタイミングを合わせて回し蹴りで迎撃し、ラジーブはそれを地に伏せるように姿勢を低く躱す。その直上をヴィンセントの蹴りがうなりを上げて高速で通過すると、直後にラジーブが全身のばねを使って上へと跳ねる。


 ラジーブが次にとった行動は、昨日フェリシティが見せたような空中からの回転踵落としだ。ただし、回転数とその速度は彼女の比ではない。一体彼が何度回転したのか、フィーリクスは目で捉えきれたか自信がなかった。


 彼の蹴りはすさまじい威力を秘めていた。ヴィンセントが頭上で両手を使い蹴りを受ける。同時に地面が振動し轟音が響いたのがその証左だ。ラジーブがやや離れて着地し、二人が再び構え直すと呼吸を整え戦闘を終える。開始してから終了まで時間の経過はわずか数秒程度だ。


「やっぱり凄い」

「早くあたし達にも体験させてよ!」


 フィーリクスにもフェリシティにも、その瞳には憧憬の念が含まれている。ヴィンセントは両手を前に掲げ二人を落ち着かせた。


「まあ待て、まずは解説からだ。俺達は今、魔法を使って戦ったんだ。もし素の状態であれだけ動けるやつがいるとしたら、それは化け物だろうな」

「使った魔法は身体強化。分かりやすいだろ?」


 ラジーブが二人にウィンクしながらヴィンセントの補足をする。彼らの息はぴったりのようだとフィーリクスには感じ取れた。


「魔法を使うにあたって必要な装備がある。一つはこれだ」


 そう言ってヴィンセントが懐から取り出したのはスマートフォンタイプの携帯端末だ。


「携帯がどうしたの?」


 フェリシティが妙なものを見る目つきで携帯とヴィンセントを交互に見る。フィーリクスにもヴィンセントの意図がよく分からなかった。


「フェリシティがさっき嫌がってた詳細な現在地もわかる端末だよ」

「うげっ、それで何しようってのよ」


 ラジーブの言葉に、彼女は妙なものを見る目つきから嫌悪のそれに変えて端末を敬遠するように一歩遠ざかる。


「いらないのか? この中に魔法の秘密が隠されてるんだがな」

「本当? ちょっと見せてよ」

「もちろん。フィーリクスも見てくれ」


 二人は慌ててヴィンセントの端末を覗き込む。フィーリクスにはパッと見では通常の端末のようにしか見えなかったが、並んでいるアイコンに見慣れないものがあるのが目についた。


「電話にメールに、この宝石みたいなのって何だ?」

「これだよ。現物がここにある。俺達はジェムって呼んでる。これが魔法の源なんだ」


 ラジーブがポケットから取り出したのは澄んだ緑色の楕円形の石だ。フィーリクスはそれに見覚えがあった。


「これってもしかして昨日の?」

「そう。ヴィンセントが拾ったやつを俺が預かってたんだ」

「その宝石がそのジェムってわけね」

「その一つだ。一説によればジェムは魔法の技術が発達し最盛期を迎えた頃に、人為的に生み出されたものとされてる。ちなみにモンスターがこれを取り込むと大幅にパワーアップすることも分かってるんだ」

「だからあんなにしぶとかったのね。で、それをどうするの?」

「こうする」


 ヴィンセントの端末上にラジーブがそのジェムを高さ十数センチ程上から、落とす。


「あっ」


 フィーリクスが声を上げる。端末の画面を傷つけるのではないかと思われたジェムが、その僅かに上に浮いていた。それからゆっくりと、水中に沈み込むように画面の中へと吸い込まれていく。画面上に『インストール完了』の文字がポップアップされた。


「いや、マジで?」

「マジだ」


 ヴィンセントは至極冷静だ。彼はジェムのアイコンをタップし、中身を表示させる。様々な色や形のジェムが並ぶ中に、今端末に吸い込まれたジェムが含まれていた。


「手品みたいだ」


 フィーリクスがそう呟き、ラジーブがそれを見て口の端を上げる。


「何言ってるんだ? 手品じゃなくて、ま、ほ、う」

「分かってる。いや、まだよく分かってない」

「これは科学と魔法を融合させたものなんだ。人類の英知の結晶、新旧の技術の和合。素晴らしいものだよ」


 ラジーブの説明をフィーリクスあまり聞いていない。先程からずっと興奮しっぱなしで、それはフェリシティも同じだ。


「ねぇ! 昨日使ってたような武器は? あれも見たいよ」

「いいぜ、フェリシティ。それらはこのアイコンの中だ。でもまだ今は見るだけだぞ」

「ケチケチしない早く」


 彼はヴィンセントの端末を操作し、剣と盾のマークのアイコンを選択する。それは武器や防具用のディレクトリだ。これも魔法のように幾つもの種類が並んでいる。


「魔法によって仮想空間を作り、そこに収めてるんだ。ジェムや武器なんかのアイコンはインベントリになってるわけだな」


 ラジーブは得意げに説明を続ける。


「武器や防具も科学と魔法の両方の技術が使われてる。言っとくが凄いんだからな。前にうちの技術者にそのあたりのことを聞いてみたが、俺にはさっぱりだった」

「理屈はいいのよ! とにかくこの端末を使えばヴィンセント達みたいに強くなれるのよね!?」

「君達の分はもう用意してある」

「イヒヒヒ」


 彼女は含み笑いで頭を低くもたげフィーリクスの方を振り向く。その動きはぎこちなく不安定で、まるで壊れた操り人形のようだ。彼女のその奇妙さに彼が若干怖じ気づく。


「何だよ急に、変な声出して」

「フィーリクス、あんたをぼこぼこにしてやるわ」

「いいっ!?」


 選手交代、かくして今度はフィーリクスとフェリシティの二人による魔法を使った訓練が開始された。

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