9話 wayward-17
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戦闘を続けるフェリシティとミアだったが、それが起こったのは丁度フェリシティが投げ技を食らって立ち上がった直後のことだ。突如博物館内部から強烈な光が漏れ、二人が目を細める。フェリシティはあれはフィーリクスか誰か、MBIエージェントが放ったものだろうと推測した。
「んー? 中は何だか賑やかそうだね。あたし達も混じっちゃう?」
フィーリクス達がオリバー相手にどう戦うか興味と心配はあったが、今は目の前のことに集中するべきと切り替える。
「冗談」
ミアの言葉を一言で切って捨てる。彼女の隙を窺う。やはり彼女は強敵だ。そう簡単に攻撃を入れさせてくれない。
「だよね。あたし達の間には誰もいらない」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
思い返せば、どうしてこうも変なのに好かれるのだろうか。正直フェリシティはそう困惑していた。モンスターやウィッチに、妙な状況に、呪われているかのようにまとわりつかれる。そんな気がしてならなかった。
「じゃあどんな?」
「それはね」
ただ泣き言を言っても解決するものではない。自らの手で、勝利をもぎ取るしかない。
「あんたをぶちのめすのは、あたし一人で十分ってことよ!」
フェリシティはバックアップしてくれているメンバー達を信用していないわけではない。ただ、自分を信じたい。今までろくな目に遭ってこなかったとしても、信じてやり遂げたいのだ。ニコに、素直になれと言われたことを思い出す。まっすぐでありたいということが、素直なのか強情なのかは分からない。ありのままの自分でいること、という意味ではどちらも同じではないか。
「嬉しいこと言ってくれてる!」
ミアは地を踏み鳴らして喜びを表している。フェリシティが何を言っても、彼女はいい方にいい方にと解釈するらしい。それならば、行動で示してやるしかないだろう。
「勝手に喜んでなさい!」
ミアに飛びかかる。銃を抜き放ち、乱射しながら接近する。距離は近いが、当たるとは思っていない。相手の動きを制限するためにばらまいているに過ぎない。案の定全ての弾丸を避け、「おいで」とフェリシティの突撃に対応している。狙ったのは足下へのタックル。殴りかかるような体勢から急激に沈み込み、低く。飛びつこうとして、ミアの右膝が来た。
「うわぁ!」
お世辞にもかっこいいとは言えない調子で悲鳴を上げ、慌てて躱し彼女の右側に転がる。読まれていたか、即座に対応されたか。いずれにせよ、うまくいった。「わっ!」ミアの上げた声だ。フェリシティが足を彼女のものに絡めて思いっきり捻ったのだ。バランスを崩して彼女も地面に転び、隙を逃さず今度はフェリシティがミアに馬乗りになる。
「仕返しよ!」
言葉と行動は同時だ。殴る。殴りに殴る。ガードは間に合わせてしまったが、連打を繰り返し腕を破壊するつもりでやった。
「ちょ、ちょっときついかも」
ミアが何かを言っているが構わず続ける。先程自分がやったようにマウントを抜けられないよう、足でがっちりと彼女の体をホールドして攻撃を続け、ガードが崩れたように見えた瞬間、左前腕を捕まれた。残る右も殴ろうとして、そちらも取られる。
「っていうのは冗談で」
フェリシティの体が持ち上がる。ミアはほぼ動けないはずの中、反動一つで自分ごと起き上がり、体の向きを垂直に戻してしまった。フェリシティの両腕を捉えたまま、むしろ自分に引きつけた状態のため、フェリシティは彼女に抱っこをされたような形となっている。その屈辱に瞬間的に怒りの感情が沸騰し、ただし爆発はさせられなかった。
「いっだぁ!!」
痛みに叫びをあげてしまう。ミアに思いきり頭突きを食らわされたせいだ。たまらず彼女を縛めていた足を解いて地面に立つ。フェリシティの視界がぐらぐらと揺れる。ミアは恐るべき石頭だ。そう驚愕する間も与えられない。「もう一発!」彼女が続けざまに頭を振りかぶる。もがくが、両腕の拘束を外せないため避けられない。万力のようにがっちりと掴まれていた。引きつけられ、額同士が高速でぶつかる。
「ぐぁっ!!」
意識を消失しかけた。が、痛みがそれを許さない。朦朧とする脳を無理矢理覚醒させる。閉じかけた目を見開き顎を引いて、目の前の相手を注視する。
「続けて三回目っ!」
ミアはすでに頭を後ろに倒しており、頭突きの準備を終えている。フェリシティは覚悟を決めた。逃げられないのなら、避けられないのなら、こっちから行けばいい。
「調子に」
強化部位を体幹と頸部、及び額に最大限集中する。加速を頸部に用い、先に動いたミアよりも、後から始動したフェリシティの方が振りが速い。
「乗ってんじゃない!」
フェリシティの自棄に近い、全力の頭突きがミアのそれと衝突する。鳴った音は三度目が一番大きなものだ。不意を突いた攻撃が、功を奏した。結果は、彼女がたたらを踏んでフェリシティを開放する、という大きなアドバンテージをもたらすものだ。一瞬でも彼女の意識が飛んでくれていれば、最大の攻撃チャンスとなる。
至近距離だ、躱せはしない。フェリシティの右肘が、ミアの顎を終点として小さく疾い曲線を描く。ミアが更によろめき、僅かに掠る。彼女の頭が少しばかり揺れた。それだけだったが、それでいい。彼女が動く先は予測通り、当たった箇所も狙い通りだった。それで最大限の威力を発揮する。
声もなく、抵抗もなくミアが崩れ落ちる。地面に横たわり、ぴくりとも動かない。彼女の脳を揺らし、脳震盪を引き起こすことに成功していた。
「やった……?」
動きがないまま何秒か経ち、つい言ってしまう。そうしてからしまったと悔やんだ。こういう発言は、よくないフラグだ。
「でもまさかね。ははっ」
「期待に応えちゃう」
ミアがむくりと上体を起こす。ゆっくりと立ち上がる彼女の意識レベルは、どう見ても正常のものだ。ラリったような様子はない。
「嘘でしょ!? 何で!?」
気持ちが悪くなる。めまいがする。体力に限界が近づいてきていた。相手はまだ元気そうだというのに、不甲斐ない。心が折れそうになる。でもまだだ。諦めてはならない。皆が見ている。フィーリクスは、まだ戦っている。彼に宣言したことを忘れていない。フェリシティの心に、目まぐるしく色々な思いが駆け巡る。
「自分から言っておいて、情けないよね」
「何? どうしたの?」
ミアが首を傾げる。当然分からないだろう。フェリシティは彼女に一から十まで説明しても、理解が得られるようなことでもないと思っている。だから答えは簡潔だ。
「どうもしない。それがあたしよ!」
「何だか分かんないけど、やる気に満ち溢れてるのって、いいことだよねぇ」
僅かな間の会話に過ぎない。それでも、少しは回復することができたようだ。息を整え、何度目かの構えを取る。フェリシティはラウンド数を数えていなかったが、両者がまた拳を交えようとしていた。